75-夜のしじまは、大忙し
魔法医療院の裏口がコトリと開いた。
出て来たのは、屈強な身体の三人だった。囲まれるように、女性の姿が見えた。蘇芳会の魔法医師スカーレットであった。
「お嬢様、このまま、迷宮まで向かいます」
先頭の者が、背後のスカーレットに聞こえる程度に呟いた。
「ああ、よろしく頼む」
3人と1名は、闇に紛れるように、前に進んだ。堂々と道を進んでいても、この存在に、誰も気が付かない。これは、魔法なのであろうか。
それでも、可能な限り、陰を進む。まるで、月の光に当たると、魔法が解けると言わんばかりだった。
後には、誰もついて来ない。
蜂達以外は。
「あそこの家です」
4人は、指差す家に、忍び込むように入っていった。
中は、何も無い空間だった。まるで、隠れ家のようである。
奥にひとつだけ、扉があった。
開けると、洞穴に続いていた。
「この先に、迷宮へ入ることの出来る隠し通路がございます。そこより脱出の後、青の国へ向かいます」
「我々だけで大丈夫なのか、迷宮は」
「迎えが来ているはずですので、合流の後、青の国を目指します」
一緒に来た3人は、通路に隠していた鎧を取り出すと、装着した。横にあった大剣を腰に吊るすと、立て掛けてあった槍を手に取る。
「さあ、参りましょう」
前衛にふたり、後衛にひとりが、スカーレットを守るように進んで行く。
隠しスイッチでもあるのか、洞穴の上部に淡い光が点々と灯った。通り過ぎると、後ろは消えていくのである。ここは非常用ではなく、日常的に使用されているようだ。
洞穴を抜けると、砦のようなものがあった。
そこには、すでに小隊が待機していた。
「お待ちしておりました。蘇芳第二部隊隊長コカです。後ろに待機しているのが、ビエルになります。お見知り置きを」
「白の国では、どうやら失敗してしまったようです。もう一度出直しとなるでしょうが、青の国に報告を兼ねて戻るこことなりました。道中、よろしく頼みます」
「了解です、チーフ。この馬車にお乗りください。国までは我らがお守りいたします」
スカーレットは馬車に乗り込んだ。一度顔を出すと、共にここまでやって来た3人に対して、
「ここまで、ありがとう。また来る事になると思いますが、その時にはまた、よろしく頼みます」
そう言って、乗り込んだ。
蜂が馬車に取り付いた。
「よし、国に戻るぞ」
小隊は、国の方向に戻って行った。
「コカ隊長がきちんとお連れするだろうから、我らも、戻るとするか」
3人は、来た道を、今出て来た洞穴を戻って行った。
迷宮では、何が起こるか、わからない。通り慣れた洞穴とは言え、油断は出来なかった。
「ちょっと、遅かったようですね」
洞穴の奥から歩いて来る3人組に、レイは声を掛けた。
身構える3人組。
「何者だ、貴様らは」
「怪しいのは、そっちでしょう。迷宮に入る道を勝手に作ったなんて知ったら、女王様、怒るよ」
返事もなく、槍を突き出す3人組だった。レイは、ステップを踏んで躱すと、レイガンを放つ。
先頭の男が槍を回転させて、矢弾を防ぐ。
「結構なやり手さんみたいですね。ひとりでは、難しいかな。マリア、お願い」
横からマリアが飛び出して来た。
「ウオーター・ストリーム!」
勢いのついた水が、激流となって、流れる。押し流される3人組。
先程までいた砦まで、流されてしまった。ビショビショになりながらも、身構える。
「ここなら、大丈夫かな。出ておいで、アリス」
右に立つマリア。その反対側、左に立つアリスだった。
「レイとは久しぶりなの。おじさんの相手ばかりで、身体が鈍るなの。もっと、呼んで欲しいなの」
「すまないな。する事がいっぱいあって、相手する暇が無いんだよ。これからは、出来るだけ一緒にいようね」
赤くなるアリス。
「わ、わかったなの。出来るだけ、一緒にいてやるなの」
恥ずかしそうに、大剣をマジックバックから取り出した。服も、いつものメイド服では無くて、セーラー服だった。彼女なりの戦闘服である。
大剣を背中に背負うと、仁王立ちだった。
「あたしは、右を殺るなの」
言った瞬間に、斬りかかっていた。
