68-ダンジョンは見ている
「お前、大丈夫なのか?」
「ああ、みんな、疲れて寝てるよ」
「まあ、実を探すだけだから、そんなに時間は掛からないだろうから、問題ないか」
2人は、ギルドの馬車を借りて、とあるダンジョンに向かった。
仕入れた情報によれば、そのダンジョンで、その実を見た者がいるらしい。高価な情報だったが、自分で探すには限界があったので、仕方のない事だった。
いつも利用している情報屋だから、信用は出来る。
「馬車で、2日程のダンジョンだ。俺から御者をしよう。後ろで休んでてくれ。3時間したら、交代だ」
「先に休ませてもらうよ。何かあれば、遠慮なく、起こしてくれ」
「ああ、久し振りの依頼だが、楽しんでやろうぜ」
「違いねえ、兄貴」
2人が兄弟である事を知る者はいない。所属するパーティのリーダーでさえも、その事は知らなかった。
2人は、兄のクラウスと、弟のブリザであった。《栄光の牙》のリーダー、クラウスと、《蒼き神威》のメンバーのひとり、ブリザであった。
2人は、とある筋からの依頼があると、一緒に行動していた。今の所は、まだ、バレてはいなかった。違うパーティの2人が依頼を受ける事には、何ら問題はなかった。が、受ける依頼は、ギルドを通していない裏の依頼であった。そこが、問題なのだ。
所属しているギルドを通さないのは、違反である。どんな依頼であろうと、ギルドを通さなければならない。それは、必ず違法な仕事であるからだ。違法でなければ、ギルドを通せば良いのだ。
違法な依頼の方が、高価である。通常報酬の何倍もするのだ。だから、つい手を出して、高価な報酬に溺れて、身を滅ぼすのが常である。
だが、2人はS級であった。だから、失敗をしない。だから、高価な報酬を得るのだ。
慣れれば、悪い事をしていると言う意識も無くなり、高価な報酬の為だけに仕事をするのだった。
「着いたぞ。このダンジョンの9階辺りに、実のなる場所があるらしい。魔物は中級らしいが、俺達には問題ないだろう」
「時間もあまり無いし、9階まで急ごうか、兄貴」
2人は前後を交代しながら、駆け出した。前が敵を殲滅すると、前後を交代する。疲れを溜めないためだ。
S級の2人は、出てくる魔物に対して、特に問題にする事もなく、殲滅していった。
パーティのリーダーであるクラウスは勿論、メンバーであるブリザでさえ、リーダークラスの強者であった。おそらく《蒼き神威》の中でも、トップクラスであろうと思われる。それ程までに、強いのだ。
隠す事で、2人の関係がバレないようにしていた。裏の仕事をするために、隠しておく方が都合が良いのだ。仕事が出来ないと思われる方が、ふらりと出掛けやすい。裏の仕事をする為にも。
「やっと、8階まで来たな。次が目的の9階だ。急ぐぞ」
2人は、階段を見つけて、下に降りる。
「ん?ここは、9階層ではないぞ。ボス部屋だ。おかしい、聞いた話と違うぞ」
「9階層が、なくなったと言うのか、兄貴」
「ああ、ここまでは聞いた話と同じだったからな。ここだけ違うのは変だ」
「どうする、兄貴。このまま進むのか」
「嫌、一度上に戻ろう。上の階を調査して、それからだ」
2人は来た道を戻って行った。
8階をもう一度調査した。
階段がもうひとつないのかと。
9階と8階を間違えたんじゃあないのかと。
色々と試行錯誤して、調査をした。
「やはり、この階ではないな。間違いなく、下の階だ。ここまでは、情報屋の説明と一致するのだ。間違いない」
「どうする、兄貴。下の階に進むのか」
思案するクラウス。だが、良い考えが浮かぶ訳でも無く、困り果てていた。
「まるで、ダンジョンマスターに騙されているようだな」
「ブリザも、偶には良いことを言うんだな」
「ひでえな、兄貴は」
それが、ブリザのリーダーになれない理由であった。頭脳に難があるのだ。力だけなら、リーダーのクラウスにも勝てるだろうが、考える力がないため、ナンバー2に甘んじていた。
「そうか、ダンジョンマスターの仕業かもしれないな。そうなると、このダンジョンを攻略する必要があるな。俺たちだけだと、流石に難しいか。パーティで、攻略に来ても、面白いな。俺達パーティの箔が付くな。偶にはダンジョン攻略でもしないかと誘えば行くだろうな」
