92-竜宮城再訪
竜宮城の前に、兵士がずらりと並んでいた。
顔は魚で、身体は人間である。半魚人と言った所だろうか。手には各々、剣や槍を持っていた。戦う気、満々のようだ。
突然、中央が割れて、女性が歩み出て来た。乙姫である。ロングヘアの美人さんだ。和装が、とてもよく似合う。
「ここが、竜宮城と知っての狼藉か」
顔に似合わず、怖い事を言う人だ。
「ああ、竜宮城と知って、やって来た」
俺は淡々と話をする。今は、何を言っても聞いてもらえないはずだから。
「こちらは、許可のある者しか入る事は出来ません。お帰りください」
お辞儀をする乙姫だが、周りの兵士は身動きひとつしない。こちらを睨んだままだ。槍を向けるのは、やめて欲しいな。
「いえ、今日は通してもらいます」
玄武は、俺の頭に乗って、様子を伺っておる。呑気なものだ。出来れば、何とかして欲しいのだが。
「なりません」
乙姫も槍を取り出した。三叉の槍だ。ポセイドンだな、まるで。
俺は、仕方なくマジックボックスから、一枚のカードを取り出した。
「これが目に入らぬか」
俺は、黄門様の印籠を真似してみた。一度、やりたかったのだ。が、誰ひとり、反応しない。おかしいな。これで、間違いないはずなのだが。
〈御主人様、それは裏です〉
ん?確かに、文字がこちらを向いていた。笑えないミスである。
んー。表を出して、見せ直す。
兵士達に同様が広がる。彼らも、何かを知っているようだ。
「何処で、それを手に入れたのですか?」
「もちろん、ダンジョンですよ。決まっているでしょう。そのための招待状でしょう。違いますか」
そのひと言で、兵士たちは、片膝を突いて跪いた。
もちろん、乙姫も、同じである。さっきまでの表情とは違って、優しい顔だ。
「それでは、通してもらいます」
その言葉に、羽根を広げるように、兵士達がふたつに分かれる。
俺達は、その間を抜けて、歩いて行く。付いてくる乙姫。
「俺達だけでは、駄目なのですか?」
「見届け役になります。手は出しませんし、邪魔もいたしません」
乙姫は、一礼する。
「わかりました」
俺達は、そのまま竜宮城に入って行った。
中は、海だった。竜宮城の中が海って、どれだけ水絡みなんだか。
「そろそろ、いらっしゃいます」
乙姫は、それだけ言って、壁沿いまで下がって行った。
海の中央が競り上がって、蒼龍が出現した。蒼龍の周りは、渦を巻いていた。渦は蒼龍に向かって、流れて行く。
「おお、青龍ではないか。久しいのう」
蒼竜は、じろりと視線を向けると、口の端を微かに上げた。
「貴様は、人の子に媚びを売るようになったのか。見下げ果てた奴じゃのう」
「相変わらず、口が悪いのう。して、どうすれば、良いのかのう」
「我から、この白珠を取れば、其方らの勝ちだ。まあ、そう簡単にはいかんがな」
鬼のような目をしながら、笑っている。自信があるのか、馬鹿なのか。
「お主、もう少し、見る目を育てた方が良いぞ。実力を見切れぬようでは、勝てぬぞ。まあ良い、わしも乙姫と共に見届け人となろうかの」
玄武は、俺の頭上から、フワリと飛んで、乙姫の胸に着地した。さっきまで良い事を言っていたが、ただのエロジジイじゃないか。困ったジジイだ。
まあいい。サッサと終わらせて、さっさと帰りますか。
「アリス、いくよ」
「レイひとりで問題ないでしょう。わたしも休憩しとくよ。そうでないと、蒼龍が可哀想だよ」
アリスは、乙姫達の横に行って、テーブルと椅子を取り出した。テーブルには、クッキーと飲み物が置いてあった。
「どうぞ、お座りください」
乙姫は恐る恐る座って、クッキーをひとつ、口に入れた。
「美味しい」
頬を両手で挟む。
「レイが、作ったクッキーだから、美味しいのです」
「レイ様は、料理がお上手なのですね」
乙姫の頬が赤くなっている。男は半魚人しかいないのだから、仕方ない反応なのかもしれない。
「お前に、先手を許してやろう。まあ、傷ひとつ、つかないであろうがな」
それなら、仕方ない。一発目を遠慮無く、入れさせてもらおう。
おれは、《光一文字》を取り出して、上段に構えて、素早くジャンプした。シールドで、更に上に駆ける。
〈今の《光一文字》では、この辺りが妥当だと思われます〉
ティンクのお墨付きをもらったので、このまま、落下する事にした。勢いを付けて、上段から斬りつける。
蒼竜は、真っ二つになった。言わんこっちゃ無い、です。
切れ味が良過ぎて、当の本人は気が付いていない。
って言うか、弱過ぎない?
