第十二章
ヴァンドーヴァーは二月の最初の数日のうちに、サッター通りに自分の部屋を正式に借り受けた。その前の一週間はものすごくごたごたしていた。アトリエは、大量のトランク、木箱、梱包のケースでいっぱいで、家具はまだ粗い布にくるまったままだった。リビングから運び出された家具は寝室に保管されて、リビングはクロス職人と大工に明け渡された。ヴァンドーヴァーは時々顔を出して、自分の「荷物」が届いたかを心配そうに尋ねるか、ポケットに手を入れ、帽子を後ろに押しやり、煙草をくわえて梱包ケースに座っていた。
壁紙と帯状の装飾の模様を選んだり、敷物、衝立、アッシリアの浅浮き彫り、ルネッサンスの肖像画のグラビア、派手な装飾が施されたタイル張りのストーブを買ったりしながら、楽しい一週間を過ごした。家を借りた直後に、果物生産者団体の英国紳士と話し合いの場を持って、ある種の装飾品と家具のいくつかについて話をした。これはとりわけ彼には価値があるものだったので、残しておきたかったからだ。果物生産者団体の会長はこの問題をよく理解してくれた。ヴァンドーヴァーは部屋を借りるとすぐに、カリフォルニア通りの家からそれに該当する物を入れた大きなケースを二つ運び出して、アトリエに保管した。
作業をする者が帰った後、ヴァンドーヴァーは、この目的のために雇っておいたクロス職人の一人に手伝ってもらい、模様替えに着手した。三日がかりの作業だったが、最後はすべてのものがそれにぴったりの場所に収まった。同じ月の中頃のある晩、ヴァンドーヴァーはワイシャツ姿でリビング中央に立ち、ピンセットと絵を吊るすワイヤーを手に持って、新居を見回した。
壁は、かなりザラザラした質感のくすんだ青色の壁紙が貼られ、象牙のような白さの細い長押に引き立てられた。床には暗い赤のカーペットが敷かれ、敷物や動物の皮がのっていた。左側の壁には、床まで届く渋い色の巨大な織物が掛けられ、それを背景にするようにして、フェンシングのトロフィー、一対の枝角、ノルウェーのフィヨルドを描いた小さな水彩画、ヴァンドーヴァーのバンジョーが置かれ、その下に、ビロード張りの低いがとても幅の広い寝椅子があった。この寝椅子の左右に、薄緑色のカーテンのついた胸の高さまである本棚があり、そのてっぺんを棚代わりに使って、たくさんの小さな装飾品、フレミエとバリエの動物の像、ドナテロのすてきな『見知らぬ女性』、ビールのジョッキ、小さな青銅の時計、カレンダー、ヴァンドーヴァーがトルコ煙草を入れているフロッシーの黄色いサテンのスリッパが置かれていた。銀の枠組みに収まった巨大な青いインクの吸取器、ペーパーカッター、巨大な真鍮のインクスタンドののった書物机が、寝椅子の右側の片隅を埋め、机に引き寄せるようにしてでかい革張りの椅子、老紳士が亡くなった椅子があった。ヴァンドーヴァーは机の引き出しに父親の拳銃をしまっていた。弾を込めようと考えたことはなく、最近だと、ハンマーが見つからなかったときに鋲を打つために使っただけだった。寝椅子の向かい側、部屋の反対側に、派手な装飾のすてきなタイル張りのストーブがあった。その後ろはマントルピースで、マントルピースの上に石膏でできた十二個の奇怪な頭が並んでいて、それぞれの間にパイプが置けるスペースがあった。部屋の角の左側に、黒と金の日本屏風があり、その近くに竹の茶卓と、皺の寄った赤い紙製の大きなシェードのついたピアノ用照明があった。これはターナー・レイヴィスがクリスマスにヴァンドーヴァーに贈ったものだった。出窓には窓際の席があり、寝椅子と同じようにビロード張りで、クッションが山積みになっていた。そのうちのひとつは燃えるような黄色で、部屋のくすんだ茶色と渋い青の中で鮮やかな色を持つ唯一箇所だった。デカンター、グラス、チェーフィングディッシュを載せた大きなサイドボードが、端の壁から窓側に向いていた。アトリエへの入口はその左側にあって、ヴァンドーヴァーはその入口に埃のような茶色のビロードのカーテンをぶらさげた。
アッシリアの浅浮き彫りの鋳像が、窓の両側の壁を背にして立っていた。像は三体あった。二つは王の生涯から選んだ代表的な場面を再現し、三つ目はヴァンドーヴァーが称賛してやまない傷ついた雌のライオンだった。
マントルピースの上の壁には、二枚のとても大きなグラビア写真が掛けられていた。ひとつはレンブラントの『夜警』で、もうひとつは狩猟用の槍を持つ若者を描いたベラスケスの肖像画だった。本棚のひとつの上には『モナ・リザ』の見事な複製、別の本棚の上には、ヴァンダイクのカーボン印画と、シルクのガウンをまとっているとても高い襞襟のオランダ人女性の絵があった。
しかし、『モナ・リザ』の横には、タイツ姿の女優、フランスのカドリールダンサー、ハイキッカー、コーラスガールなどの写真がびっしり詰め込まれた安っぽい真鍮の置き棚があった。
