99-逃亡
「王様が代替りされたのですか?前回来させていただいた時と、違う方なのですが。どなたですか?」
「無礼なるぞ。この方が、現国王であるぞ」
隣の宰相らしき人物が、俺の言葉を遮る。
「良いでは無いか。前国王は無能だったので、変わったまでの事。そんなことより、薬の話をせい。その為に呼んだのだからな」
ストレートな王様だ。不要な事は、話さない主義なのだろうか。それとも、聞かれると困る事でも、あるのかな。
「蘇芳会の方とお会いできるように、頼んだつもりなのですが、違いましたでしょうか。それに、アンデ王女にもお会いしたいとお話ししたつもりですが。カシウ様から、聞かれておりませんか?」
「おう、そうじゃったか。わかった、蘇芳会の者を紹介しよう。誰か、蘇芳会の者を呼んで来い」
兵士がひとり、部屋を出ていった。
「すぐに来るじゃろう」
王の言葉通り、本当に早かった。隣で待っていたかの様だ。
「お呼びになりましたでしょうか」
その者は女性だった。しかも、知っている顔だ。確か、スカーレットと言ったかな。向こうは、俺の事を知らないはずだが。
「おお、スカーレット、よく来たな。そちの蘇芳会に用があるようなので、聞いてやってくれ」
「わかりました。それでは、別室でお話を伺いたいと思いますので、付いてきてください」
どうする。もう少し揉めてみようか。
〈ここは、一度撤退するべきかと。背後の壁だ、隠し扉になっているようです。兵士がかなり集まっているようです。これ以上の揉め事が、時期尚早かと〉
〈了解〉
俺は、スカーレットの後ろを着いて行くことにした。
「こちらの部屋になります」
〈あの部屋には、窓がありません。どうやら、牢屋の代わりかと〉
スカーレットは、扉を開けて、入るように促す。
「お先にどうぞ。入った途端に、ズブっとされたら堪りませんからね」
チッと舌打ちが聞こえたような気がする。どうやら、気の短い人のようだ。
仕方なくだろう。自ら入室する。
俺も後に続く。扉を背にする位置をキープしておく。
「お客様にお茶も出さずに、申し訳ありません。直ぐに呼びに行きます」
「御心配にはおよびません」
すぐさま、ポットとカップを取り出す。
「コーヒーですが、いかがですか?」
「ああ、貰いましょう」
顔が引き攣ってますよ。大丈夫ですか?心配になりますね。
コーヒーを淹れたカップを渡す。
「熱いですよ」
「ありがとう、ございます」
カップを受け取ると、一口飲む。
目を見張るスカーレット。毒は入れていないのだが。
「美味しい。これは、どちらのコーヒーですか?どこに行けば、買えるのですか?」
どうやら、味覚は確かなようだ。
「これは、自分で作っているコーヒー豆ですので、何処にも売ってません。少しお分けしましょうか」
「お願い出来ますか?」
「勿論です」
すぐさま、小分けしている袋を取り出した。袖の下は重要なので、結構色んな物を用意している。渡し過ぎても駄目なので、多く無く少なく無く、適量を渡しておく。
「これは、ありがたいですね。私、毎朝飲むので、明日からの朝が一層楽しみです。ああ、脱線しましたね。そろそろお薬の話をいたしましょうか」
何も言わずに、例の回復薬を差し出した。
「こちらが、白の国の蘇芳会に提出する予定でした回復薬です」
「あなたが、どうしてこの回復薬を?」
「納品の予定だったのです。それが、突然蘇芳会の方が居なくなってしまいまして。何かあったのか、心配しておりました。それと、納品しないとお金にならないものですから。青の国でしたら売れると、風の噂に聞きました」
「誰に聞いたのですか?」
「いえいえ、風の噂ですよ。蘇芳会は危ないと、皆さん、言ってらっしゃいましたよ」
スカーレットは、黙り込んでしまった。
暫しの沈黙の後、スカーレットは重い口を開いた。
「お持ちの回復薬は、すべて購入いたしましょう」
