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75/99

75-夜のしじまは、大忙し

 魔法医療院の裏口がコトリと開いた。


 出て来たのは、屈強な身体の三人だった。囲まれるように、女性の姿が見えた。蘇芳会の魔法医師スカーレットであった。


 「お嬢様、このまま、迷宮まで向かいます」

 先頭の者が、背後のスカーレットに聞こえる程度に呟いた。


 「ああ、よろしく頼む」


 3人と1名は、闇に紛れるように、前に進んだ。堂々と道を進んでいても、この存在に、誰も気が付かない。これは、魔法なのであろうか。


 それでも、可能な限り、陰を進む。まるで、月の光に当たると、魔法が解けると言わんばかりだった。


 後には、誰もついて来ない。


 蜂達以外は。




 「あそこの家です」


 4人は、指差す家に、忍び込むように入っていった。


 中は、何も無い空間だった。まるで、隠れ家のようである。

 

 奥にひとつだけ、扉があった。


 開けると、洞穴に続いていた。


 「この先に、迷宮へ入ることの出来る隠し通路がございます。そこより脱出の後、青の国へ向かいます」


 「我々だけで大丈夫なのか、迷宮は」


 「迎えが来ているはずですので、合流の後、青の国を目指します」


 一緒に来た3人は、通路に隠していた鎧を取り出すと、装着した。横にあった大剣を腰に吊るすと、立て掛けてあった槍を手に取る。


 「さあ、参りましょう」


 前衛にふたり、後衛にひとりが、スカーレットを守るように進んで行く。

 

 隠しスイッチでもあるのか、洞穴の上部に淡い光が点々と灯った。通り過ぎると、後ろは消えていくのである。ここは非常用ではなく、日常的に使用されているようだ。




 洞穴を抜けると、砦のようなものがあった。


 そこには、すでに小隊が待機していた。


 「お待ちしておりました。蘇芳第二部隊隊長コカです。後ろに待機しているのが、ビエルになります。お見知り置きを」


 「白の国では、どうやら失敗してしまったようです。もう一度出直しとなるでしょうが、青の国に報告を兼ねて戻るこことなりました。道中、よろしく頼みます」


 「了解です、チーフ。この馬車にお乗りください。国までは我らがお守りいたします」


 スカーレットは馬車に乗り込んだ。一度顔を出すと、共にここまでやって来た3人に対して、


 「ここまで、ありがとう。また来る事になると思いますが、その時にはまた、よろしく頼みます」

 そう言って、乗り込んだ。

 