アトリエはスケッチ画の背景として、壁に大きな正方形と縞模様の鮮紅色の布が取り付けてあった。十数冊の作 品 集と木 枠が幅木に立てかけてあった。いくつかの装飾品と家具や、ヴァンドーヴァーがあまり大切でないものは、部屋中に無造作に置かれていた。ドラム椅子とイーゼルは、できるだけ光が多く当たるように置かれた。
アトリエの先は寝室だったが、ここにはありきたりの家具しかなかった。ヴァンドーヴァーの友人たちの写真が何十枚も、壁に貼られたり、鏡の木とガラスの間に挟んであったりした。
ヴァンドーヴァーの新しい生活が始まった。贅沢で目的のない生活、彼はそれを魅力的だと感じた。義務も心配事も責任もなかった。しかし、ある意味では彼が変わったことに間違はなく、昔の放蕩生活は魅力を失ったように思えた。二十六年近く、平穏な普通の人生に何も特別なことは起きなかったのに、突然、足もとで三つの地雷が連続して爆発したように、三つの災難が降りかかった。アイダの自殺、船の難破、父親の死、すべてが一か月の間にあった。彼という人間の構成全体が揺さぶられて、古い殻から押し出されたのだ。悪徳に溺れたがる欲求は麻痺し、邪悪な習慣は完全に乱れた。 仮に続いていたとしても、新しく始めようという、最初からやり直そうというチャンスがここにあった。これは簡単なことに思えた。ただ活動を停止して、じっとしていなければならないというだけだったからだ。これだけで、彼の性格は新しい条件下で自ずと再形成されるだろう。
しかし、ヴァンドーヴァーはまた致命的なミスを犯した。彼の中の獣は気絶させられただけだった。蛇はただなだめられただけにすぎなかったのだ。彼の良心は獣と同じくらい反応が鈍っていて、芸術への欲望は悪徳への欲望と同じくらい麻痺していた。彼を救うことができたのは、無為で怠惰な状態を続けることではなく、むしろ、まだ眠っていて活動していない彼の中のより善良な資質を、積極的に、精力的に、目覚めさせて刺激することだった。彼の本質を成す構造が揺さぶられて壊れたのは事実だが、彼がそれを放っておけば、古い描線の上に再構築される危険があった。
そして、これこそが、まさにヴァンドーヴァーのやったことだった。彼の柔軟な性格は、これまでと同様に急速に新しい環境に自らを適応させた。彼は何もすることがなかった。イーゼルに向かう意欲も留まる必要性もなく、絵を描くことを完全になまけた。アートスクールの写生のクラスに通うことなど考えもしなかったし、ダウンタウンのアトリエを手放したのは随分前のことだった。無為、無気力、無関心に甘んじて、日々の成り行きに身を委ね、決まった日課をこなそうという努力を何もせず、刻下の必要に応じて自分の習慣が形成されるに任せていた。
起きるのが遅く、朝食は自分の部屋でとった。朝食後は窓際の席に座って、新聞を読み、パイプを吹かし、コーヒーを飲みながら、お店や朝市に買い物をしにダウンタウンに向かう女性たちを眺めていた。それから気の向くままに小説を読み、何通か手紙を書き、アトリエで一時間過ごして『最後の敵』のスケッチに取り組んだ。よく午前中いっぱいを使って、かわいい洒落た服装の女の子をギブソン流にペンとインクで描き、後でそれを友人たちにあげたりもした。午後は本を読むか、バンジョーを弾くか、借りた小さなピアノの前に座って得意の三曲、ポルカ二曲と流行歌のメロディを演奏した。三時になると、とりわけ水曜日と土曜日の午後は、張り切って、入念に着飾って、ダウンタウンに行ってカーニー通りとマーケット通りを散歩し、時々インペリアルに立ち寄り、そこでエリスとギアリーを見つけて、彼らと一緒にカクテルを飲んだ。
夜はほとんど外出しなかった。父親の死がすべてを変えてしまった。少なくともしばらくは。ターナー・レイヴィスにもヘンリエッタ・ヴァンスにも二か月近く会っていなかった。
ヴァンドーヴァーは新しい部屋にいる間、精一杯楽しんだ。何時間も続けてリビングでだらだら動いて、部屋を整理整頓し、小さな装飾品を並べ替え、カレンダーを調整し、時計を巻き、そして何よりも、すてきなタイル張りのストーブの手入れを楽しんだ。
だらだら過ごすうちに、小さなささいなことをするようになった。一日中、小さなことをやって過ごした。午後を丸々使って、葉巻箱の蓋から新しいバンジョーのブリッジを削り出し、その後ガラスの破片でこすって滑らかにして楽しく過ごした。時計を巻くのは、一日一回の作業であり、楽しみにしていることでもあった。煙草のブレンドは進んで真剣に行われた。日本屏風のそばの竹の茶卓の上にいつも置かれている青い陶器の壺の中に、スポンジを入れて煙草を湿らせ熟成させる作業は、気苦労が多かったがそれでも楽しかった。
マッチを使わずに、ねじった紙の先を代わりに「火口」として使い、すてきなストーブで発火させるのが気に入り、やるようになった。この「火口」をねじったり巻いたりして、端っこの大きなひらひらをハサミで切ってから、このために購入した中国の花瓶に入れて本棚に置くことに、二日分の楽しみを見つけた。火口は上手に作れたので、とてもきれいに見えた。仕上げて数を数えた。ちょうど二百本作っていた。何という偶然だろう!
