18 王子の高校生活
新品のブレザーに身を包み、桜並木を歩く。今日は高校での初授業だ。
周りに護衛もおらず、とても第一王子とは思えない待遇。
まあ、俺は生まれた時から父に嫌われているので王位継承権もクソもないのだが。
それよりも、周囲の人間が俺を敬遠しているのか誰も話しかけてくれないのが寂しい。
俺も一応王族なのできっと話しかけにくいのだろう。
それに引き換え、校門の入り口には静香とその取り巻きが楽しそうに写真を撮っていた。まあ、静香は緊張のせいか仏頂面なのだが。
―――
静香「ここにいましたか王子」
昼休みにようやく見つけた王子のもとへ、私は駆け付ける。
クラスメイト全員に話しかけ、全員からご飯の誘いを断られたタクトは、校舎の裏にてサンドイッチを食べていた。座っているベンチの色が剥げていることが悲哀さに拍車をかけている。
タクト「おお、静香。よくこの場所が分かったな」
私を見つけた途端、タクトはとても嬉しそうな顔をした。それだけで、胸に何か来るものがある。
静香「はい。ご一緒してもよろしいでしょうか?」
タクト「ああ、もちろんだ」
ベンチの奥に詰め、私の場所を譲ってくれる。
タクト「助かったぜ。クラスメイト全員に話しかけたんだが、なぜか全員に断られてな」
静香(笑えないです!)
笑い話としてタクトは話すが、ブラックジョークすぎる。
まあ、彼が『国王に喧嘩を売って国で最強になると豪語している精神疾患持ち』という噂が蔓延っているうちは、友達も難しいだろう。
かくいう私も、先日の模擬戦で戦うまでは、そんな偏見を持っていたのだが。
静香「不思議なことも、あるものですね。それで、なぜ準備運動をしているのですか?」
タクト「ああ。昼飯食った後の訓練メニューのためさ。食後の運動は毒だからほどほどだけどな」
いいながら、マットを敷き腹筋を始める王子。近くにこんな美少女がいるのに訓練に入るのもどうかと思うが、そのストイックさが強さの秘訣なのだろう。
体を鍛える王子を見ながら、私は質問を投げかける。
静香「あの、なぜ王子はそこまで頑張れるのですか? 国王様への反骨心で今まで頑張ってきたのは理解できますが、それでも国で最強は無理があった話です。だって――」
タクト「称号がないから?」
静香「……はい」
腕立て伏せをしながら、タクトは口を開く。
タクト「確かに、ホルダーの力は強い。数年前に一回だけ、小島と戦ったが全然歯が立たなかった。このままやっても一生勝てないんじゃないかって思わされるくらいボコされた」
静香「なら、どうして頑張り続けられるのですか?」
タクト「この国が好きだから」
予想外の言葉に、私は声を詰まらせる。
タクト「確かにこの国は強い。小島や静香みたいなホルダーも抱えてるし宝具もいくつか確保してる。でも、それは他の国にも同じだ。特に、隣国の綾都は豊富な資源で何人ものホルダーを雇ってる。この前勝った戦争もあんま賠償金が取れなかったのは戦争を長引かせるとこっちが不利になるから」
最強になると宣言してる人間とは思えないほど、王子には世界の情勢が見えていた。実際、そのとおりであり、私が都合よくホルダーになっていなければ先の戦争もどうなっているかわからなかった。
タクト「それだけ、ホルダーが戦争に与える影響はデカい。父さんや臣下どもは嫌いだけど、この国は嫌いじゃない。だから、俺一人で戦争に勝てるくらい強くなって皆を守りたい。だから今も鍛え続けてる」
静香「自分のためじゃなく、他人のために王子は戦っているのですね」
また、彼の良いところを見つけてしまい、私は顔がにやついてしまう。
タクト「そろそろ昼休みも終わりだな。……? なに笑ってんだ?」
静香「いえ、なんでもありませんよ」
タクト「そうか。じゃあな!」
そう言って、タクトは一人で教室へと戻っていく。私は少し時間をずらして自分の教室へと戻るのだった。
―――
タクト(1997……、1998……、1999……、2000!)
今日の分のタスクを校舎裏でこなした俺は、マットの上に倒れこむ。
タクト(あとは城に帰って古山たちと模擬戦をしまくるだけか)
今日は棒術でもしようかと考えながら帰り支度を始める。
まだ夕方の時間だがすぐにでも夜がくるだろう。通り魔など、むしろウェルカムなのだが皆に心配はかけたくないので早めに帰ることにしているのだ。
タクト「あれ? 筆箱、教室に忘れてる。しょうがない取りに行くか」
すでに大半の生徒が帰った校舎の中を歩きながら、明日のトレーニングメニューを考え始める。
だが、一年のクラスがある階に到着した辺りで誰かの話し声が聞こえてきた。どうやら男女複数人が揉めているようだ。
痴話げんかかと、少し下世話な想像をしながらこっそりと教室内を覗く。
だが、そこには俺の想像していたシチュエーションはなかった。
男部下1「なぜですか総司令! なんであの王子にそこまで肩入れするんですか!? 確かにあの王子、強さだけは確かですが、人間性が乏しすぎます!!」
女部下1「そうです! 知っていますか、あの方は国王様に喧嘩を売り小島軍隊長に模擬戦を挑んで負けてからは精神疾患まで噂されるくらい頭がぶっ壊れていますよ!!」
部下2「広瀬指令が気に掛けるほどの価値はあの王子にはありません。第二王子と懇意になりましょう。あの方は軍拡にも積極的です」
なんと、静香の周りに同い年の軍人6名ほどが俺と静香の関係についてグダグダと文句を言っていた。
タクト(ったく、またか)
思わずため息をしてしまう。中学や城内でもこの手の話はいくらでも聞いてきた。それが今回は静香にも飛び火したらしい。
毎回、その話をしてる連中に直接声をかけて震える姿を見るのが楽しみだったりするのだが、多分そういうことをしてるから精神疾患持ちとか揶揄されてしまうのだろう。
タクト(いつも通りに声をかけるか!)
