第十三章
四旬節の直前、ヴァンドーヴァーの父親が亡くなってから約三か月後のこと、ヘンリエッタ・ヴァンスが自宅でダンスパーティーを開いた。この催しは、コティヨンの女性が同じクラブの男性向けに開催していた一連の行事のひとつだった。ヴァンドーヴァーは、彼がコロナドにいる間にあった最後の回を除いてすべてに出席していた。こういう催しに出れば、ギアリー、ヘイト、ターナー・レイヴィス、そしてグループの仲間全員に会えると信じていたし、いつだってとても楽しいひとときを過ごしてきたものだった。父親の死後はすっかり鳴りを潜めてしまい、ほとんど外出していなかった。実際、アイダ・ウェイドの死後、沿岸の船旅に出てからは、男性以外の知り合いには全然会っていなかった。しかし、彼は今、このダンスパーティーに行って、それを機に彼が知る世界にもう一度戻ろうと決めたのだった。このころには父親の死にもだいぶ慣れてしまい、楽しい時間を過ごしてはいけない理由を見出せなかった。
最初はターナーに一緒に行ってもらおうと思ったが、結局一人で行くことにした。一人で行く方がいつも楽しい時間を過ごせたからだ。ヘイトはターナーを誘いたかったが、てっきり、ヴァンドーヴァーが連れて行くものと思ったので誘わなかった。ターナーは最終的にデルフィーヌにエスコートを頼んだ。
ヴァンドーヴァーは八時半頃、ヘンリエッタ・ヴァンス邸に到着した。作業員が二人で、歩道にまで届く日よけの最後の綱を張っていた。家のどの窓にも明かりが灯っていた。玄関のドアは、客がチャイムを鳴らす前に開けられ、ヴァンドーヴァーはドアの仕切りカーテンの越しに客間を垣間見ながら、階段をのぼった。客はまだいなかった。床は帆布で覆われ、壁はシダの葉で飾られていた。仕出し屋の一人が窓の凹んだ所でパンチボウル二つとたくさんのガラスのコップを並べていた。三、四人の音楽家がピアノのまわりに集まって調律し、コルネットの抑えられた音に耳を傾ける者が一人いた。空気はナデシコとバラのラ・フランスの香りがきつかった。
薄い綿の白い帽子をかぶったバンス家の次女が、階段の曲がり角で、男性用更衣室へ案内してくれた。そこはヘンリエッタ・バンスの兄の部屋だった。彼の前に十数人いた。ある者はオーバーコートを丸めて杖と一緒に部屋の隅にしまい、またある者は一緒になって笑いながら煙草を吸い、他にも鏡の前で髪をとかしたり、靴下の足でベッドに座り、エナメル革に息を吹きかけて、はく前に温めている者がいた。知り合いが誰もなく、しょんぼりと佇み、新しい手袋のボタンのティッシュペーパーをねじったり、部屋の壁の絵をぼんやり眺めている者が一、二名いた。時々、男性の一人がドアまで行って廊下をのぞき、エスコートしている女性が更衣室からすでに出てきて下へ降りようと待ち構えていないかを確認した。
中央のテーブルには、葉巻が三箱と煙草の箱が大量にあり、書物机のまわりには余分なヘアブラシ、洋服ブラシ、飾りピンの紙が置いてあった。
ヴァンドーヴァーは入るときに、知り合いの男たちに愛想よく会釈し、帽子とコートをベッドの下に隠すと、体を揺さぶって服をなじませ、ネクタイを直した。
家は急に人でいっぱいになった。外の通りで車輪の回転が減って、馬車のドアがバタンとなり、階段をのぼっていく硬いスカートが休まずガサつくのが聞こえた。女性用更衣室からは、大きくなっていくソプラノの喋る声がして、下の階では、奥の客間のピアノのまわりにいるオーケストラが、どんどん大きくうなったり叫んだりし始めた。廊下や階段のあたりでは、糊のきいたシャツの胸のほのかな輝きと、磨きぬかれたシルクハットの艷やかさを交互に見せる、白鳥の羽で縁取られた白と青のオペラクロークが垣間見えた。匂い袋やスミレの香りが、薔薇やナデシコの香りと混じり合ってそこはかとなく漂っては消えた。にぎわいと興奮の雰囲気が家中に広がり始めた。
「よお、大将!」「やあ、ヴァン!」チャーリー・ギアリー、ヘイト、エリスが一緒にやって来た。「やあ、みんな!」ヴァンドーヴァーはヘアブラシを片手に、鏡から向き直った。彼は髪を平らに整えようとしていた。
「これを見ろよ」ギアリーはすでにいっぱいになっているダンスカードを見せながら言った。「ダンスはすべて埋まったぞ。前回のイベントのときにこれに気をつけて、そのときに全部手配して約束をとりつけたんだ。ああ、絶対に、僕はどのダンスでもあぶれないよ。こうやってかっさらうもんだ。それにしても」彼は続けた。「昨夜はぐっすり眠ったな。今夜は遅くまで外出するとわかってたから、九時に寝て、七時まで目が覚めなかったよ。朝食には美味しいカツを食べたしな」
ギアリーが人生で最初の昇進をしたのはまさにこのときだった。オーバーコートを脱いでいるときに、〈ビール&ストーリー〉という立派な会社の主任事務員のビール・ジュニアが彼のところにやって来た。
「フィッシャーさんはどうですか?」ギアリーは尋ねた。
ビール・ジュニアは彼を隅っこに引っ張って行き、低い声で話した。「きのうよりもさらにひどい」彼は答えた。「彼には休みを与えなければならないと思う。そのことできみに話したいことがある。できれば、ギアリー、少なくともこの契約が片付くまで、しばらく、きみに彼の代わりを務めてもらいたい。フィッシャーのことはわからない。しょっちゅう病気になるからな。完全にやめてもらわなければならなくなるかもしれないと心配している」
