第四章
〈インペリアル〉は、サッター通りとカーニー通りの角からそう遠くない場所にあるたまり場で、その入口は、窓のひとつが生きた蛇でいっぱいのショーケースという有名なドラッグストアの軒下にあった。
インペリアルの正面は白塗りで、正面玄関のロビーには煙草の売店があった。この正面玄関右側にはもう一つの小さな入口、婦人用の入口があって、その曇りガラスには「オイスター・カフェ」と書かれていた。
正面玄関はまっすぐバーに続いていた。そこは大理石敷きの立派な空間だった。左側がバーで、バーのカウンターは磨き上げられたアメリカ杉の一枚板だった。その後ろに巨大な板ガラスの鏡があって、片側はレジスター、反対側に薄く着色されたビスク焼きの潜って泳いでいる少女の小像が置かれていた。両者の間には、ピラミッドのように積み上げられたグラスとボトル、籐のケースに入ったリキュールの瓶、スイートピーの大きな花束があった。
清潔なリネンの上着とエプロン姿の三人のバーテンダーが、あちこち動き回って、ボトルを開け、ドリンクを混ぜ、時にはレジを打ちに戻ることがあった。
安息日、魔女、ヤギ、宙を舞う裸の少女を描いたフランス画の大きな模写が、バーに向がって部屋の反対側にかかっていた。その下には軽食のカウンターがあり、そこでこの店の名物、二枚貝の揚げ物を週に四日、午後に食べることができた。
その他の場所には、スロットマシーン、シガーライター、ガラスに入った蝋細工の花瓶、その日のオッズと馬体重と出走馬を記載したレース表があった。食品収納用のスライド棚の向こうの壁には、入浴中のハーレムの女性たちを描いた二つ目の『酒場』の絵があった。
しかし、この「個室」こそ、インペリアル最大の売りだった。メインロビー右側にある小さなドアを入るとここにたどり着けた。この入口から入って来る者は誰でも気づけばこの細長い通路にいた。この通路の右側には個室が八つあった。とても小さくて、法律の定めにより上の部分が開いていた。半分くらい進むと、通路は広くなった。ここは両側に部屋があって、正面の部屋よりもはるかに広かった。
ここはインペリアルで最も利用者が多く、店の評判を築いたのはここだった。正面の小部屋はビールとチーズトーストがあり、大部屋はシャンパンと亀料理だった。
ヴァンドーヴァーとヘイトとギアリーは十一時頃、インペリアルの婦人用の入口から入って、ゆっくりと通路を進み、小部屋を一つ一つのぞいて、空いている部屋を探した。先頭にいたヴァンドーヴァーが突然叫んだ。
「なあ、あれはエリスじゃないか、ひとりでウイスキーを飲んでいるぞ。やれやれ、よくひとりでウイスキーを飲むよなあ! 会えてうれしいよ、バンディ、ずれてくれないか……少し場所をあけてくれよ」
「やあ、やあ、バンディ!」ギアリーとヘイトが背中を叩きながら叫んだ。そしてギアリーが付け加えた。「いつからここにいるんだい? 僕は男たちで出かけて帰ってきたところなんだ。楽しい時間を過ごしてね。きみは何を飲んでるんだい、ウイスキーか? 僕は何か食べようと思ってね。今日はお昼をあまり食べなかったんだ。でも僕がグリルルームで食べたステーキは必見だったぞ……あんなに分厚いのに柔らかかったんだかならな! うまかったぜ! ほら、僕のコートをそっちに掛けてくれないか?」
バンクロフト・エリスは、三人が大学から戻った直後に知り合いになった街の若者の一人だった。彼らは大抵、ダウンタウンのレストラン、劇場のロビーやホール、土曜の午後のカーニー通り、あるいは今みたいにインペリアルの小部屋で彼に会った。ここで彼は顔なじみの常連客で、決まってウイスキーを注文し、いつも座って小型のグラスで三杯から五杯飲み干した。ごくまれに、社交界で、彼らの「仲間」が迎えられる家で、彼を見かけることがあった。こういう社交の場で、エリスがサロンにとどまるように説得されることは決してなかった。