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第9話 妙な動き

 魔法の修行、剣の修行、キルシュライト家再興への仕事。

 月日はあっという間に流れていき、気が付けば俺が悪役転生に気づいてから一年が経った。


「お兄様、今月の財務報告書です」


 例によってフローラから渡された書類に目を通し、俺は満足げに頷く。

 税制度の見直しを始めとする経済政策、さらに鉱石産業の始動が起爆剤となり、わずか一年間で、キルシュライト家の財政状況は劇的に回復した。

 それに伴い、フローラの評判も急上昇中だ。

 俺の評判の上がり幅は……まあ、そこそこってとこかな?

 実際、政策のほとんどはフローラが主導して行ったものだから、当然の評価とも言える。


「さすがだな、フローラ。見事だ」

「ありがとうございます……! お兄様に褒めていただくことだけが、今の私の生きがいです……!」

「お、おう。引き続きしっかりとやってくれ」


相変わらず若干重い妹に、内心少しビビりつつ、俺は確認した書類をしまった。


「そうだ、お兄様。今日はクッキーを焼いたんです。良かったら召し上がってください」


 フローラが渡してくれたクッキーは、バターの良い香りがしてとても美味しそうだ。

 彼女はこうして定期的にお菓子を作ってくれるんだけど、どれも本当に絶品なんだよね。


「クッキー! クッキーだ!」


 俺が食べようとすると、大きな声がした。

 ドアの方を見てみると、そこにはメディとラルがいる。

 俺もフローラも少しずつ身長が伸びたが、一番伸び幅が大きいのはメディだ。

 毎日三食しっかり食べられるようになったこともあり、すくすくと大きくなっている。

 それに成長したのは身体だけではなく、魔法の能力も大きく向上中だ。


「メディちゃんたちのクッキーもありますよ。飲み物を入れて一緒に食べましょうか」


 フローラがメディを連れて食堂に向かうと、入れ替わりにエルザが入ってきた。

 彼女に関しては、見た目は一年前と何も変わらない。

 中身はしっかり強くなっているが。


「お、美味しそうなクッキーあるじゃん。もーらい」


 エルザは俺の手元にあったクッキーをかすめ取ると、口に運んだ。


「泥棒め」

「そりゃ泥棒だよ、私は」


 とか言いつつも、ここ最近のエルザは魔導書を盗んではいないらしい。

 それでも少しずつ魔導書コレクションが増えているのは、キルシュライト家の財政が安定し、そういうところにもお金を出す余裕がちょっとはできてきたからだ。


「メディの修行は休憩か」

「まあ、そんな詰め込み過ぎても仕方ないからさ」


 エルザには、メディを中心に一部騎士に対しても魔法の指導をしてもらっている。

 魔導書を盗むだけでなく、その中身にもよく精通している彼女にぴったりの仕事というわけだ。


「この間、街に遊びに行ったんだけどさ。いやー、やっぱフローラの人気はすごいね。どこかの傲慢貴族様とは大違いだよ」

「ふん。俺がその程度のことで傷つくとでも思ったか?」

「いやいや、まさか。君は街の人からの評価なんて気にしないでしょ。というか、街の人を人だと思ってすらいなさそう」

「……」

「冗談だって。怖い顔しないでよ」


 ちなみに俺は、街の人からの評価はそこそこ気にしている。

 そりゃ、みんなに慕われる聖人領主までは目指していないけれど、反乱を起こされないようには注意しないといけない。

 それもまた、数あるアルガの破滅エンドのひとつなのだから。


「でもフローラが言うのはさ、お兄様ももっと評価されてほしいんだって。政策の大半に、君も関わってるんだからって」

「主体になってやったのはフローラだ」

「ふーん。まあ、私は君が好かれようが嫌われようが、どうでもいいんだけどさ」


 そう言いながら、エルザはまたひとつクッキーを盗み取る。

 するとそこへ、クリストフが入ってきた。

 元々巨体で筋肉マンだった彼の身体も、この一年でひとまわり大きくなった気がする。


「アルガ様。少しお時間よろしいでしょうか」

「どうした」

「領土の西部で妙な動きが見られます」

「ほう?」

「もともと盗賊団の拠点があり、なかなか殲滅しきれていない地域だったのですが、ここのところ奴らが勢力を増しているようです。おそらく、何かしらの後ろ盾を得たかと」


 ――来たね。


 盗賊団の活発化。

 これは一年前から思い描いていた想定内の事態だ。

 まさかここまで狙い通りに行くとは思わなかったけど。


「ひとまず、情報をお伝えしようかと思った次第です。アルガ様のご指示をいただければ、すぐさま『覇戦騎士団』が盗賊掃討に向かいます」

「ふむ……。毒をもって毒を制すという言葉があるからな。盗賊には同じ泥棒をぶつけるのも悪くないだろう」


 俺がそう言いながらエルザを見ると、彼女はあからさまに不快そうな顔をした。


「うーわ、何か面倒ごとに巻き込まれそうになってるんだけど。気持ち悪」

「クリストフ、騎士団は引き続き盗賊の動きを監視しつつ、いつでも出撃できるように準備をしておけ。この件は、俺とエルザが主体となって対応する」

