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ヴァンドーヴァーと獣性  作者: フランク・ノリスの翻訳作品です
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第二章


ヴァンドーヴァーには頑固さや負けん気がほとんどなかった。個性は強くなく、性格は従順だったので、彼はハーバードの新しい環境にすぐに馴染んだ。一学期が終わらないうちに、外見はすっかり典型的なハーバードの学生になっていた。ビロードのベストを着て、グレーのフェルト帽を目深にかぶり、パイプをふかし、まだらのブルテリアを購入した。何かにつけてよく講義をさぼり、看板や床屋のポールをボロボロにし、フォスターの店のまわりや、リーヴィット&ピアースのビリヤード台付近で絶えず目撃された。フットボール大会が始まると、熱狂的な興奮状態に陥り、クラスのチームを作ろうとさえしたが、うまくいかなかった。


彼は、チャーリー・ギアリーと若いドリヴァー・ヘイトという二人のサンフランシスコの少年と親しくなった。この三人はいつも一緒だった。同じ授業をとって、記念館の同じテーブルで食事をし、もし可能であったなら、彼らは同じ部屋に同居していただろう。ヴァンドーヴァーとチャーリー・ギアリーは、運よくキャンパスに面したマシューの下宿の下の階のひと部屋を入手できたが、ヘイトは離れた部屋で我慢せざるを得なかった。


ヴァンドーヴァーはこの仲間と共に成長し、一生の付き合いをする間柄になった。ヘイトは良家の育ちがいい青年で、とてもおとなしくて、ほとんど毎朝、教会に通った。二人の友人に対してさえ、いつも礼儀正しかった。常に感じがよくて気が合うよう努力し、人に好かれる術を心得ていた。彼の性格はこれ以外にあまり目立った特徴はなかった。


ギアリーは全然違った。彼は決して自分を忘れることができなかった。自分がやり終えたことか、これからやろうとしていることを絶えず話していた。朝は、自分が何時間眠って、どんな夢を見たかをヴァンドーヴァーに報告し、夕方は、その日やったことを全部話した。自分が言ったことや、いくつ講義をさぼったか、どれほどすばらしい朗読をしたか、どんな食事を記念館でとったか、を全部話した。押しが強くて、自信家で、とても抜け目がなく、利口で、並々ならぬ野心にむしばまれ、誰かを、たとえヴァンドーヴァーやヘイトであろうと、出し抜けたときは特に喜んだ。ギアリーは物事の管理を喜んで引き受けた。二人が共通してかかえる問題を引き受けているうちに、彼はヴァンドーヴァーを自分の子分にした。マシューの下宿で部屋を見つけ、他の応募者を全員退けて、土壇場で確保したのは彼だった。ヴァンドーヴァーの名前を記念館の順番待ちのリストに載せ、彼が適切な時間に空欄を埋めるのを見届け、会計の帳尻を合わせ、進路の選択や学習カードの作成を指導した。


「ねえ、チャーリー」ヴァンドーヴァーは進路の案内書を投げ出して叫んだ。「僕にはこういうのはわかんないよ。ごちゃごちゃしてるからね。ねえ、どうにかして時間を埋めないといけないんだ。きみが僕に代わってこいつを片付けてくれよ。何か手頃で簡単なコースを見つけてよ、週二時間、そうだな、午前の遅いやつ、朝食をとってからまる一時間は余裕のあるのがいいな。簡単なので、講義だけでさ、時間外に本を読んだりしないで、いい講師の、そういうやつをさ」するとギアリーは複雑なスケジュール表にざっと目を通して、たちまちうまく解きほぐし、ヴァンドーヴァーが希望するようなコースを二、三個見つけてくれた。


ヴァンドーヴァーは従順な性格だったので、ギアリーの独裁に服従することになった。彼はこうして早いうちから楽で無責任な習慣を身につけてしまい、怠け者になり、可能なときはいつでも責任を回避し、ギアリーなら二人のためになることを考えてくれるし、陥るかもしれない困難から自分を救い出してくれる、と信じるようになった。