突然、下の階でオーケストラがハーモニーを奏で、ワルツのテンポとリズムで勢いづいた。ダンスが始まっていた。更衣室の周辺や階段のてっぺんは、かなりバタバタしたり、慌ただしい動きが出てきて、みんなが下りて行った。正面の客間のマントルピースのそばで、ヘンリエッタ・ヴァンスとターナーがヴァンス夫人の両側に立って、単身、カップル、あるいは騒がしいグループのさまざまな客を出迎え、握手を交わし、談笑していた。
まだ誰も踊っていなかった。コルネットが鳴り響いて、オーケストラがとまった。一斉に大勢が集まって、喧喧囂囂の中、押し合いが始まった。カードがどんどん埋まっていく中で、人気のある女の子たちのまわりには大勢の男性がむらがり、女の子のカードが手から手へ渡っていった。その間、女の子はどうすることもできないまま、みんなに感じよく微笑みかけた。ダンスのカードが足りなくなり、男性の中には名刺を使わざるを得ない者もいた。片手にカードを持ち、もう一方の手に短い鉛筆を持って、証券取引所のブローカーのように、押し合い、肘をぶつけ合い、互いの頭越しに声をかけ合い、人混みから人混みへと走り回った。
しかし、ギアリーは冷静に歩き回り、満足の笑みを浮かべ、ご機嫌だった。時々、先を急いでいる興奮した男性の知り合いを足止めして、何週間も前に作った自分のカードを見せて言った。「どうだい? 僕は全部決まってるんだ。前回のイベントのときに全部予約済みだからね。予備の分さえ六つあるよ。かっさらいたかったらこうやることだな」
若いヘイトはとても人気があった。どこへ行っても、女の子が彼にうなずいて微笑みかけ、彼が声をかける前から彼のカードの場所を空けておく者さえ大勢いた。
エリスは混乱に乗じて姿を消した。人のいない更衣室に潜り込んで、葉巻を一本選び、ベストのボタンを外して椅子に腰掛け、別の椅子に足を乗せた。ダンスのざわめきは、長い気持ちをなごませるささやきのようになって彼のもとへ届いた。彼はそれを自分独自の変わった方法で楽しんだ。耳を傾け、煙草を吸いながら、人のいない更衣室で羽根を伸ばしてくつろいだ。
ヴァンドーヴァーはターナー・レイヴィスに近づき、微笑みながら手を差し出した。彼女は彼を見たとき、妙に困った様子で、彼に笑顔を返さなかった。ヴァンドーヴァーはカードを見せてほしいと頼んだが、彼女はすばやく彼の手を振りほどいて、自分は早めに家に帰るつもりだから全然踊らないし、踊るどころか実は「もてなし」をしなければならないことを伝えた。彼女の機嫌を損ねたのは自分のせいなのがヴァンドーヴァーにはわかっていたので、今夜一緒に行こうと誘わなかったからだと早急に結論づけた。
今夜あとで彼女に会うことにして、それまでに何か適当な言い訳を考えようと決めながら、彼はまるで何事もなかったかのように、ターナーからヘンリエッタ・ヴァンスの方を向いた。ヘンリエッタ・ヴァンスは彼の手を見ようとさえしなかった。普段はとても陽気な女の子で、いつも笑う娘なのに。このときの彼女は、にこりともせず、怒りと驚きを同時に浮かべて真正面から彼を見すえた。どんなものでもこれほどの憎悪と不快は抱けそうもなかった。ヴァンドーヴァーは手をポケットに戻して、すべてを笑い飛ばそうとし、いつものように自分と一緒になって彼女を笑わせようとして言った。「やあ! 今夜の調子はどう? 今日の午後は気持ちのいい朝だよね」「あなたはお元気?」彼女はピリピリして答え、笑うまいとした。それから、ぶっきらぼうに背を向けて、ヘイトの小さな従姉妹のヘティに話しかけた。
ヴァンス夫人は、少女たちのような、困惑も緊張もしなかった。夫人は冷静にヴァンドーヴァーを見すえ、独特の笑みを浮かべて言った。「ヴァンドーヴァーさん、ここでお会いするなんて驚きね」
一時間後、ダンスは最高に盛り上がった。ほとんどすべての曲がワルツかツーステップで、音楽はダンス用にアレンジされた当時の話題曲と人気のメロディだった。
十時半頃、二つのダンスの間にコルネットが高らかに鳴った。会話はぴたっとやんで、ピアノのそばに立っていたヘンリエッタ・ヴァンスの兄が「次のダンスは特別に用意した最初の曲です」と叫んで、すぐに「ワルツです」と付け加えた。ダンスが再開された。音楽の切れ目に、リズムにのった足の動きが一、二、三のテンポで床を擦る音が聞こえた。
カップルの中には、すばやい動きでワルツを踊り、回転しながら部屋中を巡り、シルクのスカートを回したり揺らしたりしながらコーナーを回るものがいた。女の子の顔は紅潮し、汗をかいていた。目は半分閉じ、むき出しの白い喉は火照って汗ばみ、速い呼吸に合わせて膨張と収縮を交互に繰り返していた。ダンスはこの女の子たちに、独特の影響をもたらした。たて続けの運動、光の渦、部屋の熱気、花のきつい香り、音楽のリズム、さらには肉体的疲労さえもが、彼女たちの過敏な女性らしい神経に奇妙な形で反応した。繰り返される感覚の単調さは軽い催眠効果を生み、病的でヒステリックな快楽は、痛みと混ざったので一段と味わい深くなった。こういうのは、自分たちは一晩中だって踊れる、倒れるまで踊れる、と公言しているのを誰もが耳にする女の子だった。
