69-裏切りのダンジョン
「このまま、撤退するのですかい」
クーガーだった。悔しそうに、歯を食いしばる。
「蜂の魔物さえ、何とか出来ればなあ」
クワトロも、前進したいようだ。
「私は、もうこの先に進みたく無い。これ以上、酷い目にあいたくないよ」
回復したとは言え、酷い目にあったクミンは、撤退したくてしょうがないようだ。
「お前だけ、この場に残るか。俺達は前進するぞ」
リーダーは、クミンに向かって言った。
クミンは唇を嚙みしめるだけだった。
「決定だな。リーダーに従うべきだろう」
ブリザは、当たり前のように、リーダーに賛成する。
「ひとりで残るのは嫌だよ。私もついて行くわ」
涙目で、クミンは渋々了解した。ひとり残されても、どうにもならない。S級とは言え、ひとりでは無理であった。リーダーであれば、ひとりでも何とか出来るかもしれないが。
「作戦は?」
ブリザが、ニヤけながら言った。変な奴である。
「燃やす」
リーダーの口から出たのは、そのひと言だけだった。
「おいおい、まさか森を燃やすって言うんじゃないだろうな」
考えも付かない作戦に、クワトロは驚いていた。
「その通りだ。森が無きゃあ、蜂どもも寄って来ないだろうよ」
無茶をいうリーダーであった。パーティメンバー全員が、そう思った。だが、ブリザだけは、ニヤついていた。本当のリーダーを知っているのだから。
「クワトロ、魔法で燃やし尽くせ」
「いいのか、リーダー」
クワトロは一度だけ確認した。
「ああ、徹底的にやれ」
リーダーの冷たい言葉を合図に。魔法の詠唱を始める。
「ファイア・ハリケーン!」
「ファイア・ハリケーン!」
大技の連発である。
強大な竜巻が、階層中に広がって行く。木々を燃やすだけでなく、大木を根こそぎ倒していく。
風に煽られ、炎が天高く上がって行く。山火事ならぬ、森林火事であった。消える気配は無く、森中に炎が広がって行く。
リーダーは、煙を風魔法で左右に分けながら、前進した。
「俺の後について来い。離れると、煙に巻かれるぞ」
パーティメンバーは、リーダーから離れない様に、付いて行った。クミンは、リーダーの真後ろから、離れようとしなかった。
この階層の半分くらいは、来ただろうか。炎は消えて、煙だけが充満している。
蜂どころか、魔物が一匹たりともいなかった。
「ざまあみろだ。あれだけの炎なら、何もかもが燃え尽きちゃってるよ。もっと、もっと、燃えちまえ」
クーガーは、手を叩いて、喜んでいた。
「下の階は、クーガー、頼む。クワトロは一度休ませる。無理なら、クミンも手伝え」
「わかった。ただし、俺の魔法は、クワトロほど強力じゃないからな。ひとりじゃ無理だ。クミン、手伝えよ」
下の階層に行く洞穴まで到達した。
様子を見ながら、ゆっくりと降りていく。
「よし、クーガー、頼む」
階段を抜けた所で、リーダーが指示した。
クミンを隣に連れて、先頭に立つと、
「ファイア・ボール!」
「ファイア・ボール!」
両手を突き出すようにして、連発で、魔法を放つ。
森に火が付き、燃え広がる。
「ウインド・ストーム!」
クミンの魔法が、火種を舞い上がらせると、雪でも降るように降りて来ながら、他も燃やしていく。
外であれば、大惨事である。しかも、他の冒険者がいないかと、その心配さえしないのだ。ここまで到達できる冒険者など居ない。自分達以上の冒険者など居ないという自負である。
暫く、待って。
再び、前進を開始する。
当然。魔物は出て来ない。先程の炎で、燃えてしまっているだろう、普通なら。
ここは、普通のダンジョンではない。レイたちの入れ知恵で、強化しているダンジョンだ。このまま進めるのだろうか。そんな事とは知らず、クラウスのパーティは前進する。
「この階は、同じ作戦が使えないわね」
階段を降りて、目の前は、湖だった。湖のほとりに道が見えるが、そこを移動するしかないようだ。燃えるようなものは、一切なかった。
池と湖の違いはいろいろあるが、ひとつには水深だそうだ。
湖は水深が深く植物が生えないため、湖岸にしか植物は生息しないらしい。
ここは異世界であるから、違いはあるだろうが。湖岸を回るしか方法はないのは、異世界と言えど、同じだろう。
