第十一章
その後の日々は悲惨だった。ヴァンドーヴァーは、これまで自分がどれほど父親を愛していたか、父親が自分の人生の中でどのくらい大きな場所を占めていたか、を知らなかった。今、彼は孤独をひどく感じた。紛れもない女性的な弱さが彼を圧倒した。父親が自分を愛したように愛されることが、自分が父親を愛したように誰かを愛することが、泣くほど必要だった。何にしても、孤独は最悪だ。少しでも自分を気にかけてくれる人を彼は誰も思いつかなかった。ターナー・レイヴィスやヘイトなどは考えるだけで、冷笑が表情に出るほどだった。彼らは、ヴァンドーヴァーが最高の友人と考える存在だったが、自分が彼らにとって何でもない存在であることをヴァンドーヴァーは確信していた。
不幸のもう一つの原因は、彼をひとり残した父親の死が、自分のことは自分で解決しなければならない立場に、彼を放り込んだことでもあった。これからは、これまで父親が担っていた責任を背負い、今まで父親が答えを出してくれた問題を自分で解決しなければならなくなるのだ。
しかし、父親の死は、ヴァンドーヴァーの酔いをさました。他の何ものも、アイダの死さえ、なしえなかったことなのに。ついに彼が人生を真剣に受け止めるそのときが来たのだ。もう落ち着いて、自分の芸術に打ち込むとしよう。父が望んだとおり、パリへ行って、真剣に絵を描くことに専念しよう。そうだ、しっかりと腰を据えよう。だらだらと続けてきた荒れた生活を断ち切るときが来たのだ。
しかし、ヴァンドーヴァーが父親の死に慣れ、それが起こした新しい環境に再び馴染むまでに、時間はかからなかった。以前にアイダの死を忘れたあっけなさに驚いたことがあったが、こうも早くこの悲しみから立ち直った自分が不思議だった。では、何も彼にあまり深刻な影響を与えなかった、というのが事実だろうか? 彼の性格は薄っぺらかったのだろうか?
しかし、この点にかけて彼はひどくなかった。彼の性格は薄っぺらくなかった。ただ劣化しただけだった。
父親の死の二日後、ヴァンドーヴァーは、背もたれの高い椅子を取りに老紳士の部屋に入った。椅子は葬儀の慌ただしい期間中、彼の部屋から移されて、安置台が到着するまで棺を支えるために使われた。
椅子を運び出すとき、机の上に丁寧に並べられた遺品の小さな山に目が止まった。それは、遺体に埋葬用の服を着せたときに葬儀屋が取り出した老紳士のポケットの中身だった。
ヴァンドーヴァーは遺品をひっくり返して、寂しそうに点検した。腕時計、古い仕事の手紙と覚え書きだらけの封筒、万年筆、葉巻が数本、銀行の通帳、小銭、ペンナイフ、チューインガムが一、二枚あった。
ヴァンドーヴァーはペンとナイフを自分のポケットに突っ込んだ。通帳、手紙、小銭は父親の机にしまったが、葉巻とガム数枚は、衣装箱の別の場所で見つけたくしゃくしゃのハンカチと一緒に、クローゼットの一番上の棚に隠してあった老紳士の帽子の中に入れた。腕時計は、中央のテーブルの上にいつもある小さな真鍮の温度計に掛けた。自分が生きている限り、絶対にこれをゼンマイ切れにはするまいと決めて腕時計のネジを巻いた。
しかし、鍵には困った。片手からもう片方の手に持ち替え、とても慎重に考えながら鍵を見ていた。見ているうちに、父が遺言書を作成していたかどうか、自分は今後いくらくらい手に入れられるのか、を調べたくなった。鍵のひとつは長い真鍮の鍵だった。これが、父親の部屋のクローゼットの下の棚にネジで取り付けられていた、小さな鉄の箱を開ける鍵であることをヴァンドーヴァーは知っていた。老紳士が現金と重要書類を少々保管していたのはこの箱の中だった。
ヴァンドーヴァーは決心がつかないまましばらく立っていた。鍵を手から手へ持ち替え、この鉄の箱を開けるのをためらっていた。理由はわからなかった。やがて、そっと父親の部屋に入って、ベッドの頭側近くにあるクローゼットに入った。鍵を錠に向けて持ったまま、動くのをやめて耳を澄ませた。自分が何かの犯罪をしているという考えを払拭できなかった。彼は体を震わせ、その空想に笑みをもらし、この正当性を自分に納得させながら、こっそり箱を開けた。大きな音をたてて鍵が跳ね返らないようにしっかり鍵を握ったまま、肩越しに見渡して、鼻で短く息をした。