 蜂が馬車に取り付いた。


 「よし、国に戻るぞ」


 小隊は、国の方向に戻って行った。




 「コカ隊長がきちんとお連れするだろうから、我らも、戻るとするか」


 3人は、来た道を、今出て来た洞穴を戻って行った。


 迷宮では、何が起こるか、わからない。通り慣れた洞穴とは言え、油断は出来なかった。




 「ちょっと、遅かったようですね」


 洞穴の奥から歩いて来る3人組に、レイは声を掛けた。


 身構える3人組。


 「何者だ、貴様らは」


 「怪しいのは、そっちでしょう。迷宮に入る道を勝手に作ったなんて知ったら、女王様、怒るよ」


 返事もなく、槍を突き出す3人組だった。レイは、ステップを踏んで躱すと、レイガンを放つ。


 先頭の男が槍を回転させて、矢弾を防ぐ。


 「結構なやり手さんみたいですね。ひとりでは、難しいかな。マリア、お願い」


 横からマリアが飛び出して来た。


 「ウオーター・ストリーム!」


 勢いのついた水が、激流となって、流れる。押し流される3人組。


 先程までいた砦まで、流されてしまった。ビショビショになりながらも、身構える。


 「ここなら、大丈夫かな。出ておいで、アリス」


 右に立つマリア。その反対側、左に立つアリスだった。


 「レイとは久しぶりなの。おじさんの相手ばかりで、身体が鈍るなの。もっと、呼んで欲しいなの」


 「すまないな。する事がいっぱいあって、相手する暇が無いんだよ。これからは、出来るだけ一緒にいようね」


 赤くなるアリス。


 「わ、わかったなの。出来るだけ、一緒にいてやるなの」


 恥ずかしそうに、大剣をマジックバックから取り出した。服も、いつものメイド服では無くて、セーラー服だった。彼女なりの戦闘服である。


 大剣を背中に背負うと、仁王立ちだった。


 「あたしは、右を殺るなの」

 言った瞬間に、斬りかかっていた。


 槍の柄で受けると、

 「お前みたいな、餓鬼を殺るのが、大好きなんだよ。もう少し広い所で、たっぷり楽しもうじゃないか。容赦しねえからよ」

 

 アリス達は、剣を合わせたまま、右に移動していった。




 「私は、左ですね。行くわよ、タイガ」


 「わかりました、マリア様」


 左の男にぶちかますタイガの上から、斬りかかるマリアだった。容赦ない攻撃である。


 男は槍をふたつに折って、1本ずつ両手に持つ。2本は鎖で繋がっていた。タイガの爪は鎖で防ぎ、マリアの攻撃は折った槍で防いだ。こちらもまた、かなりのやり手のようだ。


 


 「残り物には、福があるのか、なっと」

 レイは、レイガンを放つ。


 おそらく3人で最も強いと思われる男は、槍で、器用に弾を斬る。


 「これは、通じないようですね」

 レイは刀を取り出して、男と打ち合った。


 相手は剛の剣であった。まともに打ち合えば、押し負けそうだ。


 対して、レイは柔の剣であった。ふわりと受けると、高速で斬りかかる。


 その繰り返しで合った。


 


 「いい腕してるなの。その腕があれば、いい所に就職できるなの」


 「就職ってのは、よくわからないが、言ってる事は何となくわかるぜ。でもな、腕だけじゃあ、駄目なんだよ。俺は、頭が悪いからな、綺麗な所には住めなかったのさ」

 男は、槍にあるスイッチを押した。


 反対からも刃先が飛び出て来た。


 「俺は影牢組のツウと言うんだ。あの世に言って、この名前を広めてくれ」

 ツウは、両刃の槍を回転させて、攻撃して来た。


 アリスの大剣は弾かれて、ツウに届かなかった。それ程までに、回転に力があった。


 ならばと、影に潜り、背後に出現する。が、ツウは、槍を回転させながら、身体も回転させる。円運動で、対応して来る。


 「あのな、敵が目の前から消えると、次は後ろだと決まっている。お前の攻撃はバカ正直過ぎるぞ」


 「お前って言うな。あたしは、アリスなの」


 アリスは怒っていた。大剣をマジックバックに戻すと、剣を取り出した。漆黒の細身の剣だ。闇の力を纏った剣だ。丈夫だが、とても軽く、相手の力を吸収する能力がある。


 「少しギアを上げるなの」

 

 移動速度が上がり、その勢いのままに、切り付ける。漆黒の闇の力は、相手の力を奪い、弱体化させる。強度や能力が落ちるのだ。


 ツウの槍の穂先が、斬られ、落ちた。


 「問題ない」


 片方の穂先が無いまま、回転を続ける。速度を上げるツウ。


 アリスは躊躇い、動けずにいた。片方の穂先が無くなったというのに、速度が増すなど、考えられないのだ。片側しかないのだから、回し難くなるはずなのだから。


 「どうした、かかって来ないのか。ならば、こちらから行くぞ」


 ツウは、槍を円盤投げの如く、投擲した。

 回転しながら、アリスに向かって、飛んで行く。

 同時に、ツウが剣を抜いて、突っ込んできた。


 アリスは、回転する槍に飛び乗って、自ら回転しながら、ブーメランの様に操って、ツウに攻撃した。


 「う、う、目が回るなの」


 ツウに槍が当たる寸前に、アリスは影に沈む。影は、何処にでも存在するのだ。


 剣で、自分の槍をいなす。いや、叩き斬るが正解か。剣は真っ二つに分かれて、左右に飛んで行った。


 「何処に行きやがった?」

 

