24 裏切者の悲劇
時は数分前に遡る。
結奈に蹴とばされた俺は全力で森を駆けていた。
政明(……さて、何があったか。結奈があのタイミングで俺を対岸に蹴とばす理由はない。だとしたら、なにか不測の事態が起きた。それも、言葉で説明するほどの時間もないほど……)
j『単に、君にむかついただけだったりしないかな?』
政明(だとしたら、【虹のルーレット】くらい回収するだろ)
政明は手に持ったままの宝具を確認しながら、思考を続ける。
政明(つまり、俺があの場に留まり続けたら危険な場合。……ホルダーが来たのか。しかも、俺が感知してないってことは結奈が感知できるギリギリの場所にいた)
それなら、有無を言わさず俺を蹴り出したのも納得だ。
政明(おいj。俺の能力は自分と触れた奴を他のホルダーの力から守ることだよな。つまり、今俺が能力を使えば敵に見つかることはない)
j『そうだねぇ。少し念じるだけで勝手に発動するよ』
それを聞き、政明はすぐに能力を発動する。そして、すぐにもといた場所へと進路を変えた。
j『おや、戻るのかい政明くん。現実主義の君ならあの巫女くらい見捨てそうなものだけどね』
政明(……そうだな。俺はまだ右も左も知らねぇガキなんでな。そういった非情な判断はもっと年取ってからのお楽しみだ。今は、自分の心に従う)
そして今に至る。
結奈「……っ! ユキ君!? なんで戻ってきたの、っていうか君は一体……」
俺を感知できなくて戸惑っている結奈をよそに、俺は目の前の長身の外国人を見る。
キス「んー? 君は誰かな少年。どうやらホルダーじゃないらしいけど」
政明「……ほ、ホルダー? よく知らんけど、結奈は俺を助けてくれた。お前、結奈に手を出すな」
キス「アハハ! 面白いくらい可愛げのない子だね。でも、君のお願いは聞けないかな」
政明「はぁ? んなら、俺も引けねえよ」
結奈「ま、待ってユキ君。これはボクの問題だからユキ君は逃げていいんだ。大丈夫、お姉さんが時間を稼ぐから」
なんとか時間稼ぎができないか、結奈は頭をフル回転させる。だが、そんなことを待ってくれるほどキスは甘くなかった。
キスはあまりにも手慣れた動作で腕を振るった。その手に握られたナイフは正確に素早く、あまりにも自然な流れで結奈の胸に突き刺さった。
結奈「……っガハッ!」
キス「じゃあ、宝具は貰っていくね」
宝具が入ったカバンと気絶した勇を担ぎながら、キスは笑う。政明は結奈の手を取り必死に呼びかける。
キス「無駄だよ。結奈君のホルダーの反応は消えた。もう【巫女】の称号は私のだから」
政明「お前――」
政明が言い切る前に、キスの鋭い視線が刺さった。
キス「あまり調子に乗らないでよ。私が君を殺さないのは後始末が面倒だから。もっと自分の身の程を知った方がいい」
それだけ言い、キスは闇の中に消えていった。
それを見届けた政明はすぐに結奈の携帯を取り出し、山岳救助隊に電話をかけようとする。だが、圏外だった。
結奈「……あれ? ボク、助かったの?」
胸にナイフが突き刺さった結奈は息も絶え絶えに政明に尋ねる。
政明「…………あんま喋んな」
政明は簡潔にそれだけ言うと、結奈のキャンプ道具からロープを引っ張り出し結奈と自分を結びつける。
結奈「……いや、これは違うね。もう、視界が暗くて何も見えない……寒い。そっか、ボクは……死ぬのかな?」
政明は、意識的に見ないようにしていた結奈の体を見る。そこには大量の血液が溢れていた。
結奈「ありがとねユキ君。どうやってか知らないけど、君がボクを助けてくれたんでしょ。すごいね、君は一体なんのホルダーなのかな?」
政明「……っ! 俺は……【裏切者】だ。能力は他のホルダーの能力を無効化すること。それと、俺の本名は【神村 政明】だ」
結奈「……そっかぁ。アキ君だったかぁ」
どこか悔しそうに結奈は笑った。
政明「ほら、とっとと行くぞ。太陽の位置からこの辺の場所は大体把握してる。お前を抱えても1時間あれば最寄りの病院に着く」
結奈「ごめんねぇ……多分1時間も持たないよ。それより、アキ君にお願いがあるんだけど、いいかな?」
浅い呼吸を繰り返しながら、嘆願する結奈を見てもう長くないと判断した政明はロープを置いた。
政明「……なんだ?」
近くの岩に結奈を寝かせて政明は聞き耳を立てる。
結奈「実はお姉さん。君と同い年くらいの子供が一人いるんだ。名前は【深玖】っていうんだよ。今、どこかに避難させてるから場所は分からないけど、確かに生きてる」
政明「そうか」
結奈「もし、私の娘に会ったら少し気にかけてあげてくれないかな? アキ君はしっかりしてるし、お兄さんとして困ってる時は助けてあげてほしいの。あと、【虹のルーレット】、あれも君にあげるよ。大事に持っててね」
少し吐血しながらも、結奈は笑いながら政明の方を見る。といっても彼女に彼の姿はもう見えないのだが。
政明「……ああ、任せておけ」
手を強く握りながら、政明は返事をする。その声が届いたのかどうか、結奈はそれ以上口を開くことはなかった。
政明は袖で目元を少しこするのだった。




