63.ダンジョンマスターとの邂逅と変化
「初めまして、僕がダンジョンマスターのピーターです」
黄色いシャツに、緑の半ズボン。羽のついた帽子を被っている。
驚くイグニスとグラースだった。
ダンジョンマスターになど、S級と言えど、会ったことなど無いのだから、当然である。俺達がおかしいのだ。
「レイさん、どう言う冗談だい、これは」
「グラースさん、冗談なんかではないよ。目の前にいるのは、本物のここのダンジョンマスターだよ」
顔を見合わせて、パニクるイグニスとグラースだった。グラースは、頭を抱えて、座り込んだ。現実逃避である。
どうやら、イグニスの方が、気にしないタイプらしい。ポジティブのようだ。
「このダンジョンを攻略したご褒美です」
リングをふたりの指に嵌めた。
「これからは、どの階層にも行けるように、お二人に、転送リングを差し上げましょう。このダンジョンでしか使えませんので、それと、僕に手を出そうとすると、爆発するので気をつけてください」
「そんな危険な物は、貰えないぞ」
「残念です。一度嵌めたら、取れません」
ふたりは、嵌めたリングを抜こうとするが、無理な様だ。特典付きだから、諦めた方がいいよ。それと、万が一裏切る事もあるかもしれないから、俺から入れ知恵しといたのだ。
これで、どの階層からでも行けるのだから、良い事づくめだ。
このダンジョンの魔物は強い。上手く使って貰いたいものだ。
「諦めきれないふたりは、そっとしといて。アリスとスノウにも、リングはあるよ。勿論、爆発機能は抜いてあるけど、どうする?」
「もらうに決まってるなの」
「勿論、いただきます」
話は決まった。さあ、帰りますか。
「マスター、お願いがあります。このダンジョンでの仲間が欲しいです」
そうだな。俺も、度々来れる訳じゃあないから、仲間は必要かな。
メガミフォンを開いて、ゴーレム作成アプリを開く。
《ポイントを10万使って、仲間を作成しますか》 はい / いいえ
勿論、はい、だ。
いつもと、違うぞ。水晶が光って、人型が3体、出て来た。
小さな男の子ふたりとお姉さんのような女性がひとりである。みんな、パジャマ姿だ。
「君達は、それぞれ、ジョン、マイケル、ウェンディだ。ピーターを助けて、このダンジョンをもっと育てて欲しい」
「わかりました、マスター」
仲が良さそうで、任せ甲斐がありそうだ。
「レイさん、これが、ダンジョンの秘密か」
「そうです。秘密にしといてくださいね」
俺史上、最高の笑顔を返す。
「ひっ!」
震えるグラース。何故、そんなに恐れるのか。
「それじゃあ、王都に帰ろうか。ふたりは、どうする?」
「一緒に連れて帰ってください。お願いします」
ふたりの顔色が、何だか悪いのだが、どうしたのかな。
「ええ、一緒に、帰りましょう。そう言う事で、ピーター、一階まで送ってくれるかな」
「わかりました」
ピーターが指を鳴らすと、俺たちの足元に魔法陣が浮かび上がって、魔法陣が上がってくると、消しゴムで消すように、俺達の姿は消えて行った。
「もう1階ですか?」
不審に思ったイグニスが口を開いた。
「ダンジョンマスターに、送ってもらいましたからね。これからは、そのリングを使って、自分で出来ますよ。安心してください。パーティごと、跳べますから」
俺の言葉に、嫌な表情で、自分の指を見た。
「いやいや、そんな特別な力はやっぱり、駄目だろう」
「違いますよ。ダンジョンを攻略した、ご褒美です」
「攻略と言っても、最後にやっとのことで魔物を倒しただけだぞ。威張れることではないぞ」
「パーティですよ、パーティ。パーティで戦うのは、よくあることです。だから、問題ありませんよ。それに、おふたりは、よく戦ったと思いますよ。きちんとした、おふたりの取り分です」
ふたりの手が震えていた。喜びか、はたまた恐怖からか。
王女が声を掛けた。
