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第2話 再興への一歩と初めての魔法

「フローラ様を……連れ戻す……?」


 妹を連れ戻すという俺の話を聞いて、カールは何度も首を横に振った。

 そんなことは不可能だと言いたいのだ。

 まあ、そう言いたくなるのも無理はないんだけど。


 俺には一つ下の妹フローラ・キルシュライトがいる。

 しかし、彼女は今この屋敷には住んでいない。

 同じ“五星”の一角であるダイスラー家の長男、クルト・ダイスラーの婚約者、将来の結婚相手としてダイスラー家で暮らしているのだ。

 このダイスラー家、特に当主のアルバンと息子のクルトもまた、どうしようもない奴らなんだけど……まあ、今は一旦置いておこう。


 フローラがダイスラー家にいるのは、簡単に言えば貴族家同士の結びつきを強めるための政略結婚だ。

 あくまでも、表向きは。

 早速、原作知識の出番だね。


「カール、お前は知っているはずだ」

「な、何のことでしょうか」

「フローラとクルト・ダイスラーとの婚約関係は、単なる貴族家間の関係強化のためではない。フローラを嫁がせる代わりに、キルシュライト家はダイスラー家から金銭の支援を受けるという内密の契約がある。そうだな?」

「そ、それは……!」


 カールの頬を一筋の汗が伝った。

 キルシュライト家の厳しい財政状況のなかで、俺の父親が行った数少ない施策のひとつが、娘を人質にライバル貴族家から援助を受けることだった。

 キルシュライト家サイドでこのことを知っているのは、今は亡き父親とカール、それにフローラだけだ。


「お前は父の結んだ契約に反対しようとした。しかし、フローラの決意の前に何も言えなかった」

「なぜアルガ様がそのことを……いえ、当主となられたアルガ様に隠し事は致しません。その通りでございます……」


 声を絞り出したカールの表情には、俺が全てを知っていることへの驚きと、契約を止められなかった悔しさが入り混じっている。

 フローラは原作のなかでも抜群に頭が切れる部類に入るキャラで、非常に聡明な少女だ。

 それと同時に、驚くほど肝の据わった人物でもある。

 父親が自分を代償に金を工面しようとしていると気付いた彼女は、それでもキルシュライト家のためにとダイスラー家へ入っていったのだ。


 俺は朝食から戻ってくる途中、父の部屋に入り取ってきた帳簿を広げながら話を続けた。


「表向きの帳簿には、フローラを代償にして受け取った金の記載などない。いわゆる裏金というやつだ。全くどこまでも汚い話だな」

「……返す言葉もございません」

「お前を責めているわけじゃない。ただ、フローラはキルシュライト家の再興に必要な存在だ。必ず連れ戻す」


 この国の貴族たちの慣習では、男女が正式に婚約するのは十五歳から。

 フローラはまだ十一歳のため、クルトと妹の間で正式な婚約関係は結ばれていない。

 ちなみにクルトは何歳かというと、もうすぐ十八になる。

 ロリコンだ、引くわ。