中身で目についた最初のものは、装填済みの拳銃だった。いきなり見たので、みぞおちに一抹の不安が走った。銃を慎重に取り出し、腕の長さ分の間隔を保って、投げるようにしてシリンダーを開け、装弾をベッドの上にぶちまけた。爆発するといけないから床にはひとつも落とさないように細心の注意を払った。
次に、見慣れた小さな帆布袋を取り出した。二十ドル金貨、「大衆のために」で使われたコインが入っていた。その奥には二つに束ねたお金が三十ドルくらいあった。あとは古い長方形のブリキでできたクラッカーの箱に、大量の書類があった。書類のリストが、箱の隅っこに貼られていた。証書、権利書、保険証書、税金の領収書、抵当証書など、財産に関するすべての書類が入っていた。このほかに遺言書があった。
ヴァンドーヴァーはこの箱を取り出して自分の横の棚に置いた。小さな鉄の金庫を再び静かに閉めていたときに、自分がしていることを考えるよりも早く、彼はいきなり帆布袋の口に手を差し入れ、こっそり、ちゃっかり、重たい丸い硬貨のうちの一枚をかすめとり、ベストのポケットに突っ込んだ。あたりを見回し、ひたすら聞き耳を立てて、神経質に笑いながら言った。「どうせ僕のものじゃないか?」
まるで廃墟の海岸で発掘された財宝のような、このお金を手に入れて、思わず喜びを感じずにはいられなかった。これをどう使うか、漠然と計画さえ立て始めた。
どの書類も開く気になれず、代わりに弁護士に送りつけた。父親がよくその弁護士に相談していたことを彼は知っていたからだ。数日後、タイプライターで打たれた、できるだけ早急に来てほしいという手紙を受け取った。
弁護士はこの頃具合が悪くてベッドから離れられなかったので、ヴァンドーヴァーが弁護士に会った場所は事務所ではなく自宅でだった。しかし、大病ではなかったから、少なくとも主治医は多少の業務なら行っていいと認めていた。ヴァンドーヴァーは弁護士の部屋で弁護士を見つけた。巨大な部屋で、ひとつの壁が小説でいっぱいの本棚に完全に占拠されていた。ざらざらする、灰色がかった柔らかな青の壁紙で覆われた壁は、アッシリアの浅浮き彫りの小さな石膏模型や、ルネサンス時代の肖像画の大きなグラビア写真には格好の背景を作っていた。部屋の中央にある巨大なベーズ張りのテーブルの下には、本が入っていると思われる緑色の布袋と、南京錠かかったブリキ箱と、緑色のボール紙の証書箱があった。弁護士はベッドに起き上がって、部屋着を着て、時々コップでお湯を飲んでいた。痩せた小柄な中年の男性で、頭はまん丸、小さな尖った顎鬚を生やしていた。
「ご機嫌いかがですか、ヴァンドーヴァーさん?」ドアを開けたままにしている使用人の横を通り過ぎてヴァンドーヴァーが入室すると、男はとても愛想よく声をかけた。
「フィールドさんこそ、いかがですか?」ヴァンドーヴァーは握手しながら答えた。「こんな形でお会いすることになって申し訳ありません」
「いいですよ」弁護士は答えた。「私は……私は時々消化不良を起こすんです。危険というより厄介というやつでしてね。椅子に座りませんか? 帽子とコートはそこのテーブルの上に置く場所があるでしょ。おや」男は枕にもたれ、感じよくヴァンドーヴァーを見て、つけ加えた。「最後に会ってから、痩せたんじゃないですか?」
「そうなんです」ヴァンドーヴァーは険しい表情で答えた。「痩せたと思います」