槍の柄で受けると、
「お前みたいな、餓鬼を殺るのが、大好きなんだよ。もう少し広い所で、たっぷり楽しもうじゃないか。容赦しねえからよ」
アリス達は、剣を合わせたまま、右に移動していった。
「私は、左ですね。行くわよ、タイガ」
「わかりました、マリア様」
左の男にぶちかますタイガの上から、斬りかかるマリアだった。容赦ない攻撃である。
男は槍をふたつに折って、1本ずつ両手に持つ。2本は鎖で繋がっていた。タイガの爪は鎖で防ぎ、マリアの攻撃は折った槍で防いだ。こちらもまた、かなりのやり手のようだ。
「残り物には、福があるのか、なっと」
レイは、レイガンを放つ。
おそらく3人で最も強いと思われる男は、槍で、器用に弾を斬る。
「これは、通じないようですね」
レイは刀を取り出して、男と打ち合った。
相手は剛の剣であった。まともに打ち合えば、押し負けそうだ。
対して、レイは柔の剣であった。ふわりと受けると、高速で斬りかかる。
その繰り返しで合った。
「いい腕してるなの。その腕があれば、いい所に就職できるなの」
「就職ってのは、よくわからないが、言ってる事は何となくわかるぜ。でもな、腕だけじゃあ、駄目なんだよ。俺は、頭が悪いからな、綺麗な所には住めなかったのさ」
男は、槍にあるスイッチを押した。
反対からも刃先が飛び出て来た。
「俺は影牢組のツウと言うんだ。あの世に言って、この名前を広めてくれ」
ツウは、両刃の槍を回転させて、攻撃して来た。
アリスの大剣は弾かれて、ツウに届かなかった。それ程までに、回転に力があった。
ならばと、影に潜り、背後に出現する。が、ツウは、槍を回転させながら、身体も回転させる。円運動で、対応して来る。
「あのな、敵が目の前から消えると、次は後ろだと決まっている。お前の攻撃はバカ正直過ぎるぞ」
「お前って言うな。あたしは、アリスなの」
アリスは怒っていた。大剣をマジックバックに戻すと、剣を取り出した。漆黒の細身の剣だ。闇の力を纏った剣だ。丈夫だが、とても軽く、相手の力を吸収する能力がある。
「少しギアを上げるなの」
移動速度が上がり、その勢いのままに、切り付ける。漆黒の闇の力は、相手の力を奪い、弱体化させる。強度や能力が落ちるのだ。
ツウの槍の穂先が、斬られ、落ちた。
「問題ない」
片方の穂先が無いまま、回転を続ける。速度を上げるツウ。
アリスは躊躇い、動けずにいた。片方の穂先が無くなったというのに、速度が増すなど、考えられないのだ。片側しかないのだから、回し難くなるはずなのだから。
「どうした、かかって来ないのか。ならば、こちらから行くぞ」
ツウは、槍を円盤投げの如く、投擲した。
回転しながら、アリスに向かって、飛んで行く。
同時に、ツウが剣を抜いて、突っ込んできた。
アリスは、回転する槍に飛び乗って、自ら回転しながら、ブーメランの様に操って、ツウに攻撃した。
「う、う、目が回るなの」
ツウに槍が当たる寸前に、アリスは影に沈む。影は、何処にでも存在するのだ。
剣で、自分の槍をいなす。いや、叩き斬るが正解か。剣は真っ二つに分かれて、左右に飛んで行った。
「何処に行きやがった?」
最も見えにくい場所、足元から浮かび上がり、斬る。
逃げるように跳躍するツウだったが、一瞬遅れてしまった。右脚に剣が食い込んでしまう。
「グワッ」
片脚に力が入らなかったことで、転倒してしまう。ヤバい、と見回して、アリスを探すが。
転倒して、腹ばいになったことで、影が出来てしまったことに気付かない。
それは、最悪の刹那だった。
「グフッ」
ツウの腹から、剣が生えていた。
「だから、餓鬼は嫌いなんだ」
そのまま、うつ伏せのまま、伏して、起き上がることはなかった。
スリは、更に左側に移動した。
自分の攻撃範囲が広いためだ。他のふたりを巻き込まない為だ。持っている得物もそうだが、魔法も広範囲を得意とした。しかも、手に持つ得物は、振りでしかなかったのだ。
本当に、得意なのは魔法であった。
移動しながら、魔法を使っていた。
「グランド・ボム!」
魔法が発動したはずなのに、何も起きなかった。不発?