他のカップルは、両腕が体と直角になるようにしっかり伸ばして、最大の疲労感と真剣さをあらわにした。
パートナーのいない不幸な男性たちはドアや廊下のまわりに突っ立って、他人が踊るのを見物して楽しんでいるふりをしていた。しかし、そのうちの何人かは更衣室に上がって、互いに、さらにはエリスと知り合いになり、休みなく煙草を吸い、ビジネス、政治、さらには宗教について語り合った。
女性用更衣室では、メイドの二人が頭を寄せ合い、低い声で長話をしていた。どうもそれは何か恐ろしいことに関係していた。絶えず「まあ!」だとか「へえ!」と叫んで、急に互いから離れるように深く座ったり、頭を振ったり、下唇を噛んだりしていた。ホールの最上階では、最高に着飾った使用人たちが手すりから体を乗り出し、互いを小突き、かすれた小声でひそひそ話し、水仕事でふくれた太い指を指したりしていた。階段の上にも下にも、ダンスに参加しないカップルがいて、そのうちの何組かは最初の踊り場の上のホールにある円形のソファーに座っていた。
音楽がとまり、その場の空気に話し声のざわめきを残したまま、カップルはいったんバラバラになった。しかし、盛大な拍手が起こると、疲れた音楽隊は果敢に演奏を再開した。
短いアンコールが終わると、レモネードとパンチを求めて人が殺到した。客たちは飲み物のまわりに群がって、互いに冗談を言い合った。「やあ! また会いましたね?」「いや、これはまいったな!」「これでここであなたに会うのは六回目ですね」
地下室からコーヒーの香りが漂ってきた。時刻は十一時半頃。次のダンスは夕食後のダンスで、男性たちは何週間も前からこのダンスの約束をしていた女性を探して、階段や客間、温室をしきりに探し回った。音楽隊は行進曲を演奏していた。カップルは一列になって狭い階段を降り、女性は手袋を外していた。疲れた音楽隊は体を伸ばし、目をこすり、人のいなくなった客間で大声で話し始めた。
夕食は地下にある巨大なビリヤード室に用意され、嵐のようなにぎわいの中で食べられた。同じ仲間やグループが同じテーブルに集まろうとした。ヘンリエッタ・ヴァンスの仲間は特に騒々しくて、彼女のテーブルでは甲高い叫び声と大笑いが絶えなかった。食事は、牡蠣のア・ラ・プーレット、テラピンのサラダ、コロッケで、ワインはソーテルヌとシャンパンだった。ナッツとデザートと一緒にクラッカーが出てきた。数分のうちに部屋中でバーン、ポンと音がした。
パートナーのいない、共通の悩みを乗り越えて知り合いになった不幸な六人は、離れたテーブルに集まった。エリスもその中の一人だった。彼は一人頭二十五セントを徴収して、ウェイターに一ドル半のチップを渡した。このウエイターがシャンパンのボトルを余分に運んでくれたので、彼らはそれにこの夜の無聊の慰めを見いだした。
夕食後に、再びダンスが始まった。夕方の初めにあった小さな堅苦しさや気兼ねはなくなっていた。この頃にはもう、この不幸な六人を除いて、ほぼ全員が他の全員と知り合いだった。美味しいディナーとシャンパンは、みんなを上機嫌にし、みんなはとても陽気になり始め、手品師の帽子や薄い紙のフリジア帽をかぶったまま、ヴァージニア・リールを始めた。
ヘイトはその夜できるだけターナー・レイヴィスと一緒にいて、とても幸せで興奮していた。何かがあったのだ。彼にはそれが何かを正確に言うことはできなかった。というのも、表面上ターナーはこれまでと同じだったからだ。彼女の言動には何の異変もなかったが、彼女の態度や彼女を包む雰囲気に、何かとらえどころのない微妙なものがあって、それがヘイトを震えさせた。彼に有利な変化があったのだ。ターナーは僕と一緒にいたがっている、彼女なりの何か神秘的な方法で、僕にそう思わせようとしている、とヘイトは感じた。しかし、ターナーにはその自覚がほとんどなく、この変化は彼女の目より僕の目の方がはっきり見えている、とヘイトは理解できた。
夕食後すぐに、ターナーが帰ると言い始めたとき、「本当にもう帰らなくちゃいけないの?」と彼は言った。二人は階段の角の椰子の木の下にいてダンスから遠ざかっていた。
「ええ」ターナーは答えた。「ハワードがはしかにかかったんで、早く帰るって約束したのよ。デルフィーヌが私を迎えに来ることになってるから、もうここにいるはずだわ」
「デルフィーヌ?」ヘイトは叫んだ。「ヴァンと来たんじゃないの?」
「違うわ」ターナーは静かに答えた。彼女の態度と、その言葉の言い方だけで、ヘイトはすぐにターナーがヴァンドーヴァーと完全に決別したことを知った。ターナーの家で彼女とした話が瞬時によみがえった。ヘイトは一瞬ためらってから尋ねた。
「何かあったの? ヴァンが何かしたの……気にしないで、別に意味はないんだ。これは僕には関係ないことだとは思うよ。でも、僕はあなたが彼を大事にしてることを知っているからね。すまないけど、もし……」
しかし、ヘイトはすまないと思っていなかった。そういう態度をとろうとはしたが、嬉しくて体内では心臓がバクバクしていた。ヴァンドーヴァーさえいなくなれば、すべてが変わることを彼は知っていた。ターナー自身がそう言っていたのだ。