彼はさっさと男性用更衣室にもぐり込んで、主催者に用意された葉巻か煙草を黙々と吸って夜を過ごしたからだ。ダンスの合間に髪を整えたり、ネクタイを直しにやって来きたヴァンドーヴァーや彼の友人たちは、エリスが煙の青いもやに包まれて、椅子に両足をのせ、シャツの胸元をはだけさせ、ベストのボタンを外している姿を見つけた。するとエリスは、退屈だし喉が渇いたと彼らに言って、あとどのくらいいるつもりかと尋ねた。エリスは彼らの友人をほんの少ししか知らなかった。彼の故郷は内陸部の小さな町で、「黄金の西部生まれの男児」であることを誇りにしていた。カリフォルニア通りの保険会社の事務員で、州を出たことが一度もなかった。
その他の点でも、彼は十分に良い奴で、他の三人は彼のことが大好きだった。事実や統計に妙に熱心で、ポケットは小さな本やカードでいっぱいで、しょっちゅうそれを参照していた。彼は信じられないような携行用の日記帳を一冊持っていた。最初の六ページに、世界各国の郵便料金、人口と死亡率の統計、度量衡換算表、世界一高い山、世界一深い海などのあらゆる情報が満載で、目がちかちかするような活字で印刷されていた。ベストの左ポケットには、市内全劇場の平面図と座席数を記した小さな本を入れ、右のポケットには特に自慢の小さなウェブスター辞典を入れていた。帽子の裏地には、溺れかけた人を蘇生させる方法と一緒に、今年のカレンダーが貼られていた。「豆知識の携行版」も持ち歩いたが、これはこれっぽちも彼の役に立ったことがなかった。
彼らが今座っている部屋はとても小さくて、直に通路に面していた。テーブルの両側には二人掛けの椅子があり、ドアの反対側の壁には、金縁がピンクの網で囲まれた鏡がかかっていた。粗いリネンでかなり湿っていたが、テーブルにはそこそこきれいなテーブルクロスがかけられていた。
そこには、オリーブとタバスコのいつもの瓶と、割れたクラッカーの皿と、畝模様の陶器のマッチ入れがあった。砂糖入れはメッキされた容器で、そこには無数の日付と、「ナニー」「アイダ」「フロッシー」といったたくさんの女の子の名前が刻まれていた。
塩こしょうなどの瓶の間に、ワイン商の広告が刻印された二つの大きな革カバーの間に細い紐でつながれたメニューがあった。ギアリーは他の誰よりも早くこれに手を伸ばして、同時に言った。「さて、きみたちは何を食べるんだい? 僕はチーズトーストとエールを一杯頼もう」ギアリーは、まるで自分の選んだものでいいかと尋ねるように一人一人に目を向けた。他のメンバーには何を食べたらいいかを勧め、ヴァンドーヴァーには彼が好きな料理は調理に時間がかかるから注文しないように言って、この状況を管理した。ギアリーはヘイトにウェイターを呼ばせて、ウェイターが来ると、すべての注文の内容を二度読み上げて、ウェイターが正確に注文を受け取ったのを確認した。「注文はこれでいいよね……ね?」ギアリーは残りのメンバーを見回して言った。
寝不足で目が赤いウェイターが、みんなの前にぐにゃぐにゃの柔らかいエビの皿を置いた。
「やあ、トビー!」ヴァンドーヴァーは言った。
「こんばんは、皆さん」トビーは答えた。「ああ、こんばんは、ヴァンドーヴァーさん、しばらくこの辺では見かけませんでしたね」トビーがみんなの注文を受けて、立ち去ろうとすると、ヴァンドーヴァーが呼び戻した。
「ねえ、トビー、フロッシーは今夜来てるかな?」
「いえ」トビーは答えた。「まだ来てませんね。彼女と一緒の子は九時頃入りましたが、すぐにまた出て行きました」
「そうか」ヴァンドーヴァーはにやにやして言った。「もしフロッシーが来たら、ここに来させてくれる?」
他のメンバーは笑って、このことで彼をからかった。ヴァンドーヴァーは座り直して姿勢を楽にした。
「ああ、ここはいいよな。いつも快適で、暖かくて、静かで、サービスもいいし、おいしいものが食べられるからね」