「ああ、そうですね、無理もないか」弁護士は謝罪のような弔慰のようなあいまいな態度で答えた。「最近、大変な目に遭ったわけですからね、いろいろと。お父さんの訃報を聞いてえらいショックでしたよ。ほんの一週間前にランチで会ったばかりなのにね。私なんかよりもはるかに元気だったんですよ。食事をしたのかって? あなたも見ておくべきでしたな……素晴らしい食欲でした。あなたのことを長々と話したのを覚えてますよ。あなたは近々海外に行って絵の勉強をなさるとか。確か、お父さんもあなたと一緒にパリに行くことになっていたんですよね。とても悲しいことでした、しかも突然のことで。でも、私たちはみんな、いつかそうなると思って……恐れて……いたんですよ」
二人ともしばらく黙っていた。弁護士はベッドの踏み台をぼんやり眺め、時々ゆっくりとうなずきながら「そうですね……そうですね」と繰り返し、突然、「それじゃ……始めるとしますか」と叫んだ。彼は咳払いをして再び我に返り、とても事務的で几帳面な調子で続けた。
「あなたの依頼を受けて、お父さんの書類を拝見いたしました、ヴァンドーヴァーさん、そして、あなたの立場を正確にお知らせするために、勝手ながらこうしてお呼び立てしたわけです」
「よろしくお願いします」ヴァンドーヴァーは椅子に座り直してとても丁寧に言った。
フィールドはベッドの頭側にある小さなテーブルから長方形の書類の大きな包みを取って、眼鏡を調整しながらそれに目を通した。「では、まず不動産から始めましょう」書類の中から三、四枚引っ張り出して広げながら話を続けた。「あなたのお父さんのお金はすべて、いわゆる『優良物件』に投資されています」
フィールドは一時間以上話をして、時々ヴァンドーヴァーの質問に答えたり、わかりましたかと尋ねるために話を中断した。最終的にはこういうことだった。
不動産の大部分は、市内でも離れた地区にある住宅地だった。かなり安く建てられた二十六軒ほどの家が、平均して一軒あたり二十八ドルで貸し出されていた。このすべてが借りられると、ひと月の総収入は七百二十八ドルだった。しかし、この時点では六軒が空き家なので、ひと月の総収入は五百六十ドルに減少した。水道代、集金手数料、修繕費、税金、保険料利息などを含む諸経費は、月平均で百八十六ドルだった。
「ということは、ええと」ヴァンドーヴァーはその場で計算しならが言った。「五百六十から百八十六を引くから、最終的に月収は三百八十四、いや、七十四。三百七十四ドルか」
弁護士はもう一杯お湯を飲んで首を振った。
「いいですか」フィールドは手のひらで口髭をぬぐいながら言った。「抵当権をまだ計算に入れてませんね」
「抵当権?」ヴァンドーヴァーは繰り返した。
「そうです」フィールドは答えた。「経費について話したとき、私はお父さんの代理人である〈アダムズ&ブラント〉の月次報告書をもとにしていたのですが、そこは抵当権の面倒まではみていません。お父さんは、そういう問題は銀行とじかに交渉したわけです。私は、土地全体、それどころか家屋にまで及ぶ抵当権があるのを見つけました。六・五と七パーセントです。中には、同じ不動産に抵当権が二重に設定されているのもあるんです」
「なるほど」ヴァンドーヴァーは言った。
「だから」弁護士は答えた。「これらにかかる利息は月に約二百九十ドルになるんです」
ヴァンドーヴァーはもう一度その場で急いで計算し、椅子にもたれて弁護士を見つめながら言った。
「じゃあ、最終的には、ひと月八十四ドルですね」
「はい」フィールドは同意した。「私の計算でもそうなりました」
「それにしても、父は僕に月五十ドルの小遣いをくれていたんですよ」ヴァンドーヴァーは答えた。
「もうそんなことは期待してはいけませんよ、ヴァンドーヴァーさん」フィールドは微笑みながら答えた。「お父さんが健在で、本業をしていたときは、不動産収入以外にもいい収入があったんです。お父さんの法律方面の仕事は、どう考えても、大したもんだったと思います。そっちで月に五百ドルはよく稼いでましたから。こういうのは、お父さんの書類でわかった数字です。お父さんがご存命中は、あなたにたっぷりお小遣いをあげることができたかもしれませんが、もうそういうことはすべて終わりましたからね!」
「じゃあ、父は全然お金を残さなかったのですか? ま、ま、まとまったお金を?」ヴァンドーヴァーは信じられないという様子で尋ねた。