「もう諦めなさい。あなた達は正真正銘のS級なのですから、堂々としていなさい。それだけの事をしたのは、間違いないのです」
「王女の言う通りですよ。それに、次に自分達のパーティで戦った時に、今回の価値がわかるはずですよ」
俺達は、無口なふたりと一緒に、ダンジョンから出た。
「イグニスさん達は、どうやってここまで来たのですか」
俺の問いかけに、グラースがどうにか、口を開ける。
「走って来たんだ。まあ、体力には自信があるからな。走るのは得意だ」
「それでは、一緒に帰りましょうか」
俺は、タートル君を取り出して、乗り込んだ。
渋るイグニス達を無理やり、タートル君に乗せる王女スノウ。
アリスは忘れ物がないか、周囲を見た。
「レイ、出発進行、オッケイなの」
最後に、アリスが乗り込んで、タートル君は浮かび上がった。
「ゆっくりと、帰りますか」
タートル君は、笑いながら、ジェット機並みに空を飛んだ。
「なんだー、これはー」
イグニスとグラース、ふたりの声が、大空にこだました。
「グラース、俺はもう二度と、あいつらとは一緒にダンジョンに潜らないからな」
「ああ、賛成だ」
「俺は、家に帰るわ。母ちゃんが起こってるかもしてないからな」
「まあ、朝帰りだもんな。俺も、パーティのやつらに黙って行ったから、何を言われることやら。まあ、またな」
そう言うと、グラースはパーティで借りている借家の方に、戻って行った。
イグニスも反対の方向に、歩き出していた。
「あいつら、いったい何者なんだよ。エライ目にあったわ」
そう呟きながら角を曲がると、女の人とぶつかってしまった。
女性は、その勢いで尻もちをついている。
手を差し出して、助け起こそうとした。
「すまん、よく見ていなかった。怪我はないか」
助け起こされた女性は、イグニスを張り倒した。
「何すんだよー」
「それは、こっちの台詞でしょ。ここ2、3日、何処をほっつき歩いてたのさ」
「げっ、フランマじゃねえか。何で、こんなとこに居るんだよ」
「相変わらず馬鹿だねえ。あんたを心配して、探してたんじゃないか。今日は、依頼された魔法草を探しに行く予定でしょ」
「えっ、あれから何日建った?今日は、何日だ」
「あれから3日よ。2日休んだら、仕事をする予定だったでしょ」
イグニスは、再び張り倒された。
「いてーだろうが。何しやがんだよ」
「さあ、行くよ」
フランマは、イグニスの耳を引っ張って、東門に向かった。
東門を出て、ふたりは破邪の森まで来ていた。
ここは、薬草の良くとれる森だ。だが、強い魔物も出て来るため、初級はもちろん、中級者たちにも、嫌われていた。
「あんたも、早く魔法薬を探しなさいよ」
イグニスは、また張り倒されそうだった。
「待て待て、ゴブリン達が近づいて来るから、俺は殲滅させてくらあ」
「何言ってんだよ、そんなもん、いないだろう」
その時になって初めて、フランマはゴブリン達の存在に気が付いた。
フランマの方が探索範囲が広いので、いつもなら先に気づくはずなのに。どういう事だろう。
森に入ったと思ったら、イグニスは直ぐに出て来た。
「あん?ゴブリン達は?」
「何言ってんだよ。10体しか居なかったから、もう終わったぞ」
「そんなわけないでしょう。あんた、今、森に入ったばかりよ。ものの3分も経ってないわよ」
イグニスは不思議そうな顔をして、答えた。
「そんなこと言っても、弱過ぎなんだよ。あっという間だぞ」
おかしいと、フランマは思った。いくら相手がゴブリンで、イグニスがS級だとしても、早過ぎるのだ。
「あんた変な薬でも飲んだんじゃないでしょうね」
「俺は、これが普通だぞ。あいつらと一緒にすんなよ」
「あいつら?誰よ、それ」
首を傾げるイグニスだが、そう言えば、フランマはあいつらを知らないことに気づく。
「すまん、また紹介するわ。ん?今日はおかしいな?魔物が多過ぎないか」
イグニスは、離れた所のオーガに気づいた。
この森では、出現しないような魔物だ。何か、起きたのだろうか?