この三人の新入生はそれ以外はとてもよく似ていた。かろうじて少年の域を出たばかりで、考えも活動も子供っぱさがいっぱいだった。そんな彼らが「大学生活」を知り始めた。ヴァンドーヴァーはすでに煙草を吸っていて、すぐに酒を飲み始めた。ビールは好き、ウイスキーは大嫌い、あまり高価でないワインは甘すぎるか酸っぱすぎた。週に二、三回夜は町に繰り出し、ビリー・パークの店でビールを飲んでチーズトーストを食べるのが三人の習慣になった。しかし、ヘイトはこういうときに、ビールしか飲まず、ワインや蒸留酒には手を出さなかった。


ヴァンドーヴァーが初めて酔っぱらったのは、エール大学とハーバード大学の新入生が戦ったフットボールの試合後の夜のビリー・パークの店だった。それほど酔ってはいなかったが、ただ自分が酔ったという自覚はあった。そして、その事実を知ると、彼はとても怖くなったので、悪酔いはしないですんだ。この初めての感覚はすぐに消え、ギアリーが彼の面倒をみてケンブリッジに連れ帰る頃には、この件をそれほど深刻に扱わなくなっていた。それでも、部屋に着くと、長い間、鏡の中の自分を眺めて、何度も自分に言い聞かせた。「僕は酔ってる……ごく普通の酔い方だが。何てことだ! このざまを見たら親父は何て言うだろう?」


翌朝、自分がそれほど恥じていないことに気がついて彼は驚いた。ギアリーとヘイトはこの件を大きな冗談として扱い、彼が言ったりやったりした面白いことを話したが、ヴァンドーヴァーはそれを完全に忘れていた。たとえこの件を真剣に受けとめたかったとしても、彼にはできなかった。そして数週間としないうちにまた酔っぱらった。ヴァンドーヴァーは自分が特別ではないことに気がついた。ギアリーは彼と一緒になってたびたび酔っぱらったし、彼が知っているハーバードの男たちの優に三分の一は、いろいろな時々に酔っぱらった。ヴァンドーヴァーは、彼らを酔っぱらいだとは考えられなかった。確かに、彼も他のみんなも、ビールが好きだから飲んでいるわけではなかった。五、六杯目の後は、次の一杯を無理して飲むのがやっとだ。なのに、どうして僕は酩酊するのだろう、とヴァンドーヴァーはよく自分に問いかけたが、この質問には決して答えられなかった。


これはギャンブルについても同じだった。最初、お金を賭けてカードをすると発想は、言葉で言い表せないほどの衝撃を彼に与えた。しかしすぐに、仲間の多くが、間違いなく堅実で分別のあるヘイトのような仲間たちが、他の分野で模範になるような人たちでさえ、「そういうことをやる」ことに気がついた。時々ヴァンドーヴァーの「グループ」はマシューの下宿の彼の部屋に集まって、夜遅くまでブラックジャックで、いわゆる「本気の」勝負をした。ヴァンドーヴァーは彼らに加わった。賭け金は少なく、勝つのと同じくらい負けたが、カードの習慣は彼に根付かなかった。これはビールと同じで、他の仲間がやったから、わけもわからずに「それをやった」だけだった。しかしギアリーはギャンブルに一線を引いた。彼はギャンブルに一度も反対しなかったし、ヴァンドーヴァーにも干渉しようとはしなかった。しかし彼は「本気の」勝負に誘われて応じる相手ではなかった。


四月初旬のとても暖かい日曜日の午後、最後の雪が溶けているこの時期に、ヴァンドーヴァーとギアリーは自分たちの部屋にいて、窓際の席で向かい合って座っていた。ギアリーはボンの翻訳を参考にして月曜日の『ホラティウス』を訳し、ヴァンドーヴァーはペンとインクで次の風刺にちなんだ絵を描いていた。二人連れの若い女性が、キャンパスを横切って広場に向かって散歩道を通り過ぎた。安っぽい派手な服装だった。そのうちの一人は、高い襟をした、男物のようなシャツブラウスを着て、スカーフをつけていた。もう一人は手袋を外していて、素手の片方で真っ赤なケープを振り回していた。二人連れは通り過ぎるときに、窓辺にいた二人の若者を平然と見つめた。ヴァンドーヴァーはなぜかはわからなかったが顔を赤くして自分の作品に目を落とした。ギアリーは彼女たちを見つめ返して、相手が通り過ぎるまでその様子を目で追った。


