第8話 ボス部屋の美しき魔物
「ここがボス部屋だな」
ひとりぼっちのダンジョン攻略は順調に進み、俺は最下層のボス部屋までたどり着いた。
思った以上にあっさり来れたなぁ。
アルガの持っている才能は、本当に恐ろしいとしか言いようがない。
――この奥にあの魔物がいる……!
俺は心を躍らせながら、ボス部屋の重い扉を開けた。
円形でドーム型の天井になっているボス部屋は、広さで言えば一般的な学校の体育館くらいの広さ。
その中央に鎮座する巨体が、このダンジョンのボスだ。
――本物の鉱甲亀だあああああ!
鉱甲亀。
その名の通り、硬い鉱物で出来た甲羅を持つ巨大な亀だ。
それも一種類の鉱石ではなく、様々な鉱石で甲羅が構成されているため、見る角度によってその輝きは常に変化する。
グラフィック面の評価も高かった『無限の運命』において、一際その美しさが際立っていた魔物の一種だ。
――スマホがないのが悔やまれる……。
生の鉱甲亀なんて、原作プレイヤーからしたら憧れの的だ。
本当だったら撮影タイムに入りたいところだけど、そんな時間も機材もない。
せめて、倒す前にしっかりこの目に焼き付けておこう。
それにしても、こんな鉱甲亀に興奮している場面なんて、絶対他の人には見せられないよね。
頭がおかしくなったと思われる。
ひとりで来て正解だったよ。
「コホン」
俺はひとつ咳払いすると、傲慢貴族アルガモードに戻った。
鉱甲亀は、ボスらしくじっとこちらを見つめている。
敵の最大の特徴は、その圧倒的な防御力。
次いで一撃の破壊力があるけど、その分俊敏性には欠ける。
それに的が大きいということは、それだけ攻撃を当てやすいということだ。
「……!」
鉱甲亀が、いきなり左前足で強くその場の地面を踏みつけた。
激しい地響きと震動が、ボス部屋全体を包み込む。
俺は転ばないように上手くバランスを取ると、腰に携えていた剣を抜いた。
そして飛び上がって一気に距離を詰め、俺の腕何本分あるのか分からない太い首に斬りかかる。
「フゴオオオオオ……」
重低音マシマシの唸り声と共に、鉱甲亀はその首を甲羅の中にひっこめた。
すんでのところで、俺の斬撃は回避される。
俺が地面に着地すると、甲羅の中で鉱甲亀の目が怪しく光る。
――来るっ……!
俺は急いで後ろに飛び退いた。
コンマ数秒遅れて、まるでロケットのように鉱甲亀の頭が飛び出してくる。
普通の人間がまともに食らったら、全身の骨が砕けて即死レベルの一撃だ。
かなり奇襲に近い感じの攻撃だったけど、しっかり回避できたのは原作知識のおかげだね。
鉱甲亀とも何度か戦っているから、ある程度の行動パターンは頭の中に入っている。
――剣がどれくらい通用するのかも試したいんだよなぁ……。
俺は剣を構え直すと、今度は左前足に斬りかかった。
さっきより速度を上げたことで、甲羅の中に足が引っ込むよりわずかに早く刃が到達する。
これも鉱石で出来た硬い爪と剣がぶつかり、火花が散った。
キィンという音が響き、爪に亀裂が走る。
――斬ったというよりは、ぶつけて壊したって感覚に近いね。
魔力による身体強化によって、パワーはかなり増したけど、まだまだ剣術には向上の余地が多そうだ。
俺は高く飛ぶと、今度は甲羅目がけて剣を振り下ろした。
やはり鉱石の一部に亀裂が走るが、スパッと斬れる気持ちの良い感覚はない。
――ひとまず剣に関してはこんなものかな。
正直、剣に関してはサブ戦術的な意味合いが強い。
現段階でどんなものかというのは試せたから、ここからはアルガの才能の本領が発揮できる魔法戦だ。
「【壊滅黒星】」
俺は先ほど斬りつけた鉱甲亀の左前足へ、魔法攻撃を仕掛ける。
剣に比べれば予備動作が少ない魔法は、甲羅の中へ引っ込む前に的確にターゲットを捉えた。
「フゴオオオオオ……」
左足を吹き飛ばされ、鉱甲亀はバランスを崩してひっくり返る。
一気に仕掛けようとする俺に対し、鉱甲亀は頭も残っている足も全てを甲羅に隠し、防御態勢に入った。
……いや、攻撃態勢に入った。
魔力をエネルギーに、鉱甲亀は高速で回転し始める。
キラキラと鉱石が光り、まるで美しい駒を見ているみたいだ。
――なんて見惚れてる場合じゃない……!
