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第7話 起爆剤

 悪役転生に気づいてから、およそ半年。

 俺の原作知識とアルガの持つ頭脳、さらに政治の天才であるフローラの力が合わさって、キルシュライト家は順調に再興への道を歩んでいた。


「お兄様、今月の財務報告書です」


 フローラから渡された書類に目を通しながら、俺はしばし思案する。

 半年前に比べれば、数字は明らかに良化している。

 悪くない……というか、半年でここまでもってこれたのは、素晴らしいと言える。

 しかし。


 ――やっぱり、あのバカ親父が残した負の遺産が大きすぎるね……。


 このペースで回復していった場合、一年後の財務状態は、祖父の頃のそれにわずかに届かない。

 ここらでひとつ、起爆剤が欲しいところだ。

 フローラもそれは理解しているようで、今ひとつ納得しきっていない顔をしている。


 ――そろそろ、あれに手を出すか。


 俺は財務報告書を置くと、領内全体が描かれた地図を広げた。

 こうしてみると、やはりキルシュライト家の領土というのはかなり広い。

 バルテイ王国の領土体系としては、国のおよそ三分の二にあたる領土を“五星”が分け合い、残りの三分の一は王家の直轄地になっている。

 まあ、もちろん“五星”は王の臣下であり、領土の管理を任された言ってみれば県知事に近い立場なので、例え“五星”の領内だろうと王の命令が何よりも優先されるんだけどね。


「クリストフたちに命令して、この辺りを調査させろ」

「ここは……ヴィングラード山のふもとですね」


 俺が指差した地名を、フローラが興味深げに口にする。

 ここは近辺に魔物が多く、何代にもわたって開発が進んでいなかった地域だ。

 ただ、覚醒イベントを経て半年間みっちり強化に励んだ今のクリストフたちなら、調査することもできるはず。

 実はこの辺り、原作『無限の運命』のプレイヤーたちには有名な鉱石の産出地域なんだよね。

 毎日、武器強化のためにここで鉱石集めをした日々が懐かしいよ。


 ゲームプレイヤーにとっての宝の山は、今の俺にとっても宝の山だ。

 鉱石は貴重な資源で、輸出すれば金になる。

 それに鉱床で働く人手が必要になるから、雇用を生み出すことにも繋がる。

 それにここには、とっておきのレア鉱石産出ポイントもあるんだよね。


「ただちに【覇戦騎士団】で調査部隊を組織し、ヴィングラード山に向かわせます。お兄様がおっしゃるなら、きっとここには何かあるはずですから」


 そう言うと、フローラはクリストフに指示を伝えるため出て行った。

 ここのところ、妹からの信頼度上昇が止まらない気がするな。




 ※ ※ ※ ※




 およそ二週間後。

 調査を終えたクリストフが、報告のために俺の部屋へやってきた。

 フローラも同席し、カールが淹れてくれた紅茶を飲みながら報告を聞く。

 結構魔物と戦ったそうだけど、幸い大きなけが人は出なかったらしい。

 良かった良かった。


「アルガ様にご指示いただいたポイントに到着して驚いたのですが……あそこにはかなり質の良い鉱石が取れる鉱床がありました。大規模な採掘を行えば、かなりの価値を生み出せそうです」

