71-迷宮から来た姫君
「そう言えば、そろそろ来る頃じゃのう」
クイーンチェアに腰掛けて、女王は呟いた。
「そうでございますな。青の国の使節団が、到着する頃ですな」
この世界は、女神のいかりにより、大地が5つに裂け、それぞれが独立した国家を営んでいる。
海は荒れ、凶悪な海竜が出没し、各国がそれぞれ行き来出来ない程であった。それは、海ではと言う話だけではない。この世界には、空を飛ぶ魔法はないのだ。嫌、無くなったというべきか。そういう理由で、空からも海からも難しいのだ。
だからと言って、行き来が出来ないわけではない。国々は迷宮によって、繋がっているのだ。もちろん、迷宮もダンジョン同様に魔物が出現する。ただし、何も残さない。肉も、皮も、魔石もだ。
だから、冒険者は嫌がる。
その迷宮を使って、年に一度使節団が訪れる。勿論、白の国からも年に一度使節団を送るのではあるが、重なる事のないように、半年ほどずらしてある。
この時期は、隣の国の使節団が来るのだった。
どうやら、それが、もう3日程で到着するらしいのだ。
「先日、女王様にご報告したと思いますが」
「ええ、そうなの。でも、まあ、任せるわ」
女王は相変わらずである。実際、魔人の事や回復薬の事で、それどころではないのだ。四天王に任せておけば大丈夫だろうと、思っていたのは事実である。
「開門いたします」
迷宮へと続く道の巨大な門が開かれた。門へと続く通路の左右には、騎士団と魔術団が並んでいた。
開かれた門から、青の国の使節団が姿を現した。
使節団隊長を先頭に、50名の団員が出て来る。その中には、青の国の第二王女の姿もあった。左右に警護が付いている。
青色の鎧に包まれた者達が、後に続く。連携が取れて行進しているため、見る者に威圧感を与える。一糸乱れぬ足音が恐怖さえ感じさせる。
全員が門から出ると、巨大な門は閉じられた。
許可さえ取れば、誰でも入る事は可能だ。そのための通常の門も付いていた。勝手口といった感じか。
時折、魔物が出ようとする事があるため、こう言った造りになっている。
用もなく入る輩など、滅多にいない。通常のダンジョンより、魔物が強力だからだった。しかも、魔石は勿論肉ひとつ持ち帰れないのだ。迷宮の魔物は死ぬと溶けて、迷宮に取り込まれる。
だから、用もなく、入る者はいない。
「遠い所、良くぞいらっしゃいました。歓迎いたします」
「お出迎え、ありがとうございます。今回も無事に着くことが出来ました」
王女が代表で、挨拶をする。
「お城の方で、白の女王がお待ちです。表に馬車をご用意しておりますので、一緒に参りましょう」
ルイーズ伯爵が誘導する。とは言え、いつもと同じであった。毎年、何も変わらない。
「如何ですかな、我が白の国は。今年は穀物の出来も良く、豊穣でございます」
「それは、喜ばしい事ですね。ん?あれは、何の行列ですか?」
王女は馬車の窓から見える景色に、驚きを隠せなかった。自分の国では、あんなに行列が並ぶ事はないからだ。本当に珍しい光景なのだ。
「あれは、レイという冒険者が立ち上げた店に来ている客です。野菜や果物をメインで売っているようです。凄く美味しいらしいです。とは言え、貴族の食べるものでは無いかと」
店の前に、ひとりの青年がいた。店の店員と、何か話をしているようだ。もしかすると、あれが、レイと言う人物だろうか。
そんなことを考えていると、青年がふいに、こちらを向いた。
今、目が、合った?
