『彼』の運命
待って。
まだ。
だから。
そこからは
どうか
歌が好きだったあの冬の夜、僕は川に向かって歩いていた。その途中にある公園で彼女と出会った。
開口一番、彼女は泣きながら笑って言った。
「こんにちは。あ、違うや。こんばんは、だね。」
「ねぇ、君、3時間だけ一緒にいてくれない?嫌なら全然いいよ」
「、、、嫌ではない」
「じゃ座って」
戸惑った。なんでいいよって言ったかって、わからない。“僕“を見ていないのはみんなと一緒なのに、この子には、この子にだけは、“僕“を見抜いてほしいと思ってしまったのかもしれない。
「きみ」
少しして彼女が声をかけてきた。
「ココで何したかったの」
急に聞かれると思っていなかったから、少し怖い。けれど、ちょっとだけ、嬉しい。
怖いのは、【ココ】っていうのが変な意味に聞こえてしまったから。嬉しいのは、、なぜだろうか。わからない。
「川に歩いてた」
「ん、で?」
「溺れて消えれたらいいのになっ、、って。なんか、よくわからないけど嫌になっちゃって。笑」
「…誰にも構われたくなかった。関わりっていうのが、、。感じるのも見るのも聞くのもッ。」
「もう!…っ嫌いだ!いなく…なるんだっ…たら、いっ…そ、近づかないでほしかった!!!」
「……ん」
「それでも、僕は歌ってたくて」
「うん」
「、、、ここにいるのが、怖…かった…」
「そうか」
なんで僕はこんなに話してしまったのだろう。不思議とこの子には話してしまった。こんな知らない興味もあるはずのない赤の他人の話を、泣きながら聞かされて。ごめんなさい。
僕は後悔していた。
本当はこんなこと思っていたんだなあ、なんて自分の涙と思いに動揺もしながら、僕はただ空を見ていた。
もう、迷惑物になりたくない。いいや、行こう。そう思い、動こうとした時、
「私はな、」
急に彼女は話をし始めた。泣いたことも僕の話にも全く触れず、ただ静かに。
「あと3時間で死ぬんだ」
「“ぇあ?”」
急になんだ。驚いた。声は出なかったけど。ただ、足は止まってしまった。
「、、、自分から?」
「うん?自殺かってこと?…うーん、正解だけど不正解、かな。多分だけど、“私“を“必要“としてもらうってことに執着しすぎたのかも。誰よりもつまらないことでつまづいて、勝手に逃げようとした結果、バチが当たったんだよね。うん。だから、自分から、あと3時間っていうリミッター付きの病気になったんだ笑」
笑っている顔だけど、笑っていないのがわかる。その深いところにある原因のようなものが何なのかはわからない。しかも、誰よりもつまらないこと?勝手に逃げようとした?リミッターのある病気?なんだよ。わからない。
でも、
「あと3時間、っていうのを伸ばすことできる?」
「んえ????…なんで伸ばしたいんだよ、君からしたら名前も知らない興味もない赤の他人でしょ?」
彼女は拍子抜けした様子だった。なんで?なんで…だろう。なんか、よくない感情を持ってしまった気がする。少し間を空け、僕は
「わかんない。けど3時間一緒なだけじゃ足りない気がする」
「何がだよ笑」
「わかんない」
「どういうこと…ッ」
「何かが。!!その、何かが、わからないから、しりたいから、なの、かも」
僕の圧に押されたのか、驚いたのか、、。まあ、外だから寒かったのだろう。わからないからそういうことにする。顔を少し赤らめて彼女は涙を流した。
そしてニヤッと笑ってこう言った。
「じゃ、この病気のリミッター、君に外してもらおうかな。そうすれば、君は私を生かすために死ねないでしょ?」
「…ッ!」
まんまとやられた。悪い気はしない。いや、やっぱりする。これじゃ死ねないじゃないか。だいぶ悔しい。
「ふふ笑」
でもこの笑顔が見られるのなら、僕は生きててもいいやなんて思った。あわよくば、泣き笑いの顔じゃなくて、君がただ笑ってる顔を、僕が作れたら、なんて想った。
その後、彼女と僕は、互いに名前も聞かずずっと過ごした。彼女がそうしたいって言ったから。
ただ君は僕の歌を聴いて、ただ公園を歩いて、ただ、一緒にいた。それがどのくらい続いていただろうか。数えることすら忘れるほど、長い時間が経っていた。
でも、ある日、彼女は急に吐血した。
「?!」
「あ、なん…で、かなあ…笑 大丈…夫だから、慣れてる、から…。あ、ごめん、ちょっとだけハグして…。いい…って言う…まで、離れないでね」
「え」
僕に拒否権はなかった。拒否する気があったわけではない。ただ、急に、君が死んじゃうかと思った。『また』いなくなっちゃうのかと思った。いやだ。
抱きしめてから少しすると、荒かった彼女の呼吸が、心拍数が、少しずつ落ち着いてきた。よかった。少しだけ安心した。
いつか死ぬのか…?
