1 ハロー変態
「はーい、笑って笑って。はい、チーズ」
カメラを持つ父がシャッターを切る。私と隣に立つ母は笑顔でピースサインを作った。
「いい写真じゃない。美紀も見てごらん」
「うん!!」
今日は中学校の入学式だ。父も母もおめかしして、私は無事中学生になることができた。
笑顔を張り付けた私――【倉田 美紀】は、父のもとへと駆け出す。
美紀「わー。私かわいく撮れてる」
母「ええ、今日は美紀が一番かわいい日なのよ」
父「そうだとも。さて、入学祝いに寿司でも食いに行くか!」
美紀「ありがとお父さん!」
そんな何気ない特別な日。私は慣れたように表情筋を動かし、精一杯笑いながらお寿司をほおばり、家路につく。
私は世間一般でいうところのサイコパスに分類される。子供の頃から、私は虫や動物が好きで、たくさんの虫を集めては一匹一匹、生きた状態で飼い猫に与えていた。その状態を母に見られ精神科に行かされたことで、私は子供ながらに理解した。
『私は変な子なのだ』と。
不思議と、すぐに受け入れられた。もともと、自分や他人に何も執着しない性格もあり、疎外感もなにも感じなかった。ただ普通にしていれば病院に通うことも監視されることもないと分かっていたため普通を演じ、だれもいないところで趣味に没頭した。
今日もなにも変わることはないと思っていた。日課のように野良犬を捕らえ、虫を食わせて三時間くらい経ったらどのくらい胃に残っているか確かめる、簡単な実験だった。
美紀「えーと。前回は2時間30分でほとんど原型がなかったから、今回は何も残ってないかな?」
今までの実験データを思い起こしながら暗い山道を進む。現在、深夜の3時である。こっそり家を抜け出した私は、いつもの実験場の近くにくる。といっても実験場とは名ばかりで、虫や埋めた死骸があるだけで特別な器具は何もないのだが。
美紀「あらら、ここもバレちゃったか。1か月くらいで見つかるなー」
地面の足跡を見ながらひとりごちる。1か月間深夜にこんな山に登っているとさすがに誰かが気付くらしい。実験場から200メートル離れた地点に大人複数人の足跡があった。
美紀「成人男性3人…。一人は170,二人は180。1時間くらい前かな?」
歩幅や地面の具合からプロフィールを作成していく。こんな獣道を深夜に登っており、なおかつ私の実験場に向かっているということは――まあ警察だろう。
美紀「この前は二人だったから増えたな~」
何度か似たような事例はあったため驚きもせず静かに歩みを進める。
実験場にはだれもおらず、全員上手く暗闇を利用して辺りを監視していた。木の上から見ればわかりやすいこと、この上ない。
美紀(というわけで今回も、前回と同じようにそそくさと帰らせてもらいますか)
いざ木を降りようと準備した途端に、勝手に脳内に情報がぶち込まれた。
美紀「うっ……、なにこれ一次性頭痛?」
思わずよろけてしまう。不安定な木の上にいたせで、私が落ちるのに時間はかからなかった。
ドスンッ…と大きな音ともに10メートルはあろうかという木から落下した。だが、不思議と痛みは感じなかった。セロトニンかアドレナリン辺りが仕事をしてくれたのかと思いながら、とりあえず立ち上がる。
「おい、そこの女。なにをしている」
突然、懐中電灯を向けられた。目がなれれば、その正体は警官であることが分かる。
「子供? まさか、君があの死骸の犯人なのか?」
もう二人の警官が駆け付けあっという間に囲まれた。
美紀(まずいねー。今あるのは解体用のナイフが一本。1人ならまだしも3人は無理)
「君、悪いけど署まできてもらうよ。みたところ学生に見えるけど親はいる?」
一人の警官が慎重に私によって来る。ここで、私の悪い癖が出てしまった。
美紀(人間って殺したことなかったな…)
思わず隠したナイフをもつ手に力が入る。わかっている、今ここで警官に反抗しようものなら完全に少年院送りだ。今ならまだ言い逃れができる。
だが、さっきの突然の頭痛といい、頭に流れ込んできた情報といい、今の私は全能の気持ちだった。
今なら、やれる。
その感覚が、私を支配した。
「さあ、来てもらうよ」
肩に手を伸ばした警官に腕が、宙を舞った。美しい血が弧を描き、やがて警官の目が絶望に染まる。
「お、俺の…腕が。腕が―!!」
美紀「うわっ! ナイフの柄握りつぶしちゃった」
自分の驚異的な握力に感動しながら、辺りを見回す。一人はのたうち回り、一人は逃げ、一人は冷静に無線に何かをいっている。
美紀(最優先事項はあの人かな)
「こちら、斎藤。応援求む。W山の4合目付近に刃物をもった―――」
無線を使う警官に向け、思い切り腕を伸ばした。すると、私の腕はそれに応えるように限界を超えて10メートルは伸び、警官の無線を奪った。
「なっ、なにをした!?」
困惑する警官を横目に、無線を握りつぶす。
美紀(私の握力すごー)
今度はナイフを持った右手を伸ばし、うまく無線の警官の喉を裂く。暗闇でろくに見えないのだろう。抵抗されることもなく殺せた。
そした、逃げ出し警官の逃げた方を向く。
軽くジャンプし木の上に登り、忍者のように後を追う。聴覚も強化されているのか、激しく息切れした男性の息遣いが暗闇の中でもはっきり聞こえる。
呼吸、足の運び、枝を踏む音――すべてが鮮明だ。
ものの数十秒で追いついた。
美紀「見ーつけた。どこいくのおじさん?」
警官はこの世のものでもない悪魔を見ているかのように顔を引きつらせる。
「た、助け…」
言い切る前に私のナイフが喉を裂いた。
美紀「さて、どうやって逃げ切るかな」
耳を澄ませば麓の方に何台かのパトカーのサイレンが聞こえ、木々の合間から赤い光が見え隠れしていた。