ギアリーはいきなり笑い始めて、窓を叩き始めた。


「なあ、頼むから、やめてくれ!」ヴァンドーヴァーはびっくりして叫ぶと、身を翻して窓際の席を離れ、見えないように部屋の中に引っ込んだ。「やめろって、チャーリー。そうやって女の子を侮辱するもんじゃない」ギアリーは多少驚いて肩越しに彼を見て、返事をしようとしたが、また窓に向き直って、にやにやしながら手を振って叫んだ。


「なあ、ちょっと来いよ、ガリガリ。こっちに来て、きみも見たらどうだ? まあ、いいから来て見ろって、この馬鹿! きみだって、あれをいい女だと思うだろうが? 一度見てみろって」ヴァンドーヴァーがギアリーの頭の陰から恐る恐るのぞくと、二人の女の子が振り返って笑っている姿と、赤いケープの女の子がケープを二人に向けて振っているのが見えた。


その夜の夕食のとき、二人は記念館のギャラリーでその女の子たちを見かけた。二人はヘイトに彼女たちを指し示し、ギアリーはやっとのことでどうにか相手の注意を引くことができた。夕食後、三人の新入生は、二人の二年生の知り合いと一緒に、パイプや煙草に火をつけながら、ゆっくりとキャンパスに向かって歩いた。曲がって下手の門を入るとすぐ、彼らは同じ二人の女の子に出くわした。彼女たちは足早に歩いて、大声で談笑していた。


「追いかけよう!」二年生の一人が声をあげると、若者のグループは道をあけて、彼らを行かせた。二年生は残念がるように「そんなに急がないでよ、きみたち」と叫んだ。ヴァンドーヴァーは真っ赤になって顔をそむけたが、女の子たちは振り返って愛想よく笑った。「ねえってば」二年生は言った。みんなは女の子を囲んで、足止めしたが、彼女たちはこれに困惑しないどころか、それまで以上に笑った。どちらもきれいではなかったが、彼女たちにはヴァンドーヴァーをすごく喜ばせるある種の魅力があった。彼はとても興奮した。


それから、とても気まずい間があった。何を言えばいいのか誰にもわからなかった。ギアリーだけがようやく自信を取り戻して、そのうちの一人と盛んに軽口を交わし始めた。他のメンバーは、ただ立って微笑むことしかできなかった。


「ねえ」しばらくして、もう一人の女の子が叫んだ。「雪の中を、こんなところに夜通し立ってるなんてごめんだわ。歩きましょうよ、一緒に行こう。私、あなたにするわ」ヴァンドーヴァーが気づかぬうちに、彼女は彼の腕をつかんでいた。二年生はどうにか別の女の子とペアになることができた。ヘイトはすでにこのグループを離れていた。二組のカップルは出発したが、ギアリーと、取り残されたもう一人の二年生は、きまり悪そうに少し後をついて行ったが、やがて姿を消した。


ヴァンドーヴァーは興奮のあまり、ろくに話すことができなかった。これは新しい経験だった。最初は惹かれたが、自分のそばにいるこの女の子の、救いがたい品のなさ、安っぽい服装、下品でくだらない話、スラング、ひどい悪態は、すぐに彼を不快にし始めた。こんな女の子が自分の腕にぶらさがっていたのでは、自尊心を保てたもんじゃないと感じた。


「ねえ」やがて女の子は言った。「私、こないだの午後、街で、ワシントン通りで、あなたに会ってないかしら?」


「多分、会ったかもしれませんね」ヴァンドーヴァーは礼儀正しくしようと努めながら答えた。「僕はよくそこに行きますから」


「だと思った」女の子は答えた。「ハーバードでスポーツやる人って、土曜の午後はいつもワシントン通りをぶらついてるわよね。そこであなたをよく見かけたと思うんだけど、気がつかなかったわ。あなた、立ってる、それとも歩く?」