自分が何か言ったからじゃないか?
違う。
ずっと続いてるこの生活が嫌だから?
彼女が望んだ。違う、はずだ。
じゃあ、歌が嫌いだった?
違う、とすぐに言えない。
自分も落ち着いて考えた。
「慣れてる」彼女はさっき、確かにそう言った。
「あり…がと、いいよ。ごめん急に…!」
はあ?
「…ね、何が嫌だったの……なんで何も言わなかったの……なんで、なんで教えてくれなかったの」
「ちょっと」
「ねえなんで?!なんで…生かそうとさせてくれないの……ッ!!!!」
「ん〜!!」
「ねえ!!!!」
「泣かないでよ、、もう……。わーかった、わかった」
泣いてる?僕が?君じゃなくて?なんで
「初めて言ったこと覚えてるかな、、。私ね、病気なのはほんと。でもタイムリミットがあるかはわからないし、病名もわからない。ただ、一人だって思うとそれだけで血を吐く。本当にそれだけ。」
僕の思考を遮るように彼女は話した。
「あの時にあと3時間って言ったのは、“自分“を必要とする人に3時間で出会えなかったら永遠に一人なんだろうなーーってなんか、思ったから。血を吐くしかないって言う病気がわかったのが12歳?11歳だったっけな、まあいいや。そのくらいから、血縁関係にある人たちみーんな態度が変わっちゃって、ね。“私“を見なくなったんだ。両親もね。ほんっと気持ちが悪かった。あ、キモいじゃないよ。私の気持ちがどんどん悪くなっていったって方ね笑」
「じゃあ君は」
「うん、今も世間に騒がれて追いかけられてるあの家の人だね、笑」
「……それは、知らない。」
「っはあ?!?!?!?!?!」
「知らないものは知らないんだもん。だって、初めて会ったのがほんとに初めてだから。っていうか全然興味ないし。世間に騒がれてるとか別に。結局、君は死なない選択をするんだよね。ならなんだっていいよ。」
「…?!」
本心だった。やらかしたー。君が幸せそうに笑うまで、隠そうとしていたのに。つい漏らしてしまった。耐えてたのにな、、情けねえ。もう、いいや。言お。
「君が死ななきゃそれでいい。僕が死なないために生きてるんでしょ?必要だって思われたいであってる?んじゃ気づかなさすぎだよ。……しんどいところ悪い。けど」
「?!?!」
彼女をヒョイと持ち上げて僕は言った。いわゆる『お姫様抱っこ』状態で、君の顔は赤色に染まっていた。
「僕が君を必要としてる。一生。初めて会った時からずっと。」
「…おろしてよ…ッ?!」
「僕の本心の歌を好きだと言ってくれる君が要る。気持ちに答えなくていいから、君は死ななきゃそれでいい。」
彼女は顔を上げてくれそうにもない。
あぁ…もう存在ごと泡になって消えてしまおうか、、でもなぁ、、
なんて考えていた時、
「ルトが一人にしないなら死なない…。から死ぬまで歌を聴かせてくれる…?」
彼女は恥ずかしそうにそう言った。僕は彼女が名前を知っていたことに対しては驚かなかった。思っていた通りだ。
「トウラがそう望むなら」
彼女は驚いた。
「名前!!!」
「なんでって、君の一人称がよくそうなってるからだよ。君こそ。笑」
僕はあえて聞かない。トウラが僕の名前を知っている理由を。
君は嬉しそうに笑った。
ああ、よかったこれで安らかに消えれる。未来の自分。喜べ。笑
そこから、僕はバレないように続けていたアルバイトのお金で、彼女と一緒にちゃんと暮らそうと決めた。そしてその方法、手段を作った。もちろん自力だけど何か?笑
そしてそのあと、僕らは平和に過ごしていた。トウラの血を吐く発作もほとんどなかったように感じる。だが、ある日突然トウラは僕の前から姿を消した。僕からすれば、トウラは何も伝えず、急に消えてしまって、その時の恐怖は忘れられない。