「うちのパーティは無理だな。依頼が無いと動かないからな。行く理由がないから、無理だ」
「そうだな。お前のとこのリーダーは、融通が効かないからな。仕方ないだろうな」
「ひとりで探索してて、偶然会ったことにするか。ひとりは危ないからとか理由を付ければ、大丈夫だと思うぞ」
お互い、頷きあって、確認した。
「それでは、一週間後に、このダンジョンで会おう」
「ああ、そうしよう」
納得すると、ふたりは来た道を戻って行った。
「そろそろ来る頃なんだが」
予定より早く着きすぎて、ブリザはひとりで、ダンジョンに潜っていた。ひとりでは、あまり階下まで行けず、5階までの往復を繰り返していた。
1人の時は、無理はしないのが、ブリザの信条であった。
「流石に、もう来ても良いと思うのだが、何かあったのかな?」
ダンジョンの前に立って、来るであろう方向を見ていると、女性がひとりでダンジョンに潜っていった。正確にはひとりではない。巨大な虎の魔物が一緒だった。女性は、テイマーなのだろうか。
「おっ、ブリザじゃないか、何してんだ?」
それは、やっと来たクラウス達であった。
「《栄光の牙》じゃねえか。こんな所に来るなんて、珍しいな」
さも偶然に会ったように、ブリザは言った。
「リーダーが偶には、ダンジョン攻略をしようぜって言うからよ。ここまで来たんだ。ブリザの方こそ珍しいな。こんな所で、ひとりで何してんだ?」
それは、クーガーだった。リーダーは、敢えて黙っているようだ。口元が笑って見える。
「迷宮帰りで、みんな、好きなことをしてるからよ。ひとり、ダンジョンに潜ってみようかなって思って来てみたんだが、流石にひとりでは、深くまで潜れないから、どうしようかと、思っていたところだ」
ブリザは、予定通りの台詞を言った。
「それなら、俺達と一緒に潜らねえか。なあ、みんな、いいだろう?」
「ああ、ブリザとやら、気心も知れてるから、いいんじゃねえか」
クワトロが助け舟を出してくれた。
誰も反対するものはいなかった。
「それじゃあ、一緒に行くか」
それだけ言うと、リーダーはダンジョンに潜って行った。みんなで、後を続く。
「ブリザの氷魔法はすげえな。魔物どもの脚があっという間に凍りついて、後は殴るだけで済んじまう。お前が居ると、楽が出来るぜ」
そう言うのは、クーガーだ。腰の二振りの曲刀を抜いて、凍った魔物を斬りまくっていた。
死ぬと氷は解けるため、クミンが魔石を回収している。
「もう少しペースを落としてくれない。魔石の回収が追いつかないわよ」
「クワトロに周囲の警戒をしてもらいながら、ゆっくり来いよ。魔物が多いからよ、手を抜くなんて、出来ねえよ」
クーガーは、嬉しそうに、魔物を片っ端から殺していた。
だが、魔力の方がもたなくなってきたようだ。
「少し休ませてくれよ。魔力が保たねえよ」
「仕方ねえなあ。うちのパーティは厳しいから本当は駄目なんだが、少しだけ休ませてやるよ。ひひひ」
そう言いながらも、魔物を葬っていくクーガーだった。笑いながら、斬り飛ばしていた。凍っていようが、いまいが、関係なく葬っていく。
「わかった、わかった。魔石は、休みながら、俺が回収してやるよ」
本当は、まだ魔力に余裕があったが、これ以上は何かあった時に困るので、手を抜いたのだ。リーダーのクラウスとアイコンタクトで、伝えてあった。
「さあ、前進するぞ。魔物に遠慮することはないぞ。殲滅だ」
「次は、9階だな。油断するなよ。周囲の状況をよく確認しながら、下に降りるぞ。クワトロ、探索魔法を頼む。嫌な感じがするんだ。ただに、考え過ぎなら、いいんだが」
ブリザを臨時に雇った《栄光の牙》は、一歩一歩階段を下って行った。
クラウスは、岩肌に手を触れたまま、降りて行った。だが、特に違和感はない。だが、ダンジョンマスターが階層を隠しているとしたら、そう簡単に見つかる筈もなかった。
当然、ボス部屋の扉の前に辿り着いた。
「特に変わったことはありませんでしたよ、リーダー」
クワトロはずっと探索魔法で、周囲の警戒をしていたが、何も無かった
「ああ、わかってるさ。このまま、最下層まで進むぞ」