「ええ、何もかも悪いわ」ターナーは目に涙を浮かべて言った。「ヴァンにはとても失望したわ、ああ、ひどく失望したわ」
「わかってますよ、そうですね、あなたが言いたいことはわかってると思います」ヘイトは低い声で答えた。
「ああ、お願いだから、その話はしないで」ターナーは叫んだ。しかし、ヘイトはこのときやめられなかった。
「じゃあ、ヴァンはもう本当に関係ないんですね?」と尋ねた。
「ええ、そうね」ターナーは彼がどうしたいのかがわからないまま叫んだ。「ええ、そうよ、どうすれば、私……どうすれば、私、彼を大切に思えるの……あんなことがあった後で?」
かなりきまり悪い思いをしながら、ヘイトは続けた。「今のあなたにつけ込むのは不公平だとわかっているけど、以前言ったことを覚えてますか? もしヴァンドーヴァーが関係なくなったら、もしかしたら、その……あるのかな……僕にもチャンスがあるかもしれないのかな?」
ターナーはしばらく黙り込んで、それから言った。「ええ、覚えてるわ」
「じゃあ、今はどうなんですか?」ヘイトは神経質な笑いを浮かべて尋ねた。
「ああ」ターナーは答えた。「どうして私にわかるのよ……こんなに早く!」
「あなたはどう考えてるんですか、ターナー?」ヘイトは食い下がった。
「考えたこともないわ」ターナーは答えた。
「じゃあ、今、考えてください!」彼は続けた。「僕に言ってください……どう考えてるんですか?」
「何がよ?」
「いや、僕が言いたいことはわかるでしょ」ヘイトはまるで小さな子供のように答えた。「あの日曜日の夜、あなたが自分の家で言ったことです。頼むから言ってください、それが僕にとってどれほど大きな意味を持つのか、あなたはわかってない」
「ああ、デルフィーヌがドアのところにいるわ!」突然ターナーが叫んだ。「そろそろ、本当に、私、下に降りないと。彼女ったら、どこに行けばいいのかわかってないんだわ。まったくお馬鹿さんなんだから!」
「駄目です」ヘイトは答えた。「話すまで行かないでください!」彼は手をつかんで、放そうとしなかった。
「ああ、そうやって私を追い詰めるなんて、あなたったら何て意地悪なのかしら!」ターナーは照れくさそうに笑いながら叫んだ。「行かないと、私……まあ……行くべきじゃないのはわかるけど。ああ……嫌いよ、あなたなんて!」ヘイトは彼女の手のひらを上に向けて、手袋のボタンの位置を示す、小さな円形の圧痕にキスをした。それからターナーは手を振りほどいて、下の階に駆け下りた。ヘイトはそれよりもゆっくりした足取りで後を追った。
更衣室に戻る途中でターナーはホールを横切る彼にまた会った。
「私が帰るのを見送りたくないの?」ターナーは言った。
「僕がしたいとでも?」ヘイトは叫んだ。
「ああ、忘れてたわ」ターナーは叫んだ。「あなたは無理ね。私がさせないから。あなたは他にダンスの約束がおありなんでしょ!」
「ああ、他のダンスなんてどうだっていい!」ヘイトは叫んだが、ターナーは腹を立てる代わりに微笑んだだけだった。
一時頃、全体に帰る動きがあって、ヘンリエッタ・ヴァンス夫妻に声がかけられた。青と白のオペラクロークが再び現れて、そこに居座っていたカップルたちの邪魔をしながら階段を降りていった。馬車のドアがバタンと閉まり、車輪のガラガラ動き出す音が再び通りで始まった。音楽隊はもうしばらく演奏した。人が減るにつれて、ダンスのスペースは広くなり、その結果、踊る喜びも大きくなった。この晩の終わりを締めくくる最後のダンスは、他のすべてのダンスよりも一段と楽しかった。しかし、散会の動きは早かった。ターナーはすでに帰っていた。ヴァンス夫人とヘンリエッタはマントルピース前の自分たちの位置に戻り、ケープコートを着た男性やコートにくるまった女性たちに囲まれた。みんなは「さようなら」とか「おやすみ」と声をかけて、ヴァンス夫人とヘンリエッタにこの催しが楽しかったことを請け合っていた。突然『埴生の宿』の演奏が始まった。まだ踊っている人たちは名残惜しんで叫んだが、そのままこのメロディに合わせてワルツを続けた。オーバーコートやラップコート姿で踊り始める者もいた。とうとう疲れた音楽隊は演奏をやめて楽器のケースに手を伸ばした。残っていた客たちは自分たちが最後の組になるのではないかと急にあたふたして、更衣室へ逃げ込んだ。更衣室は大混乱で、みんなが急いでいた。男性更衣室は、コートやマフラーの身支度で大忙しで、置き忘れた手袋、帽子、杖探しがつづいていた。話し声の低いざわめきが始まると、会話の断片が部屋を横断するように飛び交わされていた。「ジミー、僕の帽子を見なかったか?」「僕が話していた女の子に会ったかい?」「やあ、大将! 今夜は楽しめたかい?」「帽子をなくしたのかい? いやあ、僕は見てないな」「そうだよ、十時半頃ってとこだな!」「まあ、そのことは僕が自分であいつに言ったよ!」「ああ、そこでものにするのは、あの活発に動くあいつだよ」「じゃあ、四時頃来てよ」「うちの馬車で帰るっていうのはどうだい?」