ようやく自分たちだけになると、若者たちはレイヴィス家で宵の口に自然にまとっていたあの慎み深さ、あの行儀のよさ、細かい気配りをゆるめることができたので、態度が変わった。椅子にだらしなくもたれかかって、足を伸ばし、ベストのボタンを外し、くつろぐことにしか気が向かなかった。彼らの話し方も態度もぶっきらぼうに、無骨に、節度をわきまえないものになり、一段と下品な男の本性が再びその正体を現した。ヘイトを除いて、彼らはみんな十分に冒涜的で、会話が卑猥になるまでに、それほど時間はかからなかった。
ギアリーは、カーニー通りとマーケット通りを散歩して午後をどうやって過ごしたか、どこにカクテルと葉巻を買いに行ったか、をみんなに話した。「ああ」ギアリーは付け加えた。「きみたちはアイダ・ウェイドとベッシー・ラグナを見るべきだったな。アイダはものすごく着飾ってたぜ。正直言って、帽子があれみたいにびろーんとしててさ。話しても仕方ないんだけど、彼女は恐ろしく美人だよ」
この少女の身持ちの固さをめぐって議論になった。エリスとギアリーとヘイトは、アイダはただの尻軽だと言い張ったが、ヴァンドーヴァーは疑いを持った。
「これに関して言えば」エリスはしばらくしてから言った。「僕はアイダよりもベッシー・ラグナの方がずっと好きだな」
「ああ、そうだね」ヘイトは言い返した。「いずれにしても、きみはベッシー・ラグナに入れ込み過ぎだよ」
ヘイトは、ああいうタイプの女の子はいかなる形であれ絶対に気にかけるべきではないし、少しでも親密になるべきではない、という持論を持っていた。
「好きか嫌いかを」彼は言った。「この問題に入れるべきじゃない。きみたちは二人とも楽しい時間を過ごして、それでおしまいさ。きみは一、二時間、彼女と楽しくいちゃつく、そして二度と彼女には会わない。それがこれのあるべき姿だよ! そんな女と親密になって、女に関心を持ってもらおうとする考えは、完全に間違ってるね」
「じゃあ」ヴァンドーヴァーは賛同せずに言った。「きみはそこから楽しみをすべて奪ってしまうぞ。もしきみがその女の子を好きなふりをして、彼女をきみに振り向かせようとしなかったら、きみの楽しい時間はどこにあるんだい?」
「わからないかな」ヘイトは答えた。「もしそういう女の子が、きみを本気で好きになりでもしたら、それこそ大変だろ? 同じクラスの女の子を相手にするのとは違うんだから」
「ほお、ドリー、きみは賢いね」エリスはウィスキーをすすりながらつぶやいた。
そうこうしているうちに、インペリアルは満員になってきた。劇場が十一時頃終わるから、この時間バーは男たちでいっぱいだった。二、三人で来る者もいれば、時には六人以上の騒々しいグループで来る者さえいた。正面玄関の白いスイングドアは絶えず前後に揺れて、アルコールの匂いが染み付いた生暖かい空気を通りに送り出していた。男たちは店に入って飲み物を注文し、カウンターに肘をついて外で始めた会話を続けた。その後、軽食のカウンターに行き、牛の胃の煮込みやポテトサラダの皿を自分で取り、コートを汚さないように体を乗り出して、人のいない隅っこでそれを食べた。グラスの当たる音とコルクのはじける音が絶えずして、レジを打つ音が年がら年中して、ベルが鳴った。
バーと店の他の部分の間には、束ねられた青い豪華なカーテンのかかったドアがあって、ウェイターが絶えずここを通って行き来し、牡蠣や燻製のレアビットの皿、リキュールの小さなグラス、葉巻入りのゴブレットを運んでいた。
どちらの通路からも出入りできる個室はすべて満室だった。男たちは中に入ると、ゆっくりと歩いて友人を探した。しかし、女性や若い娘たちの方が、ぺちゃくちゃお喋りし、硬いスカートやペチコートをガサガサさせ、麝香のきつい香りを漂わせながら、頻繁に出入りした。絶えず人が行き交い、単調な足音とがやがやという話し声がした。甘口のウィスキーと煙草と料理から出る煙のにおいと、香水の香りが混ざり合った、かなり臭い暖気が、空気中に放出された。奥の大部屋のひとつで、陽気で騒々しいパーティーが盛り上がっていた。爆笑とか椅子やガラス器の物音が、男性の声や、女性の小さな悲鳴と叫び声に混じって、ひっきりなしに聞こえた。ウェイターが注文を届けようとドアを開けるたびに、一瞬だけ騒音をどっと流出させた。
