61.西のダンジョンで、仲良くS級と
「おい、ひとり居なくなったぞ。何処行ったんだ」
「さっきまでは居たんだろう」
「ああ、急に消えたんだ」
「そんなバカな。ちゃんと見てたのか」
ふたりは、ひとりが見えなくなったことで、慌てていた。敵から目を離すことは、死につながるからだ。
「ねえねえ、おじさんたち、何してるなの?」
後ろから声を掛けられて、ぞっとして振り向く。
「お前、何処から湧いて来た?」
「さっきまで、あっちに居ただろう」
「見てたなの?」
アリスは、背中の大剣を抜いて、身構えた。
「違う、違う。ぐ、偶然、目に入ったんだ。本当だ」
「それに、子供が、そんな物騒なもの、持っちゃダメだろ」
こんなダンジョンの深い所にいること自体がおかしいのだが。そのことが、頭からスッポリと抜けてしまっていた。
「おじさんたちは、ストーカーなの。それとも盗賊なの。どっちなの」
子供の凄みに負けるおじさんふたりだった。
「どっちも違うんだ。おじさんたち、こう見えて、S 級の冒険者なんだ。だから、ここに居るんだ。本当だぞ」
ひとりが、ギルドのカードを提示した。
「ギルドでも、変態はいるなの」
ふたりに、にじり寄るアリスだった。構えは解いていない。
「本当に変態とかではないぞ。そうだ、飴をあげよう。それで、許してくれよ」
飴に負けるアリスだった。構えを解いて、大剣を背中の鞘に戻す。
「飴くれるなら、許すなの」
貰った飴を早速口に入れるアリスだった。
「うん、甘くて、美味しいなの。でも、レイのケーキの方が美味しいなの」
口の中で、飴を転がす。表情がにやけている。
「た、助かった。もう、駄目かと思ったぜ」
冷や汗を掻くふたりだった。ほっとして、座り込んだ。
「お前たち、何者なんだ。強過ぎるだろう」
「そうだ、おかしいぞ。普通は、三人でこんなダンジョンの深くに潜らないぞ」
「いえいえ、これが普通ですから」
背後から、声が飛んで来た。
「子供だからって、侮っていると、勝てる者も勝てなくなりますよ。気を付けてくださいね」
俺の言葉に、驚くふたり。首が捥げよと言わんばかりに、振り向いた。
「ひっ、びっくりさせるなよ。心臓が止まるかと思ったぞ」
「悪いことしてるからですよ。見たいなら、言ってもらえれば、見せてあげますよ。隠すことなんか、ありませんから」
「貴方達は、《紅き守護神》のイグニスさんと、《碧き神威》のグラースさんではありませんか」
スノウは顔を知っているようだ。国のS級なら知っていて、当然だった。白の女王の娘なのだから。
「あれ、スノウ王女様ではありませんか。お城で、見かけたことがありますから、間違いないでしょう。確か、魔力が無くて、魔法は使えなかったはずですが」
イグニスが思い出しながら、そう言った。
「その節は、お世話になりました。パーティ・リーダーの奥様は、お元気ですか」
「はい、至って健康で。はははは」
「それは、良かったですね。でも、今は迷宮に潜っていたのではありませんか?」
「昨日、帰還いたしました」
王女が相手と言うことで、ふたりは直立不動であった。カチカチである。
「あら、ちゃんとお休みを取ってくださいよ。迷宮探索は、大変な依頼なのでしょう」
「我ら、いえ、私達には大したことはありません」
「流石にS級だわ。頼もしいわ。でも、何でこちらにいらっしゃるのかしら」
ふたりは、他所を向いて、誤魔化そうとしている。
「誤魔化すのなら、お母様に言わなくちゃね」
汗が滝のようだ。ふたりは顔を見合わせると、諦めて、話し始めた。
「昨日、ギルマスから、レイさんの話を聞いたのですが、気になったものですから、跡を付けさせて頂きました」
ふたりは、敬礼姿勢である。君達は、騎士ではないだろう。
「そう言うことでしたか。戻ったら、ギルマスに文句の一言も言ってやりましょう」
「それは、止めて頂けると有り難いのですが」
「まあ、いいですわ。それでは、一緒に下の階に行きましょう」
ふたりは、固まっていた。
「王女様、流石にそれは無理かと。パーティーメンバーも本日は居ませんし、連携が取れません」
「連携なんて、取りませんよ。タイマンのみです。何かあれば、お助けしますが」
「そ、相談させて、ください」
スノウに、背中を向けると、話し合いを始めた。
「ど、どうすんだよ」
「どうしよう」
「どうしようじゃあ、困るんだよ」
「・・・着いて行ってみるか」
「本気で、言ってるのか」