女性たちは更衣室の入口で連れの男性と合流した。ホールに集まった人たちは、ゆっくり階段をおりて、正面の階段に出た。最初のグループが外に出ると、大きな叫び声が上がった。「あっ、土砂降りだ!」この叫び声は取りあげられて、繰り返されて、家の中のずっと奥まで伝えられた。狼狽と苛立ちの叫び声があがった。「おい、雨が降ってるよ!」「どうしよう!」落ち着いていられなくなり、兄弟姉妹が傘を巡って喧嘩をしていた。「ああ」ギアリーは玄関で傘のカバーをはずしながら嬉しそうに言った。「出かける前に雨が降ると思ったんで、傘を持ってきたんだ。ああ、僕はいつも雨には気をつけてるからね!」案内係が踏み台に立って、声をいっぱいに張り上げて馬車を呼んでいた。通りにはクーペ、キャリッジ、ハックなどの馬車があふれかえっていて、馬車のランプが放っている光を横切るときに、ぼんやりと金色に輝く雨粒が見えた。馬は湯気を出し、落ち着きがなくなって、オイルスキンの雨具を着てゴムの覆いをした御者たちは大声で言い争いをしていた。車輪のまわる長い音をさえぎるのは、いつだってドアのバタンと閉まる音だった。案内係の近くには、何の足しにもならない警官が立っていた。濡れたゴムの防水コートの外側につけられた警官のバッジに、馬車のランプが長い縦線になって反射した。
すべての客は若い女性をひとり残してすぐにいなくなった。どういうわけか彼女のメイドも馬車も迎えに来なかった。ヘンリエッタ・ヴァンスの兄が、この女性を辻馬車で家まで送った。ヴァンス夫人とヘンリエッタは、人のいなくなった客間に座ってしばらく休んだ。帆布で覆われた床には、スミラックスやラ・フランスのバラの葉、短いリボンやレースの切れ端、捨てられた薄紙製のフリジア帽が散らかっていた。執事と家政婦はすでに他の部屋にいてガスを止めていた。
* * * * *
ヴァンドーヴァーはパーティーが終わるずっと前に、茫然自失のまま帰宅していた。起こったことの意味をまだほとんど理解できていなかった。何か奇妙で恐ろしい変化が起きていた。状況が一変していた。彼に対する人々の態度が違っていた。誰もがターナーやヘンリエッタ・ヴァンスや彼女の母親と同じようにあまりはっきりしていたわけではなかったが、彼に十分に礼儀正しく丁寧に話かけていた他の人たちでさえ、変わっていたのはやはり明らかだった。それは態度に出ていた。ある種の漠然とした肩のすくめ方や翻し方、嫌悪と反発のこもった全体的な雰囲気、見えていないだけのしかめっ面、表していないだけの拒絶、とらえどころのない幻のようだったが自分の存在と同じくらいに間違いはなかった。彼が知っていた世界は、もはや彼に関知しなかった。とどのつまり、これは追放だった。
しかし、なぜなんだ? なぜだろう? タイル張りの派手なストーブの前に座って、消えかかっている炭火を見つめながら、ヴァンドーヴァーはむなしく自分に問いかけた。若者が社会から許される許容限度なら知っている。犯罪でも発覚しない限り、若者に悪影響が及ぶはずはないと彼は確信していた。確かに僕はかつてかなり放蕩三昧をしていたが、今はそれをやめて、改心して、新しい生活を始めている。最悪のときでさえ、僕は自分のまわりの他の若者たちの生活を送っていただけに過ぎない。たとえ世間や女性たちが若者がしたことを、若者がよく酔っ払うことを、若者がしょっちゅう堕落した女性と交流していることを、実際に知ったとしても、他の若者たちはそれまでと同じように受け入れられた。僕はこんな追放されるほどのことをしただろうか? したとすれば何がありえるだろう? 父親か父親の急死に何か問題があったのだろうか、と案じさえした。
一時を少しまわった頃、外の通りでギアリーの口笛が聞こえた。「よお、大将!」ヴァンドーヴァーが窓を開けるとギアリーが声をかけた。「僕はちょうどホーダウンのパーティーから帰る途中で、きみんとこの窓の明かりが見えたから、声をかけようと思ってね。ねえ、何か飲むもんないかい? すごく喉が乾いてるんだ」
「あるぞ」ヴァンドーヴァーは言った。「あがって来いよ!」
「きみは今夜、ビールが僕に言ったことを聞いたよね?」ギアリーはサイドボードで自分でカクテルをかき混ぜながら言った。「なあ、言っておくけど、僕はもうじきあの事務所に入るんだ。ビールは僕に、事務所の補佐役の一人で、肺を患っていつも咳き込んでいる奴の後任につけたがっている。それは重要な部署で、月給は百ドルなんだぞ、文字どおり。いいか、大将、僕は絶対に中に入り込んで、ただちに活躍して、あいつの部署で自分を欠かせない存在にして、僕なしではあいつらがまわらないようにしてやる。僕はあいつを追い出してやるんだ。自分勝手かもしれないが、くそ! うまくやるにはそうしないとならないからな。それが人間の性だからね。僕は今夜ここできみに言っておくぞ」ギアリーは突然意気込んで叫び、拳を握り、指の関節でゆっくりとテーブルを叩いて、一語一語を強調した。「僕はいつかあの事務所のトップになってやる。そうならない場合は理由を突き止めてやる」
ようやくギアリーが黙ると、二人はしばらく何も言わずに火を見つめた。ついにギアリーが言った。
「きみは今夜早く帰ったんだね?」
「ああ」ヴァンドーヴァーは落ち着かない様子でみじろぎしながら答えた。「確かに早めに帰ったよ」