「フランマ、近くまでオーガが来ている。戦闘準備だ」
「なんで、あの距離でわかるのさ。今日のあんた、どうかしてるよ」
「話はあとだ。先行するぞ」
走り出すイグニス。速い。速過ぎる。
今のイグニスには、追い付けない、そう苦虫を嚙み潰すフランマだった。
レベルが、違うのだ。昨日までのイグニスと。まるで、別人だった。
太い幹を躱しながら、走るフランマ。
森を抜けて、空き地に飛び出す。
そこには、仁王立ちするイグニスと、倒れている3体のオーガがいた。
ほんの少しだけ、時間を戻す。
森を抜けた所で、イグニスはオーガと遭遇した。3体いた。
1体に向けて、魔法を放つ。
「ファイアアロー」
赤い火の矢が、滑空する。速度が上がり、青白く燃えた。
矢は、右のオーガに突き刺さる。
イグニスは、左手の籠手で、左側のオーガの攻撃を受け止める。棍棒が嫌に軽く感じる。
中央のオーガは、剣で一閃。
首が跳ぶ。
受け止めた籠手ごと、左のオーガをぶん殴る。
吹っ飛ぶオーガ。首が変な方向に曲がっている。
「えっ、もう終わったの?」
イグニスは、自分でも驚いていた。
「俺って、こんなに強かったっけ?」
「あんた、これは、どういうこと?」
「あん?見たままだが」
イグニスは、剣を鞘に納めた。
「あんた、いつ、強くなったの?」
「強くなった?俺が?・・・やっぱりか」
イグニスは、魔石を抜き取ると、死体を魔法で燃やした。
沸騰するように燃え切るオーガの死体だった。
イグニスは、レイたちとの出来事を回想する。ひどい目にはあったが、お陰で、かなりレベルが上がったようだ。レイが言っていたのは、こういう事だったのだ。
フランマはイグニスの背中をじっと見つめた。背中がひどく大きく見える。昨日までの存在感とは、全く違うようだ。
今朝までの出来事を、イグニスはフランマに話して聞かせた。
フランマは何も言わない。
じっと聞いているだけだった。
「そういうわけだ」
「わかったわ。でも、理解はしていないわよ。一度、そのレイって人に会わせなさい」
「ああ、そうだな。落ち着いたら、会いに行こう」
その後、ふたりは魔法草をたんまりと取ると、ギルドに戻ったのだった。
「お前ら、まだ寝てるのかよ」
グラースは、ひとりひとりを起こして回った。
ブリザ以外の3人は、まだ寝ていた。
「何だよ、グラースが行方不明になるから、何も出来なかったんじゃねえかよ」
「ブリザなんて、グラースが帰って来ないから、どっかに行っちゃったわよ。ふわー」
まだあくびしているのは、ニクスだった。寝起きのせいか、髪がぼさぼさだ。
「迷宮で寝不足だったから、ちょうど良かったのにー」
ミキユーリは、未だに眠そうだ。
「これから訓練に行くぞ。このままじゃあ、明日からの活動に差しさわりが起きそうだ。準備しろ、すぐに行くぞ」
グラースは、3人を引き連れて、ギルドに向かった。
受付で、訓練場が空いていることを確認すると。借りる手続きを行って、すぐに訓練場に向かった。
1対1での模擬戦を行うことにする。
「ニクスは、ミチユーリの相手をしろ。俺は、キオーンとやる」
「用意はいいか、キオーン」
「ああ、大丈夫だ」
右手に訓練用の刃引きした剣を握り直した。
「3、2、1。ゴー」
グラースとキオーンは、お互いに向かって、走り出した。
ふたりの中央より、かなりキオーン側で、激しく打ち合う。
後退していくキオーン。
(おいおい、今日のリーダー、強過ぎないか。完全に力負けしてるじゃないか)
