80-蛹化
「ティンク、しっかりしろ。何故庇ったんだ。俺なら、何とかしたのに。どうして・・・」
俺は、涙が止まらなかった。
「気が付いていなかったでしょ、先輩」
「気が付いていたさ。だから、自分で何とか出来たさ」
「ううん、気付いてなかったよ、先輩は」
ティンクは、やっとの思いで喋っていた。胸から血が止まらない。
「あの時も、もう一度言ってくれてたら、頷いていたのに。言ってくれないんだもの」
「ティンク、お前、何を言ってるんだ。昔、俺と何かあったのか?俺は、思い出せないんだ。だから、教えてくれよ、何があったのか」
俺は、両手にティンクを載せたまま、そう言った。
「先輩はね、私に一度告白して、断られたんだよ。でもね、諦められなくて、ずっと見ててくれたんだ。とっても優しい目をしてた。だから、一度だけ・・・覚えてる?」
俺は首を振る。記憶が無いのだ。
ティンクは、じっと俺を見たまま、話を続けた。
「もう一度、言ってくれたら、頷いてたのに、・・・・いなくなっちゃた。・・・あの時、私から、何で言えなかったんだろうって、今でも後悔してる」
「何だよ、何だよ、何で思い出せないんだよ。畜生ー」
「思い出せなくても大丈夫だよ。私がちゃんと、憶えているから。だから、泣かないで」
俺は止まらない涙を拭う事もせず、ティンクを手のひらに載せたまま、頬に当てていた。
「お願いだから、どこにも行かないでくれ。俺はもうどこにも行かないから。ティンクと、ずっと一緒にいるから・・・だから、お願いだ」
愛しむように、両手で包み込む。あんなに暖かかったのに、段々と冷たくなっていくのが、わかった。
俺は回復薬を取り出して、ティンクにかける。
「特殊な毒を塗ってあったみたい。回復薬でも無理」
俺はそれでもかけ続けた。
「大丈夫だよ。私はね、先輩と一緒になるの。文字通り一緒にね。・・・私が眠くて仕方なかったのはね、進化する予定だったから・・・だよ。・・・だから、それが少し早くなっただけ、だよ。心配、しないでね・・・」
「それじゃあ、何もわからないよ、わかるように説明してくれ」
ティンクは、目を閉じた。微笑む表情がとても綺麗だった。
「ティンク、逝くな。俺はまだ、お前と一緒に旅がしたいんだ。まだまだ、一緒に居たいんだよ」
俺の顔は、くちゃくちゃだっただろう。涙が止まることはなかった。
「大丈夫、すぐに、また会えるよ・・・」
それだけ言うと、2度と口を開くことは、なかった。
俺の手のひらで、ティンクは光の泡になって、・・・消えていった。
「クソ、あの矢は、何処から飛んで来やがった。みんな、周囲の警戒だ。レイ様達を守るんだ」
4人は、レイの周囲を囲んで、守りの態勢に付いた。
「駄目、近くには誰もいないわ。魔法で探知したけど、見つからない」
「おい、ブリザの死体も無くなってるぞ。何処に行った。誰かが、運んだのか?」
「あれだけの間に、取って行けるのか。誰も気付いてないんだぞ」
しばらく4人は構えを解かずに、待った。
「もう居ないようだな」
4人は、構えを解いて、中央のレイを見つめた。涙が止まらず、嗚咽しているレイが痛々しかった。どう接して良いかもわからず、待ち続ける。
「上手く話しかけれる奴、いるか?」
「・・・・・」
誰も何も言わない。
「待つしかないよな」
4人はそれぞれの場所に座り込んだ。各々が、水を飲んだり、剣の整備をしたりいて、レイの復活を待った。レイならば、必ず立ち上がると、信じていた。
俺はメガミフォンを取り出した。女神様に連絡するのは、初めてだった。女神に連絡など、禁忌のひとつであろうと思っていたので、今まで連絡することは無かったのだ。
「もしもし・・・・アイリス様か。聞こえてるか」
『聞こえていますよ』
「ああ、・・・・・ティンクが死んじまった。折角、アイリス様がお供にと授けてくれたのに、・・・・死んじまったよ。申し訳ない・・・」
俺はまだ涙が止まっていなかった。それくらいショックが大きかったのだ。
『知っています。いつも、貴方の事は見ていますから』
「何で、助けてくれなかったんだよ。・・・なんて事は、言っちゃあいけないんだろうが・・・。俺が守ってやれなかったから」
『自分のことをそんなに責めなくても大丈夫ですよ』
「記憶もないから、ティンクの言ってる事がよくわからないし、俺はどうすれば良いんだ」
『あの子は、元の世界で貴方と縁の深かった者のカケラを使って造りました。だから、記憶が残っていたのでしょう。気にしなくても大丈夫です。あの子、ティンクは貴方とひとつになるのです。貴方の中で蛹になっています。孵化すれば、また一緒にいられますよ。だから、もう泣くのはおよしなさい』
「待っていれば、またティンクに会えるのか?本当に?本当なのか?」
『そろそろタイムリミットです。もう時間がありません。いいですか、信じて待ちなさい』
通話が切れた。
女神の住む所に連絡すると、通話料が馬鹿高いってことか。相手が女神だから、当然のことだな。無闇に連絡しない方がいいみたいだな。
少し落ち着いたかもしれない。
手のひらに、まだティンクの温もりが残っているようだ。
俺は立ち上がって周囲を見回した。
〈蒼き神威〉のメンバーが、俺を見ていた。心配そうに見つめていた。こいつらにも、迷惑を掛けたようだ。申し訳ないことをしてしまった。
「もう、大丈夫だ」
4人は立ち上がると、それぞれが俺の肩を叩いていった。
「それじゃあ、領都に帰るか。腹も減ったし、パアッと飯を食おうぜ」
「そうだな。領都には、〈紅き守護神〉も来ているから、合流しようか。俺達はティンクを追ってここまで一緒に来たんだ。あのふたりには、領都の方を探してもらっている」
どうやら、今回は、みんなに世話になったようだ。
ありがたい事だ。
「タートル君で、行こうか。少し疲れたから」
「ありがてえ。幾らレベルが上がったとは言え、全力で走る続けるのは、疲れたよ」
タートル君が出現した。俺達が乗り込むと、タートル君は歩き始めた。
領都に着くと、まずギルドに向かった。イグニス達と待ち合わせしていた。
「どうだ、見つかったか?」
イグニスは、まだ何も知らない。
グラースが〈紅き守護神〉の二人を壁際に連れて行った。どうやら、俺に聞かれないように、話しをするようだ。気を遣っているのが、見え見えなのだが。
「ねえ、ミチユーリ。レイ様は、誰と連絡してたのかしらね。相手の人の名前、アイリスって聞こえたんだけど」
「アイリスって言ってたわよ。私にもそう聞こえたから。女神様と同じ名前だから、覚えてるわ」
「まさか、女神様ってことはないよね」
「それは無い・・・・わよね」
「でも、レイ様だよ。有り得なくない」
ふたりは無言になった。
グラースは、イグニスと肩を組んで戻ってきた。後ろにフランマが唇を噛み締めている。
「いい店知ってるから、飯食いに行こうぜ」
グラースが出来る限り陽気な言った。
「おお、いいねえ。行こうぜ。グラースの奢りだろ。たらふく食ってやるぜ」
イグニスも合わせるように、努めて陽気に言った。
「レイ様も行くだろ。この領都では、焼き鳥が美味いんだ」
「ああ、一緒に行かせてもらうよ」
俺達はみんなで輪になりながら、グラースの知る店に歩き出していた。