「銀行口座はありました」相手は答えた。「ご覧のとおり、貯金のほとんどをこの不動産に投資して、建てるのをやめてからは、収入に見合った生活をしていたようです」
「それにしても、八十四ドルですか!」 ヴァンドーヴァーは繰り返した。「僕たちが住んでいるカリフォルニア通りの家を見てください。使用人だのすべてを含めて、あれを維持するには結構な金額がかかるでしょ」
「これがお父さんの家計簿です」フィールドはそれを取り上げてページをめくりながら答えた。「月、百七十五ドルが平均的な生活費です」
「百七十五ドルですって!」ヴァンドーヴァーは突然足もとの地面が開いていく感じがして叫んだ。「うーん、まいったな! フィールドさん、僕はどうなってしまうんでしょう?……どうすればいいんでしょう?」
フィールドは軽く微笑んだ。「まあ、もっと慎ましく生きる決心をしないといけませんね」
「慎ましく?」ヴァンドーヴァーはあざけるように叫んだ。
「家を貸して間借りでもしなくちゃなりませんね」
ヴァンドーヴァーは安堵のため息をついた。
「それは考えもしませんでした」と答えてすぐに落ち着いた。「それでいくらくらいになるんですか……家がですけど?」
弁護士はここで口ごもった。「私じゃ、はっきりしたことは言えません」フィールドは首を振りながら答えた。「〈アダムス&とブラント〉ならもっと正確な数字を教えてくれるかもしれませんよ。実際、こういうことは彼らに任せることをお勧めします。フランクリンの近くのカリフォルニア通りですよね? 確かに、あのあたりは昔とは違ってますから。今はみんながパシフィックハイツに住みたがりますしね。二世帯住宅でしたっけ? ええ、そうですね……家具付きで、たぶん……わかりませんが……まあ、百五十ドルくらいだと思いますよ。でも、いいですか、私の見積もりなんてただの当てずっぽうですからね。ブラントに会うのがいいでしょう」
「そうですね」ヴァンドーヴァーは安心して答えた。「それだと……二百三十四、そんなとこかな。でも」急いで付け加えた。「建物にも抵当権がついていると言いましたよね。その利息はどうなんですか?」
「それについては心配無用です」フィールドは答えた。「そっちの抵当分の利息は、私が話した二百九十ドルに含まれているし、建物の保険の利息は〈アダムス&ブラント〉の報告書に含まれています。これは建物込みでの土地全体の分なんです、わかりますか? しかし、注意しなければならないことがもうひとつあります。抵当権のほとんどは期間が一年ですから、更新のたびに四十ドルから五十ドルの費用がかかります」
「はい、わかりました」ヴァンドーヴァーは了承した。
「さて」弁護士は話を再開した。「これがお父さんの銀行口座です。ファースト・ナショナル銀行に九千ドルから一万ドルの預金があります。正確に言うと九千七百九十ドル。仕事の帳簿によると、現在、請求書や手形でお父さんが受け取れる額は八百三十ドル、借方の負債は全部で九百ドル、差額は七十ドルですね。九千七百九十から七十を引くから、残るのは九千七百二十ドルです。よろしいですか?」話を中断して尋ねた。ヴァンドーヴァーがうなずくと、相手は続けた。
「さて、あなたのお父さんは遺言を残しました。これがそれです。一年前、昨年九月に、私がお父さんのために作成したものです。千五百ドルを州の南部にいる従兄弟に、六百ドルをこの街のいくつかの慈善団体に寄付しています。残りの七千五百二十ドルと不動産の残りのすべては、海外で芸術の勉強をあなたができるようにしたい、とのご希望がありましたので、あなたに残されます。遺言執行者には、〈アダムズ&ブラント〉のブラントと私が任命されています。だから今のところ、私が見る限り、あなたの立場はこうです。現金が七千五百ドルと、貸せば月二百三十四ドルの収入になるカリフォルニア通りの家屋です。遺言書は来月中に検認されなければなりませんので、あなたは出席しなければなりません。でも、これについては後日お知らせします」