ボス部屋の扉を開けるクラウスだった。
「この辺りで、休憩を入れるか。お前ら、食事にするぞ。用意をしろ。その間に、ブリザと一緒に周囲の警戒をしてくる。頼んだぞ」
それだけ言うと、クラウスはブリザを伴って、周辺に見回りに向かった。
「情報屋の話に間違いがあるとは思えねえ。どう考えても、9階が抜けている。他は全て情報屋の言う通りだったからな。9階がないはずねえんだ。絶対に、何処かにある。そして、そこには【イリスの実】ってやつがあるはずだ。ふふふ。面白くなって来やがったな」
「兄貴、そうなると、このダンジョンの攻略の必要があるぜ」
「ああ、情報屋の話だと、30階が最下層らしいんだがな。まあ、俺達S級が揃っているんだから、楽勝だろう」
「何だか、魔物がクソ強いんだが。おかしいぞ、このダンジョン」
「まだ21階よ。このまま行って、大丈夫なの」
「慌てるな。俺達は、S 級だぞ。もっと自信を持て。もっと強いやつらの相手をして来ているんだ。本気を出せ。本気を」
クラウスが叫ぶ。
それを合図に奮起するパーティの面々だった。
「そうだよな。もっと強いやつらと戦って、俺達は勝利したんだ。負けるわけがねえや」
クーガーは叫び、いつもの冷静さが戻って来た。冷静だけでは、勝てはしないが。
「みんな、下がってろ。少し強力な魔法を使う」
クワトロの合図に、パーティの面々は一時下がる。
「ファイア・サイクロン!」
焔の渦が、魔物達に向かって行く。
渦に巻き込まれ、上昇しながら、焔に焼かれていった。
強力な魔法を使ったため、クワトロは肩で息をしていた。
「どうだ。本気を出せば、こんなもんよ」
「流石、クワトロだな。いい腕をしている」
ブリザは、クワトロのメイン攻撃が、魔法であることは知っていたが、ここまで強力であるとは知らなかった。パーティ同士で当たれば、どちらが勝つだろうか。嫌な想像をしてしまう。
「よし、この調子で、先に進むぞ」
クワトロは警戒しながら、前進した。
「やっとここまで来たな、21階層だ」
「まあ、本気出せば、こんなもんだろう」
クーガーは、酷い汗をかきながら、そう言った。あまり余裕がありそうには見えない。
「よし、ここで一泊するぞ。そこに、手ごろな洞穴もあるし、晩飯の用意だ」
料理は、クミンが作るようだ。とは言え、干し肉やスープ程度であろう。火を起こして、鍋を取り出して、魔法で水を入れる。
マジックバックから、切っておいた野菜を取り出して、鍋にぶち込む。それだけの料理だった。暖かい方が、疲れが癒えるのだ。
「2時間おきに交代だ。順番はいつものでいくが、最後はブリザにしてもらう。よろしく頼む」
リーダーの指示に従って、配置に着いた。見張りは洞穴の前だ。寝る者は、少し離れた位置にそれぞれ離れて床に就いた。
流石に疲れたのか、見張り以外はぐっすりである。クーガーは眠い目を擦りながら、見張りに就いた。
普通なら、それで良かった。
だが、ここは、レイ絡みのダンジョンである。そんなに、ことがうまく行くわけもなく、
サイレント・ビーが、囲むように迫っていく。小さくて、音がしないのだ。普通は気が付かない。
流石はS級である。異様な気配に、リーダーを起こす。
「リーダー、何かが迫って来ているような気がする。間違いならいいが、嫌な気がどんどん膨れて来るぜ。どうする?」
眠い目を擦りながら、目を覚ますリーダーだった。
「おまえの嫌な気は、よく当たるからな。俺が様子を見るから、お前はみんなを起こせ」
「わかりました」
早速、みんなを起こして回る。寝たばかりとは言え、さすがはS級である。目覚めは良いようだ。
「何か、あったのか?」
「これからだ。戦闘の用意をしてくれ」
各自の得物を持って、リーダーの背後に並ぶ。
「どうやら、蜂の魔物のようだな。音はしないが、風が微妙に動いている」
「やっと寝入ったと思ったのによ。困ったダンジョンだな」
ニヤリと、低く構えるクーガーだった。
「俺は、防御魔法を唱える。いつでも出れるようにしておいてくれ」
クワトロが、詠唱を始めた。タイミング良く、魔法を発動しないと、魔力が無駄になる。
「さあ、いつでも構わないぞ」