店の常連の女の子たちが、ヴァンドーヴァーと彼の友人たちが座っている部屋のドアを通り過ぎた。とびきりの美人が通り過ぎるたびに、四人はその女の後を目で追い、唇と目を閉じてうなずいた。
ヘイトは飲み物のおかわりを頼んで、自分用にミネラルウォーターを注文した。ヴァンドーヴァーが話を中断して叫んだのは、ちょうど彼が所属している写生教室で女性のモデルにポーズをとらせる話をしていたときだった。
「さてさて、やっとそろったな! 調子はどうだい、フロッシー? さあ、おいでよ」
フロッシーは入口に立って、自分の態度にきまり悪さや狼狽を微塵も見せずに、みんなに気さくに微笑みかけた。大柄な女の子で、身長は六フィートもあり、横幅があってがっしりして、均整がとれていた。とても美人で、声量があり、目がとろんとしていて、動作がゆっくりだった。目も口も、彼女のすべてと同じように大きかったが、話したり笑ったりするたびに、彼女は歯を見せた。白くて、しっかりしていて、まるで青々とした一本のトウモロコシの粒の列のように規則正しく並んでいた。耳には小さなイエローダイヤモンドがあった。彼女が身につけていたのはその宝石だけだった。顔にこれといった化粧はなく、しっかり洗顔した直後のような清潔で健康的な表情をしていた。
かぶっていたのは、片側のつばが大きく広がった黒い帽子で、それは、黒い羽根と、イミテーションの黒玉と、ビロードの小さなふわふわ……コマドリの卵のように青いもの……で、とてもおしゃれに装飾が施されていた。ドレスは、テーラーメイドの、もじゃもじゃした黒いラクダの毛でできたもので、巨大なバルーンスリーブ以外はいたって質素だった。首から腰にかけて切れ目のないように裁断されていて、肩と脇の下にボタンがついていた。スカートはゆったりした硬いもので、ちっとも飾りっ気がなかった。帽子、ドレス、手袋、すべてが黒だった。単純と地味が際立つこの効果はかなり印象的だった。
しかし、ウエストにはいぶし銀の太い紐をベルトのように巻き、靴は、いや、散歩用のスリッパは、生地が白のキャンバスだった。
彼女は、名字も住所も知られてはならないし、その憎しみも愛情も等しく恐れられるというあの類の女性に属していた。彼女の顔には、堕落した貞操観念となくなった純潔の紛れもない痕跡があった。彼女のちょっとした仕草が職業を連想させた。ヴェールと手袋を外しただけなのに、まるで服をある程度脱いだかのようであり、何にも覆われていない顔と手は、裸の一部にしか見えなかった。
彼女に類する女性たちの一般的なイメージは、紅を塗って身をもちくずした落ちぶれだったが、フロッシーは健康を発散させていた。目は澄んでいて、精神は安定し、肉体は丈夫で、子供のように偏りがなかった。彼女は自分のまわりに、清潔感、爽やかさ、いい人柄、繊細で気高い精神の雰囲気を漂わせ、動くたびに、かぐわしい香りを発散した。それは麝香だけはなく、彼女の服装や、髪、首、まさに肉体全体が醸し出したかのような香りだった。
ヴァンドーヴァーはもう大学の頃の彼と同じではなかった。今の彼は、あばずれ女のこの匂いにも、大都市の悪い習慣のこの邪な甘い香りにも馴染んでいた。これは彼の呼吸を早めて、口から飛び出るほど心臓を高鳴らせた。美的快感を伴う魅力に即座に反応するのは、彼の中の繊細な芸術家の本質だった。どの種類であっても美しい女性は、種類こそかなり違うが同じ力の情熱をヴァンドーヴァーの中に呼び覚ますことができた。ターナー・レイヴィスはヴァンドーヴァーの最善の面に影響を与えて、彼の中で、最も潔癖で、最も上品で、最も繊細であるすべてを呼び起こした。フロッシーは、彼の中の動物と獣、即座に反応する邪悪で醜悪な獣性にしか響かなかった。
