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第3話 騎士団強化計画

 悪役転生に気づいてからというもの、俺の生活は一変した。

 朝食の用意ができたらメイドに起こしてもらっていたところを、自分で早起きして体力づくりのための早朝ランニング。

 日中は、キルシュライト家当主としての仕事、魔法の勉強と訓練にいそしむ。

 夕食を取った後は、現在のこの世界の状況と俺の持つ原作知識を照らし合わせ、今後の行動計画を立てる。


 そんな生活を送り始めて一週間が経った今日。

 俺は例によって、訓練場で魔法の訓練をしていた。

 深淵魔法【天地壊滅】はもちろん、役に立ちそうな一般魔法にも時間を割いて、できるだけ隙をなくしていく作戦だ。


 ――魔法って見た目には派手だけど、実際の鍛錬は地道なものなんだなぁ。


 ゲームとは異なる、現実ならではの感覚を味わっていると、訓練場に数人の騎士たちが入ってきた。

 クリストフもいる。

 彼らは手早く準備を済ませ、各自訓練を始めた。

 稀に特殊な武器を使う者はいるが、騎士の大半は長剣、短剣、弓矢のいずれかの武器を扱う。

 今いるメンバーに関して言えば、全員が長剣を装備していた。


 ――始めるかな。


 今日は、破滅フラグ回避に向けて、またひとつ行動を起こす日。


「クリストフ」

「はっ。いかがなさいましたか」

「剣を試したい。相手になれ」

「か、かしこまりました」


 クリストフは一瞬驚いたが、すぐに模擬戦用の剣を持ってきた。

 対した飾りつけもないシンプルな剣で、刃は潰されて斬れないようになっている。

 クリストフの方も、自分サイズの大きな模擬戦用の剣を構えた。


「誰でもいい。コインを投げろ。地面に落ちた瞬間に開始だ」


 俺の言葉に従い、騎士のひとりがコインを弾く。

 それが地面に落ちた瞬間、クリストフがその巨体に似合わぬ速さで動いた。

 俺の胸部を目掛けて振り下ろされる巨大な剣。

 すんでのところで、俺はその攻撃を自分の剣で受け止める。

 が、クリストフの強烈なパワーに押され、わずかに後ずさりした。


「団長の一撃を……!」

「受け止めた……!」

「剣を触られること自体、初めてのはずなのに……!」


 確かに、普通に考えれば、吹き飛ばされなかっただけ上出来と考えられるかもしれない。

 ただ、そんな生ぬるいことは言っていられない。

 それに。


「クリストフ、お前手加減したな?」

「そ、それは……!」

「臣下に手加減されるとは、キルシュライト家の当主も落ちたものだな」

「滅相もございません! 全力でぶつからせていただきます!」


 クリストフの雰囲気が、先ほどまでと一変する。

 その眼差しは真剣そのもので、この目を見ただけで小心者は逃げ出すんじゃないかというくらいだ。


 先ほどのクリストフは、明らかに手加減をしていた。

 今日の目的遂行のためには、クリストフにある程度は力を出してもらい、その上で俺が勝利しないといけない。


 ――深淵魔法まで使う気はなさそうだね。まあ、こちらも使う気はないけど。


 地道な鍛錬と実戦経験によって磨かれてきたクリストフの剣技に、今日初めて剣を握った俺の剣技が勝ることはない。

 それでも俺には、この場面においてクリストフを上回っている点が二つある。

 一つは魔力量。

 もう一つは生まれ持った身体能力の限界値。


「……」

「……」


 一度距離を取った俺たちは、剣を構えて睨み合う。

 そして再び、クリストフが勢いよく向かってきた。

 先ほどと同じような攻撃。

 しかし明らかに力がこもっていて、迫力が違う。


 今度は後ずさりではすまない? いや、そんなことはない。


「ふむ。先ほどよりは真剣にやっているようだな」


 そう言いながら、俺はクリストフの剣を《《弾いた》》。

 受け止めたのではない。

 完璧に弾き返した。


「なっ……!?」


 動揺したクリストフだったが、さすがは歴戦の猛者、すぐに次の攻撃動作へと移る。

 頭をかち割ってやろうかという勢いで振り下ろされる剣。

 しかし。


「どこに向けて剣を振っている」


 俺はもうそこにはいなかった。

 信じられないという様子で固まるクリストフの背後から、俺は剣を突きつける。


「何が起きたんだ……」