しかし、このストーブは、派手な装飾が施されたすてきなタイル張りのこのストーブは、ヴァンドーヴァーの新しい生活の最大の喜びだった。彼はこれを気に入った。とても芸術的で、とても好奇心をそそるものだった。とても火持ちがよく、とても明るく魅力的に見えた。部屋全体の命であり魂であるストーブ、近寄って話しかけてしまうストーブだった。いや、これほどのストーブはこれまでに存在しなかった! 一日に一分たりともストーブをいじらないでいる時間はなかった。火かき棒でかきならし、風戸を開閉し、石炭を入れ、送風機をつけたり外したりし、灰を小さな真鍮の柄のほうきで払い、『キャリバン一味の処罰』『ロミオとジュリエット』『パエトンの墜落』などのタイルの絵を研究した。このストーブの扱い方は自分にしかわからないと部屋付きのメイドにうそぶいて、触るのを禁じ、こいつはなだめたり機嫌を取ったりしないといけないんだと言って納得させた。夜遅く寝ようとするときに、ストーブの中で火が眠りにつこうとしているのをよく見かけた。すると激しくストーブをせっついて火を起こし、火かき棒で突っついて「起きろ、お前!」と話しかけた。そして火がぱちぱちし始めると、バスローブ姿で火の前に座って、その熱を贅沢に吸収し、いつもやっているように一時間以上も体を掻いていた。
かと思えば、夕方にエリス、ギアリー、ヘイトを招いて、ささやかな即興の夕食でもてなすことがよくあった。みんなはタマレスを持参して、ヴァンドーヴァーはチーズトーストを作ろうとしたが、毎回うまくできるとは限らず、食事会ではなく飲み会になることが多々あった。エリスはいつもとても無口で、カクテル作っては飲むのを繰り返した。ヴァンドーヴァーはバンジョーを手に取ったり、ヘイトと一緒にギアリーの話に聞き入ったりした。
「ああ、必ず」ギアリーは言った。「僕はこの町で一山当ててやる。僕ならできる。ビールが先日朝っぱらから、判事の署名をもらうために僕を裁判所に行かせたんだ。あいつは不満があるもんだから、僕のことを遠ざけたがっているんだ。きみたちは、僕が気持ちよくあいつに従うのを聞いておくべきだったな。僕ははっきり言ってやったんぞ! かしこまりました、まかせてください! よくそんなことができるな、か? そうやってうまくやっていくんだよ……恐れずにやるのさ。僕は署名をもらってやったぜ、ちゃんとな。ああ、こっちがビールに合わせてやるのさ。向こうは僕を信頼できると考えるからね」
心配事が何もなく、気遣うことが少ししかない今、ヴァンドーヴァーは楽しくてたまらない動物的な快楽にかなり身を委ねた。朝は遅くまでベッドに横になり、暖かいシーツにくるまってまどろんでいた。食事は食べ過ぎ、ワインは飲み過ぎた。缶詰のパテ、瓶詰の鳥肉、辛さたっぷりの肉でサイドボードをいっぱいにし、食事の合間に食べた。一方、竹のテーブルの上にはチョコレートの入ったブリキ箱があって、そこから一度に両手でつかめる分ずつ食べていた。この箱を浴室にまで持ち込んで湯船につかりながら食べ、果ては人を無気力にする熱気と蒸気にやられて、眠りに落ちるのだった。
もしもヴァンドーヴァーがこの時に何かを真剣にやったと言えるとしたら、バンジョーの演奏を真剣に始めたのがこの時期だった。マーケット通りのかつら屋の上の部屋で時々メキシコ人のレッスンを受けて、音符を見て弾くことを学んだ。少しの間、真剣に打ち込んで、普通の弾き方ができるようになると、もっと華麗で派手な引き方をして、同時に二つのバンジョーを演奏したり、ブリッジの下に五セント硬貨を置いて、名刺で弦をはじいてマンドリンの真似をしたりした。笑える曲を何曲か作って、仲間内で大うけした。そのうちのひとつを『愉快な全ギリシア的作品』と呼んだ。もうひとつは『ミッドウェイ・プレザンスの音楽』の模倣で、三つ目は『船を強奪する船員』というタイトルだった。この中で彼は、打ち寄せる波の音、オール受けの軋む音、デッキを歩く船員の足音、船員を撃つ銃声、船員の死にぎわのうめき声……これはベース弦のフレットをあげていくことで作られた、絶大な効果を生まずにはいられなかったフィナーレ……などを何とか模倣した。