96-青の国の情報
「外傷は、治りました。体液を流し過ぎているようなので、もう何日か、療養が必要かと思います」
サリーは、三人に布団を掛ける。青白かった顔も、かなり赤みが増したように見える。
「話を聞くのは、それからだな。青の国のことは勿論だけれど、妖精に進化していることも気になる。迷宮の先で、何があったのだろう」
「どうやら、青の国に到着して、襲われたようです。いきなり、襲撃されたと言っていました」
「その時には、まだ蜂形態だったはずなんだが、見つかるというのは考えにくいから、やはり待ち伏せだろうか」
蜂が出て来るのを見つけるのは、困難だと思うのだが、見えないほど小さな何かが出現した時の対策でもあるのだろうか。それとも、そうしなければならないほど小さなものがいるのか。どうなのだろうか。
「また行ってもらうのは、難しいな。こっちで、ゆっくりさせよう。そうすると、何か策を練らないとなあ」
「その必要はありません。我々が、もう一度行きます。一度行っている我々の方が、道に詳しいですから」
赤色の妖精が、そう言った。眠っていた目を明けて、じっと天井を見つめている。
「お前たちに、そんな負担は掛けられないよ。よく寝て、早く治してくれ」
「向こうの仲間も困っているので、そういうわけにはいかないのです。花が無くなりつつある世界に、蜂は生きていけません。だから、早く助けに行かなくてはなりません」
「花が無くなるって、どういうこと?」
スノウが、驚いたように言った。
「文字通り、花が無くなっています。代わりに、《イリス》の種を植えているのです。花畑が、全て《イリス》畑になりつつあります」
「今、話はいいから、ゆっくり眠れ。話は、それからでいい」
赤い妖精に言い聞かせるように言った。
「せめて、話だけでも聞いていただけませんか?」
「わかった、話だけは聞こう」
仕方なく、許可をした。
「私たちは、敵に付いて行って、何とか迷宮から出ることが出来ました。しかし、待ち伏せていたのか、出た所を襲われました。何故気づかれたかは、不明です。・・・私たちは、何とか逃げ延びて、外に出ることが出来ましたが、そこでも襲われて、何とか、あそこまで辿り着いたのです」
「敵の正体とかは、わからないのですか?」
焦るスノウだが、ここで焦っても駄目だ。スノウの頭に手を置いて撫でると、口を手で塞いで、後退する。
「白装束のやつらでした」
「白装束?」
〈白衣ではないかと〉
となると、蘇芳会絡みだよな。単純過ぎるかな。
やはり、調査に赴く必要があるなあ。さて、誰を連れて行くかな。アリスと、やっぱりスノウなんだが。うーん、どうしようかな。感情的にならなければ良いけど。
〈この子達を強化して、一緒に連れていっては、いかがでしょうか?〉
確かに、街の様子が少しでもわかるこの子達を連れて行った方が、何かと役に立ってくれそうだが。怪我が治ったからと言って、すぐに連れて行くのも、どうかと思うんだが。
「一緒に同行させて貰えませんか」
声のする方向に振り返ると、エメラがいた。
「鳥居を通って、やって参りました。その子達が帰って来たと、連絡がありましたので」
「ああ、構わないよ。心配だっただろう」
エメラは首を振る。
「我らは、その為にあるのです。マスターの手足となる事こそ、願いなのですから。マスターに出会えて、本当に幸せなのです」
困った事を言う。返す言葉に困るではないか。
「ならば、俺の願いも聞いて欲しい。・・・死ぬな。生きて欲しい。仲間なのだから」
深くお辞儀をするエメラ。肩が震えている。
元は魔物かもしれないが、今では仲間なのだ。それだけは、忘れないで欲しい。
「わかったよ。でも、3人が目覚めたら、意向を聞くからね。行きたくないものには、残ってもらうからね。無理強いはしないよ」
「わかりました。でも、私も行きたいくらいなのですが」
駄目だろう。こちらを見る真っ直ぐな視線が、とても痛い。
「エメラは、駄目だからね。君が行くと、こっちのビー軍団の統制が取れなくなりそうだから、絶対に駄目だよ」
えっ、今、舌打ちしませんでしたか?本当に行きたいみたいだけど、駄目だからね。
「この子達の武装と武器は、俺の方で用意しよう」
「落ち着きましたら、他の子や私にもお願いします」
「わかった、わかった。用意しよう」
何だか、する事が一気に増えちゃったなあ。いつかは、用意しようと思っていたから、どうせするなら、今でしょう。この子達が目を覚ますまでは、忙しくなりそうだ。
〈この事は、女王様にも報告した方が宜しいかと〉
だね。まずは、報告に行きましょうか。その後、まだ終わっていない、城壁の南側のチェックが必要だ。
「サリー、俺はお城に行って来るよ。説明してくるわ。スノウも一緒に来て欲しい」
「それが、よろしいかと」
「今日は、何用じゃ」
肘掛けに置いた手で、顔を支えて、つまらなそうだ。かなりお疲れのようだ。