「何を飲む、フロッシー?」ヴァンドーヴァーは、彼女が彼らの間に落ち着くと尋ねた。「僕たちはエリス以外はみんなビールだ。彼はウィスキーで満腹になってるよ」しかしフロッシーは決して飲まなかった。これはよく知られた彼女の変わった特徴の一つだった。
「どっちもいらないわ」と答えて、ウェイターの方を向いて付け加えた。「アポリナリスの水を持ってきてちょうだい、トビー」
フロッシーは話すとすぐにボロが出た。外見の効果は帳消しにされた。彼女は声は、かすれた、低い調子のガラガラ声、ダミ声、しわがれ声で、獣じみたガラの悪い抑揚でいっぱいだった。
「吸うかい、フロッシー?」ギアリーは煙草のケースを彼女に差し出しながら言った。フロッシーは煙草を手に取って、ころがしてほぐし、唇の間から出てきた煙を、どうやって鼻から吸い上げようとしたかを話しながら、煙草を吸った。
「正直に言うとね、みんな」フロッシーはうなり声で言った。「それで気分が悪くなって、ちょっと寝なきゃならなかったのよ」
「奥にいる連中は誰なの?」ギアリーは話をつなぐために尋ねた。フロッシーはみんなに少し気まずい思いをさせた。それに、彼女の類の女の子との会話は難しかった。
「ああ、あれはメイとナニーと、パレス・ホテルの宴会から流れてきた男の人たちよ」フロッシーは答えた。
話は少しずつ進展し、フロッシーはヘイトにからみ始めた。「ねえ、そっちのあなた」フロッシーは叫んだ、「どうしちゃたの? あなたは何も喋んないわね」
ヘイトは顔を真っ赤にして、とてもきまり悪そうに答えた。「ああ、僕はただの聞き役なんです」彼は逃げ出したくなって、立ち上がって、帽子とコートに手を伸ばし、気さくな笑みを浮かべて言った。「じゃあ、みなさん、僕は帰らなくちゃいけないんで」
「私があなたを脅して追っ払ったみたいにしないでよね」フロッシーは笑いながら言った。
「いや、そういうんじゃなくて」彼は照れ隠しに努めながら答えた。「とにかく僕は行かなくちゃならないんです」
他のメンバーが彼におやすみを言って、今度いつ会えるかを尋ねている間に、フロッシーは彼の方に身を乗り出し、「おやすみなさい!」と叫んだ。そして、いきなり、彼女が何をするつもりなのかを彼が気づかないうちに、フロッシーは彼の口にあふれんばかりのキスをした。彼はこれにびっくりしたが、怒ったわけではなく、ただ彼女から離れて、顔を真っ赤にし、かなり困惑し、ますます逃げ出したくなった。ウェイターのトビーが入口に現れた。
「最後の一杯は僕がおごるよ」ヴァンドーヴァーをさえぎって、全員一回分の飲み物代を払いながら、ヘイトは言った。
「おや!」トビーは叫んだ。「どうしました、その唇?」
「さっき、割れたガラスで切っちゃってね」ヘイトは答えた。「また出血しているのかい?」彼は唇に指を二本当てて付け加えた。
「確かに出血している」ギアリーは言った。「ほら」彼は瓶の水でナプキンの角を濡らしながら続けた。「これでそこを押さえとけよ」
他のメンバーは笑い始めた。「フロッシーの仕業なんだ」ヴァンドーヴァーがトビーに説明した。エリスは急いでポケットをのぞいて、小さな本をいじり回していた。
「ここにあったんだけどな」エリスはぶつぶつ言い続けた。「それを見つけられさえすれば、ガラスで切ったときの対処法がわかるんだ。ガラスが中に入ってるかもしれないよ」
「ああ、大丈夫、大丈夫だって」ヘイトは今度は完全にうろたえて叫んだ。「こんなのどうってことないよ」
「いいかい」ギアリーは言った。「このすぐ上の蛇の医者のところで絆創膏でも買うんだぞ」
「いや、いいよ、大丈夫だから」ヘイトは立ち去りながら答えた。「おやすみ、近いうちにまたね」