「何処に持って行けばよろしいですか?」
「ここでも、構いませんよ」
「申し訳ありません。生憎、今は手元にありません。何かあっては困りますので、預けて参りました」
「そんな時間は無かったはずですが」
「そこは、企業秘密ですね。我が身を守る為ですので。明日、お渡しいたしましょう」
「わかりました。蘇芳会の本部にお越しください。私も行きますので、よろしくお願いいたします」
とりあえず、逃げ出さなくてすんで、良かった。
「それでは、また明日」
一礼して、俺は部屋を出た。
アンデ王女の件は、無視されたかな。言えない事情があるに違いない。焦っても仕方ないか。
「出口まで、ご案内いたします」
部屋から出ると。スカーレットは先導した。少し離れて、背後に兵士が数名存在した。少しでも変わった動きをすると、摑まりそうだ。今日は、良い子にしておこう。
この城内を探索するための何かが出来ないかな。わからないことが多過ぎるから、情報を集めることが大事だ。
後で、ゆっくりと案を練ろうかな。
俺は、特に問題なく、城から出ることが出来た。
明日、蘇芳会の本部に行く約束は、取付けた。
「何処の宿にしようか」
俺達は宿泊先を決めれずに、街をうろうろしていた。と言うのは、建前で、町の様子を窺って散策していた。
アリスは、ちょこちょこ店に突入していたが、活気が無く、どうやら物流もうまくいっていないようだ。何処の店も品薄だ。ここで店を開けば、無茶苦茶売れそうだが、目立つこと請け合いだ。今は、目立つ時ではない。
ただ、白の国と大きく違うのは、蘇芳会の建物が多いと言うことだ。各地区に1件は必ずあるのだ。一種の病院だぞ。そんなにいるのか?この世界では、ポーションがあれば大概問題ないはずだが。
冒険者ギルドに、顔を出してみる。
かなり寂れた建物だ。古くからあると言ってしまえばそれまでだが、かなりガタがきていると言うべきだろう。手を添えるだけで、壊れそうだ。
中には、人気も少ない。大丈夫か、ここ?
暇そうな受付嬢を捉まえて、良い依頼は無いかと聞いてみた。
答える気も無いのか、ただ首を振るだけだ。
仕方なく、隅にある喫茶店もどきのテーブルに付いた。
奥から、これまた暇そうな親父が出て来た。
「何にする?」
「簡単な食べ物とジュースを二つ貰えるか?」
「サンドイッチでいいか?」
「ああ」
親父は、店の奥に戻って、暫くして出て来た。
デカい手に小さなお盆を持っている。それには、無理やりサンドイッチらしきものと、オレンジジュースが載っていた。
テーブルに置くと、無言で帰っていく。
「この国に、活気が無いだけでなく、売っている品物も少ない。どうなっているのでしょうか?通りを歩く人もまばらです。元々、こんな街なのでしょうか?」
「違うよ」
背後から、声が届いた。さっきの親父である。
「元来、ギルドの人が溢れていたんだ。通りにも、屋台が並び、人通りも多かったよ。それが、現王に変わってからだ。何もかも、蘇芳会を通さなければ仕事が出来なくなって、しかも手付金だとかで上前を撥ねるし、物価が無駄に高額になっちまった」
「それは、いつ頃から?」
「少し前だ。急に国王が変わったのさ。病気でお倒れになったという噂だが、もしかすると暗殺の類かもしれねえ」
「大丈夫ですか?そんなこと話して」
「ここなら問題ない。流石にギルドにまで、入って来ていないよ。そのうち変わるかもしれねえが、今は大丈夫だ」
「アンデ王女が、どうなったか、御存じないですか?」
「わからん。王城の話は、一切流れて来ない。ただ、王様が変わったという連絡だけだ」
サンドイッチを頬張るアリスは、周囲を警戒している。話は、俺に任せるという事か。
「王様は、どういった方なのでしょうか?」
一瞬、戸惑う親父。言葉を選びながら、
「わからんのだ。・・・蘇芳会絡みだという事くらいしか」
「王族ではないと?」
「ああ。王族は、皆、幽閉されているという噂だ」