青年はこちらを向いて、会釈をしている。私も、軽く手を振ってみた。
それに気づいたのか、笑顔が浮かんでいた。
しかも、肩に何か乗っている?もしかすると、あれは、妖精?この国には、妖精が居るのか。
会ってみたい。私は、あのレイという人物と会って、話がしたい。
不思議な感覚だった。
「王女様、お久しぶりですな」
白の女王は、笑顔で迎えてくれた。
「1年ぶりでしょうか?私以外、迷宮に入ろうとしなものですから、結局私が、こちらに伺う事になりました。迷宮も慣れれば、そんなに怖い場所ではないのですが」
「それは、王女様だけですよ。やはり迷宮は怖い所なのです」
「私が変わっているのでしょうか?」
「そんな事はありませんよ。世の中には、もっと変わった人が居ますからね」
「そんなに変わっているのですか?」
「ええ、ダンジョンマスターが、友達だと言うくらいにね」
「えっ」
言葉を失う王女だった。
「ああ、忘れてください。最近、問題ばかり起こすものですから、つい、愚痴が出てしまいました」
「問題ですか?」
「ええ、大問題です」
「女王様、その話は、ここでは」
宰相のナポリオンが、小声で、小言を言った。
「すまぬ。不要なことを言ってしまったようだ。話を変えましょう」
その後、国の状況を話し合い、相互協力をしていく事で、話はまとまった。
後は、領都のひとつを見学したいようだ。国都だけでは、参考にならないらしい。一応、南東にあるルイーズ領を見学する事で、話がまとまった。国都で、2、3日英気を養ってから、出かけるそうだ。
度々、こちらに来れる訳でも無いので、今のうちに、色々と観てもらうらしい。上手く話もまとまって、ひと段落である。
宰相も、何とか会議を終えることが出来て、ホッとしているようだ。
「それでは、皆様、食堂の方に移動しまして、簡単なお食事をご用意いたしております。御移動をお願いいたします。夜には、国を挙げての歓迎会を行いますので、食べ過ぎぬようにしてくださいませ。我が国の料理は美味いですから、難しいと思いますが」
宰相は得意げに話す。
「何だ、このスープは。野菜の旨味が見事に引き出されているではないですか。美味過ぎる」
普段は無口な使節団隊長が、言葉を零す。
「あら、いつもは無口な隊長が珍しいですね。余程美味しかったのでしょうね」
そう言いながら、アンデ王女もスープを口に運んだ。
「何、これ。美味し過ぎます。何か、珍しい調味料でも入っているのでしょうか?」
「残念じゃが、正真正銘、野菜の旨味じゃ。美味しかろう。この野菜を食べると、他のものは食べたくなくなるレベルじゃ。アンデ王女は、そう思わんか」
食通で有名な白の女王が、そこまで褒めるとは、考えられないことであった。
「女王様は、いつもこの野菜を食していらっしゃるのですか?」
「否、偶にじゃ。売れ過ぎて、手に入らんのじゃ」
ワゴンに載ったサラダが運ばれて来た。色とりどりの野菜が載っている。
「そのサラダも旨いぞ。野菜の旨味が、身体中に染み渡るぞ」
女王に薦められて、小さな赤い実を食べてみた。
その実を齧ると、口の中で、弾けて、果汁が口いっぱいに広がる。食べているのに、涎が溢れるようだ。これは、溜まらない。
「女王様、この野菜を持ち帰ることは可能でございましょうか?」
アンデ王女は、何としても自分の国に持ち帰りたかったのだ。
「どうかのう。今日の日のために、用意してもらったものじゃからな。王女に、渡すほどの余裕があるかのう」
「何卒、よろしくお願いいたします」
「そう言われてものう。仕方ない、聞いてみよう」
女王はポケットから、テレフォンを取り出して、レイを呼び出した。
(珍しいですね、女王様から連絡なんて)
「実はのう。隣の国から使節団が来ておっての。お前の所の野菜や果実が欲しいというのじゃが、どうかのう」
(それを聞いたら、睦月も喜ぶと思いますよ。早速、用意して、お持ちいたしましょう)
「それは、ありがたい。よろしく頼む」
そう言って、切ると、ポケットにテレフォンを仕舞った。
「あとで、持って来てくれるそうじゃぞ。良かったのう」
アンデ王女は、女王のポケットを見つめていた。
「今のは、何でしょうか?」
目を見開いて、驚いているようだ、
「これは、テレフォンというものじゃ。遠くの者と話が出来るのじゃ」
「白の国には、そのテレフォンなるものが、通常装備として、沢山の方がお持ちになっているのでしょうか?」
「嫌々、これは、この国に10台しかないはずじゃ。そかも、レイの関係者しか、持っておらん。台数に限度があると、言っておったぞ」
「それほどのものですか、そのテレ・・・テレフォンなるものは」
「私にもよくわからん。レイが、色々とおかしいだけじゃ」
私も欲しいと思うアンデであった。
「メインディッシュをお持ちいたしました」
メイドがワゴンに載せて持ってきたのは、ハンバーグとステーキのセットであった。ひとつひとつが、とても大きい。甘酸っぱい香りと、ステーキの香ばしい匂いだけで、お腹いっぱいになりそうである。
「何ですか、この料理は」
「ステーキは知っておろう。楕円で焦げ目の付いたミンチ肉のかたまりは、ハンバーグと言ってな、最近では主流となっておる」
ハンバーグをひと切れ切ると、女王は口に運んだ。ソースが垂れそうになって、つい、顔を近づけて、舐めてしまった。零すには、勿体ないのだ。
アンデ王女も、一口、フォークに載せて、口に運ぶ。
美味い。美味過ぎて、両手で顔を挟んでしまった。
「このハンバーグなるものの、レシピを教えていただけませんか?」
「問題なかろう。後で料理長に聞くがよい」
「ありがとうございます」
よく見ると、隊長も、それ以外のお供達も、ただ黙々と食べていた。