「まあ……それは間違いないのですね?」

「間違いありません。しっかりとこの目で確かめて参りました」


 クリストフに念押しするように尋ねたフローラは、その回答を聞いて俺の方を見る。

 まるで“全て知っておられたのですか?”とでも言いたげな目だ。

 知っていましたとも。

 原作知識って本当に便利だなぁ。


「お兄様がわざわざ調査を命じられたということは、何かあると思っていましたが……。これはまさに、キルシュライト家が求めていた財政再建への起爆剤です!」


 変わらず俺の方を見ながらそう言うフローラの目は、ものすごくキラキラしていた。


「さすがお兄様です! 一生をかけてついていきます!」


 ――「この身が滅びようとも」とか、「一生をかけて」とか、たまーに言葉のチョイスが重いんだよな。


 俺は心のなかで苦笑いをしつつ、クリストフの報告の続きを聞く。


「それから、これは鉱床とはあまり関係のない話なのですが。調査の最中に、ダンジョンを発見しました。規模としては、中規模ダンジョンと推測されます」

「実際に中に入ってみたか?」

「いえ、入っていません。少し見てみようとも思いましたが、何となく嫌な予感がしたので」

「ふむ。賢明だったな」


 RPGらしく、この世界にもダンジョンがある。

 ダンジョン攻略もゲームの大きな要素のひとつで、ヴィングラード山のふもとにも中規模ダンジョンがあると記憶していたんだけど、それは正しかったみたいだね。

 ちなみにこのダンジョン、難易度で言ったらかなり高めだ。

 その分報酬は豪華なんだけど、もしクリストフたちが入っていたら、クリストフは生き残っても部下の何人かは死んでいたかもしれない。


「フローラは鉱石の採掘計画を策定しろ」

「はい。お兄様に認めていただける完璧な計画を作ってみせます!」

「期待している。クリストフ、ダンジョンへ俺を案内しろ」

「はっ。承知いたしました」

「期待……お兄様が私に期待……」


 フローラがぶつぶつ何か呟いてるけど……うん、これは無視しておこう。




 ※ ※ ※ ※




「本当におひとりでよろしいのですか?」

「問題ない」


 ダンジョンの前で、クリストフの問いかけに俺は頷いた。

 俺のすぐ後ろには、ダンジョンの入口である重そうな石の扉がある。


「騎士たちは引き続き、周辺の魔物の掃討を行え。いくら鉱床があると言っても、魔物の危険があっては採掘が進められないからな」

「はっ。必ず、この地域の魔物は根絶やしにします」


 ダンジョンの攻略は俺ひとりで十分……というより、このダンジョンはまだクリストフたちには少しレベルが高い。

 絶対に無理とまでは言わないが、下手にリスクを取って傷を負われても困る。

 彼らは貴重な戦力だからね。


 ――よし、行くか。


 クリストフと数人の部下が見守るなか、俺はダンジョンの扉を押し開けた。

 そしてためらうことなく、内部へと足を踏み出す。

 すると、俺の背後で石の扉は勝手に閉じた。


 ――ゲーム通りなら、もうこの扉からは出られないね。ここを出るには、最下層のボス部屋をクリアするしかない、と。


 途中で死ねば復活地点にリスポーンなんて、甘い話はありゃしない。

 ここはゲームの世界で、それでも現実なのだから。


 それにしても。


「まじでゲームで見てた景色のまんまだ……」


 俺はアルガのキャラも忘れて、ただただ感動を言葉にした。

 壁も床も、レンガを敷き詰めて構築されている。

 高さは五メートルほどとかなり高く、壁に等間隔で取り付けられた松明のおかげで十分に明るい。

 俺はワクワクする気持ちを抱えながら、それでもしっかり気を引き締めなおした。

 ダンジョンには魔物に罠に危険が満載だ。

 一歩間違えれば死ぬ、そんな場所。

 こんなところで死んでしまっては、破滅フラグを壊すために頑張ってきたこの半年も水の泡だよ。


「ふう……」


 俺はひとつ息を吐くと、ダンジョンの中を進み始めた。

 およそ半年間、魔法に剣術に修行を積んできた。

 このダンジョン攻略は、キルシュライト家を復活させて破滅フラグを壊すための大事ア段階であると同時に、半年間の修行の成果を試す機会でもある。


「早速お出ましか」


 少し歩くと、第一村人ならぬ第一魔物と遭遇した。

 まずお出迎えいただいたのは頭が三つある巨大な蛇。

 魔物名はサーベロスだったはずだ。

 サーペントとケルベロスの二語を組み合わせた『無限の運命』独特の造語だね。


 ――うおおおおお! 本物だあああああ!


「「「シャアアアアア!」」」


 俺の感動をよそに、サーベロスの三つの頭それぞれが紫色の舌をチロチロさせながら、威嚇するように声を上げる。

 こいつの厄介なところは、どれか一つでも頭が残っていれば何度でも再生すること。

 つまり、三つの頭を同時に殺さなくてはいけない。


「「「シャアアアアア!」」」


 先制攻撃を仕掛けてきたのは、サーベロスの方だった。

 三つの頭から、同時に猛毒を放ってくる。

 触れれば即死級の猛毒が、勢いよく降りかかってきた。


「【魔防壁】」


 俺は一般魔法の防御魔法で、防壁を展開する。

 それが傘のようになって攻撃を防ぎ、毒は壁に飛び散ってどす黒い染みを作った。

 いやー、おっかないね。


「そうだ」


 俺はふとした思い付きで、懐からからの小瓶を取り出す。

 そして、サーベロスの毒をちょっとだけ採取した。

 これをメディに渡せば、特効の解毒剤を作ってくれるかもしれない。

 薬毒研究のネタにもなるだろうし、お土産にしよう。


 かなり物騒なお土産を手に入れた俺は、用済みになったサーベロスをじっと見つめる。

 俺より二メートルほど高いところにある三つの頭もまた、こちらを見ながらうねうねと動いている。


「【壊牢】」


 俺が静かに唱えた途端、サーベロスの三つの頭をそれぞれ一つずつ、【天地壊滅】の魔力が球となって包み込んだ。


「「「シャアアアアア!」」」


 突如として高密度の魔力に覆われ、視界を奪われたサーベロスは、何がなんだか分からずのたうちまわる。

 俺は悠然とその横を通り過ぎた。

 そして暴れまわるサーベロスを背後に告げる。


「爆ぜろ」


 刹那、魔力の球が爆発する。

 サーベロスの三つの頭は、同時に爆ぜて跡形もなくなった。


「ふん」


 俺は小さく鼻を鳴らすと、ダンジョンのさらに奥へと進み始める。

 きっと原作のアルガだったら、魔物に勝ってもこういう反応なんだろうなとか考えながら。


 ……いや、怠惰な原作アルガくんはそもそもダンジョンなんか来ないか。

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