ヘイトは帰った。まだ小さな本を探していたエリスが突然叫んだ。通路に体を乗り出すようにして叫び声をあげた。「熱したタマネギの半分を、切り口に結んでおくんだ」しかしヘイトはすでに去った後だった。「いいか」エリスは説明した。「そいつがどんな小さなガラスの欠片でも取り除くんだってさ。これを見ろよ」エリスは、見つけた項目のすぐ下の項目を読みながら付け加えた。「葉巻の灰は湿疹に使えるんだとさ」
フロッシーは彼に向かってうなずいて、微笑んで言った。「じゃあ、今度湿疹ができたら、それを思い出すことにするわ」
この後少ししてからフロッシーは彼らと別れて、騒がしいパーティーが開かれていた大部屋でナニーとメイに合流した。三人はまた酒をおかわりした。
エリスはその晩ずっとウィスキーを飲んでいたのに、今度は突然ビールを頼んで他のメンバーを驚かせた。セロリグラスで飲むことにこだわり、一口で飲み干した。その次はヴァンドーヴァーが全員分のクラレットパンチを飲んで、口の中がごみ箱のように乾いた感じがすると不満を述べていた。ギアリーはとうとう、かなり酔っぱらった感じがすると言い放って、「とても楽しい時間」を持ててご機嫌だと付け加えた。
「なあ、みんな」ギアリーはテーブルに手をついて叫んだ。「みんなで町の盛り場巡りをして、仕上げに蒸し風呂に行くってのはどうだ? 恒例行事といこうぜ。所持金を確認させてくれ」
そこでみんなは自分たちの所持金を計算した。ヴァンドーヴァーは十四ドル持っていたが、画商に材料費を支払わねばならなかったため、そのうちの八ドルを内ポケットにしまった。他のメンバーも彼に倣って、めいめいがすぐに使う分の五ドルを別によけておいた。
「風呂代が一ドルで」ギアリーは言った。「飲み物代が一人四ドルだ。四ドルあれば欲しいものは全部手に入るだろ」彼らは最後のクラレットパンチを飲み、トビーに勘定を払って外に出た。
インペリアルの暖かい屋内から冷たい夜の空気の中に出ると、数分でヴァンドーヴァーとギアリーに影響が表れた。しかし、どうやらエリスに影響を与えられるものは皆無だったようで、ウィスキーもクラレットパンチもビールも効いていなかった。彼はヴァンドーヴァーとギアリーの間に挟まれて両名と腕を組み、しっかりした足取りで歩いた。
二人はほぼ同時にかなり酔いが回った。ヴァンドーヴァーは一分ごとに「イェーイ、オゥ! そういう気分だぜ」と叫び、ギアリーが冗談を言うと、これが受けて、その場を沸かせた。それは時折「サクランボが熟した!」と叫ぶことで、これがおかしかった。何かの馬鹿げた、隠された二重の意味があって、こらえきれなかった。これは一晩中彼らから離れず、カーニー通りで女の子が彼らとすれ違うと、ギアリーがその娘に向かって「サクランボは熟した!」と叫び、これがみんなをどっと笑わせた。
彼らはまずチボリ劇場の近くのパレス・ガーデンに行き、そこでギアリーとヴァンドーヴァーはビールを、エリスはウィスキーカクテルを飲んだ。ちょうど公演が終わったところだったので、彼らは、煙草の煙の青い靄越しに歌や踊りを披露している、痩せた働き過ぎの少女なんか見たって全然面白くない、と言って、みんなで「サクランボが熟した!」と叫んで、またルクセンブルクへ行こうと、てくてく歩き出した。この頃にはビールがヴァンドーヴァーの胃に堪え始めたが、目をつむって無理やりビールを喉に流し込んだ。それから、町で一番がらの悪い場所、「スティーブ・ケイシーの店」に行こうという話になった。店は脇道にあった。壁は、かつて一世を風靡したボクサーや昔のコンサートホールの歌手の黄ばんだ写真で覆われていた。床には砂が敷き詰められ、誰も踊る者がいない奥のダンスルームでは、疲れた若者が安物のピアノでポルカやクイックステップの曲を弾いていた。