一歩踏み出そうとした時、ドスのきいた低い声が教室に響いた。
静香「……少し、黙れお前ら」
一気に周りの空気が冷えた。
静香「君たちの意見を伝えようとする姿勢は評価しよう。だが、自国の王子を蔑み、その行為を私にまで強制させるのはどういう了見だ?」
部下1「い……いえそれは……」
静香「聞かせてくれるか【鈴木 信弘】軍曹。それとも平野か滝沢が答えるのか?」
まさに【女帝】。有無を言わせぬ鋭い眼光により誰も口を開けなくなる。
タクト「まあまあ、落ち着けお前ら」
沈黙に耐え切れなくなり、俺は姿を現す。静香は信じられないほど目を見開いた。他の部下も同じような反応で少し笑みがこぼれる。
静香「た、タクト王子! おい、貴様らも頭を下げんか!!」
真っ先に膝をついたのは静香だった。そして、上司の命令で我に返ったのか他の奴らもこうべを垂れる。
静香「王子、この度の私の部下の非礼を詫びます。相応の処分を受けさせますので、どうか……ご容赦くださいませ……」
タクト「ああ、いいよいいよ。全然興味ないからな!
それよりお前ら、これからはもっと考えてから悪口言えよ、じゃないと俺みたいに傷つくやつがいるからな。じゃ、悪いけど静香くん城まで護衛よろしく」
半ば無理やり静香を連れ出したタクトはそのまま歩みを進める。廊下の窓から外を見ればすっかり暗くなっていた。
静香「あの、タクト王子。先ほどは申し訳ありませんでした……」
タクト「いいよいいよ。俺が精神疾患持ちっていう噂は知ってたからな。
それより、静香こそらしくないな。女帝なら、部下の言ったことを否定せずに上手く他の話題に誘導したりしないと不満が溜まって称号が使えなくなるぞ」
静香「……それは、その」
静香が言葉を濁しているのを感じ取り、タクトは話題を変える。
タクト「でも、俺は嬉しかったぜ。静香が庇ってくれたみたいで心強かった」
静香「そ、そうですか……」
照れ隠しなのか、ちょっと歩くスピードが上がったので、タクトは急ぎ足で追いかける。
気づけば城門のすぐ前まで来ていた。
静香「では、私は仕事がありますのでここで。タクト様、また明日お会いしましょう」
タクト「おう! じゃ、また明日一緒に飯食おうぜ」
だが、そのまま解散になりそうな流れを一人の男が止めた。
小島 鉄郎「おや? これはめずらしい組み合わせですな」
歴戦の傷が目立つ大男、【巨人】の称号を持つ、陸軍総司令【小島 鉄郎】がこちらに歩いてきた。
静香「小島総司令か。私はタクト王子の護衛で共にいる。これから仕事に戻るところだ」
いつもの真面目なモードに入ると、静香はニコリとも笑わずに会話を始める。
小島「総司令などつけなくてけっこうですよ。いまやあなたの方が上の階級なのですから。それよりも、私はタクト王子に用があるのですが」
タクト「ん? 俺?」
なにか総司令にお世話になるようなことがあっただろうか。ちょっぴり不安になりながら小島のところへ行く。
タクト「なんの用だ?」
去年の模擬戦ぶりに話す小島は懐からスマホを取り出す。
小島「いえ、たいした用ではありません。ただ、写真を一枚撮らせていただきたいのです」
タクト「出来損ないの俺の写真なんて何に使うんだ?」
小島「……ああ、そうですね。失念していました。実は今から王子の婚約者を迎えに行くのでそれ用に必要なのです」
静香「……はぁ?」
ここまでドスのきいた女性の声を聴いたことのない俺は思わず身震いする。
静香「総司令、今の発言はどういうことだ?」
タクト「そうだ! 俺、そんな情報初耳なんですけど」
俺たち二人の視線に臆することなく小島は口を開く。
小島「数か月ほど前から、ホルダーを名乗る謎の人物からリーク情報をもらっているのです。その方から、重大な情報を頂いたので、今からそれを確かめにいきます」
静香「……具体的にはどのような情報だ?」
小島「先代王女の称号【聖女】をもつ女の居場所です。ですので、もしいた場合は即刻国で保護し女王として歓迎します」