鉱甲亀は回転の勢いを保ったまま、超高速でボス部屋を縦横無尽に動き始めた。
壁に当たっては跳ね返り、壁に当たっては跳ね返り。
マ〇オのノ〇ノ〇かよと言いたくなるような攻撃を、俺は素早く動き回って回避する。
原作通りなら、この攻撃が続くのは三十秒。
そしてこの攻撃が止まったタイミングで、絶好のアタックチャンスが訪れる。
「フゴオオオオオ……」
きっかり三十秒。
鉱甲亀は回転を止めて、甲羅が上向きの元の状態に戻った。
しかし左前足が欠損しているために、どうにもふらついている。
――終わらせるか。
俺は強く地面を蹴ると、空中で今一度、鉱甲亀の美しい甲羅を目に焼き付けた。
そして右拳に、莫大な量の【天地壊滅】の魔力をまとわせる。
「【壊滅拳】」
俺は渾身の拳を甲羅の中央に叩きこんだ。
拳と甲羅がぶつかって起きた、ビリビリという空気の振動。
直後、甲羅全体に無数の亀裂が走る。
「さらばだ」
甲羅が砕け散り、鉄壁の防御を失った美しき魔物に、俺は傲慢貴族らしく最終宣告を突きつけた。
「【壊滅黒星】」
さきほど足を吹き飛ばしたのとは、まるで比にならないサイズの魔力の星。
半年前、初めて魔法を使った時から見れば、そのサイズも威力も何十倍にもなっている。
「フゴオオオオオ……!」
壊し尽くし、滅ぼし尽くし、痕跡すら残らない。
鉱甲亀を倒した俺は、さっきまで奴がボスとして鎮座していた部屋の中央部に降り立った。
数秒後、どこからともなく扉が出現する。
それを開けてくぐると、俺は地上へと戻っていた。
ダンジョンの転移門のシステムは、しっかりとこの世界でも有効みたいだね。
当たり前といえば当たり前だけど。
「アルガ様、お戻りになりましたか」
ダンジョンの前には、ちょうどクリストフと騎士たちも戻ってきていた。
俺は背後の石の扉を指差し、彼らに告げる。
「扉を開けてみろ」
「し、承知いたしました」
ダンジョンは、一度攻略してしまえば周回することはできない。
だからクリアしたダンジョンに再び入るのは意味がないというのが、この世界の常識だ。
しかし、このダンジョンは例外。
怪訝そうな顔をしていたクリストフだったが、扉を開けると驚きの声を上げた。
「こ、これは……!?」
さっきまでダンジョンを構成していたレンガは消え去り、代わりにあちらこちらから鉱物が顔を覗かせる洞窟になっている。
しかも、非常に希少価値が高いレア鉱石ばかりだ。
鉱甲亀のダンジョンは、クリアすることで希少鉱石の採掘場へと変化するんだよね。
――辺り一帯の鉱床、それにこの希少鉱石を合わせれば、キルシュライト家復活への劇的な起爆剤になる……!
クリストフ、それに予定外だったけど他の騎士たちも順調にレベルアップしてくれているおかげで、近辺の魔物掃討も早々に完了しそうだ。
騎士たちの実戦経験の場になるし、鉱石の採掘にも素早く取り掛かれそうだし、パーフェクトだね。
――第一段階、一年でキルシュライト家を祖父の代の状態まで戻すことはほぼ達成が確実になったな。
その先の目標、キルシュライト家を史上最も偉大な貴族家にすること。
ここまで達成すれば、ほぼ確実にお家取り潰しエンドや領民の反乱エンドなど、複数の破滅エンドをぶっ壊すことができる。
ただ唯一気になるのは。
――運命がこれを許すかどうか。
俺は拳をぎゅっと握り締めると、帰宅のための馬車に向かって歩き始めた。