「はっ。仰せのままに」


 クリストフが一礼して部屋を出ていくと、エルザがじとっとした目でこちらを見た。


「巻き込んでくれたねぇ」

「そう嫌そうな顔をするな。お前にもメリットはある」

「へえ。『大賢者アーデルベルトの手記』に関する手がかりでも手に入るって言うの?」

「可能性はあるな。この件には、魔国ブフードが絡んでいる」

「……!」


 エルザの眉が、ピクリと動いた。

 魔国ブフードは、国を名乗っているものの領土を持たない。

 この世界全体にその構成員が散らばり、秘密裏に活動するいわば闇の組織。

 彼らの目的は謎に包まれているが、『大賢者アーデルベルトの手記』を狙っているという点では、俺たちと一緒だ。

 謎に包まれていると言っても、それはあくまで世間一般の話で、俺は何から何まで知ってるんだけどね。

 魔国ブフードは物語を通して暗躍するため、奴らとの戦いは避けては通れない。


「魔国ブフードが絡んでるって見通したのは、またゲンサクチシキとやらのおかげなのかな?」

「そう思ってもらって構わない」


 厳密にいえば、魔国ブフードがキルシュライト家領内の盗賊団と手を組むイベントは、原作にはない。

 ただ、原作知識をもとに状況を整理すると、おのずとこの結論が出る。

 これは言ってみれば、俺が破滅フラグ回避のために奔走したことで生まれた原作外の出来事なんだよね。


「魔国ブフードが絡んでいる以上、下手に手を出せば返り討ちに遭う。まずは冷静に情報を集めるところからだ。行くぞ」

「行くってどこへ?」

「決まっているだろう。盗賊団の拠点に近い西部の街だ」

「あーあ。それ、どうせ私も行かなきゃいけないんでしょ?」

「当然だ。さっさと支度しろ」


 まだ面倒くさそうな顔のエルザにきっぱり告げると、俺も西部へ向かう準備を始めるのだった。




 ※ ※ ※ ※




「ふふっ。きれいに咲きましたね」


 アルガたちが調査に乗り出すことを決めた頃。

 フローラは屋敷の庭で、自分で育てた花の手入れをしていた。

 お菓子作りとガーデニング。

 これがフローラの二大趣味である。


「にゃ~」


 鳴声と共に、フローラの足元を温かくふわふわの感触が通る。

 下を見た彼女の足元を、主人と同じ紫色のラルの瞳が見つめ返す。

 フローラはにっこり笑うと、ラルをそっと抱きあげた。


「ラルちゃんはお散歩ですか?」

「にゃ~」

「メディちゃんは一緒じゃないんですか?」

「ここだよ!」


 そう言いながら、いつの間にかやってきたメディがフローラに抱きつく。

 フローラはラルを地面に降ろすと、メディの頭をそっと優しく撫でた。


「二人でお散歩ですか。いいですね」

「うん! あれ? フローラお姉ちゃん、指から血が出てるよ?」


 メディに言われてみれば、左手の薬指に血がにじんでいる。


 ――そういえば、さっきチクっとしたような……。薔薇の棘が刺さったのかもしれませんね。


「見せて。私が治してあげる!」

「ふふっ。じゃあ遠慮なく。ありがとうございます」


 メディに傷を癒してもらうフローラの指先に、ぽかぽかと温かい魔力が触れる。


 ――何だか心まで温かくなる気がしますね。それにしても、お兄様が一瞬でメディちゃんの才能を見抜いたのには驚きました……。


 傷を治して得意気なメディの頭をわしゃわしゃしながら、フローラはこの一年で何回目か分からないたらればの思考を繰り返す。


 ――もしお父様がお兄様のようだったら、お母様も死なずに済んだかもしれないのに……。


 母親がいなくなったのは、フローラが五歳の頃。

 もう間もなく七年が経とうとしているが、フローラが母のことを考えなかった日はない。

 幼少期、父親や兄との間に、およそ家族と呼べるような関係を築けなかったフローラにとって、母との記憶だけが心の拠り所だったのだ。


 ――でも最近は、お兄様にエルザお姉様、メディちゃんにラルちゃん、みんなのおかげで、毎日がとても楽しいですけどね。


 少しずつ前を向き始めたフローラが、メディやラルと戯れていると、黒のマントに身を包んだアルガとエルザが通りがかった。

 アルガに関しては、腰に剣を携帯している。


「お兄様、どこかへお出かけですか?」


 フローラが尋ねると、アルガはひとつ頷いてから答えた。


「領内西部で盗賊が活発化しているらしい。エルザと調査に行ってくる」

「そうですか……。くれぐれもお気をつけて……」

「心配には及ばない。今回はあくまでも情報収集。戦うつもりはないからな」


 フローラの不安そうな顔を見て、少しだけアルガの口調に優しさが混じる。

 今のフローラにとって、一番怖いのは、唯一の肉親であるアルガを失うこと。

 そのことは、アルガも良く分かっているのだ。


「行ってらっしゃいませ」


 ――お兄様とエルザお姉様なら、大丈夫ですよね……!


 二人の強さに信頼を置きながら、フローラは兄姉を見送ったのだった。

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