「今のは一体!? アルガ様が瞬間移動されたように見えたぞ!?」

「どんな魔法を使って……」


「魔法ではない」


 どよめく騎士たちに向けて、俺は剣を持ったまま言い放つ。


「魔力による身体強化を行っただけだ」


 魔力による身体強化。

 魔力を体内で上手く変換することで、筋力や俊敏性などを向上させる技術だ。

 一定以上の段階に達した戦士であれば誰もがやっていることで、騒ぐほどの珍しい技術ではない。


「そ、それだけですか!?」

「今のはどう見ても魔力による身体強化の域を超えていた気が……」


 納得していない騎士たちだが、何も難しいことはない。

 そもそもアルガの持つ魔力量と、到達可能な身体能力の限界値が異次元すぎるのだ。

 ただ、魔力の変換効率があまり良くないのか、思ってた以上に魔力の消耗が激しい。

 まあ、これも伸びしろってことで。


「クリストフ」


 敗北を悟り、呆然と膝をついた大男に、俺は予定していた通りの言葉をかける。


「かつては聖騎士も夢ではないと言われた男が、今ではこのざまか。情けないな」

「ぐっ……」

「お抱え騎士団の団長になったとはいえ、所詮ぬるま湯だったか。期待外れだ」


 冷淡に言葉を紡ぐ俺。

 でも内心では、


 ――ごめんごめんごめんまじでごめん本当はこんなこと言いたくないんだよごめん本当にごめんなさい……。


 謝罪の嵐だよ、本当に。


 クリストフは鍛錬を怠っていたわけではない。

 でも大きな戦争もなく、総合的に見れば比較的治安の安定している状況において、強くなる目的を見失っていたのは事実だ。


 クリストフはぐっと歯を食いしばると、立ち上がって剣を納めた。

 そしてこちらを向いたその目には、燃えるような闘志が見て取れる。

 その表情はもはや、悔しさを隠そうとはしていない。

 ただ、前を向いている。


「言いたい放題言ってくださいましたな……アルガ様」

「当然だ。なぜ俺が、お前に遠慮しなくてはいけない」

「はっはっは。どこまでも傲慢なお方だ。しかし、目が覚めました」


 ――よし、来た! 狙い通りだ!


 俺は心の中でガッツポーズする。


 無数にある『無限の運命』のエピソードのひとつ、「クリストフの覚醒」。

 さっきまで俺が言ったことは、原作でとあるキャラがクリストフに投げかけた言葉そのものだ。

 ここから、悔しさを糧にクリストフは厳しい鍛錬を積み、一段階も二段階も上の騎士へと成長する。

 少し状況が異なるとはいえ、概ね同じような話の進め方をしたことで、上手いことストーリーにハマってくれたみたいだね。

 クリストフが今以上に強くなってくれないと、この先二年くらいの間にちょっと困る事態が起きるんだ。


「私は必ず強くなります。アルガ様、あなたを超えるほどに」


 原作さながらのセリフ。

 今にもガッツポーズしながら叫んで喜びを表現したいところなのに、傲慢キャラは辛いよ。


「我々も必ずや強くなります!」

「アルガ様の臣下にふさわしい騎士となれるよう精進します!」

「よし! みんな鍛錬の内容から見つめ直すぞ!」


 ……ん?

 この「クリストフの覚醒」に騎士たちまでやる気に満ち溢れるエピソードはなかったような……。


 ああ、そっか。

 そもそも件のセリフをクリストフが浴びた時、周りに騎士たちはいなかったもんね。

 でも今回は近くにいて、しかもそこでぬるま湯とか言われたもんだから、刺激を受けちゃったわけだ。

 んー、まあ、騎士団が強くなるならよし!


 ――剣も練習しておくのはありだな。


 俺は手元の剣を見ながら、そんなことを思った。

 原作でアルガが剣を使うシーンはなかったけど、今日のやってみたところでは、そこまで悪い感覚じゃなかった。

 予想以上だったアルガの魔法の才能により、そちらの習得は順調すぎるほどに進み始めている。

 少しは剣にリソースを割いてもいいかもしれない。


「うおおおおお!」

「やるぞおおおおお!」


 暑苦しいほどに燃え滾る騎士たちを横目に、日課の訓練に移ろうとした時、訓練場にカールが入ってくる。

 そして俺のそばにやってきて、いつになく興奮冷めやらぬ調子で言った。


「フローラ様がお戻りになることに決まりました!」

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