 原作通りに事が進んでいれば、まだフローラの貞操は守られているはずだけど。

 クルトの性癖はさておき、要は今の時点で契約をなかったことにしても、いわゆる婚約破棄のような重大事案にはならない。

 ただ唯一にして最大の懸念点は、フローラを取り戻せばダイスラー家からの援助が打ち切られるということ。

 このことが、「フローラを取り戻すなどありえない」とカールに思わせている要因だね。


「問題はない」


 改めて帳簿を見つつ、俺はカールに語りかけた。


「俺は父のように浪費したりはしない。そのことを考えれば、ダイスラー家の支援がなくとも、一年は持ちこたえられる。その間に財政を立て直す、フローラと一緒にな」


 カールはしばしの思考の後、覚悟を決めたような表情で恭しく頭を下げた。


「かしこまりました。私はキルシュライト家の執事として、アルガ様の決定を信じ従うのみ。すぐにフローラ様をお連れする手はずを整えましょう」

「そう力むことはない。ダイスラー家は、意外にあっさりフローラを手放すはずだ」

「そ、そうだと良いのですが……。では、失礼いたします」


 カールはきびきびとした動作で部屋を出ていく。

 あれだけ活力に満ちた彼も、久しぶりに見るな。


 フローラを取り戻すことには、支援を打ち切られるデメリットをはるかに上回るメリットがある。

 俺ひとりでキルシュライト家を再興しようとすれば、きっと“本編”が始まるまでの三年間全てを費やしてしまう。

 そうなると、俺自身の魔法をはじめ能力の強化がおろそかになり、結果として怠惰に過ごしていた原作のアルガと何ら変わらない状態で“本編”のスタートを迎えることになる。

 ただ賢いフローラがいれば、俺は自身の能力強化にも時間を使うことができるから、より入念な準備を整えることができるってわけだ。


「さてと」


 俺は手元の書類をきれいにそろえると、ワクワクした気持ちを抱えながら立ち上がった。

 せっかく大好きなゲームの世界に来たんだ。

 能力強化――そう、魔法を使ってみないとね。




 ※ ※ ※ ※




 とりあえず、屋敷にあった魔法関連の書物をかき集めてみた。

 名家の屋敷なんだから、すごい魔法の本がありそうなもんだけど、全くもってそんなことはない。

 希少な魔法の書物は高値で取引されるから、金に困った父親が売り払ってしまっていたのだ。

 その結果、手元に残ったのは有益性の低い二束三文の書物ばかり。

 まあ父親を恨んだところで本は戻ってこないし、ひとまずは今ある書物に目を通してみるか……。


「『サルでもわかる魔法入門』ねぇ……」


 とりあえず初歩的な書物に目を通してみたところ、この世界の魔法の体系は俺のゲームで得た知識と相違ないことが分かった。

 まずは一安心だね。


 この世界の魔法は、一般魔法と深淵魔法の二種類に分けられる。


 一般魔法は『原初の六属性』と言われる炎魔法、水魔法、風魔法、土魔法、光魔法、闇魔法をもとに発展してきた魔法で、相応の魔力を持つ者であれば、修練によって身につけられるもの。