もし死んでいたら…?死のうとしていたら…?嫌だ。
そして、感じた思いはそれだけではなかった。
彼女の意志が、取り戻した笑顔が誰かに、何かに奪われるのが、絶対に嫌だ。
彼女が死んでいない。かもしれない。そうわかったのは、『発見されたがまた失踪』とすぐにニュースになっていたからだった。彼女は一度家に連れ戻されていた。
それからというもの、僕は必死に探し回った。丸3日。徹夜で探した。
3日目の夜になったとき。僕は、あの時と同じ時間に、いつの間にかあの公園にいた。
トウラだ。彼女は初めて出会った時の顔をして、全く同じように見える姿で、そこに座っていた。
そう、初めて会った時のトウラに。
戻ってしまった。
そして、
「ねえ、3時間だけ一緒にいてくれない?」
あの時と同じことを言う。
そして同じ会話をする。一言一句違わずに。
ただ、信じたくなかったが、1つだけ違った。
彼女の目に光はもうなかった。
お互い、いつの間にか泣いていた。
「ふふ笑…ッ…」
同じようには笑わなかった。泣いて笑ったのではなく、笑って泣いたんだ。苦しそうだった。僕は抱きしめた。そしてその瞬間、彼女は血を吐いた。今まで見たこともないくらいに酷かった。
「ね」
彼女は不意に言った。
「歌、聴かせてよ。君の歌。」
僕は苦しかった。ああ…名前を呼んでくれると思った自分がバカだった。
「…ッ…ああ、いいよ」
「嫌ならいいよ」
「嫌じゃない。」
「じゃ座って」
今度はすぐに答えられた。同じような日々が続いていくのが当たり前だと思っていた自分が嫌になって、すぐに歌詞が出てきた。
『You are like me いつまでも
You are the same me そのままで
I wanted you so much
同じで反対な君(Just Only)』
歌っていると君はいつの間にか眠っていた。本当に、一つでいれたら楽なのにな、、と君の顔を見ながら思う。
そして、僕もいつの間にか眠ってしまっていたようだった。
夢で、君は嬉しそうに笑った。でも次の瞬間には『タイムリミットだね。』と言って泡となって消えた。
そして目が覚めた。
今走っているのは、目が覚めた時、トウラがいなかったからだ。焦って、焦って、嫌になって私は泣いた。どうせいなくなるなら、いっそ関わらないでほしかったと叫びかけて、私はやめた。
それよりも、トウラを探そう。トウラは僕が知らないところにはいない。はずだ。少しだけれど、自信があった。私はそう信じて走った。
だ、そうだぞ今の自分。泣く前に走れ。今彼女がいる場所へ。
僕があの時死のうとしていた川へ。
トウラがなぜ僕の名前を知っていたのか。彼女はなぜ一度連れ戻されたのか。その理由はなんとなくだけど、わかる。ような気がする。
トウラ、3にこだわってたな、そういえば。それはまだわからない。
もしかすると、僕が誰なのか、なんであんなこと言ったのかも全部知ってたのかもしれない。だから、
いた。
「トウラ!!!!」
「遅かったね…。笑」
トウラは見たことのない服を着て、その川の橋の上にいた。川は今日に限って増水し、荒れていた。
僕は、やめて、消えないで、と言おうとしたが、彼女は
「ありがと!ね!吐血病、君がいなきゃ、やっぱり治らないみたい!だから、ごめんね?」
「待って。本当に。まだ」
伝えれてないよ、好きって、愛してるって、
「君の歌をありがとう!愛してるよ!ルト!」
そう言って彼女は川に落ちた。
僕もすぐに飛び込んだ。見えないしわからないし苦しい。
彼女はずるい。僕の言葉を聞かなかったのだから。
彼女が消えるのならば、僕の役目はない。彼女のリミッターは外せなかった。
濁流の中、私は彼女を見つけた。
【そして2人は一つの泡として消えたそうだ。】