ヴァンドーヴァーは嫌気が差して胸がむかむかした。急に立ち止まって、この女の子から離れた。彼女が彼を不快にしただけではなく、彼は彼女を憐れだと感じた。これほどまでに堕落した女性を、恥ずかしい、かわいそうだ、と感じた。それでも彼は彼女に礼儀正しくしようと努めた。どんな女性であろうと失礼な態度をとる術を彼は知らなかった。


「許してほしいんだけど」帽子を取りながら言った。「僕は今夜、あなたと一緒に歩いてはいられないんです。僕は……その……やらなきゃならない仕事がたくさんあるんです。あなたとはここでお別れしなければなりません」そして、ヴァンドーヴァーは帽子を手にしたままお辞儀をして、相手が一言も返せないうちに急いで立ち去った。


彼は、自分たちの部屋にひとりでいるギアリーが、また他人の作品を使って「ホラティウス」を訳しているのを見つけた。


「ああ、きみか」ギアリーは言った。「ああいういかがわしい女は、こっちから願い下げだね。僕はすぐに彼女たちの正体を見抜いたよ。僕はこういうことにかけては頭が回るんだ。ああいうのは感心しないな。きみはああいうので十分なのかと僕は思ったよ」


「うーん、僕にはわからないな」少ししてから、ヴァンドーヴァーは絵を描きながら言った。「彼女は割りと普通だったけど、いずれにしても、僕はああいうかわいそうな女の子をこれ以上堕落させるのに手を貸したくはないんだ」ヴァンドーヴァーにはこの言葉が、とてもまともで立派に聞こえた。そして翌日、これをヘイトに向かって繰り返すチャンスを見つけた。


しかし、それから三日としないうちに、そのときヴァンドーヴァーはこの出来事をとっくに忘れていたつもりだったが、奇妙な反動を経験した。ある晩、彼はわけのわからない本能に動かされて、たった今、自分を深い憐れみと激しい嫌悪で満たしたこの娘を探し出した。そしてその夜、彼はマシューの下宿の部屋に戻らなかった。自分でも気づかないうちに、事は済んでしまった。自分がどうしてそんな行動をとったのか、彼にはわからなかった。しかも自分にそんなことができるとはきっと思ってもいなかっただろう。


辛さと強さの度合いがほとんど女性と同じ恥辱と不名誉の感覚に押しつぶされて、本当に後悔に苦しみながら、彼はその後の数日を過ごした。自分は死んだ、何の価値もない、ひどい偽善を装いでもしない限り、二度と純粋な女性の目を見られない、と感じるほどだった。彼は、ギアリーやヘイトの前でも恥ずかしくて、やがて自分がしてしまったことを認めて嘆き、許しを請い、今後永久にこういうことをしないと決意を繰り返して、父親に長い手紙を送った。


少年の中の恥ずかしがり屋だった部分は、青年の中で女性に対する深い尊敬と本能的な心遣いへと成長を遂げた。これはハーバード生活の四年間を通して、かなり彼の役に立った。彼はいつもかなり生真面目な態度を崩さなかった。ケンブリッジには尻軽娘や自堕落な女がたくさんいたが、ヴァンドーヴァーは彼女たちが相手では満足のいく付き合いができないことに気がついた。彼女たちをどう受けとめたらいいのかがわからなかったし、丁重に扱われるべきであるという考えを捨て去ることができなかった。女性の側は彼を好まなかった。彼があまりにも内気で、あまりにも礼儀正しく、あまりにも「奥手」だったからだ。彼女たちは、絶対に返事として「ノー」を受け入れず、彼女たちの立場で彼女たちとからかい合える、ギアリーの遠慮しない自己主張や気楽な自信の方が好きだった。


