56.訓練場の下見と、蠢く奴ら
任せっきりで、放置状態の訓練用ダンジョンは、どうなっただろうか。
少しくらいの期間は必要だと思っているのだが、ドロシーに任せっきりはやっぱりまずい気がするので。これから行ってみようかと思う。
寝ているティンクをポケットに押し込んでっと。
「サリー、ドロシーのダンジョンに、転送してもらえるかな」
「了解いたしました。それでは、転送いたします」
あっという間でした。わかってはいるけれど、やっぱり反則だと思う。
送ってもらった所は、ダンジョンの目の前だった。まだ宣伝も何もしていないから、誰もいない。
「マスター、お久しぶりです」
「もしかして、クンかな」
「はい、その通りです。お陰様で、レベルも上がりまして、【剣王】のスキルを戴きました」
確かに腰に剣を差していた。服も着物だった。
「そう言えば、何で着物なの。鎧ではないの」
「わたくし、武士を目指しておりますので、この格好にさせていただきました。【五輪の書】を愛読させていただいております」
うーん、わからない。とりあえず、各階の様子を見ながら、ドロシーの所に行こう。
「レンは、どうしているの、見えないけれど」
「彼は、【賢者】のスキルを戴きまして、この地の防衛のための魔法陣を設置中でございます」
「後でいいから、顔を見せに来るように言っといて」
「わかりました。後程、レンと一緒に伺います」
どうやら、道の具合いをかくにんしているようだ。暇そうだから、本格的に訓練を開始するかな。侯爵に言って、訓練兵を連れて来てもらうことにしよう。
「さて、ダンジョンに潜ってみますか」
俺はポケットからティンクを取り出した。
「そろそろ起きろー。ダンジョンに行くぞ」
少しひんやりとした空気を感じる。
1階層は、グランド?
入って左手に小屋があった。【復活小屋】と書いてある。これが復活のためのシステムの一環だな。もう少しカッコイイ建物でもいいような気もするが、ここに力を入れても仕方ないか。
後々は、誰も死ななくなれば、ここも不要になるかもしれないしね。
「ふあー、何処ですか、ここ?」
ティンクがやっと起きたようだ。
「ダンジョンの1階を確認してる所だ」
この階には、魔物は出ないようだ。集合場所としての役割もあるのかもしれないな。ここなら、天候は関係ないしね。
「復活したら、防具や武器はどうなるのですか?それも一緒に復活するのですかね」
気怠げに、ティンクが聞いてきた。
「丸裸だ。生まれたままの姿で復活する。一種のペナルティだな。復活小屋も男女で分けてあるよ」
「わあ、大変ですね。だって、一文無しになる訳ですよね」
訓練施設だから、荷物の預かり所が必要かもしれないな。後で、ドロシーに言っておこう。
「このまま、2階に行ってみよう」
一面、草原の階だ。何箇所か、魔法陣が見える。あそこから、魔物が湧いてくるのかな。
言ってる側から、ゴブリンが湧いて来た。悪い顔をしている。ここでは、棍棒では無く、剣を持っているようだ。おまけに、片手には盾まで持っている。
これって、初心者には少し難しくないかな。
〈ゴブリンの戦い方を観て、学んでもらう為の階になります。あと、先程の荷物の預かり所の件、了解しました。すぐに、作製しておきます〉
何処からか声が聞こえる。何処だ、頭に直接話し掛けてる?
「もしかして、ドロシーかい」
〈気付いてもらえなかったら、どうしようかと、不安になっちゃいましたよ〉
「直接頭に話し掛けるから、びっくりしたんだよ。でも、元気そうで良かったよ」
話している間に、ゴブリンが襲ってくる事はなかった。ドロシーの命令により、立ち止まっているようだ。これなら、初心者にもってこいだね。
〈マスターの考えを反映させているつもりですので、あとで思った事があれば、先程の預かり所のように、教えてください。改良、もしくは改良のための参考にしますから〉
「わかったよ。俺は、このまま階層を進んで行くよ。用があれば、また話しかけてくれ」
ティンクが不思議そうな表情で見る。
どうやら、声が聞こえるのは俺だけらしい。
俺は腕を上げて、了解の合図を示す。ドロシーは、何処かで見ているようだ。
3階に進むとしよう。
3階の魔物は、オークだった。グループで攻めてくる為、こちらもグループ単位で戦う必要があるだろう。ここで躓くようでは、レースにならないが、それも訓練だから何とかして欲しい。その辺りは、ジェームズ侯爵次第だな。
4階はオーガであった。一気に魔物の強さがアップしていく。おそらく、ここからが訓練の本番だ。強者相手との戦い方を身に付けて欲しいものだ。