また沈黙があった。するとギアリーが突然言った。「難儀なことだ。きみにはちんぷんかんぷんだろ」
「そうなんだ」ヴァンドーヴァーはにこっとして言った。「僕には何が何だかわからないよ。みんなが意地悪に見えるんだ!」
「これにはアイダ・ウェイドの一件が関係してるんだ」ギアリーは答えた。「どういうわけか彼女がきみのせいで自殺したという話が広まってね。みんながそれを信じてるみたいなんだ。僕の耳にも入ったよ……一か月近く前のことだが」
「ああ」ヴァンドーヴァーは短く笑って言った。「あのことか? 僕は考えちゃったよ」
「そうだよ、あのことなんだ」ギアリーは答えた。「わかってるだろうが、みんなは確かなことを知らないんだ。誰ひとり知っちゃいないのに、みんなが一斉にあのことを話し始めたみたいでね。僕は思うんだが、みんなはかなり真相の近くにいるわけだよね?」ギアリーは返事を待たず、ぎこちなく笑って続けた。「いいかい、こういうことにはいつだってものすごく注意を払ってないといけないんだ。さもないと、窮地に陥っちまうからな。まあ、僕はね、できるのであれば、付き合う女の子に、自分の名字や住所を知らせたりはしないよ。僕はそういうことにかけては抜かりはないからね。きみはうんと注意深くやらなきゃいけないよ。絶対に! それを気をつけておくべきだったね、大将!」ギアリーは少し間を置いて、それから続けた。「まあ、大丈夫だとは思うよ。大丈夫だって、しばらくすれば。どうせ世間はそんなこと忘れちまうさ。僕なら心配しないね。大丈夫だと思うよ」
「そうだね」ヴァンドーヴァーは気のない返事をした。「僕もそう思うよ……多分ね」
数日後、ヴァンドーヴァーは機械工図書館の閲覧室で、だるそうに『芸術』のページをめくっていた。土曜日の朝、そこはお店や朝市での買い物をしにダウンタウンに来たり、本の交換やお互いの約束を守りに入って来た女性たちでいっぱいだった。偶然にも、ヴァンドーヴァーはターナーが伝記のコーナーに入っていくのを目撃し、立ち上がって彼女の後を追いかけた。ターナーは本の並ぶ薄暗い通路のはずれに立ち、頭から喉までを後ろに反らせ、手袋をはめた指を唇に当て、上段の棚を探していた。彼女がいつもつけている香水のかすかな匂いが、ベルトにつけた黄水仙の香りと、両側の棚から漂う革や本の匂いに混じって、ヴァンドーヴァーのところに届いた。彼は彼女の手を取ろうとはせず、ゆっくりと近づいて、低い声で話しかけた。
ヴァンドーヴァーがターナー・レイヴィスに会うのは、これが最後になった。二人は向かい合う本棚に寄りかかって一時間以上話した。ヴァンドーヴァーは拳をポケットに入れて、頭をうなだれ、靴の先でリノリウムのカーペットの模様をなぞり、ターナーは両手を前に組んで、正面から彼の顔を見て、冷静な口ぶりで率直に話していた。
「ねえ、ヴァン、どういう状況かをわかってほしいのよ」ターナーは延々と話を続けた。「私があなたを大切に思うのをやめたのは、その出来事のせいじゃないのよ。だって、自分が考えていたとおりに、つまり、女の子が自分が結婚したい男性を大切にするような形で、私が本当にあなたを大切に思っていたのなら、たとえあなたが何をしたとしても、私は全面的にあなたの側に立ったでしょうから。今、私はそうしていないわ。だって、私は自分が思っていたほど、あなたを大切に思っていないことに気づいたからよ。起きたことは、そのことを私に教えてくれただけなの。残念だわ、ええ、とても残念よ、あなたには失望させられたわ。でも、それは私があなたを一度でも自分のとてもいい友だちとして考えていたからであって、私があなたを愛しているからではないのよ、あなたはそうだった思うでしょうけど。かつて……ずっと昔だけど……私たちが初めてお互いを知ったとき、多分、その時……その時はいろんなことが違っていたのよ。でもどういうわけか、私たちはそこから遠ざかってしまったみたい。それ以来、私たちは二人とも勘違いさせられてきたのよ。あなたはそうやって私があなたを大切に思っていると考え、私もそう考えた。私はあなたが私のことを大切に思ってると考えたけど、それはただ、私たちがそう見せ続けていただけよ、昔を偲んで自分たちを偽り続けていただけだったのよ。私たちは今、互いに愛し合っていないわ、知ってるでしょうけど。でも、私は意図的にあなたを欺いたり、誘導しようとしたことはないわ。あなたを大切に思うと言ったときは、自分が本当にそうなんだと思ってたわ。私は誠実に向き合ってるつもりだったわ。今回のことがあるまで、私はいつだってそう思ってた。そして、自分があっさりあなたをあきらめられるってわかったとき、あれはただ、自分が思ってたほど、私はあなたを大切に思ってはいなかったって自分に向けて証明しただけなの。私が間違っていたのよ、それがわかったの。私はもっと前に自分の気持ちを知っておくべきだったのに、知らなかったの、知らなかったのよ。あなたはドリー・ヘイトのことを言うけど、私のあなたへの愛情を変えたのはドリー・ヘイトじゃないわ。あなたにはできるだけ率直に話すわね、ヴァン。私はドリー・ヘイトを本当に愛せるようになるかもしれない。わからないけど、おそらくそうなると思う。