74-帰還
目が覚めると、スノウはベッドの上に居た。
おそらく天空城のレイのベッドであろうと思われる。
思考が、まだ落ち着かない。
何故、ここにいるのか、思い出せないでいた。
「もしかして、レイ様と一夜を共にしたのかしら?」
そう呟くと、頭を叩かれた。
よく見ると、横にサリーが居た。
「サリー、何故、私は、こんなところにいるの?」
「お腹に剣を刺されて帰って来られました。何処かで、男にちょっかいを出して、刺されたのではありませんか?」
サリーは不気味に笑っていた。
「刺された?」
「ええ、お腹を。おそらく、背後からでしょうね」
「背後から・・・」
「レイ様の回復薬を掛けましたので、傷はありませんが、血を流し過ぎているようです」
「・・・今日は何日?あれから、何日経ったの?」
「大丈夫ですよ。昨日の今日です。一日しか、経っていませんよ」
「アンデ達は、どうしてるの?」
やっと頭が冴えて来たようだ。
「まだルイーズ領です。宿で、ゆっくりしているようですよ」
それを聞いて、安心するスノウだった。
「蘇芳会は、どうなりましたか?」
「普通に営業している様ですよ。ただし、女性の医師の方は、行方不明ですが。サウス達が行方を追っているようです。彼らに、お礼を言っといてくださいね。彼らからの連絡が早かったから、助かったのですから」
「ええ、わかったわ。早めにお礼を言っておきます」
「それが、よろしいかと」
「サリーも、ありがとうね」
サリーは何も言わない。
「御主人様に、レイ様が目を覚ました事を伝えて来ますね。かなり、お怒りでしたから・・・大変かと」
それだけ言うと、扉を開けて、サリーは部屋から出て行った。
「あーあ、怒られるよね」
スノウは憂鬱で、頭が痛くなっていた。自業自得だから、仕方がないだけれど。
「目が覚めたんだって?」
何だか、とても優しいレイ様だった。
「傷は残らないと思うけど、今は血が足りないと思うから、じゃんじゃん食べてね。もっと持ってこさそうか」
スノウはベッドに腰掛けて、目の前の食事を食べようか、どうしようか、悩んでいるところだった。寝起きで、食べられそうにないのもあるが、まだ胃が活動していなかったのだ。
「悩んでも駄目だよ。早く食べなさい。食べないのなら、アンデ王女の所には、俺が行こうかな。今は、ひとりにさせられないからね」
今は、アンデとレイ様を二人っきりにさせる方が、絶対にヤバい。食べよ。無理してでも食べなくちゃ。飛行機だって、一晩あれば、治るはず。私だって、治してみせるわ。ばっちゃんの名にかけて。
「頑張って、食べますわ」
スノウはテーブルの上の料理を、ひたすら口に入れていた。
「双頭ゴリラの肉片で、何かわかったかい」
「あの回復薬と同じ成分が出ました。回復薬を注射して、見た目が変わったそうですから、やはり原因はあの薬かと。ただ、気になる点がひとつ」
「気になる点?」
「はい。双頭ゴリラと、あの魔人達の体内成分が、異なる点です」
「出所が、もうひとつ、あるって事?」
「はい、似てはいますが、違うものかと」
「とりあえず、蘇芳会絡みを調査するしかないかな。色んなことが起こり過ぎだなあ。あー、いつになったら解決するんだか」
「焦っても、仕方ありませんよ、御主人様」
「そうだな。スノウが無事だっただけでも、良しとするかな」
「明日から、アンデ王女の元に戻るみたいです」
「責任感が強いからなあ」
ため息をつく。
「そこが、スノウ様の良いところですよ、御主人様」
「何だか、険がある言い方に聞こえるけど」
「気のせいですよ」
「まだ少し疲労感がありますが、ちゃんとしなければ駄目ですね。この前みたいなミスは、命取りになりますから」
宿に着くと、アンデ王女一行は準備を済ませて、宿主に挨拶をしている所だった。
「遅くなりました。帰りも、よろしくお願いいたします」
スノウは隊長とあるで王女に挨拶すると、馬車に乗り込んだ。来た時と同じだけの馬車があった。この街でのことは、全て終わったようだ。後のことは、ビー達に任せておけば、近いうちに真実がわかるだろう。
「視察も、うまくいきました。後は、王都に戻り、女王様に御挨拶をしましたら、青の国に戻るだけですね」
アンデが、安堵の表情で言った。
「アンデは、迷宮を戻らなければ、なりませんから、まだ安心は出来ませんよ」
スノウは、周囲の警戒をしながら、そう答えた。
「心配性ですね、スノウは。私は、何度も迷宮を行き来していますので、そこまでの不安はありません」
「それなら、よろしいのですが」