みんなでシャンディガフを飲んだクリスタル・パレスで、彼らはエリスの友人に出会った。二十歳くらいの若者で、耳が不自由だったので、そのために口がきけなかった。それでも街の若者たちとの交流を熱望するあまり、他の聴覚障害者と一緒に分け隔てされていることを聞き入れようとしなかった。彼はこの出会いをとても喜んで、すぐに合流した。みんなは彼をよく知っていて、「ダミー」と呼んでいた。
この夜、マーケット通りとカーニー通り付近のほぼすべてのバーと酒場で彼らが目撃された。ギアリーとヴァンドーヴァーは確かにだいぶ酔っていた。ヴァンドーヴァーは素晴らしいひとときを過ごしていた。一分たりとも黙ってはおらず、話し、笑い、歌い、絶えず「サクランボは熟した!」と叫んでいた。他に言うことが何も思いつけないときは、「イェーイ、オゥ!って感じだぜ」と叫んだ。
彼らは二時間、ひたすら飲み続けた。ヴァンドーヴァーは泥酔状態だった。ダミーはかなり酔っていたが話をすることは可能だった。これは時々彼に起こることが知られていた変わった特徴だった。ギアリーは時々そうしたように、少し酔いを醒まして、「グロット」の手洗い場で頭と顔を洗った。この後、かなり落ち着いたので彼は飲むのを止めて、みんなの面倒を見ようと心がけ、みんなに代わって酒を注文し、請求書の額を計算していた。
彼らは二時ごろ、ふらふらと揺れながらルクセンブルクに向かって引き返した。ルクセンブルクは、とある劇場の下にある一種のドイツレストランで、とても美味しいドイツ料理を食べることができた。ヴァンドーヴァーはそこでビールとザワークラウトを注文したが、エリスはまたウィスキーを飲んだ。ダミーは喉で異音とも話し声ともつかない奇妙な音を出し続け、ギアリーは真剣な態度でウエイターに、サクランボが熟したと告げた。
エリスは急に酔いが回って、一瞬で潰れた。目のまわりの皮膚が紫色に腫れ上がり、瞳孔が収縮し、視界が顔から一ヤードくらいでとまっているようだった。突然、腕を一振りして、グラス、皿、塩こしょうの瓶、ナイフ、フォークなどのすべてのものをテーブルから払い落とした。
みんなは跳び上がった。一瞬で酔いが覚め、ひと騒動持ち上がるのを悟った。ウェイターはエリスに駆け寄ったが、エリスは相手を殴り倒して、顔を踏みつけようとした。ヴァンドーヴァーとダミーは、エリスの腕をつかんでウエイターから引き離そうとした。エリスは無言の狂乱状態でダミーに向き直り、頭に何度も拳骨を振り下ろした。エリスはしばらく、聞くことも、見ることも、話すこともできなかった。見境がなくなって、押し黙ったまま、酔った勢いで戦っていた。彼の戦い方はヴァンドーヴァーの戦い方と違っていた。
「ここに来て手伝ってくれないか?」エリスと格闘しながら、ヴァンドーヴァーは息を切らし切らしギアリーに言った。「この調子じゃ、人だって殺しかねない。ああ、とにかくウイスキーのせいだ! 気をつけろ……あのナイフを持たせるな! もう片方の腕をつかむんだ、そっちだ! ほら、下から足を蹴り上げちゃえ! よし、思い切り蹴っ飛ばせ! 足の上に座っちまえ、ほら。あっ! くそ! 噛みやがった! 気をつけろ! 用心棒が来ちゃったぞ!」
彼らが床でもがいていると、用心棒と他のウェイター三人が突入した。ヴァンドーヴァーは二度も殴り倒され、ダミーは唇が裂けた。エリスはやっとの思いで再び立ち上がり、黙り込んだまま、同じ調子でみんなと戦った。唇の隅っこに細い泡が溜まっていた。
最後は追い出された。外の通りで集まったとき、ギアリーの姿はなかった。彼はエリスとの格闘の最中にみんなを残して帰ったのだ。まあ、きっと、ああいう状態になった時点で、彼はもうあの連中と一緒にいる気はなかったのだろう。もしエリスがあんな酔い方をするほど愚かであるなら、それは彼自身が気をつけるべきことだった。ギアリーはとどまって酒場から放り出される気はなかった。いや、きっと、彼は賢すぎたからそんな目には遭わなかった。今頃は十分に酔いが覚めて、家に帰ってベッドに入り、ぐっすりと眠っていることだろう。