 最も見えにくい場所、足元から浮かび上がり、斬る。


 逃げるように跳躍するツウだったが、一瞬遅れてしまった。右脚に剣が食い込んでしまう。


 「グワッ」

 

 片脚に力が入らなかったことで、転倒してしまう。ヤバい、と見回して、アリスを探すが。

 転倒して、腹ばいになったことで、影が出来てしまったことに気付かない。


 それは、最悪の刹那だった。


 「グフッ」


 ツウの腹から、剣が生えていた。


 「だから、餓鬼は嫌いなんだ」


 そのまま、うつ伏せのまま、伏して、起き上がることはなかった。





 スリは、更に左側に移動した。


 自分の攻撃範囲が広いためだ。他のふたりを巻き込まない為だ。持っている得物もそうだが、魔法も広範囲を得意とした。しかも、手に持つ得物は、振りでしかなかったのだ。

 本当に、得意なのは魔法であった。


 移動しながら、魔法を使っていた。

 

 「グランド・ボム!」

 

 魔法が発動したはずなのに、何も起きなかった。不発?


 マリアはタイガと共に、スリを追った。


 すると、タイガの足元が爆発した。瞬間、跳ねて逃げたが、着地すると再び、足元で爆発した。


 降りた瞬間という事で、跳ねる事もできずに、直撃する。


 「マリア様は、動いてはいけません。あなたに直撃すると怪我だけではすまないと思います。私には効かないから、心配は無用です」


 ならば、マリアは、タイガの背に飛び移った。これなら、タイガには悪いが、私に直撃はないはずだ。


 「汚い手を使いますね。困った人達だ」


 「ふん」

 タイガが口角を上げる。


 「逃げる必要は無いのですよ」


 タイガは走り出した。地上10センチくらいの所を。


 「空は飛べなくても、これ位なら出来るのですよ」


 スリに追い付くと、マリアが馬上ならぬ、虎上から斬りかかる。


 「グランド・シールド!」


 スリの前に、土の壁が迫り上がる。


 タイガが爪で、斬り裂く。ボロボロに崩れるシールド。その先に、スリは既に居なかった。


 「流石に、そう簡単には勝てませんか」


 シールドを蹴った勢いを利用して、タイガは、ボムの範囲から外に跳躍した。


 「マリア様、このままでは、勝負が付きませぬ。何か、策はないのですか?」


 「ああ、一個見つけちゃった、作戦を。でも、少し危険かも」


 ニタニタするマリア程、怖いものはないのだが。タイガは、それに気が付かない。


 「それでは、その作戦で行きましょう」


 「詳細聞かなくても、大丈夫?」


 「どうせ、碌でも無い作戦でしょう。言うだけ無駄です」


 「それじゃあ、私が先行するから、付いて来て。そして、最後に美味しいところ、持っていっちゃって。行くよー」


 マリアは、駆けながら、広範囲に魔法を放つ。

 「ファイア・ボム!」


 「ファイア・ボム!」


 「ファイア・ボム!」


 何度も何度も、連発する。反応する地中の爆弾。至る所で、暴発している。


 爆音と共に上がる爆煙が、辺り一面を白く染める。


 何も見えない。


 スイは、マズイと思い、爆煙から逃れようとするが、自分が何処にいるかもわからない。


 下手に動くと、敵に近づく事になる。それは、絶対に不味いのだ。近接魔法は、得意ではないのだから。


 「見つけたぞ」


 タイガの鼻を舐めてはいけない。どれ程周囲が臭かろうが、煙たかろうが、真実の匂いを嗅ぐのは、得意であった。爆炎など、ものともしないのだ。


 「サンダー・ブレイク!」


 雷が、スイの右肩に、直撃する。


 「ぐわー」