でも、それは私が彼を大切に思うからじゃなくて、ただ私があなたを大切だと思わないからよ。わからないかしら、それって、私があなたに出会わなかったというようなものなの。あなたにこんなことを言うのはとても辛いんだけど、ヴァン、もう収拾がつかないと思う。どうしようもないのよ。私がどれほど残念に思ってるか、あなたにはわからないわ、だって私たちはとても古い友人だったんだから……私は友人としてあなたのことを本当に大切に思っていたんだから。その証拠は、私がこういうふうに話せる男性は世界に他にいないってことよ。私、思うんだけど、ヴァン、あなただって私をいい友人として大切に思ってるだけなのよ……おそらく最初……私たちが最初に互いを知り合ったときは別かもしれないけど。そうなのはあなたも自分で知ってるでしょ。私たち本当はずっとお互い愛し合ったことなんて全然なかったんだわ。そして今、手遅れになる前にそれに気づいたのよ。それに、たとえすべてが違ってたとしてもね、ヴァン、あなたは女の子がどういうものかを知らないの? 女の子って自分を一番愛してくれる男性を本当に愛するものなのよ。半分の時間は、愛されることに夢中になっているだけだから。ほとんどの女の子が今はそういう愛し方をするわ。あなたも知ってるでしょうけど、ヴァン、ドリー・ヘイトは本当にあなたよりも私のことを愛しているわ」彼女は本をまとめて、少し間をあけて、背筋を伸ばし、立ち去る準備を整えてから続けた。「あなたがしてしまったことについて考えると、私は……まるで……まるで……ああ、恐ろしい……私は……あなたを憎んで、忌み嫌ってると感じるの。でもそうしないようにしてる。この前の夜からずっとそればかり考えてるわ。私はいつもあなたを最高の状態で考えるようにするわ。私は他のすべてを忘れようと努めてきたんだし、それを忘れることであなたを許すことにするわ。私は正直にそう言える」ターナーは手を差し出しながら言った。「私はあなたを許します。そしてあなたも私を許さなくてはいけないわ。だって、私は自分を欺きながら、あなたを欺いて、そうではなかったのに、私があなたを大切にしてるとあなたに思わせてしまったわけだから」二人の手が離れると、ターナーは彼と向き合い、目に涙を浮かべながら付け加えた。「これが永遠のお別れだってわかるわよね。これをあなたに伝えることが、どんなにつらいか、あなたにはわからないでしょう。あなたが世界でひとりぼっちになってしまい、あなたにいい影響を与える相手を最も必要としているときに、私まであなたを見捨てているように見えてしまうのはわかってるわ。でも、ヴァン、もうこれからは良くなっていくんじゃない? すべてを断ち切って、もう一度自分らしくならない? 私はあなたを信じるわ。偉大な人や善人になるのはあなた次第なんだって信じてるわ。すべてをやり直すのだって手遅れじゃないわ。もっと良い人になってください。自分の中にある最高のものになってください。自分のためでなくても、いつかあなたの人生に現れる他の女の子のために。あなたが本当に、本当に愛して、あなたのことを本当に、本当に愛してくれる、善良で、優しくて、純粋な、別の女の子のためにも」
* * * * *
ヴァンドーヴァーはその月の残りをずっと惨めに過ごした。この新たな災いを巡る恥と屈辱はあまりにも大きかったので、わざわざ表に出て姿をさらそうという気にはならなかった。彼の悲しみは本物で、深刻だった。しかし健全な精神で自分の罰を受けとめた。自分以外の誰のことも責めなかった。これは彼がやらかしたことに対する正当な報いだった。ただそれを耐えがたいものにしたのは、彼が罪を悔い改め、新しいまっとうな人生を送ろうと決心してしばらくしてから、この罰が下ったという事実だった。しかし彼は歯を食いしばって、この決めたことをやり抜くことにした。彼は今後の人生のすべてを過去の清算に捧げるつもりだった。これは大変なことかもしれない。何年も続く長い闘いになるかもしれない。しかしやり抜くのだ。ああ、そうだ、彼らに見せつけてやるのだ。彼らは僕を見捨てた。しかし、僕はいつも思っていたとおりに、ここを離れてパリに行くのだ。深く感動したときにいつもそうだったように、彼は脇目も振らずに、本能の赴くままに芸術に取り組んだ。今すぐパリに行って、五年、十年かけて絵を勉強して、最終的に偉大な芸術家になって戻って来よう。そうすれば、僕を追放した同じその人たちだって、誇りを持って僕を迎えてくれるだろう。あなたの中には偉大な人間を作り出す素質が存在する、とターナーが言ったことは正しかった。彼は彼女が正しいことを知っていたし、もし自分の善良な部分、別のヴァンドーヴァーにチャンスを与えさえすれば、自分が偉大な芸術家になることを知っていた。とにかく、やろう。そして、また戻ってきたときに、全世界が僕に心服して、僕の到着を報じる長い記事が新聞に載ったときに、みんなが僕のまわりに群がったときに、僕は自分が本当はどれほど偉大で立派な性質を持っているかをみんなに見せてやろう。みんなを許してやろう。みんながしたことをなかったことにしてやろう。彼は自分とターナー、そのときはヘイト夫人になっているかもしれないが、二人の間のちょっとしたシーンを想像さえした。その頃には二人ともかなり年をとっているだろう。僕は彼女の子供たちを膝に乗せて、子供の頭越しに彼女を見る……その頭を目に浮かべることができるほどだ。白く、絹のようで、とても滑らかなのを……そして思慮深く彼女にうなずいて「ほら、僕はきみのアドバイスに従ったよ、覚えてるかな?」と言うと、彼女は「ええ、覚えてますとも」と答えるのだ。彼がそのシーンを思い浮かべたとき、目には実際に涙が浮かんでいた。
