第1話 目覚める傲慢な悪役貴族
アルガ・キルシュライト。
史上最高傑作と言われるファンタジーRPG『無限の運命』に登場する悪役貴族。
タイトル通り、プレイヤーの選択次第で無限に近いエンディングパターンがあると言われるこのゲームにおいて、エンディング時における生存確率が限りなく低いキャラクターのひとりだ。
それが“俺”、アルガ・キルシュライト。
……いや、待て待て待て待て。
待て待て待て待て待て待て待て待て待てぇぇぇぇぇぇ!
何で俺が『無限の運命』の世界にいるんだよ!?
しかも何でよりによって、主人公でも、その仲間でも、はたまたどうってことないモブでもなく、破滅フラグ立ちまくりのアルガ・キルシュライトなんだよ!?
悪役に転生していると気付いた俺は、慌てて自室の鏡に駆け寄った。
そこに映るのは、黒髪で青い瞳を持つ十二歳の少年。
背丈は百六十センチくらいだから、平均に比べれば高い方だ。
俺の目に映るのは、紛れもなくアルガ・キルシュライトの少年期そのもの。
どうやら俺は、本当に破滅フラグしかない悪役貴族に転生してしまったらしい。
「なんてこったぁぁぁぁぁ!」
俺は思わず頭を抱えて叫んだ。
その声を聞きつけて、バタバタと部屋のドアの前に誰かやってくる。
「アルガ様!? いかがなされましたか!?」
この声は執事のカールか。
長らくこの家に仕える男で、非常に優秀な人だ。
「な、なんでもない!」
いくらカールが物分かりの良い人間とはいっても、悪役転生していることに気づいて錯乱したなどと言っては、頭がおかしくなったと思われるに違いない。
幸い、カールは深く詮索してくることはなかった。
「それなら良いのですが。ついでにお伝えするようで申し訳ございませんが、朝食の準備が整いました」
「あ、うん、分かった。ありがとう」
「……アルガ様、本当に大丈夫で……いえ、なんでもございません。では、食堂でお待ちしております」
今、「本当に大丈夫ですか?」って言いかけたよな。
一瞬、意味が分からなかったけど、アルガというキャラを考えてみれば当たり前だ。
アルガが誰かに対してお礼を言うわけがない。
彼が無限の破滅フラグを打ち立てる悪役貴族である由縁は、その圧倒的な傲慢さにあるのだから。
「一旦、落ち着いて考えよう」
自分に言い聞かせるように呟いて、俺はもろもろの記憶を整理する。
まず、俺は悪役貴族に転生した。これは間違いない。
これまでのアルガの人生を振り返ってみれば、ひたすら傲慢に破滅への道を歩いてきたため、周囲からの好感度は最低最悪。
順調に物語上の悪役として育ってきてしまった。
ただ、俺が十二歳ということは、物語の“本編”が始まるまでに残り三年くらいはある。
――三年あれば何とかなる……かな?
幸いなことに、アルガには原作でもトップクラスの才能がある。
魔法に関しても、戦闘に関しても、そして頭の回転に関しても。
それに加えて、俺にはゲームをやり込んで身に着けた原作知識があるのだ。
細かなことでルートが無数に分岐していくこの世界において、どこまでそれが通用するかは分からないけど、でも知識が他より多いというのは絶対的なアドバンテージになる。
とにかく、アルガの才能と俺の知識を活かして、徹底的に破滅フラグをぶっ壊していくしかない。
「絶対に生き抜いて、幸せになってやる……!」
決意を固めた俺は、カールが朝食の話をしていたのを思い出し、豪華な内装の自室を出た。
キルシュライト家はバルテイ王国において、王族の次に権力のある五つの貴族家“五星”のうちの一家。
だから屋敷もでかいし、領土も広いんだよね。
「ええっ!? アルガ様が感謝の言葉を!? あのアルガ様が!? アルガのアリガとうですか!?」
「しっ! 声がでかい!」
食堂に入ろうとすると、中からメイドたちの声が聞こえてきた。
どうやら俺がドアの前にいるとも知らず、俺のことを話しているらしい。
「アルガのアリガとうってなんなのよ」
「いや、何となく語感が似てるなって」
「くだらないことはともかく、あのアルガ様がお礼なんてどういう風の吹き回し?」
「傲慢が服を着て歩いているような人なのに」
「何というか……逆に気味が悪いわね」
……えらい言われようだ。
ただお礼を言っただけで、気味が悪いとまで言われてしまうのだから、悪役貴族アルガおそるべしである。
いわゆる“まとも”な言動をしただけでこれでは、会話にも苦労するな。
――こうなったら、表向きはひたすら傲慢に生きてやる。
そんなことを考えながら食堂のドアを開けると、メイドたちはまるで何事もなかったかのように、せっせと仕事をし始めた。
いや、全部聞こえてたからね?