 スイはそのまま、倒れ伏した。口から泡を吹いていた。髪も、服も、焦げて、ちぢれていた。


 「呆気なかったね」


 煙は消え、うつ伏せになったスイの姿だけが残っていた。


 「マリア様が無茶をするからです。あれは、自殺行為ですぞ。肝が冷えましたよ」


 「いいじゃない、買ったんだから」


 マリアの顔は煤で真っ黒だった。




 

 「お前らか、お嬢の邪魔をしていたのは」


 「邪魔かどうかは、知らないよ。悪いことをしているのは、そっちだからね」


 ワンは、先程までに剣を投擲すると、双剣を取り出した。


 剣は凄いスピードで飛んで来た。横にずれてかわすと、双剣が襲ってくる。右から左から、流れるような太刀筋であった。


 先ほどは剛の剣の使い手かと思っていたが、本当は柔の剣の使い手であったようだ。

 

 剣がまるで、踊ってでもいるかの如く流れるように、レイに向かってくる。ごつい身体が、揺らいでは動き続ける。止まることのない動きに翻弄される。


 かわしているようで、微かに斬られ続ているようだ。傷が増え、血が垂れる。


 「その道のプロはプロだなあ。剣の軌跡さえ見えない」


 レイガンで対応していたが、剣に追いつかない。


 レイは、太刀筋の方向に、弾を撃つ。剣が見えなければ見える様にすればよかった。


 ワンは斬りかかるたびに、矢弾を撃たれて、それを斬る。斬らねば、矢弾が飛んで来るのだ。イラッとしていた。攻め込めない。剣より、弾の方が早いのである。


 「このままだとジリ貧だなあ。まだ改良中だから、あまり使いたくなかったんだけどね」

 レイはレイガンを一度仕舞うと、違うタイプのガンを取り出した。


 再び、矢弾を撃ち出しつつ、新しいレイガンに魔素を充電する。

 充電完了の合図は、レイガンの上部が点滅し、点灯した時だ。試験中なので、フル充電はされていなかったし、どれくらいの出力があるのかも、まだ不明であった。


 「そろそろ頃合いです。ただし、逃げられると困るのですが」


 矢弾を連発する。そこには、必ず奴がいた。


 レイガンの新しい力を放つ。


 ガン先から放たれたのは、光であった。

 自分の光の力を取り入れたのだ。


 放たれた光は、ワンの双剣を砕いて、ワンの身体を貫く。


 「凄えな、お前ら。どうやら皆、倒された様だ」

 ワンは首筋に注射をする。


 「魔人化か?」

 レイは、身構えた。何が起きるか、わからないからだ」


 ワンの身体、急激に膨らむ。筋肉の化け物である。


 「使いたくはなかったが、仲間を見捨てる訳にはいかないのでな」

 そう言うと、ワンは、倒れているふたりを両手で抱えて、大跳躍を見せて、迷宮の奥深くに消えて行った。


 「まさか、逃げる為に、薬を使うなんて、隙を突かれたなあ。あれでは、ビー達も追い付けそうにないか。怪我人がいるから、そう遠くには行ってないと思うけど、ここみたいな抜け穴があるのかもしれないな」


 「ああ、逃げられちゃったなの」


 「私は疲れました。まだまだ弱い自分に苛立ちますね」

 タイガをモフリながら、アリスは言った。


 「みんな、無事だったんだし、とりあえず帰ろうか」


 そう言って、3人は来た道を戻るのだった。

 

 この場所のことは、女王に伝えておく必要があった。また、女王に報告に行かなければと思うレイであった。

 


 


 


 


 


 



 


 

 土日と祝日は、お休みします。

 毎日でも投稿したいのですが、間に合わないので。

 次回をお楽しみください。

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