研究者
情報屋を出て、ダスクロウの雑踏を歩き始めた二人。西に傾き始めた陽が埃っぽい空気を橙色に染め、長く伸びる影が道端の壁を揺らしている。
物売りの声は少しずつ静まり、子供たちはまだ遊び足りない様子で路地を駆け回っていた。乾きかけた泥と砂利がぬかるみを作り、そこに残る水たまりが、傾いた陽を鈍く反射している。
「ミロ……」
アルテアが小さく呟いた。彼女の鋭い感覚が、背後の気配を捉えた。ミロも即座に反応する。
「うん、俺でも気付いたよ……アルテア、こっち!」
ミロがアルテアの手を掴み、勢いよく走り出した。二人は細い路地を何本も曲がり、泥濘に足を取られながら進む。埃と汗の匂いが混じる中、袋小路にたどり着くと、瞬時に左右に分かれ、壁の影に身を潜めた。
追跡者の足音が近づき、袋小路で立ち止まる。アルテアが静かに踏み出し、道を塞ぐように立った。ミロもその隣に並び、低い声で問うた。
「何の用?」
そこに立っていたのは、学者風の若い男だった。埃にまみれた薄灰色のローブ、使い込まれた革鞄を抱え、ずれたメガネを直す間もなく、目を泳がせながら名乗る。
「私はエドウィンと申します。アルテアさんに、依頼をお願いしたくて……」
アルテアの名前を口にする彼を、アルテアは静かに見つめた。ダレンが言っていた——閃光を討ったアルテアの噂が街に広まりつつあると。
「何で付けたんだよ」
ミロが敵意を隠さず睨むと、エドウィンは慌てて両手を振った。
「あ、いえ、お二人が急に走り出したので……つい追いかけただけで、悪意はありません!」
アルテアは剣に手をかけず、ただ青い瞳で男を射抜くように見据えた。
「ふーん……。で、依頼だっけ? どんな?」
エドウィンは緊張を解くように息を吐き、早口で説明し始めた。
「街外れの墓地で、最近アンデッドが出没しているという話がありまして。今のところ実害は出ていませんが……」
エドウィンは咳払いをして続ける。
「私はアンデットの出現条件の研究のために調査をしたい。その護衛として、貴女にお力を貸していただきたいのです」
アルテアは顎に手を当て、少し考え込んだ後、肩をすくめて応じた。
「まぁいいけど。報酬は?」
「金貨十枚でどうでしょう?」
アルテアはわずかに目を細めた。
「えらく気前がいいね? まぁ、いいよ。引き受ける」
ミロがぱっと目を輝かせ、飛びついた。
「俺も行く! アルテアだけじゃ心配だし!」
だが、アルテアはミロの頭を軽く叩き、穏やかだがきっぱりとした口調で諭した。
「だーめ。お姉ちゃんの看病をしっかりしなさい。リナリアが心配してるよ」
ミロは頬を膨らませて「うー」と唸ったが、アルテアの目を見て、しぶしぶ頷いた。その様子にエドウィンが小さく笑い、アルテアも微笑みながらミロの頭を撫でた。