クワトロを先頭に、左右にクラウスとクーガーが並ぶ。後方に、クミンとブリザだ。ふたりは、魔法で支援する。
後は敵が来るのを待つだけだが。
「何故、襲って来ない?」
たかが魔物に弄ばれているようで、クーガーはイライラし始めた。彼は、とても気が短いのだ。
「焦るな、クーガー。魔物にも、小賢しい奴はいる。我慢しろ」
リーダーは、あくまでも冷静だった。リーダーたる所以がそこにあった。
羽音が、辺り一面から聞こえ始めた。
「来るぞ」
リーダーは、クワトロに声を掛ける。
羽音が大きくなる。五月蝿いくらいに、大きくなった。こうなると、騒音である。
「ウインド・シールド!」
目の前に、風の壁が出来た。
サイレント・ビーが、巻き込まれては、下に落ちていく。
後方から、クミンとブリザがファイアストームを放つ。炎の竜巻がサイレント・ビーを巻き込みながら、地上を駆け抜ける。真っ赤な炎は、肥大化し、膨れ上がる。
「よし、出るぞ」
リーダーの合図で、クーガーは、走り出す。手に炎を巻きつけて、蜂達を攻撃していく。すごい量だが、焼き尽くされていく。辺り一面、焦げ臭い匂いが充満する。
暫く、それを繰り返す。
音は消えて、静寂が戻って来る。臭いだけが、戦いの痕跡として、残る。
「クワトロ、周囲の探索を頼む。他は、警戒を怠るな」
サイレント・ビーは、小さ過ぎて、何も取れるものがない。魔石も小さ過ぎて、買い取って貰えないのだ。唯一、針なら買い取ってもらえるのだが、焼けてしまって、それさえ出来なかった。
クミンは、それでも使えそうな針を取って回った。
そこで、クミンはある事に気づく。
「こいつら、サイレント・ビーじゃないよ。モルト・ビーだよ。こいつら、死んだふりして、いきなり襲ってくる奴だよ」
クミンの話を合図にして、脱皮が始まり、あっという間に生まれ変わる。
「ヤバいよ、みんな、逃げて」
舞い上がるモルト・ビー達。クミン達を攻撃する。攻撃はそれだけではなかった。
初めに音がしなかったのは、魔物達の作戦だった。後から、羽音の五月蝿いモルト・ビーで攻撃する事で、サイレント・ビーの事が、頭から消えてしまっていた。サイレント・ビーは、そこを狙って来たのだ。
サイレント・ビーは、意識の外から、クラウス達を強襲するのだった。
1体に刺されたくらいは、問題ないが、5体に刺されると、毒がまわり、三半規管が狂い始める。急いで治すには、毒消しが必要だった。
実は、ダンジョンで蜂に攻撃されることは、ほとんどなかった。魔物とは言え、蜂蜜を集める事にしか興味がなかったのだ。攻撃して来ない魔物は珍しいのだ。
そのため、攻撃は針のみだ。普通なら。
本体は別にいた。スケルトン・ビーである。
ほぼ透明なので、光の角度で、多少目に入る程度だった。であるから、気づき難いのだ。
スケルトン・ビーの能力は、カッターの様な羽根で、何でも噛んでも切断する事だった。
「痛い!」
クミンが悲鳴を上げる。血飛沫が上がって、誰もが驚いた。
同時に、クミンの左腕が肘から先で落ちた。
クミンは悲鳴にならない悲鳴をあげた。
左脚が、太ももから先が無くなっていた。大地に左脚だけが、転がっている。
脚が無くなり、ショックのクミンは右脚も力無く、倒れ伏してしまう。
リーダーは、懐から回復薬を取り出して、クミンの脚に振り掛ける。
すぐさま、再生する脚。元に戻ったクミンだが、頭の中はパニックに陥っていた。
リーダーは、もう一本取り出して、無理矢理飲ませる。口から溢しながらも、飲み干す。
「階段まで撤退する。クミンは、俺が背負っていく。全力で走れ」
後ろも見ずに走り出す。
クワトロだけが、先程のウインド・シールドわ発動するために、立ち止まった。
「どうする気だ。早く逃げろ」
「シールド魔法を放ったら、すぐに追いかける。先に行ってくれ」
魔法を唱え始めるクワトロ。
「わかった、すぐに来いよ」
リーダーは、逃げることを優先する。
「ウインド・シールド!」
先ほどより、2回りほど巨大なシールドを発動させた。
「よし、成功だ。少しは時間稼ぎになるだろう」
クワトロは、みんなの跡を追った。
マリアが出て来る予定だったのですが。
次回は、マリアが大活躍です。
次回をお楽しみに。