「右回りで、湖岸を回るぞ。湖から魔物が出て来ないか注意しつつ、陸地も危険がないか、よく見ておけ」
リーダーを先頭に、クミンとクーガーは湖側、ブリザとクワトロは陸側を歩いた。
特別何かが起きるわけでもなく、四分の一くらいは進んだだろうか。風も何もなく、湖面も揺らぎさえしなかった。
「うん?」
「どうした、クミン?」
クミンは、自分の足元を見ていた。
「クーガー、水が増えてない?さっきまで地面を歩いていたはずなのに、足元まで水が来てる気がする」
「気のせいじゃないのか?」
「道の端に沿って歩いていたはずだもん。足元が濡れてるなんて、変だよ」
クミンに言われて、クーガーも足元を確認した。確かに、自分の足も濡れていた。
「リーダー、クミンの言うように水が増えてるぞ」
リーダーは、左を歩いていたはずの二人が、左を見ても視界に入らない。自分の後方に寄って来ていることに気づいた。
「お前たち、走るぞ」
リーダーの言葉に、一斉に走り出すパーティだった。
すると、水の量が一気に増え始めた。森寄りを一列に走るパーティ。しかし、水量がどんどん増えていく。すでに踝辺りまで、増水していた。
「森の中を走った方が良くないか?」
走り難い道に、文句を言うクーガーだった。
「駄目だ、森は枝や足元が悪くて走れない。だから、文句があろうが、今は走れ。遅いやつは、置いて行くぞ」
皆、何も言わずに頷いた。
ひたすら走る。
すると、湖面から、何かが飛び出して来た。
羽の生えた魚だ。トビウオだ。しかし、ここは海ではない。トビウオ・シャークだった。
羽が生えているが、羽はカッターになっている。触れるものを容赦なく切断していく。
一匹や二匹ではない。何十という数のトビウオ・シャークが飛んで来る。
クラウスが、湖側にシールドを張りながら、駆けていく。シールドに当たると、トビウオは拉げて、湖面に落ちる。湖面に大量のトビウオ・シャークの死骸が広がっていく。水際は真っ赤だ。
その死骸を狙って、ジャイアント・シャークが現れた。死骸を根こそぎ口に頬張っていく。
「今のうちに逃げるぞ」
だが、水が増えて、上手く走れない。それでも、森側を何とか走り続ける。
トビウオ・シャークを食べ終えたジャイアント・シャークは、今度はクラウス達を狙い始めた。
クーガーが剣で相手をするが、圧力に負けて。ズルズルと後退していく。そこを狙って、クラウスが魔法を放つ。
「ウインド・ボム!」
風の弾が、シャークに当たると弾けて、爆発した。が、外傷はなく、傷さえ付いていない。
「サメ肌の方が強力なのかよ」
魔法が通じず、苛立つクラウスだった。
「気にするな。今は、足止めさえ出来ればいい。逃げる方が優先だ」
リーダーは、吠えた。
「ウインド・ボム!」
もう一発、魔法を放つと、逃げるように駆け出した。リーダーの言うように、今は相手をしている場合ではなかった。水が増えると、水棲魔物には太刀打ち出来なくなるのだから。
「もう少しだ、急げ」
だが、敵が後ろからだけ来るとは限らない。
「前からも、ジャイアント・シャークが来るよ」
クミンの声は震えていた。
「クミン、特大のランスを叩き込め」
「撃ったら、私、暫く、動けなくなるよ」
クミンの問いに、リーダーが答える。
「俺が背負ってやる。今は、それしかねえ」
「わかった」
クミンは魔法を唱えた。
「ウオーター・ランス!」
クミンの手から、水の矢が放たれた。特大の矢だ。
矢は、ジャイアント・シャークの口に吸い込まれていった。
勢いのまま、水の矢は背中から飛び出た。一緒に血が噴水の様に出る。
グラリと傾くクミンの身体を、救い上げて、背負うリーダー。邪魔なシャークの死骸を殴って、湖面に飛ばす。邪魔なものが無くなって、ひた走るパーティ達だった。
そのまま、階段に飛び込む。
階段を転がって落ちていくパーティメンバーだった。
「何とか、助かったようだな」
リーダーは外の様子を窺って、敵はいないようなので、座り込む。その際に、クミンを隣に降ろすと、回復薬を取り出して、飲むように催促する。
「あ、ありがとう、リーダー」
貰った回復薬を一気の飲むクミンだった。
「助かったのはいいが、手元の回復薬が残り少なくなったぞ。本来なら、退くところなんだが」
水筒を取って、口に運ぶ。
「俺も回復薬が少なくなったぞ。下までは持ちそうにないな」