誰も助けに行かないのだろうか?王族寄りの貴族もいるだろうに。それだけ、蘇芳会が幅を利かせているということなのかもしれない。
わからないことが多過ぎる。
「レイ、ギルドが囲まれてる」
〈大量の兵士が、この建物を囲んでいるようです。どうやら、アリス様の方が探知能力に優れているようです〉
「親父、俺達のせいで、この建物が兵士に囲まれているらしい。面倒に巻き込んでしまった。申し訳ない」
「お前、いったい何者だ?」
「アンデ王女の知り合いってとこかな。ここには、裏口はないのか?なければ、屋根を突き破るしかないのだが」
「気にするな。それに、裏口はあるぞ。俺が案内してやる。付いて来い」
親父は店の奥に入って行った。俺達は様子を窺いつつ、親父に付いて行った。
「この下に、地下に続く穴がある。ただし、ごみを捨てるための穴だ。地下水が流れていて、ごみを処理上に運ぶようになっている。安心しな、下水とは違うから、ゴミしかないはずだ」
汚いことに変わりはないようだ。
「アリスは、影に入れ。俺は、このまま地下を進む」
「んー、わかった。気を付けてね」
アリスが俺の影に沈む。親父は、それを見て、目を丸くしていた。
「親父、いろいろとありがとうな。落ち着いたら、また、来るわ。それと、食事代、これで足りるか?」
俺は親父に、金貨を一枚渡しておいた。
「馬鹿野郎、多過ぎるぞ」
親父の言葉を後にして、穴に飛び込んだ。
「シールド」
ゴミ水の中を行く気にもならないので、シールドを作りつつ、空中を駆けていた。臭いは仕方ない。
〈この先に出口があります。ごみ処理場に続いているようです〉
「その後は、どうするのがいいと思う?」
〈いっその事、ダンジョンに潜伏してはいかがですか?シンク達には、私から伝えておきます〉
「そんなこと出来るの?」
〈エメラの子供たちとならば、可能です。おそらくマスターの仲間だからでしょう。ゴーレム達とも連絡が出来ますから〉
仲間だから?それだけかな?ならば、俺とは何故出来ない?
ティンクは何も言わなかった。知っているのか、知らないのか。
通路を抜けると、広い場所に出た。大きなゴミ箱か。下の方には、大量のゴミが溜まっていた。
俺はシールドで、駆け上がる。ごみ箱を抜けると、工場のような建物が並んでいた。ここで、ごみの処理をするのだろうか。並んだ煙突から、煙を大量に吐き出していた。元の世界と似たような光景だ。何処に行っても、ゴミ処理には苦労している様だ。
工場の中には、人がいるようだが、外には誰もいなかった。多分、ゴミの臭いのせいだろう。この臭いは色んな臭いが混じって、我慢出来そうにないのだろう。
俺は、光で浄化出来るから、離れた所で臭いを消した。さっきまで鼻が捥げそうだったが、やっと落ち着いた。
〈山を越えた所にダンジョンを発見しました〉
臭いを拡散させないためか、この地は山に四方を囲まれていた。
〈北の山を越えた辺りです。野良ダンジョンでしょうか、人の姿は見当たりません〉
この国にも大きなダンジョンが三か所あるという話だ。これは、アンデ王女に聞いて、知っていた。野良ダンジョンの数までは知らなかったが。王族が、そこまで知る必要もないからな。
「タートル君で、行こうか」
タートル君を取り出すと、中に入る。
アリスを呼び出して、今後の相談をした。
「しばらくダンジョンに隠れて、青の国の探索をしようと思う。まずは、ダンジョンの攻略からだね。この国のダンジョンについても、よくわかっていないから、調査は必要でしょう」
アリスは、ダンジョンの攻略が出来て、嬉しいようだ。
ここまで、何もしていないので当然か。身体を動かしたくて、仕方ないようだ。
さあて、どんなダンジョンなのだろうか?
楽しみである。
やっとここまで到達しました。
早いような、遅いような。
次回、100回目です。
お楽しみに!




