87-王都の戦い
王都の屋敷に戻ると、すぐさま、アンバーが近づいて来た。
「帰って来られて早々に、申し訳ありません。女王様がお呼びだそうです」
「いつの話?」
「昨日、使いのものが参られました。出来れば、早め来て欲しいそうです」
一礼して、部屋を出る。
「仕方ない。これから、行ってみようかな」
俺は、白の城に急いだ。
「よう来たのう。多忙な所、済まんのう」
やけに腰が低い。何かあったのか?
「特に要件がある訳では無い。色々と、話を聞きたかっただけじゃ」
本当だろうか?怪しいなあ。
「魔人の件は、どうなっておるのじゃ」
「今の所は、新しい魔人は見つかっておりません。蘇芳会との関連性がないとは言えず、今は様子見ですね。情報部を増やしましたので、変わったことがあれば、連絡があるかと」
「情報部?気になる事を言いおって。まあいい。四つの領都を転々としている様ではないか。変わった事はあったかの」
「養護院に寄付をするために、回っただけです。何処もボロボロで、何か手は打てなかったのですか?」
「すまぬ。下級貴族に任せておるが、養護院に渡すお金を着服しておったようじゃ。今は、牢屋に入れておる。本当に申し訳ない事をした」
「それは、俺の方で、良いようにしましたので、安心してください。俺の方にも、理があるので、問題ありませんよ。こっちも助かっていますから」
俺にも得があるのだから、問題ないだろう。あの子達が育てば、人材に困る事は無くなるはずだ。逆に、国が人材不足にならないか、心配になるくらいだ。
「魔人以外は、どうなったのじゃ。蘇芳会との関係が知りたいのだが。何か情報が得られたか?」
「蘇芳会の者が、変な薬を作ったことだけは、間違いありません。おそらく《イリスの実》を使って、作成したと思われます。その薬を使うと、一種の魔人になりますが、根本的には違うもののようです。人格が残るので、厄介です。改造魔人みたいなものでしょうか」
「薬さえ飲めば、魔人化すると聞いたが?」
「丸薬か、注射ですね。注射は、体内に直接薬を入れます。すると、筋肉が強化されて、悪魔化するようです。俺が会ったのは、コウモリや山羊の様な奴でした。ひとりは倒しましたが、もうひとりには逃げられました」
「対抗出来そうかのう」
「魔人は相手によりますが、悪魔化した者には対抗出来ると思います。ただし、何度も言いますが、ひとりでは駄目です。S級がふたり以上、出来れば3人以上ならば何とかなると思いますよ。今の強化計画を進めて行けば、大丈夫ではないですか」
「それなら、良いがのう」
女王は手を組んで、何かを考えているようだ。やはり、何か問題が起きているのだろう。
「何か心配事でもあるのですか?」
「お前だから言うが、青の国と連絡が取れなくなったのじゃ。元々、国同士の連絡用の伝達道具があったのじゃが、通じないのじゃ。壊れたのか、それとも何か理由があるのか」
それは、心配だな。俺のところにアンデ王女からの連絡も、未だに無い。
「国同士は、不可侵という事になってはいるのじゃが。それでも、月に一度の連絡は取り合っていたのじゃ。助けてくれと言われれば、助けに行くが、その連絡が無いので、勝手にはいけんのじゃ」
「俺が一度行ってみましょうか。興味はあったので、行く事に問題はありませんよ。少し気になることがあるので、その後にはなりますが。それでも、構いませんか?」
「問題ないじゃろう」
女王は、安堵の溜息を漏らしていた。
どうやら、その事を依頼したかったようだ。
一度行けば、転送システムが使えるはずだ。誰を連れて行くかな。アリスとティンク・・・は、もう居ないんだった。・・・スノウを同伴させたいな。少なくても問題ないだろう。