 対して深淵魔法は、独自の研究を重ねていた魔導士のなかでも、魔法の深淵に辿り着いた者だけが手にした一般魔法とはまるで異なる力。

 深淵魔法を開発する手段は失われたものの、かつての魔導士の成果は現代にも受け継がれており、稀に深淵魔法の能力を体に宿す者が生まれる。

 これに関しては完全に生まれ持った才能ゲー、運ゲーであり、努力でどうにかできる問題ではない。


 ちなみに俺のこの身体にも、深淵魔法の才能が宿っている。

 アルガの持つ深淵魔法は【天地壊滅】。

 ありとあらゆるものを破壊し、破滅させる深淵魔法だ。

 この力が俺の最大の武器になるわけで、俺を破滅させようとする破滅フラグを逆に破滅させてやるわけだね。

 うん、破滅破滅うるさい。


「アルガの才能からして、この年齢でも魔力は十二分にあるよね。一回、試してみるか」


 俺は本を置いて、屋敷の外に出た。

 だだっ広い敷地の中には、魔法や武器の鍛錬をするための訓練場がある。

 本来は、当主が己の能力を鍛えるために設置された場所だけど、父親が訓練場にいるところなんて見たことがなかったし、もちろん俺も行ったことがない。

 今となっては、屋敷の警護を担当する騎士たちが訓練する場所になっているはずだ。


「……だいぶぼろいなぁ」


 俺は訓練所を見上げて、こういうところにも家の状況が表れるなと、思わずため息をついた。

 いわゆるコロッセオのような闘技場を思わせる構造だが、かなりガタが来ているようで、一部は壁が崩れている。

 ある程度、キルシュライト家の財政が安定したら、ここも建て直した方が良さそうだ。


 ――ここが入口か。


 訓練場に入ると、数人の騎士たちが懸命に汗を流していた。

 ゲームでは特段名前の付けられていない人々、いわゆるモブばかりだけど、ひとりだけ名前の分かる人物がいる。

 身長二メートルはあろうかという茶髭のその男は、その体格に見合った通常より一回りも二回りも大きな長剣で素振りを行っていた。

 キルシュライト家お抱えの騎士団である《覇戦騎士団》の団長クリストフ・ノイシュテッターだ。

 唐突に現われた俺に目を丸くしながら、クリストフは急いで駆け寄ってくると、即座にひざまずいた。


「アルガ様! いかがなされましたか!?」


 その声で、他の騎士たちもみな訓練の手を止め、その場にひざまずく。

 まがりなりにも、やはり当主なのだと実感させられるね。


「大した用ではない。ちょっとした腕試しに来ただけだ。訓練用の人形はあるか?」

「直ちに用意いたします!」


 クリストフはそう言うと、背後の騎士のひとりに視線を送った。

 するとその騎士が、急いで倉庫の方へ走っていく。

 人形を取りに行ってくれたみたいだ。


 このバルテイ王国では、騎士団にも二つの種類がある。

 ひとつは、王家直属の騎士団である聖騎士団。

 もうひとつは、“五星”の各家が所有する五つのお抱え騎士団。

 余程の理由がない限り、優秀な人間ほど聖騎士団を志すため、貴族家所有の騎士団は聖騎士たちに引け目を感じている場合が多い。

 ただ、ここにいる騎士たちも十分な実力を持つ猛者たちで、特にクリストフなんかは、剣の才能に加えて深淵魔法も持つ男だ。


「準備が整いました」


 先ほどの騎士が走って戻ってきた。

 訓練場のちょうど中央に、およそ百八十センチほどの人形が立てられている。

 物理攻撃に対しても魔法攻撃に対しても一定の耐性を持つ特殊な鉱石で作られたこの人形は、一般的な人が二、三年の訓練をして破壊できるレベルの強度を持っている。

 さてさて、アルガ君十二歳の才能はいかほどかな……?


 ――魔法に関する一定の知識は頭の中にある。魔力もある。あとは、考えたことに身体が付いてくるかどうかだね。


 俺は人形から十五メートルほど距離を取り、正面に立った。

 そして、ゲームの時の様子を思い出しながら、人形に向かって右手を伸ばす。

 意外と、持っている能力の割りにアルガの戦闘シーンって多くないんだよね。

 闇討ちとか毒殺とか寝込み襲われるとか断罪処刑とか、戦わずして破滅エンドは多いんだけど。


「【壊滅黒星】」


 伸ばした右手の先に、直径三十センチほどの球体が現れる。

 漆黒をまとい、どことなく禍々しい気を感じるのは、悪役らしい演出といえる。


 ――うおおおおお! 本当に魔法が使えたあああああ!


 原作ファンの俺からしたら、もうこれでも踊り出したいくらいにテンションが上がる。

 でも、まさかアルガの今の状態で踊り出すわけにもいかないし、何とか冷静さを取り繕った。


 さあ、これをしっかりと制御できるかどうかだね。

 俺は狙いを定めて、人形へと攻撃を撃ち出す。

 漆黒の星は勢いよく飛んでいき……人形の右肩部分を撃ち抜いた。

 欠片が飛び散り、さらに破損した部分から亀裂が走って全体に及ぶ。

 コンマ数秒後、人形は跡形もなく壊れ去った。


「な……!?」

「あの人形を一撃で!?」

「何だ今の魔法……見たことがない魔法だぞ……」


 どよめく騎士たちを背に、俺は悔し気に唇を噛んだ。


 ――外した……。


 今の攻撃は、人形の胸部、人間でいう心臓を狙ったものだった。

 魔法を使えたは良いものの、完全には制御できなかったわけだ。


「物足りんな」


 人形相手だから良かったが、実際の戦闘ともなれば、こういうズレが命取りになる。

 これからしっかりと鍛錬を積んでいかないといけないね。


「も、物足りないですと!? 申し訳ございません! ですが、現状の設備ではそちらを超える強度の人形は無く……」


 慌てふためく騎士団長クリストフ。

 あー、ごめん。

 そういう物足りないじゃなかったんだけど……。

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