逃げられた敵の行方が、心配なのだと、言えるわけもなく、スノウは外を見つめるだけだった。
「ようやくここまで来ましたね。明日の昼過ぎくらいには、王都に着くと思います」
隊長は、安堵の溜息を吐いた。視察団で、もっとも大変なのだから、仕方ない事だろう。
「明日は宿に泊まれますね。外は虫が多いから、嫌になりますよ」
隊長は虫がお嫌いなようだ。
焚き火を囲みながら、最後の夜を過ごすのだった。折りたたみの椅子に座って、焚き火を見つめる。
「王都に戻ったら、レイ様にお会い出来る機会があると、良いのですが」
アンデが呟いた。
「会える機会を作りましょうか?レイ様も、隣の国のことが気になるみたいですよ」
この国の滞在も残り少ないだろうからと、会う機会を作っても良いかなと、スノウは考えていた。
「気楽に、テレフォン、使ってみても良いと思いますよ」
「そうでしょうか?」
笑顔で、二人の様子を見る隊長も、やっと落ち着けるとほっとしている。団員も疲れただろうから、少し長い休みを取ったら、国に帰ろうと考えていた。
「さて、私はお先に寝る事にします。明日は、そこまで早く出かけませんので、ゆっくりしてください。おやすみなさい」
そう言って、隊長は自分の馬車に戻ろうとした所で、スノウが呼び止める。
「隊長、少しお話があるのですが、お時間いただけますか?」
「ええ、構いませんよ」
隊長は、椅子に座り直した。
「それでは、私はお先に失礼いたします」
アンデが、気を使ったのか、先に馬車に戻って行った。
「お話の前に、魔法を掛けさせてください」
辺りを見ながら、スノウは言った。
「サイレント・スペース!」
周囲に粉が舞った。空間を固定して、音が漏れないようにしたようだ。
「これで、誰にも聞かれないと思います」
隊長は驚いていた。
「これは、どういうことですか?」
「急に申し訳ありません。実は、帰りの人数が増えているようなんです」
「増えてる?」
「ええ、この子が教えてくれました」
スノウの手のひらにいたのは、蜂だった。
「蜂が、何を教えてくれたと言うのですか?」
何のことか、わからない隊長は、不思議そうだ。
「この子は、私達の仲間なんです。それで、行きも帰りも周囲の探索してもらっていたのです。虫がいたのは、この子達です。沢山いますから」
「探索の結果が、良くないと?」
「ええ、ある一台の馬車の中に女性がひとり、増えていると言うのです。蘇芳会絡みの馬車に」
「彼らには、いつも同行してもらっているのです。何かあった時に、治療してもらうために。今回は、ルイーズ領に支部があるので、それの視察を兼ねたいがどうかと言われて、許可していたのです」
隊長は顎に手を当てて、考え込んでいた。
「そちらの国のことはわかりませんが、こちらの国で何やらコソコソと、されている様で、どうやらその中のひとりが、国に帰ろうとしているようです」
「捕まえましょうか?」
立ち上がり掛けた隊長を、手で制して、座らせた。
「ここでは、やめておきましょう。何か事を起こされて、アンデに何かあっても困りますから」
スノウはビーの頭を撫でていた。
「王都に帰ったら、向こうが動く可能性がありますので、ひと言話しておこうかと思いまして。その時には、アンデを連れて、直ぐに逃げてください。こちらで、対処します。すでに、仲間に王都に集まるように連絡を入れています」
「わかりました。気に留めておく事にいたします。しかし、貴方は本当に勇者ではないのですか?」
隊長のいう事ももっともだが、スノウは勇者ではない。それだけは、間違いない。勇者は、レイ様のことではないのかと、そう思うスノウであった。
「それでは、後一日ですが、何事もないことを祈りましょう」
スノウは手を叩いて、魔法を解除すると、馬車に戻っていった。
隊長もまた、後を追うように、馬車に戻ったのだった。
夜が更ける。
星々は、明日起こるであろう出来事を、じっと見つめるだけであった。何も出来ないのだから、ただ瞬き、祈るだけであった。
何事もなく、視察団は馬車を進めていた。
もうそこに、王都の南門が見えていた。
何事もなく、ここまで来れたのだ。隊長は、ほっとしていた。
南門から、騎士団が出て来た。
馬に乗った兵士だろうか、一騎だけが騎士団から飛び出して、駆けてきた。
瞬く間に、近づいて来ると、隊長の馬車の前で、停まる。
「我は、白の騎士団代表、ジェームズ侯爵である。出迎えに、参りました。使節団代表は、どちらか」
先頭の馬車から、隊長が姿をみせた。
「出迎え、ご苦労様でございます。無事、ルイージ領より、戻って参りました」