5階は、多種多様の魔物が出て来るようだ。オーク、オーガはもちろん、狼の魔物や蛇の魔物まで、姿を見せていた。
ここを突破出来れば、本物だな。訓練に参加する者が、戦闘のプロになる瞬間だな。一皮も二皮も、剥けて欲しいものだ。
6階は一気に難度が上がるようだ。
足元が沼地だった。足を取られ、いつもの動きが出来ないはずだ。それでも、勝たなければいけない。普段通りに戦えない時にどうするか、ここで学んで欲しいな。
7階は、ミノタウロス達だ。斧で襲って来るから、躱す事を覚えないと突破出来ない。剣で受ければ、折れてしまう。
この辺りから、槍で戦うのも良いだろう。武器を変更していくことも考える必要があるだろう。
8階は、ジャイアント系だな。大きな魔物が多い。ここまでの実力では、1対1で戦うのは無謀なので、グループ毎に対応できる戦い方を身に付けて欲しい。1対4位が理想かもしれないが、仲間のレベルもあるから、上手く作戦を立てて欲しい。
グループでうまく適応出来れば、まだまだ先に進めるはずだ。ジャイアント系は足元が弱いだろうからと、下に潜って攻撃して、潰されるのは勘弁して欲しいかな。実力さえ付けば、大丈夫だと思うけど、まだ駄目だろうな。焦らないで攻撃して欲しい。
9階は、スモール系だ。スモール系は数で襲って来る。蜘蛛や蜂系の魔物。小さな蝙蝠もいるようだ。おそらく、噛まれたら、毒だな。耐性持ちか、毒消しを持っていないと対応できないかな。しかも、小さ過ぎて、攻撃が当たらないんだよね。
大きな敵より、小さい方が質が悪いんだよね。魔法で広範囲に攻撃出来れば、結構簡単なんだけどね。
10階は、ボス戦だ。まだ相手がいないから、ボスは暇そうだ。俺は今相手出来ないからね。相手して欲しそうに、寄って来ないで欲しい。もう少ししたら、訓練所を開校出来るから、それまで待っててくれ。
11階以降は、まだ改良の余地があるから、今は放置だね。
このまま、最下層まで行こうかな。ドロシーも、待ってるだろうしね。
「やっと着いたよ。11階から19階まで一通り目を通したけど、やはり改良の余地があるね。ドロシーと相談だね。20階までは、やはり遠いね。転送してもらえば良かったかな」
「そうですよね、疲れちゃいますよね」
お前は俺の肩に乗ってただけではないですか。それでも、疲れちゃう?
最後の扉を開けると、
「何ですか、これは」
まるで、南国のビーチである。流石に海と砂浜はないが。
何故、ヤシの木が生えている。
何故、その木陰でビーチチェアーに寝ている。しかも、サングラスかよ。
壁には、巨大な液晶パネルがあり、各階層が見えるようになっていた。あれで、俺達を見てたわけか。これは、良いアイディアだが。
それをビーチチェアーで見るドロシーだった。
「おいおい、改造し過ぎでないのかな」
「これくらい、オッケイでしょう」
呑気なやつだ。まあ、開校前出し、仕方ないか。開校すれば、多分いきなり忙しくなるはずだから。今は、そっとしておこう。
「俺の階は、何処に行ったのかな?」
「御主人様の階があるのですか」
ティンクがゴネる。いや、ゴネルのそこじゃないよね。俺の階が無くなったのが問題なんだけど。
「いるだろう。ここ、俺のダンジョンだし」
ジト目のティンクである。
「マスターの部屋は、そこの扉を開けた先です」
そう言えば、扉がふたつあった。
「もう片方は、何処に行く扉だ?」
「あれは、予備の部屋です。マスターの部屋とほぼ同じ作りです」
「私の部屋は無いのですか」
「無い」
即答である。だいたい、いつも寝てるだけでは無いか。
「あっ、御主人様、何か悪口を言おうとしたでしょう」
何故バレた。まあ、言わないけどね。
お客さんも来るかもしれないから、部屋はあるに越したことはない。下手したら、足りなくなるかも。
簡単に増やせそうだから、今はいいか。
「でだ、この部屋の作りは、誰に教えてもらったのかな」
「マスターの頭の中にありましたよ。それを参考に作製いたしました」
「ああ、そうですか」
何も言えね〜。冬より夏派だったから、そのせいだろうか。
扉の向こうは、何も無い部屋だった。俺に改造しろと言うことですね。わかりましたよ。
早速である。
「お風呂とトイレは必要だよね。執務机と椅子。打ち合わせ用のテーブルと、ソファ。ここは、ゆったりと、話をしたい。簡易のベッドも欲しいかな。まあ、これくらいあれば、十分かな」
俺は、とりあえず部屋っぽくして、ドロシーの所に戻った。
「いつくらいから営業出来るかな」
「もう三日は欲しいですね。その後なら、大丈夫だと思います」