クワトロだった。自分の持ち物を確認している。
「私も少ないわ」
「俺もだ。やべえな」
クーガーは寝転がって、愚痴っている。
「この階は、どうなんだろうか?」
「すでに、聞いていた話と違うようだ。おそらく、この先も違うのだろう、別世界のように」
リーダーは、悩んだ。おそらく、ふたりだけなら何とかなると。このダンジョンには、必ず何か秘密があると。
そろそろ潮時かもしれんな。ここで、死んだことにすれば、この先、楽が出来そうだ。シルバーの依頼を優先させることが出来る。あいつらから、金をふんだくってやる。
ギルドの仕事じゃあ、割に合わんしな。あいつらも、こっちに来る頃だろうしな。そろそろ、潮時だな。
「休憩したら、先に進むぞ」
「回復薬なら、まだまだありますぜ」
ブリザである。クラウスの後押しをするかの如く、話をした。
「何だ、あるんなら、早く教えてくれよ」
クーガーは、ほっと一息ついた。
「こっちはパーティの分なんで、言えなかったんですよ。申し訳ねえ」
ブリザは、何個か回復薬を取り出すと、皆と分けた。ただし、この回復薬は、あの回復薬だった。特に説明もせず、手渡した。効果は一緒なのだから、問題ないと、ニヤリとした。
「よし、そろそろ、進むぞ。用意はいいか」
元気の戻ったパーティの面々だった。
「今度は荒れ地かよ。隠れるとこもねえな。その分、敵からも見えないから、安心だな」
クーガーは、見た目で判断する男であった。見える範囲に、何もないのだ。気持ちが切れていた。
「安心するのは、まだ早いぞ。ちゃんと周囲の警戒をしろ」
「へいへい」
クーガーは生返事で答えた。
「おい、あそこに誰か、倒れていないか」
走り寄るブリザだった。どう見ても、女だったから。しかもダンジョンに入る時に見かけた女性だった。
「おい、大丈夫か?」
ブリザは女性を起こして、声を掛けた。
目を覚ます女性。
「だ、大丈夫です。魔物に襲われて、やっと倒して、安心したみたいです」
「死骸は無いが、何に襲われたんだ?」
「他の魔物が死骸に寄って来たらと思って。マジックバックに入れました」
「それならいいが」
そこに、パーティの面々が近づいて来た。
「その子と、知り合いなの、ブリザ」
「否、違う。ダンジョンの入り口で見かけたから、つい、声を掛けちまった」
ブリザは正直に言った。
ことの顛末をみんなに説明するブリザだったが。
「でも、おかしくないか。俺達があれだけ苦心して、ここまで来たのに、こいつには傷ひとつないぞ。お前はいったい、何者だ?」
剣を抜くリーダー。
他のものも、剣を抜いて、女性を取り囲んだ。
女性は、手で土埃を払いながら、立ち上がった。
「やっぱ、わかっちゃいますよね。私も、そう言ったんですがね」
ブリザも釣られて立ち上がる。
「心配してやったのによ。どういうことだよ」
折角助けたのにと、ブリザは怒っていた。何せ、ブリザはスケベなのだ。それだけが、欠点であった。女に甘いのだ。
「離れろ、ブリザ。その女、ただ者じゃあないぞ。もしかして、魔物が人間に化けているのか」
「それは、違いますよ。《栄光の牙》の皆さん。私は、ちゃんとした人間です」
「何のために、そんな小芝居を打った」
「貴方たちの目的を知るためです。何のために、このダンジョンに潜っているのですか?」
「お前には、関係ないだろう」
リーダーが、ぼそっと言う。
「それが、関係あるのですよ。リーダーは、【イリスの実】をご存じですよね」
図星だった。
リーダーは、意表を突かれて、何も言えなかった。
「誰に頼まれたんですか?【イリスの実】のこと」
「・・・」
「言えないんですか?困りましたね、教えて欲しいんですけどね」
「お前たち、この女をやれ」
リーダーは冷気の含んだ声で言った。
「本当にやるんですか」
クワトロは、躊躇していた。
「やるんだよ」
ブリザが飛び掛かって来た。
女性は、とんでもない跳躍力で、囲いから飛び出した。まるで、空中を歩いているようであった。
瞬間、何処からか、巨大な虎が現れて、女性の横に並んだ。
「マリア様、大丈夫ですか」
巨大な虎が喋ったのだ。
「女、正体を見せろ」
リーダーは、今にも飛び掛からんとしていた。
「通りすがりの冒険者ですが。少し強いですが」