次の二週間、ヴァンドーヴァーは人生で初めて事務処理をやらされた。これは彼の興味をひいて彼を面白がらせた。大金を扱い、利息や家賃や利率を計算していると、自分がそれなりの大物になった気分だった。フィールドと会ってから三日後に、父親の事務所の物品が売却され、ヴァンドーヴァーはこうして得た五百ドルを、すでに八千九百ドルの投資先を探していた弁護士の手に引き渡した。この事態がヴァンドーヴァーをかなり不安にさせていたからだった。
「僕は派手なのは望みませんから」彼はフィールドに言った。「高利回り、高リクスなのはいりません。倹約生活をしなくちゃならないのなら、安全なものがほしいですね。ほどほどの利回りでいいから、良質で手堅い投資、そういうのですよ、僕が探しているのは」
「確かに」弁護士は険しい表情で答えた。「私はあなたくらい年の頃から、そういうのを自分で探してきましたよ」
二人は笑った。弁護士は付け加えた。「ブラントはカリフォルニア通りの家の借り手を見つけたんですか? まだですか? じゃあ、その五百ドルは、彼が見つけてくれるまで、自分の生活費にとっておいたほうがいいかもしれませんね。多分、少し時間がかかるでしょうから」
「わかりました」ヴァンドーヴァーは答えた。「昨日、下見に来た女性が一組いたんですが、あそこを下宿に使いたいというんです。僕はそんな話には耳を貸したりはしませんよ。そういう手合は家を駄目にする、とブラントが言うんもんですから」
「自分の分の部屋も探しているんですよね?」フィールドは尋ねた。「気に入ったのは何か見つかりましたか?」
「いいえ」ヴァンドーヴァーは答えた。「見つかってません。ダウンタウンのホテル暮らしはしたくないし、僕が見たかぎりでは、アップタウンのアパートはべらぼうに高いんです。でも、まだあまり回っていないんです。ずっと忙しかったもので。ああ、僕のブッシュ通りの家の前の道路の舗装はどうなるんでしょう? 監督官がそういう趣旨の決議を通過させたってブラントが言うんですけど。そうなると、その仕事は、市の請負業者に任せるのか、それともブラントのところの人に任せた方がいいんですかね?」
「市の業者にやらせた方がいい」フィールドはアドバイスした。「高くつくかもしれないが、ずっと払う必要はないですから」
ヴァンドーヴァーは三週間経つまでに、すべてにうんざりしていた。目新しさがなくなり、事務的な作業はもう面白くなかった。それよりも、どこか快適な部屋に落ち着きたかった。今は真冬だから、ヨーロッパ旅行に適した季節ではないと判断していて、パリ行きは夏まで待つつもりだった。
ヴァンドーヴァーは少しずつ、自分の仕事と財産の監督・管理を〈アダムス&ブラント〉に引き継がせ、これ以上これに煩わされてはいられないと宣言した。この方針は、かなり高くつき、仕事ぶりは決して満足いくものではなかったが、煩わしさと責任から解放されるのだから、お金がなくなるのは仕方がないように感じた。
ヴァンドーヴァーはどうしても落ち着きたかった。自分だけの部屋を持って、自分の好みに合うように改装できると思うと、かなりわくわくした。すでに彼は、魅力的な独身者用のアパートに自分がいるところを想像した。壁は、アッシリアの浅浮き彫りの小さな石膏模型とベラスケスの肖像画のグラビア写真にぴったりの背景になる、ざらざらの灰色っぽい青の壁紙で覆われ、マントルピースの上にはパイプ立て、窓際の席には、マシューの家の部屋にあったようなビロードのクッションがあった。
とてもゆっくりと父親の遺品の整理がついて、不動産は徐々に新しい運用の枠組みに収まり始めた。十二月中旬までにすべてが円滑に進み始め、フィールドはクリスマスの前日に、八千九百ドルを四パーセント利回りの記名米国債に投資したことをヴァンドーヴァーに伝えた。この大金の取り扱いについて二人は何度か長い話をして最終的に、家屋に設定されている抵当権を解除するよりも、こういう方法で投資した方がいい、という結論に達していたからだ。