最初のうちは、ターナーなしでは生きていけない、あきらめきれないほど彼女を愛している、と考えたが、しばらくすると、そうではないことがわかった。彼女に抱いた最初の誠実な愛情を彼はとっくの昔になくしてしまった、というターナーの言葉は正しかった。彼は長い間、自分は結婚するほどターナーを愛していない、ヘイトほど彼女のことを愛していない、と感じていたし、少なくともこの関係がはっきり終わったことを自分で認識していた。この二人が互いに愛し合っていることはわかっていたし、終いには、ターナーが自分の親友のドリー・ヘイトと結婚するのを見届けられたらうれしいとさえ言うほどだった。しかし、それでも最初のうちは、ターナーを完全にあきらめることや、二度と会わない、話しかけないことは、とてもつらかった。
このすべての出来事の最初の影響は、時間が経つにつれて、くすんでぼやけていったので、ヴァンドーヴァーの謙虚な改悛の情は消え失せ、陰気な反抗心と、ばれただけで自分を追放した世間に対する鬱屈した憤りとに取って代わられた。世間が自分に与えた侮辱に憤慨するのは、自尊心の問題だと考えた。しかし、徐々に追放された境遇を残念だと思わなくなった。新しい生活は最初に予想していたほど悪くはなかったし、エリス、ギアリー、ヘイトという彼が最もよく知る人たちとの関係は少しも変わらなかった。もうどこからも招待されず、知り合いの女の子たちは、通りですれ違っても見向きもしなかった。最初のうちは屈辱的だったが、しばらくするとそれにも慣れた。嫌な問題を思考から排除することで、恥辱が心の奥深に沈み込むのを拒むことで、すべてを極力忘れることで、しばらくすると、そこそこ満たされるようになった。彼の柔軟な性格は、新しい環境に合うように再び自分を作り変えた。
しかし、これと一緒に解放感が生まれた。もう社会に恐れるものは何もなかった。社会は死力を尽くして、最悪の事態を招き、もう彼を抑えるものは何もなくなった。彼は今やどんなことでもできるのだ。
ロードハウスの開店案内状を受け取ったとき、彼はまさにこういう心の状態だった。そこはインペリアルのウェイターのトビーが彼に話してくれた救貧院通りにある「遊び場」だった。
ヴァンドーヴァーはそれに出席した。放蕩三昧の四十八時間。これはこれまでに彼がおぼれた最長で最悪のひとときだった。獣は長い間、麻痺して眠っていたが、このとき、ついに目覚めたときは、荒れ狂っていて、これまで以上に貪欲な、抑えきれないものになっていた。
ロードハウスでの出来事は始まりに過ぎなかった。ヴァンドーヴァーは一気に放蕩生活に突入して、悪癖の欲望に、道徳に反する衝動的な見境のない男性の欲望に、溺れた。彼は飲む、打つ、買う、放蕩のすべてを知りつくし、街娼、馬券屋、酒場の主人、女衒とも付き合いがあった。街のバーテンは彼を名前で呼び、警官や夜警は彼の顔に見慣れ、夜勤の運転手は街灯で彼だとわかった姿が何度も夜明けの光の中にぼんやりするのを見とがめた。事あるごとに、彼はちょっと「危なっかしい連中」、一晩限りの知り合い、の中のありとあらゆる違うタイプと付き合った。相手の名前は、グラスがカランと鳴ったり、コルクが弾けるうちに思い出せなくなり、顔は煙草の煙とウイスキーの香りにまぎれて記憶から消えてしまった。都会の若者、仕事をしていそうもない金持ち、簡易食堂の上で間借りしている「東部から出て来たばかりの」女性や少女たち、繋駕速歩レースの馬主、フリーの女優、ビリヤードの得点記録係、賭博屋、町外れの店や「遊べる店」の経営者の息子たち。ヴァンドーヴァーはこういう連中のすべてと、インペリアル、競馬場、カーニー通りやマーケット通り沿いの酒場やバーの賭博台や、いかがわしい店の麝香の強い匂いと重いシルクのドレスの衣擦れの中で行動をともにしていた。これが一年続いた。この期間が終わるまでに、パリに行くと決めたことは忘れ、三人の旧友、エリス、ギアリー、ヘイトとの付き合いもなくなっていた。もう彼らにはめったに会わなった。彼らとは時々、インペリアルの小部屋の一つでビールとチーズトーストを飲みながら会っていたが、今、彼がいつも行くのはシャンパンとテラピンの出る大部屋だった。もう自分は彼らの仲間ではない、と感じたからだ。
その年、サンフランシスコでオペラが上演された。ヴァンドーヴァーは使いっ走りを雇って、チケットが販売される楽器店の入口に徹夜で並ばせた。ヴァンドーヴァーは音楽ならまだ愛することができた。善良であるすべての崩壊が彼の中で起こっていても、あらゆる芸術に向けられた彼の愛はまだ無傷だった。これは彼の性質の最も強い部分だった。だから、なくなるのであれば、これは最後になるだろう。