「おい。どうした?やる気が無いのか。どんどん後退しているぞ。もっと力を出せ」
(おかしいのは、リーダーだからな。どうしたんだよ、こんなに強かったのか。昨日までは、手を抜いていたのかよ)
「よそ見をしてたら、勝てませんわよ、ニクス」
「わかってるさ」
それでも、リーダーたちの方をチラチラ見ている。
「痛い思いをするのは、ニクスですよ」
遠慮せず、打ち込むミチユーリ。
「うるせいな。それどころじゃ、ないんだよ」
剣を合わせたまま、動きを止めるニクスだった。
「ミチユーリだって、気になるはずだよ。リーダーが物凄く強くなってるんだもん。信じられないよ」
ニクスもミチユーリも剣を下ろして、リーダー達の戦いを見つめた。
「確かに、昨日までのリーダーとは雲泥の差ですね。本物のリーダーですか、あれ?」
「えー、本物のはずだよ。リーダーの偽物なんて、居てもしょうがないよ」
「どうした?もう、ギブアップか、キオーン」
グラースは仁王立ちで、模擬戦用の剣を肩に担いていた。
肩で息をしながら、キオーンは立ち上がった。
「駄目だ。どうやっても勝てねえ。3本に1本くらいは、取れるはずなのに。おかしい。今日のリーダーは、絶対におかしいぞ」
「何言ってんだよ。いつもと一緒だぞ。お前が、弱くなってるのを誤魔化してるだろ。もっと、自分を鍛えないと、駄目だぞ」
「リーダー、ちょっといい?」
「ニクス達は、模擬戦、終わったのか。早過ぎないか」
「いや、リーダーに話があるんだ」
「それじゃあ、少し休憩を入れるか」
糸の切れた人形の様に、座り込むキオーンだった。
「助かったー」
「リーダー、何かあったの?」
ニクスが心配そうに、覗き込む。
「別に何も無いが」
「そんなことないだろう。急に、強くなり過ぎだ。全く、歯が立たないよう」
「えっ、それは本当か」
グラースには、思い当たることがあったのだ。
絶対に、昨日までのダンジョンだ。その影響で、どうやらレベルが上がっているようだ。
思い当たることがあり過ぎて、頭を抱え込んだ。
これは、みんなに話しておいた方がいいだろう。
夢物語のような話だが、どうやら、黙っている方が不味いようだ。
「これから話す事は、事実だ。ちょっと、聞いてくれ」
「うん、ちゃんと聞くよ。だから、本当のことを話して欲しい」
グラースは、3人の顔を見渡してから、話し始めた。
「俺は、2日ほど、イグニスとダンジョンに行っていた。・・・最近、レイって人が、この王都にやって来たらしい。俺は、ギルマスから少し話を聞いていたから、レイが偶然目の前に現れて、気になって、跡を追ったんだ。イグニスと一緒に」
「イグニスって、《紅き守護神》のイグニスさんでしょ」
「そうだ。イグニスと一緒に追いかけたんだ。そしたら・・・・・」
「信じられない。本当に本当なの?」
グラースは3人にリングを見せた。
「偽物ってことは?」
「絶対にない」
「信じられない。たった2日程で、本当にこんなに強くなるの?あり得ないよね」
ニクスは、髪が乱れるくらい、頭を両手で掻いていた。
「ニクス、信じるって、約束でしょ。それに、リーダーがそんな嘘付いても、何ひとついい事はないわよ。それでも、嘘を付くと思う?」
ミチユーリの言うことは、もっともであった。
「話は終わりだ。疲れただろう、変な話だから。拠点にかえって、休もうか」
誰も何も言わない。
「俺は、俺だから。この事は、気にしないでくれ」
4人はトボトボと、拠点に帰って行った。
あなたは、誰を信じますか?
次回をお楽しみに!