新年の最初の数週間のうちに、カリフォルニア通りの家は、州南部の果物生産者団体の会長である英国紳士に百二十五ドルで貸し出された。家族はたったの三人で、家賃はヴァンドーヴァーが希望した額よりも低かったが、望ましい入居者で、おそらくこの家に長期間住むことになりそうだったので、ブラントはすぐに取引をまとめるよう彼にアドバイスした。
ヴァンドーヴァーは自宅で過ごす最後の夜に、収支を計算して、月収に関する明細書を作成した。
不動産収入、平均値 84
カリフォルニア通りの家の家賃 125
米国債、利息四パーセント 23
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合計 232
小型鉄製金庫 170
事務所備品売却益 500
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670
経費、未払い請求書、弁護士費用、葬儀費、
集金経費等 587
ーーーー
一月十六日時点の残高 83
それから肩をすくめて、この厄介な仕事を全部頭から追い払った。ブラントはヴァンドーヴァーの財産を管理して、定期的に月次報告書を送る。果物生産者団体の英国紳士は百二十五ドルを加え、貸金庫の暗闇の中で忠実に増え続ける四パーセント債は、微々たる割当分の二十三ドルを絶対確実に生み出す。ひと月、二百三十二ドルだ。そう、彼は快適な立場が確立されたので、今はもう好きなように自由に振る舞うことができた。
このときの彼の第一目標は、どこか快適な部屋で冬を過ごすことで、三部屋……寝室、アトリエ、リビング……のスイートを探そうと決めていた。寝室に特にこだわりはなかったが、彼が希望するアトリエは北側から光がたっぷりとれるもので、リビングは日当たりがよくて、通りを見下ろすものでなければならなかった。さもなければ窓際の席に他にどんな使い道があるだろう? 場所はレーベンワースとパウエルの間のサッター通りのどこかにしよう、と思った。
この通りはダウンタウンに入ると、完全にオフィス街になり、遠くのアップタウンに入ると住宅が立ち並んだ。しかしこの希望に沿わない二つの両極端の間に、住居がアパートになり、オフィス街がたまに店舗になる中間の区域があった。そこは医者や歯医者、評判のいい音楽の教師に好まれる地域で、街角の多くにはドラッグストアがあり、豪邸がまだあちこちでオフィスの進出に抗い、大きな集合住宅がたくさんあり、クラブの建物さえ一、二軒あった。
にぎやかな一帯で、騒がしすぎることも、静かすぎることもなかった。この通りは、オフィス街と住宅街を結ぶ大動脈のひとつであり、お店や繁華街での買い物や、劇場などの昼の部に行き来する女性たちにケーブルカーがよく使われた。ヴァンドーヴァーの知人が、毎時間通るのはほぼ確実だった。
彼は一時的にパレスホテルに部屋を取って、さっそくサッター通りを物色し始めた。またもやブラントを頼って、その近辺の空室の長いリストを提供してもらった。アパート探しはヴァンドーヴァーにとって楽しい気晴らしになったが、結局、彼をうんざりさせ始めた。全部で十五から二十ほどの物件をまわり、それぞれの部屋に自分を置いて、こういう窓だと窓際の席はどう見えるだろう、こういうマントルピースの上にパイプ立てがあったらどう見えるだろう、この壁のどこに配置すればアッシリアの浅浮き彫りは一番映えるだろう、イーゼルはこの窓からでも安定した光を十分得られるだろうか、などと想像していた。それから、設備、風呂、電灯、暖房について考えた。
二週間探した後で、二つのスイートのうちのひとつに決めた。どちらも希望の地域にあったが、その他の点は大きく違っていた。
