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閃光の二つ名

 ギルヴァードがこの街に流れ着いたのは一年ほど前のことだ。

 ゲルハルトの用心棒になったのは、酒場での喧嘩がきっかけだった。ゲルハルトに雇われていた者たちと揉め、話をつけに屋敷へ向かい、その全員を一刀のもとに切り捨てた。

 その報告を受けたゲルハルトは、即座に彼を用心棒として雇うことにした。

 ギルヴァードは悪事に加担はしなかった。ただ、ゲルハルトを狙う刺客が現れれば、迷いなく剣を抜いた。

 ——強い者を斬る。それだけが、彼の生きる理由だった。




「カッコいい二つ名だね。憧れるよ」

 アルテアと名乗った少女が軽く笑った。それを聞いた彼の口元に微かな笑みが浮かんだ。

「俺の一閃を受けられた奴はいない。お前も、俺の名の糧にしてやる」

 ギルヴァードは腰を落とし剣の柄に手をかけた。


 次の瞬間、ギルヴァードは横薙ぎに剣を振り抜く。

 一閃。神速の斬撃が空気を裂き、確実に少女を捉えるはずだった。

 だが、ギルヴァードの視界の隅に踏み込んでくる少女の姿が映った。冷たく、静かで、どこか誇らしげな眼差しだった。

 ギルヴァードの瞳が揺れる。

 彼は、相手が後ろに飛んで避けると予測していたのだ。

 ——だが、同じことだ。首を斬る位置が変わるだけだ。今までのギルヴァードの相手が、そうだったように。


 (自ら首を差し出したか……)

 ギルヴァードがそう思った瞬間、彼の視界には首の無い体が映った。


 (——ほらみろ)


 口に出したつもりだが声になっていない。


 (——いや待て。あれは俺の体……?)


 そこでギルヴァードの意識は途絶えた。彼の首は胴から離れていた。頭部が宙を舞い、床に転がった。


 ◇


 アルテアは息を吐いた。

 彼女はあの情報屋から街の要注意人物についての話を買っていた。そのうちの一人、閃光の名を持つ剣士——ギルヴァード。片刃の長剣を操り、一閃で仕留める技を持つとされる男。

 あの斬撃は、もし後ろに避けていれば剣の軌道が伸び、首を落とされていたに違いない。


 だからこそ、アルテアは“下がれば死ぬ”と判断した。ギルヴァードが剣を抜くと同時に踏み込み、その剣が振るわれるよりも速く、彼の首を斬った。


 アルテアは剣を軽く振って、静かに呟いた。

「強かったよ、ギルヴァードさん。おかげでまた強くなれた」

 鋭利に斬られた金髪が数本、床に舞い落ちた。


 あたりは静まり返っていた。空気が、凍りついたようだった。

 さっきまでギルヴァードが立っていた場所には、熱を失った残滓と、濃く明るい赤が残っている。


 アルテアは息を整えながら、静かに剣を眺めた。剣士としての高ぶりも、緊張も、今はもうない。

 護衛から奪った剣は驚くほど綺麗で、刃にはほとんど血の跡すら残っていなかった。


 そんな沈黙を破ったのは、情けない呻き声だった。


「た、助けてくれ……頼む! 金ならいくらでも払う! いくらで雇われた?

 その三倍、いや五倍出す! だから……」

 ゲルハルトが恐怖に震え、這いながら命乞いをする。

 アルテアが冷静な声で答えた。

「うーん。人違いでもなんでも、自分が襲われたら容赦しないんだ。それが旅の掟みたいなものだから」




 全てを終わらせた後、アルテアは窓の外を見上げた。月の光が血の滴る衣を照らし、夜風がひとひら、彼女を撫でていく。


「今夜も、月は綺麗だね」


 ——それは、血に濡れたこの夜を、すべて赦すかのように輝いていた。


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