「それともうひとつ、お願いがあるのじゃが。無理なお願いになるかも知れんが、領から領へ、簡単に行き方法はないかの。今、宰相が自分の領に戻っておるが、何かあっても、すぐには来れん。それが、問題なのじゃ。何かあるのであろう?お主が領から王都に戻るのが、異常過ぎるくらい早いのは、何故じゃ」
どうやら、バレているようだ。仕方ないから、領と王都の行き帰りくらいは、何とかしよう。
「わかった、何とかしよう。ただ、少し時間をくれ。考えていることがあるから」
「ありがたいのう、持つべき者はレイじゃの。褒美は、何が良い?スノウでも良いぞ」
「要らないよ。俺は、ひとりが好きなんだ」
「そんなことを言うと、スノウが泣くぞ」
これ以上は、グダグダになりそうなので、俺は、お城を後にした。
何処に行くかと言うと、王都にある蘇芳会だ。この国ではルイーズ領のしかないと思っていたが、どうやら、王都にも規模は小さいが、存在しているようだ。
ビー達の情報で、最近人の出入りが活発らしい。
場所は、1匹のビーが先導してくれるようだ。逸れないように、着いていく。
どうやら、ギルドに近い様だ。南門の辺りだ。
近くまで行くと、ビーが小さい身体を使って、アソコだと教えてくれた。
「ありがとうな、もういいぞ。後は、俺に任せろ」
それを聞くと、ビーは屋敷の方に戻って行った。
ちょうど向かいに、食事処があったので、俺は入る事にした。
「いらっしゃいませ。空いてる席に、どうぞ」
俺は、窓際の席に座った。ここからなら、蘇芳会が良く見える。
「お客さん、何にします?」
「お薦めは、何だい?」
「オーク丼ですね。サラダとスープも付くよ」
「じゃあ、それをくれ」
店員は、指でオッケイマークを出すと、奥に引っ込んで行った。
俺は出された水を飲みながら、外を眺めた。確かに、蘇芳会に出入りする人が多いな。何かあったのだろうか。
「何があったのでしょうね」
「ん」
気がつくと、隣に《紅き守護神》のフランマが座っていた。いつの間に、現れたんだ。
「おねえさーん、私も同じやつ、ひとつね」
「はーい」
奥から返事が聞こえた。
「美味しそうですね」
店員さんの運んで来た丼、ふたつ。ひとつずつが、かなり大きい。その後に、サラダとスープも運んで来た。これまた、量が多かった。
「すごい量だな。食べれるかな?」
フランマは、丼を片手に、ガッツリと食べている。
「これくらいは食べれないと、一流の冒険者にはなれませんよ」
と、言っている間に、フランマは食べ尽くしていた。
「ご馳走様っと」
俺は、まだ半分も食べていなかった。
「大丈夫ですよ。ゆっくりと食べてくださいね。その間、私が見ときますから」
窓の外に、視線を移すフランマ。
俺は、お言葉に甘えて、残りをゆっくりと食べる事にした。美味いものは、よく噛んで食べるに限る。出来れば、サラダにマヨネーズが欲しいところだが。この世界では、無いものねだりになるだろう。
「あれ?」
フランマが、変な声を上げた。
「どうした?」
「いや、知り合いが居たものですから。でも、クラウスは、どうして中に入って行ったのかしら。蘇芳会と、どう言う関係なの?」
怪し過ぎる。中に突入してみるか。
「中に、入りましょう」
フランマは、立ち上がると、俺の腕を掴んで、引っ張って行く。俺は慌てて、お金をテーブルに置いておく。
「お金、置いとくよ」
外に出ると、そのまま蘇芳会の方向に進んで行く。引っ張る腕を離すと、腕を組んできた。
おいおい、絶対に怪しいだろう。
「大丈夫ですよ。私、隠蔽の魔法が使えるから、周りからは、私達のこと見えません」