最初のスイートは家賃が手頃で、その前は三、四年くらい画家が住んでいた。しかし、ヴァンドーヴァーがリビングに使おうとしていた部屋は狭く、二重窓がなかったため、窓際の席を作れなかった。アッシリアの浅浮き彫りを置くのに適した場所はなさそうだった。マントルピースは、ウェイド夫人の表側の応接間のマントルピースのような古くさい白い大理石という実にひどいもので、この上にパイプ立てを置こうという気にはならなかった。これらの欠陥はアトリエで相殺された。硬材の床と北側から明かりがたっぷりとれる広々としたすてきな部屋、伝説のアトリエ、芸術家の夢、まさにヴァンドーヴァーが自分のものにしたいと思っていたアトリエだった。
もう一つのスイートは立派な集合住宅、実はホテルだった。しかし家賃が非常に高く、電球と電話があり、寝室とつながっているタイル張りの浴室があった。アトリエとして使わなければならない部屋は狭くて暗く、光が差すのは西側からだった。しかし、リビングは申し分なかった。窓際の席のために作られたような大きな出窓から、一日中太陽が降り注いだ。壁には模型や絵を飾るのにちょうどいい明るいスペースがあり、マントルピースは魅力的で極端に高く、オーク材でできていた。一言で言うなら、ヴァンドーヴァーの念願のリビングだった。殻に収まる木の実のように、すでに自分が悠々とぴったりそこに落ち着くのがわかった。調べてみると、鉄格子に漆喰が塗られ、ストーブには煙突がついていた。さらに、これに関して言えば、火が見えて、しかも鉄格子と同じくらい見栄えがいい、覆いのない鉄格子のストーブがあった。ダウンタウンの金物店の店頭でそういうストーブを見たことがあった。真鍮の囲いと鋳鉄の奇妙で派手な装飾が施された、タイル張りのストーブ……宝石のようなストーブだった。
ヴァンドーヴァーは二日間、この二つのスイートの間で逡巡した。アトリエを犠牲にしてリビングをとるべきか、リビングを犠牲にしてアトリエをとるべきかを決めかねたのだ。自分はこれから画家になるのだから、いいアトリエを第一に考えるべきだ、いよいよ苛酷で真剣な仕事を始めるのだから、絵を描くのに適した場所を確保するのが自分の義務だ、そうだ、アトリエつきの物件にしよう、と最後はこの結論にたどり着いた。不動産屋に行って、自分の決定を伝え、部屋を確保するために手付金を支払った。
この決定的な一歩を踏み出したその同じ日に、問題になっているこの両方の場所を通る機会があった。却下されたスイートのある集合住宅に近づいたときに、この部屋に決めなかったことを管理室の事務員に伝えておこうと思いついた。その時に最後にもうひと目部屋を見ることができた。
再び部屋まで案内されてリビングを歩き回り、暖房、配管、風呂について同じ質問をした。窓辺に行って通りまで眺めた。最高のねぐらであることに変わりはなかった。朝、窓際の席でのんびりして、新聞を読み、煙草を吸い、コーヒーを飲み、ダウンタウンに向かう人々、お店や朝市に出かける女性たちを眺めるのは、どんなに楽しいだろう。それから突然、この部屋を借りるとしてもせいぜい五か月であることを思い出した。もし一生を絵に捧げるのであれば、数か月くらい不便なアトリエでも簡単に我慢できるかもしれないと考えた。パリに行ってしまえば、すべてが変わるのだ。
すると、部屋がこれまでになく魅力的に見えた。部屋がこれほど明るく、日当たりが良好で、居心地が良さそうに見えたことはなかった。オーク材のマントルピースと、派手な装飾が施されたタイル張りのストーブがこんなに欲しかったことはなかった。窓際の席がこれほど贅沢に、パイプ立てがこれほど魅力的に見えたことはなかった。その一方で、もうひとつの部屋、大きなアトリエのある方の部屋は、これまでになく地味で、居心地が悪そうで、近寄りがたいものに思えた。そんなところで生活するなどもっての外だった。長々と躊躇していた自分に腹が立った。しかし突然、すでに支払った手付金を思い出した。十ドル。一瞬ためらい、それからいらだたしそうに肩をすくめて考えるのをやめた。「仕方ないな」と言った。「十ドルが何だ?」ヴァンドーヴァーはその場で決めて、踵を返して下の階に降りて行き、結局、今日から部屋を借りると事務員に伝えた。