それなら、帰ってすぐに、ジェームズ侯爵と話をしなければいけないな。侯爵は、いつでも構わないと言ってはいたけどね。
トントン。
ノックの音がすると、扉が開かれた。
「遅くなりました。クンとレンです」
ふたりは並んで、部屋に入って来た。丁寧にお辞儀をする。
「ご挨拶が遅れましたが、私がレンです。【賢者】のスキルを戴きました」
クンの方が少し背が高いようだ。
「これからも、ドロシーを助けてやってくれ」
「了解であります。今後ともよろしくお願いいたします」
「早速だが、三日後に訓練場を開校しようと思うので、そのつもりでいてくれ」
胸に手を当てている。了解の姿勢だろうか。
「何か要望があれば、言って欲しい。ドロシー経由でも良いから、早めに伝えて欲しい」
クンが一歩前に出る。
「お願いがあります。私たちの訓練相手をお願い出来ませんか?」
言い終わると、一歩下がって、元の位置に戻る。
俺は、少し思案したが、ちょうどいい人材がいることに気が付いた。
「とても良い訓練相手がいるから、近々連れてくることとしよう。ただし、か・な・り、強いぞ」
「覚悟しておきます。我々もさらに強くなりたいので、問題ありません」
ふたりとも、やる気満々である。強くなること請け合いである。
「ドロシー、もう一つの部屋は、俺が連れて来る人用に改造しといてくれないか。それに、その人とよく相談して、これからの事を決めるといい。かなりの達人だから」
ふたりの気迫に押されて、ドロシーは直立不動であった。真面目な顔出来るんじゃん。
「一度、戻って、また来るわ」
俺は、肩で寝てるティンクをポケットに仕舞って、自分の部屋から、屋敷に転送してもらった。もちろん、サリーにである。寝てるから、ばれてないはず。それにしても、ティンクはよく寝る。
「ここ、どこですか?」
目覚めのティンクの第一声である。
「屋敷の執務室だよ」
「いつ帰ったんですか?」
ティンクは周りをキョロキョロとみる。確かに執務室だ。
「お昼食べたら、お城に行くよ」
「いきなり行って、大丈夫なんですか?」
「ああ、もう連絡してあるよ」
トントン。
「レイ様、いらっしゃいますか?」
「ああ、入って来ても大丈夫だよ」
扉が開いて、入って来たのは、マリアだった。
「何か用かい」
マリアは、そのまま俺の前まで来ると、ひとつの回復薬を取り出した。
「この回復薬、調べてもらえませんか?」
「これを何処で?」
マリアは事の経緯を放し始めた。
「それなら、調べとかないといけないな」
俺は、引出しから箱を取り出して、その回復薬を入れた。
〈サリー、聞こえるかい。この箱の中の薬、調べて欲しいんだけど、出来るかい。ああ、声は出せないからね〉
〈わかりました。それを転送して、すぐに調べます〉
〈お願いするよ〉
マリアが、思い出したように口を開いた。
「ルダスが、仲間に頼んで、あの人物を探してもらってるわ。運が良ければ、見つかるかもしれないかな」
「それは、期待したくなるね」
マリアはルダスの頭を撫でていた。ん?
「ルダス、進化したのかい」
「あ、言うの忘れてた。そんなんです、戦闘が終わったら、進化しちゃいました」
隣で、タイガが呆れてるぞ。みんな、仲が良さそうで良かったよ。
「進化すると、妖精になるのか。凄いことだよ。エメラでさえ、進化に至っていないのに、何が違うのだろうか。何か進化するための条件でもあるのかな」
俺は、腕を組んで考えてみた。ティンクも腕を組んでいる。真似するなよ。
「多分、条件は、戦う事だと思う」
ぽつりとマリアは言った。
「いつもなら、探索だけなんだけど。敵に襲われて戦ったら、こうなったんです。だから、きっと条件は戦闘なんです」
「それ、蜂達には内緒にしといてくれるか。教えたら、みんな戦闘しかねないからね。そうなると、かなりの数、死んじゃうと思うぞ」
「そうですね。ルダスも内緒よ」
「わかりました」
〈御主人様、今よろしいですか。どうやら、先日の薬と同じ物のようです。成分が一緒でした〉
〈やっぱりそうか。これは、製造元を早く見つけないとだめだな〉
「レイ様、あのダンジョンは、いかがいたしますか」
俺はさっきの箱の蓋を開けて、さもこの箱に調査装置が付いているかのように、
「どうやら、これ、この前のと同じ物のようだ。分析値が同じだった」
「やはりそうですか」
「うむ。ダンジョンは暫く閉鎖だな。俺が一度行って、確認してくるよ。ついでに閉鎖出来るかも見て来るさ」
「私もお供します。場所もわかりますし」
「わかった。明日、一緒に行こうか。さて、準備しとくかな」
おそらく土日はお休みです。
ここで、頑張っておきます。
お楽しみに! して欲しいです。