酒場の喧嘩のせいで、他のメンバーまで完全に酔いが覚めてしまった。エリスはまたおとなしくなった。みんなをああいう騒ぎに巻き込んでしまったことをとても反省していた。ヴァンドーヴァーはひどく胃の具合が悪かった。
三人は腕を組んで、蒸し風呂に向かってゆっくり歩き始めた。途中、終夜営業のドラッグストアに立ち寄ってソーダ水を飲んだ。
* * * * *
その夜、ヴァンドーヴァーは三時間くらい眠った。係員に腕を揺さぶられ、声をかけられて、起こされた。
「六時半ですよ、お客さん」
「ううん!」彼はびくっとして叫んだ。「六時半がどうした? 僕は起きたくない」
「六時半に声をかけてくれってお客さんが言ったんですよ。もう七時十五分前です」
「ああ、わかった、ありがとう」ヴァンドーヴァーは答えた。枕をしたまま顔をそむけた。ひどい吐き気が忍び寄った。頭を動かすたびに、割れそうなほど痛かった。こめかみの奥では、ハンマーでぶっ叩いたように血が脈を打って流れた。口は、油の味がするどろっとした粘液でいっぱいだったが乾いていた。脱力感があり、手が震えた。額は冷え切ってしまい、湿ってべとべとしているようだった。
彼は昨夜のことをほとんど何も思い出せなかった。しかし、インペリアルに行ったことと、フロッシーに会ったことは覚えていた。そしてようやく、六時半に声をかけてくれと言い残したことを思い出した。
他の二人を起こさずに立ち上がって、冷たい浴槽にどっぷりつかり、とてもゆっくりと服を着て、外に出た。店はどこも閉まっていて、通りは閑散としていた。最寄りの住宅街行きの鉄道まで歩いて、外の席に座り、鋭い朝の風をあびるたびに、気分が良くなって安定するのを感じた。
ヴァンネス通りはとても静かだった。時刻は七時半くらいだった。どの家もカーテンは下りていて、あちこちで使用人が玄関の階段を洗っているのが見えた。小さな家の何軒かの前庭に、フランスパンとクリーム入りのガラスの瓶があって、その近くに刷りたての朝刊がねじって丸められた状態で置かれていた。いたるところでスズメか盛んにさえずっていた。まだ空だったが、ケーブルカーが十字路を通過し、窓や金属部分を車掌が掃除していた。はるかかなたの大通りの行き止まりから、早朝のミサのために鳴っているカトリック大聖堂の鐘が聞こえてきた。きちんとした身なりの家政婦が祈祷書を抱えて彼の横を急いで通り過ぎた。その通りの反対側には湾の青い景色があり、タマルパイス山の勇姿が、起きているときのライオンのように水面から盛り上がっていた。
ターナーは小さな教会の前で待っていた。とてもかわいらしく服を着飾り、冷たい朝の空気が彼女を美しい色に染めていた。
「あなたはまだ半分も目が覚めていないみたいね」ヴァンドーヴァーが近づくと、ターナーは言った。「あなたが来てくれて本当によかったんだけど、ヴァン、あなたったらひどい顔をしているわ。こんなに早起きさせて、ひどいことしちゃったわね」
「いや、そんなことはないよ」ヴァンドーヴァーは反論した。「来るのは最高にうれしかったんだから。昨夜はよく眠れなくてね。きみを待たせてなかったらいいんだけど」
「私だってちょうど来たところよ」ターナーは答えた。「でも、そろそろ入る時間だと思うわ」
二人が中に入ると、小さなオルガンが独り言のように静かに低い音をたてていた。それ以外はとても静かだった。朝日がステンドグラスの窓から差し込み、祭壇のまわりを美しく照らした。二人の他にも六人くらい参拝者がいた。小さなオルガンが長いため息をつくようにやむと、白いローブを着た牧師が振り返って聴衆と向き合い、静まり返った中で聖餐式を始めた。「自分の罪を心から真剣に悔い改め、隣人を愛し慈しむあなたたちは……」
他の人たちと一緒に立ち上がったとき、急に頭に血がのぼって、前夜の放蕩の残滓の吐き気と疲労とが、またヴァンドーヴァーを一時的に襲った。自分の体を支えるために、前列の信徒席の背もたれをつかむほどだった。