「お母さま、お疲れのようですね。大丈夫ですか?」
女王は大きく頷く。
「お前の方こそ、レイに虐められておらぬか。心配じゃて」
ひどいなあ、虐めたことなんてありません。俺の方が虐められているくらいだわ。
「国境沿いに、城壁が出来ました」
「戯けたことを抜かすな。昨日の今日であろう」
俺は何も言わなかった。出来たものは仕方がないのだ。
「昨日の今日で、出来たと申すか。・・・お主なら、やりおるか。ジェームズ侯爵と、ルイーズ伯爵を呼べ」
メイドが部屋を出て行った。
それ程の時間もかからず、侯爵と伯爵が現れた。
「何事ですかな?」
まず、侯爵が口を開いた。隣で伯爵は、肩で息をしている。どれだけ急いだんだよ。
「レイが説明する。よく聞いて理解しろ」
自分では理解できないという事かな。女王だろうが、自分でもよく考えて欲しい。
「国境沿いに、城壁を造りました。青の国に抜けるための門を一か所だけ造ってあります。内外、両側からの攻撃に耐えるように造りましたので、確認をお願います。併せて、兵士の派遣をお願いします。流石に誰も居ないというわけにはいかないでしょう。見廻り隊も含めて、考えてください。よろしくお願いします」
俺はテーブルに地図を広げて、印をした。
「この場所に、門を設置しています。まだそこまでの道がありませんので、それだけはご理解願います」
「門を含めて北を侯爵が、門より南は伯爵が受け持つように。兵士が足りない様ならば、宰相に相談しなさい」
なんだ、女王らしいことをするのではないですか。それに、妥当な所だろう。
ジェームズ侯爵に方が荷が重そうだが、あっちの方が兵士が強いから、仕方ないだろう。
「それと、今は門の外に出ないでください。青の国の国境付近は、汚染されて、どす黒い大地になっておりますので、触れたりしない方がよろしいかと」
「わかりました。兵士たちには、よーく説明しておこう」
「それでは、直ちに掛かれ」
一礼すると、侯爵と伯爵は部屋を出て行った。
「レイ達は。このあと、どうする予定だ?」
「北側については、確認したのですが、南側がまだ出来ておりませんので、この後で見に行く予定です」
「わらわも連れて行ってくれぬか?青の国の現状を見ておきたいのじゃ」
周りの者が、ざわざわし始めた。そうだろう。女王自ら動くと言うのだから、問題だ。何かあったら、どうするんだよ。
「レイ様、お母さまを連れて行ってあげてください。私が面倒見ますので」
「そこまで耄碌しておらんわ」
「いいでしょう。どうせタートル君に乗っとくだけですから」
「そうと決まれば、行くかのう」
そう言えばと思い付いて、マジックボックスからひとつの指輪を取り出した。
「女王よ、これを嵌めといてくれ。万が一の時に作動する指輪だ。通称《身代わりリング》だ。一度だけ身代わりになってくれるから、余程のことが無い限り死ぬことはないと思う」
女王は受け取って、左の薬指に嵌めた。
「おいおい、そこじゃないだろう」
「どこでも良いであろう。自分でいうのも何じゃが、よく似合っておるわ」
スノウが嵌め直させようとするが、いう事を聞かなかった、駄々っ子のようだ。
俺は慣れたのか、どうでも良くなって、ほおっておいてアリスと一緒に部屋を出た。
ふたりは追いかけて来ていた。
「これが青の国か」
城壁の上を南に跳ぶタートル君の中から、外を見ながら、女王は呟いていた。
「本当に大地が黒ずんでおるのう。何をやらかしたのじゃろう」
竜樹が生えていれば、もう少しは浄化されるはずなのだが。このままだと、浄化されず、大地の腐食が進行していくはずだ。
何故こんなことになったのか、この国のことを調査しないといけないだろう。しかも早急にだ。
「そう言えば、街がひとつもないなあ。ひとつくらい見えても、可笑しくないはずよ。街が無いってことは無いでしょう。白の国だって、遠目だけど、ルイーズ領が見えてるわよ。可笑しくない?」
アリスのいう事も、もっともだ。北に向かっていた時も、街は見えなかったなあ。ジェームズ領は見えたのになあ。
「青の国の方が広いってことはないかい?」
〈白の国と青の国、面積はほぼ同じです。地図的にも、見えてもいいはずなんですが〉
〈何で、ティンクが地図を持っているんだ〉
〈気にしないでください〉
そんなことを言っているうちに、海に出た。昨日と同じような景色が続いているだけだった。やはり偵察に行くしかないかな。
早めに行きたいんだけど、あの子たちが目を覚まさないといけないし。待つしかないかな。
「もう少し、迷宮を使っての親睦を増やしておけば良かったのう。後の祭りじゃがのう」
「これからでも遅くないさ。隣の国同士、仲良くならないとね。また女神を怒らせたら、大変だよ」
さて、お城に戻って、次の用意をしますか。
また、忙しくなりそうだ。
短めです。
それでも、次回をお楽しみに!