「どうやら、このまま、生かしておくわけにもいかねえようだな。やるぞ、お前ら」
クーガーとクワトロが一斉に、飛びかかって来た。剣と、巨大虎タイガの爪が交錯する。火花が散って、ふたりと一体はその場を離れた。
「何だ、その虎の魔物は。普通の強さじゃあないぞ」
クーガーは再度飛び掛かる。タイガは、剣に噛みついて、折り曲げた。
剣を手放すクーガー。
「その剣は、高かったんだぞ。こん畜生」
「間違ったことに手を出すおじさんが、悪いんでしょう」
マリアは平然としている。
その頭の上に、いつの間にか、ルダスが乗っていた。
「僕もお手伝いしても、いいですか?」
「大丈夫?」
「マスターより、いいものを貰いましたので、大丈夫かと」
イヒヒと笑うルダスだった。
「それならいいけど、死んでも知らないわよ」
「大丈夫です。【妖精武装】なのです」
ルダスが輝き、姿を変えた。そこには、鎧を着た騎士の姿があった。背中の羽根は、補強のプレートで挟まれていた。手には、槍だ。
「いいもの、貰ったみたいね」
手を叩いて喜ぶマリアだった。
「お前ら、ふざけてんのか」
そう言うと、ブリザが斬りかかって来た。
「お前の相手は、僕なのです」
ルダスがブリザに立ち向かっていった。
剣対槍の戦いだった。ただし、的が小さ過ぎて、ブリザの攻撃は上手く当たらない。小さい上に素早いのだ。そう簡単に、当たるわけがない。
タイガは、そのままクーガーとクワトロの相手をしている。
クミンだけは、状況が把握出来ずに、隅で小さくなって、カタカタ震えていた。
マリアの相手は、もちろんリーダーであった。
豪剣で、マリアに斬りかかる。
レイから貰った剣を使って、リーダーと唾ぜりあう。何度も、何度も、剣を当てては退くを繰り返す。すると、突如剣が光る。
どうやら、充電完了のようだ。
「S級なんだから、我慢してくださいよ」
マリアは、リーダーに突撃する。
上段から振り落とす剣。
同時に雷が、リーダーに向かって、走る。
「ギャアー」
リーダーから煙が上がっていた。
膝を付いて、肩で息をするリーダー。
「流石ですね。あれを我慢できますか」
リーダーをやられて、相手から目を離すパーティ達だった。
そこを逃さず、タイガはふたりにタックルをかました。吹き飛ぶクワトロとクーガー。クワトロは足が、クーガーは腕が変な方向に曲がっている。身体もボロボロである。
ブリザも、クワトロをやられて、驚いている所に、ルダスの槍が突き刺さった。腕を貫通して、手から剣が離れる。
「お、お前たち、強過ぎだろ。だが、負けるわけにはいかないのだよ。何があってもだ」
クラウスは懐から、何かを取り出した。
それは、丸薬だった。何処かでみたような丸薬・・・。
クラウスは、ニヤリとして、口に入れて、飲み込んだ。
すると、クラウスのお腹に、魔法陣が浮き出て来た。魔法陣が回転を始めると、九の字になりながら魔法陣に吸い込まれるクラウスだった。
吸い込まれて消えたと思えば、魔法陣から、何かが現れる。
ヤギのような角を持った悪魔、否、あれは魔人だった。
それを見たブリザも、丸薬を飲んだ。
蝙蝠のような羽根を持った悪魔、否、あれも魔人であろう。
魔人が2体現れた。
「あれは、何?」
一番に声を出したのは、クミンであった。
「あなた、あれが何か知らないの?仲間でしょう?」
「見たことが無い。あんなリーダーなんて、誰も知れない」
後ずさるクミン。
マリアは、まだ意識のあるクーガー達にも問いかけた。
「お、俺達も知らない」
「ああ、あんなリーダーは見たこともない」
「兎に角、あなた達は、逃げなさい。何とか足止めしとくから」
マリアの顔に汗が伝った。
「マリア様、こいつらはヤバいです。一度撤退しますか?」
タイガが、マリアを守るように魔人達に立ちはだかった。
「ほおっておいたら、ダンジョンが滅茶苦茶にされるわ。何とかしないと」
ルダスも戻って来て、マリアの肩に乗った。
何も言わない。
「セイラ、聞こえる?」
(はい、聞こえますよ)
「レイ様を呼んでくれるかな。私達では、相手にならないかもしれないから」
(わ、わかりました)
「さて、レイ様が来るまで、何とかしなくちゃ」
気合を入れるマリアだった。
次回、どうなることやら。
お楽しみに!