ヴァンドーヴァーは、ハーバード大学での成績が振るわず、ギアリーが言う「間一髪」で卒業した。通常の勉強のほかに、週三回午後にボストンの芸術家のアトリエに通う時間を作って、解剖学と構図を学び、裸から人物を描いた。夏休みに帰省せず、この芸術家に同行してメイン州の海岸を巡るスケッチ旅行に出かけた。彼が平面的な研究を捨てて、自然から直接学び始めた瞬間に、作風は大幅に向上した。人物を上手に描いて、荒れ果てた風景に対する感性を示し、色を見極める優れた目を期待させさえした。しかし彼は芸術にかまけて、絶えず大学の勉強に支障をきたしていた。最終学年の半ばまでに、いろいろな問題をたっぷり背負わされたので、何とか切り抜けたのは、ただただギアリーの飽くなき指導のおかげだった……補足すると、ヴァンドーヴァーはそうなることを知っていた。


二十二歳になるとヴァンドーヴァーはサンフランシスコに戻った。これは驚くべきことだった。彼が出ていったときは、ニキビ面の、異様にでかい少年で、巣立ちするヒナのように未熟で経験不足で、人前ではぎこちなく、内気で、不器用だったのに、背が高くて、体格がよくて、服装のこととなると女性と同じように気を使い、態度がとても上品な、ハーバードの卒業生が今、戻ってきた。おまけに、人を楽しませてくれる会話上手だった。父親は喜び、みんなは彼を魅力的な人だと公言した。


彼らは正しかった。ヴァンドーヴァーはこのときが全盛期だった。彼が優れた才能の持ち主であることは否定できなかったが、このことにとても謙虚だったので、彼が本当にどれほど賢いかを知る人は少なかった。


彼は晩餐会やパーティーに出かけて行き、少し社交界での活動を開始した。彼は大変な人気者になった。男性に好かれたのは、変に気取ったところがなく、まっすぐでわかりやすかったからであり、女性に好かれたのは、とても礼儀正しくて、相手を敬うからだった。


彼には悪癖がなかった。彼は、大学生活の試練を乗り越えて、責任を何となく嫌がるとか、嫌な仕事を避けがちである、以上の深刻な習慣を身につけずに卒業した。カードなど考えたことがなく、ビール一杯を飲むこともまれだった。


しかし、彼は帰ってきて大きく失望した。サンフランシスコ経済は長い衰退期に入り、物価は下落基調で、家賃は十年間どんどん下がり続けていた。同時に、ローンや保険の金利は上昇し、不動産は停滞した。ある人は、都市と州の両方を荒廃させているある大きな独占企業について辛辣に語った。ヴァンドーヴァーの父親も、他の人たちと一緒に苦しんでいた。今度は息子に、今はお前をパリにやる余裕はないと言った。もっといい時節を待たなければならないだろう。


最初、これはヴァンドーヴァーにとって、大きな悲しみだった。彼は何年もの間、カルチェ・ラタンで芸術家の生活をするのを楽しみにしていたからだ。しばらくはやるせない気持ちだったが、やがて、ハーバード大学に入学したときと同じように、少しも残念がらずに、新しい秩序に適応しようと穏やかに自分を再調整した。彼は、自分がほとんどどんな環境にも満足できること、自分の性格の弱さとある種の柔軟性が自分を新しい枠組みに簡単に適合させてしまうこと、新しい状況に合うように自分を作り変えてしまうこと、に気がついた。父親を説得して、ダウンタウンにアトリエを持つ許しをもらった。しばらくすると、彼はまた完全に幸せだった。


自分の芸術に向けるヴァンドーヴァーの愛情は強烈だった。全体として、彼はかなり着実に作業を続け、毎日六時間イーゼルに向かって過ごし、手がけている絵に夢中だった。メイン州の海岸でしたスケッチを大きなキャンバスに仕上げていた。空、海、砂丘が大きく何もなく広がっていて、風と日差しはふんだんにあった。作品は実に見事だった。そのうちの一枚を売ることさえあった。老紳士は喜び、二十ドルの小切手にサインして、三年後には彼を海外に送るゆとりができると言った。