「本気だ。これはチャンスなんだ。わかるか、チャンスだ。上手くいけば、女王様へのポイントも上がる。王女様と仲良くなれる。良い事づくめだ。だから、このチャンスを逃す手はないぞ」
「回復は、こちらでしますので、安心して戦闘をしてください」
「わかりました」
息のあったことだ。
「それでは、レイ様、下の階に参りましょう」
「ああ」
上手く纏まったようだ。纏めたが正解かな。
俺たちは、辿り着いた所は、ジャングルだった。また昆虫だろうか。
「レイ様、この先に、グレート・レディバグの大群です。どうしますか」
ティンクの探索機能はとても助かる。敵を知っている方が戦い易いからだ。何も知らない敵より、優位に戦える。
「レディバグなら、俺達が行こう。俺達の戦い方を見といてくれ」
イグニスとグラースが、同時に飛び出していった。
「言い忘れてましたが、10メートル越えの個体が、20体程いますが、大丈夫でしょうか」
大丈夫だと思いたいが、
「後に続いて、様子を見るよ」
「こんなサイズなんて、聞いてないよ」
「しかも、何だ、この数は」
とは言え、S級である。すぐさま、ふたりは剣を抜くと斬りかかった。脚を何本か、斬り飛ばすが、あまり効果はないようだ。
「火炎弾!」
イグニスは、炎の塊を腹に当てる。
怒ったグレート・レディバグは、口から風の塊を吐いた。サイクロンと化して、飛んで来た。素早く避ける。
だが、続け様に、風の塊を吐き出す。
イグニスも火炎弾を、風に塊に当てて、威力を相殺する。
グラースは、跳んでレディバグの上に乗ると、背中の羽の継ぎ目に、ウオーターアローを放つ。
水の槍が、刺さる。が、水の槍は、当たった瞬間に霧散した。硬すぎる甲殻に、全く効果はなかった。
駆け出すグラース。頭の上に乗ると、目玉に剣を突き刺す。
「サンダー・ブレード!」
突き刺した剣に、稲妻が落ちる。吹き飛ぶ頭。レディバグは倒れて、大地に沈んで行った。
「やっと、1匹かよ」
イグニスは、風の塊を避けながら近づくと、吐いたばかりの口の中に、火炎弾を連続で撃ち込む。
火炎弾は、食道を通過して、お腹に到達し、爆発した。流石に、腹の中までは、鍛えられないようだ。
大地に飲み込まれるのを確認すると、グラースを見た。どうやら、ふたりは、グレート・レディバグに囲まれてしまったようだ。背中を合わせるように立つ。
「どうだ、まだ行けるか」
「行けると言いたい所だが、無理だな。意気込んで来たんだがな」
「でも、久しぶりだな、こんな熱い戦いは」
「そうだな。何だかんだ、調子に乗っていたみたいだな」
「最後に、パッと行きますか」
ふたりは、今にも飛び掛からんと、体勢を整えた。
「またな、イグニス」
「ああ、またな、グラース」
瞬間、爆音が辺り一面に響き渡る。
周囲のレディバグが、一斉に破裂して行く。辺り一面、血の海だ。ふたりも、粘液でびっしょりだ。
「何が起こったんだ」
「危なかったですね、先輩」
俺の言葉に、ふたりは驚愕の表情だ。
「お前、今、何をした?」
「えっ、放置しといた方が、良かったですか?」
ここは、会心の悪い顔をしておく。
ティンクが耳元で、相当悪い顔ですよと、呟いた。
それはそうだ、最優秀俳優賞ものだろう。
「あ、ありがとうな」
「どういたしまして」
ふふ、っと笑っておく。
「さて、次に行きましょうか」
「待て、待て。少し休憩させて欲しい。の、喉が渇いてな」
その場で、座り込むイグニス。
「これでも、飲んでください」
俺は、回復薬を渡しておいた。
「あ、ありがてえ」
ごくりと、飲み干すイグニスだった。
すっくと立ちあがると、
「この回復薬は、何処で売ってるんだ。無茶苦茶効くぞ」
「それは、俺が作ったものですから、ギルドか、エイト・フィフティーンなら売ってますよ」
「帰ったら、すぐに買いに行こう」
「でも、すぐに売り切れるみたいですから、気を付けてくださいね。それに、巷では、質の悪い回復薬が出回っているみたいですから、気を付けてくださいね。御存じなのでしょう」
イグニスは、表情にすぐ出るようだ。素直な人なのだろう。
「申し訳ないが、俺にも貰えないだろうか」
そう言うのは、グラースだった。腕の傷が痛そうだ。
おれは、二本渡しておいた。
一本すぐに開けると、一気飲みだった。
あっという間に、傷は消えた。
「凄い、本当によく効くなあ」
「怪我も治ったことですし、行きましょうか。これからは、遠慮せずに言ってくださいね。傷が、悪化されても、困りますから」