俺は魔石と白珠を取ると、蒼竜が地面に吸い込まれていくところを、ただ黙って、見ていた。感慨のない戦いだ。
「だから、言わんこっちゃない。あいつは、いつもああやって、死んでおったわい」
「良いのですか?」
俺は少し心配になった。
「そのうち、蘇るじゃろ」
俺は、仕舞った魔石を取り出して、玄武に見せた。
玄武は驚いた表情を一瞬見せたが、すぐにいつもの玄武に戻った。
「気にするな。馬鹿は死んでも治らん」
「乙姫さんよ、これで良かったのか?」
「ええ、・・・一応決まりなので。白珠はお持ち帰りください」
「うん、ありがとう」
呆気なさすぎて、頭が痛い。
「一度王都に戻って、女王と相談だ。白の国に、異変が起こっても不味いからな」
「残りのクッキーは、乙姫にあげましょう」
アリスは椅子とテーブルを片付け始めた。
乙姫は嬉しそうに、クッキーをポケットに仕舞っていた。まだかなり残っていたから、ポケットがパンパンだ。あとで、もう少し渡しておく事にしよう。
でもなあ、呆気なさすぎて、つまらないなあ。
後で、ゴーレム化して、奴隷のように使ってやるかな。そんなことをしたら、玄武が怒るだろうか。後で聞いてみよう。
竜宮城でのクエストは、あっという間に終わってしまった。
「色々と、ありがとうね、乙姫さん。また、遊びに来るよう」
「いえいえ、こちらこそ、お騒がせ致しました。遠慮などなさらずに、またおいでください」
深くお辞儀する乙姫だった。
「ええ、そうします。今度来る時は、地上の食べ物をいっぱい持って来るよ。楽しみにしておいて」
俺は、アリゲーター・ゴーレムに乗り込んだ。アリス達は、すでに乗っている。
「レイ、残っててもいいんだぜ」
アリスが声色の真似をして、覗き込んできた。
「訳のわからない事、言ってないで、用意はいいか。出発するぞ」
俺はアクセルを回して、ゴーレムを発進させた。
「女王様、不入山の言い伝えを知っているかい」
「詳しくは知らぬが、五つの珠を集めると、再び世界に争いが起こると言う、あれじゃろ」
「正解」
俺は白珠を女王に見せると、すぐに仕舞った。何処で誰に見られるか、わからないからだ。
「ここからは、推測になるんだが、五つの珠=五つの国ではなかろうかと、思うのですよ。だから、五つの珠を集めると、国に何か起こるのでは、と思っている」
「ただの推測であろう」
「俺は、この珠を集めようと思っている。いいか?」
「好きにせい」
「何か起こって、俺のせいにされても困るからな。それでも、良いのか」
一瞬の沈黙。女王は重い口を開いた。
「世界は変わらなければいけない時に来ていると思うのじゃ。わらわは、このままでは不味いと思っておる。赤の国の動向も気になるでな」
「赤の国?」
「最悪の国じゃ。戦争ばかり、吹っかけてくるのじゃ」
女王の表情が強張っている。
「それと、青の国の王女アンデの事が気になる。青の国に行ってみようかと思っている。迷宮を通行する許可が欲しいですよ、女王様」
「構わないが、その時にはスノウを連れて行って欲しい。あれも、アンデを気にしているようだからのう」
「わかった。その事は、俺からスノウに話しておこう。怪我をさせるつもりはないが、何が起こるか、わからんからな」
「ああ、頼む」
これで、何かあっても、女王が何とかしてくれるだろう。
「変わった事があれば、また相談に来るよ」
「ああ、そうしてくれ」
俺は扉を開けて、執務室を出た。
まずは、不入山に向かおう。
今回は短めになってしまいました。
我が家の隣に空き巣が入るという出来事が起こってしまって、ちょっとゴタゴタしているもので、落ち着きません。
テレビで見るニュースが身近に起こるとは。嫌な世の中です。
次回も、お楽しみに!