なかには、お代わりを頼む者もいた。
おそらく数に限るがあるはずだ。その後、黙々と食べるアンデ王女だった。
「ついつい食べ過ぎてしまいました。女王様は、あまりお食べにならなかったようですが、体調でも優れないのですか?」
ニヤリと笑う白の女王。
メイドが、テーブルの上を片付けると、そこに白い塊を持ってきた。一緒に飲み物を添えてあった。
白い塊を切り分けると、全員の前にひとつずつ置いて行った。
「本日のデザートは、イチゴのショートケーキになります」
白の女王が一番に、スプーンですくって、口に入れる。何て嬉しそうな顔をするのだろうか。
アンデ王女は、食べ過ぎて、ぷくりと出たお腹を擦りながら、一口食べてみる。
「何ですの、これは」
今日一番の声であった。
「旨いじゃろ」
女王様がニシシと笑っていた。
お腹がいっぱいなのに食べれるなんて、どうしたことでしょう。
「デザートは、別腹なのじゃよ」
女王様は、食べながら、美味しいデザートの本質を物語っていた。
「言っとくが、それも、レイのレシピじゃからな」
レイとはいったい何者なのでしょうか。気になって仕方ない、アンデ王女だった。
「女王様、野菜と果実をお持ちしました」
執務室で、俺は女王と会っていた。
「青の国の王女が、ハンバーグとイチゴのショートケーキのレシピを欲しがっておるのじゃが、問題ないかのう」
「女王様さえ良ければ、問題ないかと」
「わかった。そうさせてもらおう」
「それなら、このマジックバックを渡してください。イチゴのショートケーキがホールで5個が入っておりますので、その中に野菜と果実も入れて持って帰ってもらえれば、美味しく食べられると思います」
「良いのか、そんな高価なもの」
「この部屋程度しか、物が入らないので、問題ありません。俺達は、この大きさでは内容量が全然足りないので」
「相変わらず、規格外じゃな。わかった、そう伝えておこう」
トントン。
「何じゃ」
扉の外に声を掛ける。
「アンデ王女様が、どうしても、レイ様にお会いしたと言われまして・・・」
「構いませんよ」
俺は、頷いておいた。
「入れ」
女王が許可した。
扉が開いて、アンデ王女が入って来た。
「御無礼を承知で、来させていただきました」
カーテシーをする王女は、綺麗な方であった。動作は優雅であり、気品ある笑みが印象的であった。
「そこにおるのが、噂のレイじゃ。ボケッとしてないで、お主も挨拶せんか」
「私が、レイと申します。何卒、記憶の端にでも残していただけると幸いです」
俺は、一礼した。
「それで、王女よ、何用かの」
「野菜の件とレシピの件をお願いいたしたくて、参った次第でございます」
「それなら、このマジックバックに入っておるので、忘れずに持って帰るようにな。シュートケーキも入っておるらしい。良かったのう」
女王に手渡されて、王女は大事そうにマジックバックを抱えた。
「それと・・・」
「まだ何かあるのかい」
「あの、あのテレフォンなる物を、私にも頂けないかと思いまして」
「アンデ王女よ、お主は何を言っとるのか、わかっておるのか。これは、世間でいう、企業秘密に該当するものじゃぞ。わかっておるのか」
「も、申し訳ございません。言い過ぎてしまいました」
自分でも不味いと思ったのか、俯いてしまった。
「女王様さえ良ければ、渡しても良いかと」
「何か企みがあるようじゃな」
女王に理由を黙っておくわけにもいかないか。
「何処まで繋がるか、調査したいのです。海を越えても、繋げる事が可能なのかを知る、よい機会かと思いまして。如何でしょうか、女王様」
「好きにせい。お前の技術じゃ、お前のしたいようにすれば良い」
「ありがとうございます」
アンデ王女は、ふたりのやり取りを聞いていて、呆然としてしまった。そこまで、考えていなかったのだ。ただ、レイと話をしたかっただけなのだ。
「それでは、このテレフォンをお持ちください。使い方は・・・・・」
「いつでも、好きな時に連絡してもらっても、大丈夫ですよ。ただ、先程お話した通り、国に戻られましたら、繋がらない可能性もありますので、その時には御勘弁願いますね」
「わかりました」
王女は自分のマジックバックに仕舞うと、一礼して、部屋から出て行った。もちろん、手には、野菜の入ったマジックバックを持ってである。
「良かったのか」
「ええ、問題ありませんし、海の向こうでも繋がるのか、知りかったのも事実です。ですから、凄い楽しみなのです」
「まあ、いい。それより、何があった。話があって、来たのであろう」
流石に女王である。もうバレていた。
「実は、また魔人が現れました。以前とは、タイプの違う魔人です。しかも、強力で凶悪です。うちのマリアがやられました。命に別状はないのですが、今度会うことがあれば、ヤバいです。マリアが強くなるにも限界がありますので、今、策を練っているところです。場合によっては、ジェームズ侯爵にもお手伝いをお願いするかもしれません」
「それは構わんが。街中にでも現れたら、大惨事だのう」
「ええ」
俺は、みんなに天空城のことを話そうかと思っている。と言うか、全員に、バトルスーツを用意しとかないと、まずい気がしている。
あの様子だと、すぐには現れないと思うが、心配である。
「レイよ、この国を頼む。お前に頼む事ではないのは、わかっておるが、頼りはお前達だけなのだ」
立ち上がって、頭を下げる白の女王であった。
「出来る限りのことはさせてもらうから、頭を上げてくれ」
俺は、女王と固い握手をした。
いい方向に進めば良いのだが。そう思わずにはいられなかった。
青の国は、どんな国なのか。
気になるレイであった。
気にしつつ、次回に進む。