「このダンジョンは、思った以上に悪質ですね。上級クラスでも、危ないかもしれませんね」
俺がそう言うと、
「パーティで来なければ、全滅もあり得るな。ここの魔物は強いだけでなく、巨大過ぎる。5メートルクラスが山ほどいるぞ」
グラースも、ため息を付いていた。
「でもよ、偶に宝箱を落とすから、最高じゃないか」
「馬鹿だな、レイさんたちがいるからそう思うだけで、普通じゃあ、倒すのも一苦労だぞ。わかってるのか、イグニス」
「そうだけどよ」
「お前んとこのリーダーも大変だな」
「そんなにリーダーは、大変そうなんですか?」
俺は、聞いてみた。
「リーダーってのが、こいつの奥さんなんだが、こいつが頓珍漢だから、怒ってばっかりよ。しかも尻に轢かれてるしよう。奥さんも苦労するよな」
「な、何だよ。レイさんに、要らないことを言わなくていいんだよ」
違うパーティだと言うのに、漫才でも見ているようだ。面白い。このパーティは仲が良いのかもしれない。
「俺はもう無理だ。もうついていけねえ。俺は、ここまでよく戦ったぜ。もう、限界だ」
イグニスは、座り込んだまま、動こうとしない。肩で息をしながら、それでもレイから貰った回復薬を飲んでいた。それを飲めば、まだ大丈夫のはずだよ。
「何だよ、だらしないな。でも、俺もそれに一票だ。俺も、もう動けねえ。限界を超えちまった」
「だろ、グラース。でもな、この回復薬飲むと、不思議とまだいけそうな気がするんだよな。だから、お前も飲め」
イグニスは、グラースに回復薬を渡した。蓋も開けてある。後は、飲むだけだ。
「わかっってるよ。だから、飲みたくねえんだ。飲むと、またやる気が湧いて来るんだ。やべえ薬じゃないだろうな」
ふたりは、飲み終えると、立ち上がった。
俺達は、すでに準備を終えて、待っていた。
「行きますよ、ふたりとも」
王女様に言われて、断れる奴はそう居ない。
「おじさんたち、次は、30階、ボス戦なの。頑張っていくなの」
アリスが一番に階段を下りていく。その後を続くように、おじさんがふたり。俺とスノウは最後だ。ティンクは勿論、俺に肩の上だ。平常運転である。
「とうとう、四天王が出たなの。四天王は格好いいなの」
アリスは、四天王の出現に喜んでいた。普通は、喜ばない。死を覚悟するのが、普通だ。
「あれは、ディバイン・マンティス、ディバイン・ジュエルワスプ、ディバイン・ウオーターバグとディバイン・エレファントビートルですね」
ティンクは魔物図鑑の様に、魔物の名前を言った。
「ディバイン・マンティスは、大型のカマキリですが、鎌付きの腕が4本あるので、要注意ですね」
体長3メートルのカマキリなんて、普通はいないよ。
「ディバイン・ジュエルワスプは、エメラルド色した蜂ですね。ちょっと大きいですが。大きい割に速いので、見失わないようにしてください」
大きいなんてものではない。3メートルを越えてる。
「ディバイン・ウオーターバグは、大型のタガメです。水魔法が得意なので、火魔法では相殺されて、太刀打ちできないかもしれません」
5メートルを越えてるぞ。家より大きい昆虫なんて、あり得ない。映画の中の世界だな。流石に異世界である。
「ディバイン・エレファントビートルは、象の様に大型の虫です。多分、この昆虫がリーダーだと思われます」
こいつの上に、他の3体が乗せれそうだ。パッと見ても、10メートルはあるかな。甲殻も堅そうだ。
「さて、誰が、どれと相手をしますか?」
ティンクは、4人を見廻して、作戦を立てているようだ。
「あたしは、マンティスがいいなの」
いつものように、すでに飛び出して行った。相変わらずだ。
「それでは私は、ジュエルワスプにしましょう。構いませんか」
スノウも戦闘態勢に入った。今にも飛び出して行きそうだ。
「お、俺達はウオーターバグの相手をしよう。レイさんには、リーダー昆虫の相手をしてもらわないとだな。それじゃあ、よろしく」
脇目も振らずに、ふたりもウオーターバグに向かって行った。
残りは俺だが。エレファントビートルが、やppり大き過ぎるでしょう。でも、残り物には福があるかも。
「ティンクは、どうする」
「私は、あのふたりの回復役に回りましょう。流石に厳しいでしょうから」
「ああ、頼んだよ」
戦闘狂ばかりですから、まだまだ戦いは続くようです。
S 級の二人は、大丈夫でしょうか。
そんなわけで、次回に、続きます。
頑張れ、おじさん!