※ ※ ※ ※
朝食を終えて、俺は自分の部屋に戻った。
そして、ノートを広げペンを手に取る。
これから先のことを見据えて、いろいろと計画を練っていく。
予想していた以上に、すいすいとペンが進むのは、アルガの持つ地頭の良さのおかげだね。
悪役転生したショックですっかり忘れていたが、つい先日うちのバカ親父が死んだ。
父親は“五星”の一角キルシュライト家の当主だったわけで、その座は長男である俺へと引き継がれた。
つまり俺は十二歳にして、王国内でも相当高位の権力を手にしたのである。
棚から牡丹餅とはよく言ったものだよ。
だって俺、何かを頑張ったわけでも何でもないもん。
原作では、この権力も当然アルガの傲慢を増幅させるきっかけになったんだよね。
ただ、はっきり言おう。
キルシュライト家は“五星”の一角でありながら、没落の危機に瀕している。
というのも、俺の父親がこれまたろくでもない男で、金遣いは荒いわ仕事はろくにしないわで、財政状況も領民からの評判も最悪なのだ。
――領民からの反乱で死亡エンド、お家取り潰しで処刑エンド、他の貴族家に乗っ取られて暗殺エンド……。とにかく、まずはキルシュライト家を立て直さないとな。できることから破滅フラグを壊していこう。
そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされた。
俺はあくまでも傲慢な悪役貴族アルガらしく応じる。
「誰だ」
「カールでございます。アルガ様、お話ししたいことがございます。少しお時間よろしいでしょうか」
「入れ」
「失礼いたします」
カール・フリードリヒ。
俺の祖父の代からこの家に仕え、もう数十年になる。
若き日は聖騎士を志していたらしいが、武芸の才能はからっきしで諦めたらしい。
ただ執事としては非常に優秀で、まさに天職だと思う。
「用件はなんだ」
「はい。私がアルガ様のおじい様、ヴェルナー様の代よりキルシュライト家にお仕えして数十年。私の半生を捧げてきたこの歴史ある家に、私は非常に誇りを持っております」
「ふむ」
「どうかお聞かせください。アルガ様がこの先、キルシュライト家についてどのような展望をお持ちなのかを」
このカールという男、忠誠心がただものではない。
明らかに不適格な当主を何とかサポートしようと仕え続け、さらにはそれ以上に不適格と思える後継ぎにすら、キルシュライト家としての正しい誇りを持たせようと必死になっている。
原作通りのアルガなら、ここで「そんなこと知らん」と言い放っただろう。
彼はその傲慢さに匹敵するほどの怠惰も持ち合わせていたから。
ただ俺は、いくら表向きの態度が傲慢になろうと、怠惰にはならない。
自分の身を滅ぼす道には進まない。
さすがのカールでも、心の大半はアルガではダメだろうという絶望に満ちている。
それでもほんの小さな希望だけを頼りに、この場で俺に問いかけている。
だから俺は、絶望を裏切り希望に応える。
「俺はキルシュライト家を立て直す」
「……っ!?」
「まず一年。一年でキルシュライト家を祖父の代の状態まで回復させる」
「…………っ!?」
「そしてその先は……キルシュライト家がかつて手にしたことがないほどの栄華へと、この家を導く」
「……………………っ!!!!」
気が付けば、カールの目には大粒の涙が浮かんでいた。
しかし、彼は執事として、いや漢としての矜持を持って、その涙がこぼれないよう必死に制する。
「カール。お前の力が必要だ。これからも引き続き、キルシュライト家に忠誠を誓え」
「誓います! 誓いますとも! アルガ様……っ! アルガ様……っ!」
「やめろ。男に泣きながら名を呼ばれて喜ぶ趣味は、俺にはない」
必死に顔を見せまいとうつむいているが、カールはもはや涙をこらえきれていない。
「アルガ様がそのような意志をお持ちであると分かっただけで、私には十分でございます!」
「カール、お前は何か勘違いをしているようだな」
「と、おっしゃいますと……?」
「俺は何も、お前を喜ばせるために言ったのではない。それに、俺の計画も全く夢物語ではない。二年でキルシュライト家を史上最強の貴族家にする。これは決定事項だ」
三年後に“本編”が始まった時、キルシュライト家は“五星”のなかでも頭ひとつ抜けた存在となる。
明らかにスタートから原作とは違う内容になるが、そもそもがストーリー展開に無限の分岐があるゲームだ。
どんな状況でも役に立つ絶対的な原作知識と、状況によっては役に立つかもしれない原作知識。
これを上手く見分けながら進んで行くことが、破滅フラグをぶっ壊す大きな助けになる。
「せ、僭越ながら、一体どのようにキルシュライト家を再興されるのでしょうか?」
「そうだな。まずは第一段階として……」
俺が少し間を開けると、次の言葉を待つカールはごくりと唾を飲む。
そして放たれた言葉に、老執事は思わず目を見開いた。
そんなことありえない、と言いたげに。
「第一段階として、妹を連れ戻す」
キルシュライト家再興計画、はじまりはじまりだ。
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