マリアはタイガと共に、スリを追った。
すると、タイガの足元が爆発した。瞬間、跳ねて逃げたが、着地すると再び、足元で爆発した。
降りた瞬間という事で、跳ねる事もできずに、直撃する。
「マリア様は、動いてはいけません。あなたに直撃すると怪我だけではすまないと思います。私には効かないから、心配は無用です」
ならば、マリアは、タイガの背に飛び移った。これなら、タイガには悪いが、私に直撃はないはずだ。
「汚い手を使いますね。困った人達だ」
「ふん」
タイガが口角を上げる。
「逃げる必要は無いのですよ」
タイガは走り出した。地上10センチくらいの所を。
「空は飛べなくても、これ位なら出来るのですよ」
スリに追い付くと、マリアが馬上ならぬ、虎上から斬りかかる。
「グランド・シールド!」
スリの前に、土の壁が迫り上がる。
タイガが爪で、斬り裂く。ボロボロに崩れるシールド。その先に、スリは既に居なかった。
「流石に、そう簡単には勝てませんか」
シールドを蹴った勢いを利用して、タイガは、ボムの範囲から外に跳躍した。
「マリア様、このままでは、勝負が付きませぬ。何か、策はないのですか?」
「ああ、一個見つけちゃった、作戦を。でも、少し危険かも」
ニタニタするマリア程、怖いものはないのだが。タイガは、それに気が付かない。
「それでは、その作戦で行きましょう」
「詳細聞かなくても、大丈夫?」
「どうせ、碌でも無い作戦でしょう。言うだけ無駄です」
「それじゃあ、私が先行するから、付いて来て。そして、最後に美味しいところ、持っていっちゃって。行くよー」
マリアは、駆けながら、広範囲に魔法を放つ。
「ファイア・ボム!」
「ファイア・ボム!」
「ファイア・ボム!」
何度も何度も、連発する。反応する地中の爆弾。至る所で、暴発している。
爆音と共に上がる爆煙が、辺り一面を白く染める。
何も見えない。
スイは、マズイと思い、爆煙から逃れようとするが、自分が何処にいるかもわからない。
下手に動くと、敵に近づく事になる。それは、絶対に不味いのだ。近接魔法は、得意ではないのだから。
「見つけたぞ」
タイガの鼻を舐めてはいけない。どれ程周囲が臭かろうが、煙たかろうが、真実の匂いを嗅ぐのは、得意であった。爆炎など、ものともしないのだ。
「サンダー・ブレイク!」
雷が、スイの右肩に、直撃する。
「ぐわー」
スイはそのまま、倒れ伏した。口から泡を吹いていた。髪も、服も、焦げて、ちぢれていた。
「呆気なかったね」
煙は消え、うつ伏せになったスイの姿だけが残っていた。
「マリア様が無茶をするからです。あれは、自殺行為ですぞ。肝が冷えましたよ」
「いいじゃない、買ったんだから」
マリアの顔は煤で真っ黒だった。
「お前らか、お嬢の邪魔をしていたのは」
「邪魔かどうかは、知らないよ。悪いことをしているのは、そっちだからね」
ワンは、先程までに剣を投擲すると、双剣を取り出した。
剣は凄いスピードで飛んで来た。横にずれてかわすと、双剣が襲ってくる。右から左から、流れるような太刀筋であった。
先ほどは剛の剣の使い手かと思っていたが、本当は柔の剣の使い手であったようだ。
剣がまるで、踊ってでもいるかの如く流れるように、レイに向かってくる。ごつい身体が、揺らいでは動き続ける。止まることのない動きに翻弄される。
かわしているようで、微かに斬られ続ているようだ。傷が増え、血が垂れる。
「その道のプロはプロだなあ。剣の軌跡さえ見えない」
レイガンで対応していたが、剣に追いつかない。
レイは、太刀筋の方向に、弾を撃つ。剣が見えなければ見える様にすればよかった。
ワンは斬りかかるたびに、矢弾を撃たれて、それを斬る。斬らねば、矢弾が飛んで来るのだ。イラッとしていた。攻め込めない。剣より、弾の方が早いのである。
「このままだとジリ貧だなあ。まだ改良中だから、あまり使いたくなかったんだけどね」
レイはレイガンを一度仕舞うと、違うタイプのガンを取り出した。
再び、矢弾を撃ち出しつつ、新しいレイガンに魔素を充電する。
充電完了の合図は、レイガンの上部が点滅し、点灯した時だ。試験中なので、フル充電はされていなかったし、どれくらいの出力があるのかも、まだ不明であった。
「そろそろ頃合いです。ただし、逃げられると困るのですが」
矢弾を連発する。そこには、必ず奴がいた。
レイガンの新しい力を放つ。
ガン先から放たれたのは、光であった。
自分の光の力を取り入れたのだ。
放たれた光は、ワンの双剣を砕いて、ワンの身体を貫く。
「凄えな、お前ら。どうやら皆、倒された様だ」
ワンは首筋に注射をする。
「魔人化か?」
レイは、身構えた。何が起きるか、わからないからだ」
ワンの身体、急激に膨らむ。筋肉の化け物である。
「使いたくはなかったが、仲間を見捨てる訳にはいかないのでな」
そう言うと、ワンは、倒れているふたりを両手で抱えて、大跳躍を見せて、迷宮の奥深くに消えて行った。
「まさか、逃げる為に、薬を使うなんて、隙を突かれたなあ。あれでは、ビー達も追い付けそうにないか。怪我人がいるから、そう遠くには行ってないと思うけど、ここみたいな抜け穴があるのかもしれないな」
「ああ、逃げられちゃったなの」
「私は疲れました。まだまだ弱い自分に苛立ちますね」
タイガをモフリながら、アリスは言った。
「みんな、無事だったんだし、とりあえず帰ろうか」
そう言って、3人は来た道を戻るのだった。
この場所のことは、女王に伝えておく必要があった。また、女王に報告に行かなければと思うレイであった。
土日と祝日は、お休みします。
毎日でも投稿したいのですが、間に合わないので。
次回をお楽しみください。