それまでの間、ヴァンドーヴァーは新しい生活を楽しむことにした。少しずつ彼のまわりには「グループ」ができた。もちろん、ギアリーとヘイトがいて、それから若い弁護士、医学生、保険会社の事務員といった街の若者が六人くらいいた。こうしてヴァンドーヴァーは、大学の枠を超えた人生のさまざまな面を見始めたので、禁酒、禁欲、清く正しい生活をする自分は、男性の中では例外である、ことをますますはっきり認識した。


クラブや喫煙所で、自分が常々、下劣だとか言語道断だと信じていたある種の習慣が、声高に笑いものにされて論じられるのを耳にした。今まで神聖な尊敬の念を抱いて考えていた数々の事柄が、散々物笑いの種にされていた。数年前なら、このすべてにぞっとしただろう。大学で経験を積んでからは、この最高の感覚の繊細さが鈍化していたが、今は友人たちのこういう部分にも寛大だった。


ヴァンドーヴァーは徐々に、自分の考えや好みがこの新しい秩序によって成形されるのを容認した。都会の若者の習慣に合わせて、彼らの生活の別の低俗な一面を自分の目で見るのはかなり興味深かった。それは真夜中過ぎに、遊べるカフェの個室で始まって、贅沢なシルクがさらさら音を立てる中、麝香のきつい香りが漂うサロンで続けられた。


この魅力は彼の中でゆっくり大きくなり、やがて本当の強い感情に変わった。彼のたくましい芸術家の想像力は、魅力的で官能的な絵の世界で満たされ始めた。


女性に対する生まれながらの尊敬や気遣いがうっとうしくて、腹が立ち、やがてそれを軽んじるようになり始めた。邪悪な欲望、何も目に入らない向こう見ずな男性の欲望が自分の中で大きくなると、彼は長い間自分の前に立ちはだかっていたこの障壁を壊し始めた。これは自分の中の最善の部分の、意図的な考えた上での堕落だと知って、彼はこれを悔やんだが、それでも、昔の引っ込み思案や、無知や、子供っぽい純粋さが恥ずかしかったので我慢した。


再び、彼の中の動物が、悪逆非道な(けだもの)が、目覚めて蠢動した。抵抗しようという考えはヴァンドーヴァーにはほとんど起きなかった。抵抗は大変で面倒くさかった。大変で面倒な務めを果たすことにヴァンドーヴァーは慣れていなかった。これは彼が避ける不快なもののひとつだった。やがて、もっと年をとって、もっとしっかりして、経験や世の中の知識が糧になったときに、ずばり言うと、もっと強くなったときに、手綱をつけて制御しよう、と自分に言い聞かせた。そうすれば危険はないと考えた。これは他の男たちが何の罰も受けずにやっていることだった。


ヴァンドーヴァーはギアリーやヘイトと一緒に、街の遊べるカフェに頻繁に通うようになった。そこでフロッシーという女の子に出会って知り合いになった。これは、彼が待っていたチャンスだったので、すかさずそれをつかんだ。


このときは、良心の呵責も、後ろめたさも、後悔もなかった。自己評価の向上さえ、より幅広い経験とより大きな人生の視界と共に生じる自尊心さえ、感じた。すべての男性が一度は世の中のこういう面に遭遇しなければならないのだ、と自分に言い聞かせた。これが人生を完成させるのだ。結局のところ、人は世間を知る人にならなければならない。こういう悪癖に自分が堕落させられてしまうのを許す者だけが堕落者なのだ。


こうしてヴァンドーヴァーは徐々に都会の若者のある特定の階級の生活に溶け込んでいった。悪癖は彼に定着しなかった。獣は彼の中でひと回り大きくなっていたが、その生き物が自分の手中にあることを彼は知っていた。彼が獣の主人だった。ごくまれにしか獣の要求を満たすことを許さなかったが、その獣の忌まわしい渇望を、自分の身を削って満たしていた。それが自分の最も純粋で、最も清らかで、最善な部分であることは承知の上だった。


こうして三年が過ぎた。



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