馬から降りて、ジェームズ侯爵は、使節団隊長と握手を交わした。
スノウは窓から首を出して、様子を窺っていた。
「おお、スノウ様も、いらっしゃいましたか。女王がお待ちです。このまま、白の城まで参りましょう。私が先導いたします」
先頭をジェームズ侯爵が行き、その後を追うように、使節団が続いた。そして、両脇を囲むようにして、騎士団が続いた。
南門を入ると、街中の人が左右に分かれて、見守っていた。
声を上げ、声援する者もいた。何事かと、キョロキョロする者は、この行列の意味を知らない者なのであろう。不思議そうな顔をしている。
隣の人に、理由を聞く者は、青の国の住人であることに、驚いている。迷宮のことをよく知らない者が多いのだ。
「皆さん、喜んでくれているようで、嬉しくなります。この国に来て、良かったですね。また、来年、来れると良いのですが」
「国の方で、何かあるのですか?」
毎年来られているアンデ王女に代わるものなど、そうそう居ないだろう。まして、迷宮を越えるなど、恐怖でしかないのだから。
「婚約の話が出ているものですから、それが決まるようなら、来年は難しいかと」
アンデの顔が青白く見えるのは、気のせいだろうか。他の国のことまで、わからないので、どう答えて良いか、わからないのだ。
「そうですか」
顔を見る限り、あまり良い話ではないのだろう。アンデ自身が喜んでいないのが、その証拠であろう。
「お城が見えて参りました。このまま、進んで行きましょう」
侯爵は、あと少しである事を強調した。疲れているであろうが、途中で泊まる訳にはいかないので、先を急ぐのであった。
城に辿り着いた頃には、夕暮れが迫っていた。何とか、夜のなるのは免れたようだ。
馬車は入り口脇の広場に停車する。馬達は、騎士団で面倒をみてくれるようだ。全員、一度降りて、整列する。
すると、蘇芳会の関係者が、隊長に近寄って来た。
「隊長殿、我々はまだする事が残っているので、ここで一時離れる事としたい。戻る際には、合流するので、何かあれば、王都にある魔法医療院の本部まで連絡を入れてもらえると、助かる。よろしくお願いする」
馬車の中に、余分が存在している以上、ここで別行動を取るしかなかったのだ。いや、おそらくは予定の行動だったのかもしれない。
「わかりました。出発予定が決まり次第、御一報をいれさせていただきます」
話がまとまると、医療関係の馬車2台は、そのまま、来た道を戻って行った。
「何かありましたかな?」
侯爵が尋ねた。
「いえ、あの者達は、王都の医療院で、仕事が残っているらしく、戻って行きました。予定のうちのひとつですので、問題ないかと」
「それなら、良いが。それでは、参りましょうか」
侯爵は、スノウの方をチラリと見ると、軽く頷いてた。
この後のことは、任せろと言うう事だろう。予定通りだ。
王都でのことは、レイに任せているので、スノウは侯爵について行くだけだった。アンデに何かあった時のための警備みたいなものだった。
王都は、我々の庭である。好き勝手はさせない。
「さて、俺は王都の屋敷で、吉報を待ちますか」
サリーに頼んで、屋敷に送ってもらった。
時間は遅いので、お店の方は、すでに閉まっていた。
屋敷戻ると、アンバーとパールがやって来た。
「おかえりなさい、マスター」
「こっちの様子は、どうかな?色んな事があり過ぎて、あまりこっちに顔を出せていないので、申し訳ないが、上手く行ってるのだろうか」
「ご心配には及びません。お店の方も売上が上がっていますし、ダンジョンの農地も睦月達が頑張っているお陰で、沢山収穫できているようです」
アンバーの説明に、ほっとしていた。
「子供達も頑張って、作物を育てております。もう少しで、売りに出せるかと。子供達は楽しみにしているようでございます」
パールが子供達の面倒を見てくれているようだ。
「それは良かった。そろそろ、子供達にお店を任せても大丈夫そうだな。何を売り出すか、本気で考える頃合いみたいだな」
「ただ、子ども達の中には、冒険者に憧れている者も出始めました。対応に困っている所です。院長も頭を悩ませているみたいです」
「そろそろだとは思っていたよ。ダンジョンがどんな所か、体験させてみても、いい頃では無いかな。モールに言って、用意させよう。クラウン達に面倒を見て貰ってもいいだろう。タダ働きは可哀想だから、依頼という形ではどうかな。今度、聞いてみよう」
今夜が無事に過ごせたならば、子供達に聞いてみよう。
夜が更けていく。
闇に紛れて、蠢くもの達。
次回に、続きます。