開いた扉から、堂々と入って行く。通路の扉は、どこも閉まっていた。だが、ひとつだけ、扉が開いた。出てくる人をすり抜けるように、部屋に入る。ここは、どうやら、更衣室のようだ。
棚に置いてあるドクタースーツを取ると、フランマは身に付けていた。
「レイ様も、これを着てください」
渡された服を羽織ると、扉の隙間から外の様子を見て、部屋を出た。
ふたりで一列になって、奥に進む。奥に行くほど、人は減り、人とすれ違わなくなった。
すると、一番奥の部屋から、話し声が聞こえて来た。扉が少し開いているようだ。そこから、漏れてくるようだ。
扉に近づいて、耳を澄ませる。
「いつになったら、出発するんだよ」
その声は、クラウスだった。かなり怒っているようだ。
「もう少し待ってくれ。研究成果も持ち帰らないといけないし、準備が大変なんだ」
「もう少しって、あと何日待てばいいんだよ」
「あと、3日だ。いや、あと2日待ってくれ、頼む」
「わかった、あと2日だな。・・・・そこに居るのは、誰だ」
クラウスは、蹴って、扉を全開にする。そこに居たのは、勿論、俺とフランマだった。俺は、フランマを庇う様に立った。
「何だ、フランマじゃねえか。何してんだ、こんな所で」
「クラウスこそ、こんな所に、何の用事なの」
一瞬の沈黙。
先に動いたのは、クラウスだった。
剣を抜くと、俺ごと貫こうと、突いてきた。狭い場所だから、斬るより突いた方が早い。
「シールド」
俺はフランマを抱いて、後ろに飛んだ。
クラウスは、シールドで、動きを止める。届かないことがわかると、睨みつける。
「いきなり、は、無いよね。あなた、S級でしょ。こんなとこで、剣を抜いては駄目なことくらい、わかるでしょう」
「相変わらず、五月蝿えな」
再び、突進してくる。
俺はフランマを抱いたまま、壁を走って外に出た。勿論、クラウスは、追撃して来る。
外に出ると、俺はフランマを放り投げた。S級である彼女は、円を描く様に回転して、着地した。流石である。
「もっと優しくしてくださいよ」
膨れた頬を見た。まだ余裕がありそうだ。
「フランマは、みんなを逃してくれ」
「わかったわ。レイ様も無茶しちゃ、駄目よ」
「ああ」
俺はレイガン・ソードを出して、上段に構える。
「何だ、その剣は。いや、刀か。珍しいものを持っているなあ」
「お前も、珍しい薬を持っているだろう。渡して貰おうか」
半歩ずつ、擦り寄るように、俺は近付いていく。
「お前、何者だ。俺はそんなもの持っちゃあいねえよ」
顔がニヤけている癖に、よく言う。
「通りすがりの冒険者だよ」
「嘘こけ。俺を舐めてんのか」
言ったと同時にダッシュして来た。
水平に斬りかかって来たところをしゃがんでかわして、レイガンを撃った。流石にこの距離では躱わせないだろう。矢弾が、クラウスの左脚を貫通する。
「変わった剣だと思っちゃいたが、油断し過ぎたな」
そう言って、ポケットから取り出した丸薬を口に入れた。
漆黒の闇がクラウスの身体全体から噴き出す。闇に包まれたクラウスの雄叫びが辺りを包む。聞いた者は耳が壊れてしまう程の騒音だった。
耳を塞ぐのが少しでも遅れていたら、耳が壊れるところだ。
闇が空中に霧散すると、5本角の生えた化物がそこに居た。図鑑で見る悪魔の姿だった。闇より黒い服を纏ったグロテスクな異形。目は赤く、尖った歯を持つ裂けた口。コウモリのような翼まである。以前より、更に魔物化したようだ。悪魔化というべきかもしれない。
化身を終えるか終えないうちに、斬り掛かった。今がチャンスだと思い、斬りつけた。
レイガン・ソードは、クラウスだったものの剣に阻まれた。
「そんな攻撃では、勝てぬぞ。甘いわ、甘い」
これは、時間がかかりそうだ。
次回に続きます!




