52.蠢く
俺は、屋敷に戻ると、直ぐに天空城に跳んだ。
「サリー、何かわかったかい」
「お帰りなさいませ、御主人様。ご飯にします、お風呂にします、それとも、私にします?」
「いや、それは、もういいから」
ゴーレムとわかっていても、クラっときてしまう。こっちが、赤くなるから、やめて欲しいのだけれど。
「今日の御主人様は、ノリが悪いですね」
「いや、違うだろ」
俺は頭を抱えたい気分だ。
「仕方ありませんね。あの回復薬ですが、飲めばキチンと回復は致します。ただ・・・」
サリーが、一度言葉を止めた。
「ただ、何があったのかな」
「あれには、中毒になる成分が含まれておりました。その成分は少量ではありますが、飲み続けますと、中毒症状になります。その回復薬をもっともっと、飲み続けたくなります。一言で言えば、麻薬と同じですね」
「やっぱりか」
俺が思っていた通りだった。
「それで、何を使えば、その回復薬が出来るんだ?」
「普通の成分と全く同じです。ただ、【イリスの実】の成分が多めに使われております。【イリスの実】は、少量だけ使う場合には、問題なく普通の回復薬が出来上がります。けれど、容量を越えて作りますと、中毒となる成分に変換されるようです」
サリーはパネルに成分表らしきものを出して、説明してくれた。
「どうやら、この回復薬は、南の領都でかなり出回っているようです。エメらの情報ですから、間違いないと思われます」
「えっと、サリーは何故にエメラの事を知っているのかな。しかも、何故情報の交換をしているのかな?」
「勿論、御主人様の為でございます」
「うん、それでも、少し説明してくれると嬉しいな」
サリーは明後日の方を向いて、誤魔化そうとしているようだ。
「怒らないから、言ってよ」
「わかりました。実は、この天空城では、下界の情報が入りませんので、エメラにお願いして、情報の提供をしていただいております。・・・一度、転送でこちらに来てもらいまして、御相談させていただきました。申し訳ございません」
「ああ、わかったよ。今度からは、相談して欲しいな」
「わかりました」
俯いたまま、顔を上げないので、顎クイして、目を見つめる。何故か、顔が赤いサリーだった。
「強引な御主人様は、大好物でございます」
「いや、そう言うのではなくてね・・・」
もういいや。これ以上は、不毛だ。
「それで、その中毒症状になったら、治す方法があるのかい」
「ございます。皮肉なことに、【イリスの実】を適量飲ませれば、治せるようです」
「毒が、薬になるってこと?」
「そうでございます。ただし、容量が難しい為、錠剤にするべきかと」
「早速作ってもらえるかい」
「申し訳ございません。【イリスの実】の確保が出来ておりませんので、今は無理かと」
「わかった。ギルドに依頼を出して、確保するようにしよう。駄目なようなら、マリアに頼んでもいいかな」
どうしても見つからないようなら、自分で取りに行こうかな。
「取り敢えずは、解決かな。そう言えば、アシュラは、どうしてるの?」
「アシュラ様は、玄武様の元に行ったきりでございます」
「何か、悪巧みをしてなきゃいいけどなあ」
「今の所は、動きがございません」
「何かあれば、教えてよ。一緒に悪巧みなんて、以ての外だからね」
「わかっております」
サリーは怪しい所があるからなあ」
「一度ギルドに行ってくるから、屋敷に転送してくれるかな」
サリーは、パネルの一部をタップした。
「それでは、転送いたします」
俺の身体が、空間に溶けて、あっという間に屋敷の執務室に居た。
「アンバーは、居るかい」
扉が開いて、すぐにアンバーが現れた。
「お呼びでしょうか」
「相変わらず早いな」
アンバーは微動だにせず立っていた。
「ちょっとした依頼をする為に、ギルドまで出掛けて来るよ」
「わかりました」
俺は立ち上がって、部屋を出た。
「依頼は、ここでいいのかな」
俺は、空いていた受付嬢に声を掛けた。
夕方にはまだ時間があるせいか、空いていた。いつもは、ごった返しているのだが。
「ええ、こちらで構いませんよ。どんなご依頼でしょうか」
引出しから依頼書を取り出して、受付嬢は言った。
「【イリスの実】を取ってきて欲しい。数は多ければ多いほどいい。出来るか?」
棚から本を取り出して、調べている。
「ちなみに【イリスの実】は、どのようなものですか?」
どうやら、本には載ってなかったようだ。
「手のひらサイズの緑の実だ。ちょうどこれくらいかな」
俺はアプルの実をひとつ取り出して、受付嬢に渡した。
「これって、最近噂のアプルの実ですよね。頂いてもかまいませんか?」
「ああ、賄賂だからね」
俺は、ニヤリと笑う。
受付嬢は、すぐに引き出して隠して、辺りを窺う。誰にも見られていないことを確認する。
「ええと。これは、何処に行けば取れるのでしょうか?」
「それがわかるようなら、自分で探しているよ。だから、依頼に来たのだから」
ああ、という顔をして、頷いた。
「報酬の方は、いかがいたしましょうか」
「安すぎて、探しに行ってくれないと困るから、1個金貨1枚で、どうだろう」
「よろしいんですか?ちょっと奮発し過ぎのような気もしますが」
「構わないよ。多分、なかなか見つからないと思うよ」
「わかりました。その内容で掲示板に貼っておきますね」
「ああ、よろしく頼む」
俺は、受付を離れた。
どうも依頼しても、駄目な気がしてきた。討伐はこぞって行くかもしれないが、ただの実では誰も行かないんじゃないかな。マリアにも頼んでおくかな。マリアなら、1個や2個くらい持ち帰ってくれるだろう」
マリアのことなら、アンバーが知っているに違いない。行き先を告げて、出かけているはずだから。
とりあえず、とんぼ返りである。
ギルドを出て、屋敷に帰る途中に、マリアはいた。
明日からの買出し中の所に遭遇した。
「ちょうどいい所であったな、マリア」
「どうしたのですか、レイさん」
「マリアに個人的に依頼したのだけれど、忙しいのかな?」
「明日からダンジョンに行こうかと思っていたぐらいです」
タイガの頭を撫でながら、マリアが言った。
「それなら、良かった。【イリスの実】を探して来てほしいのだが。何処にあるかは、エメラなら知っているかもしれないな。聞いてみるといい」
「それって、どんな実ですか?」
おお、ちゃんと確認している。エライな。以前なら、そのまま駆け出していた所だ。進歩していることに、俺は涙が出そうである。
「一応、ギルドに依頼を出しているから、受けて行った方がいいよ。報酬があるしね」
「やった。このままギルドに行ってから出かけようかな」
ああ、あまり昔と変わってないかな。時間が遅いのだから、探索は明日にした方が良いだろう。
「ついでに、肉牛を取って来て欲しいから、探索は明日からだね」
「わかりました。とりあえず、ギルドに行って、依頼を受けて来ます」
敬礼すると、タイガと一緒に駆け出して行った。
タイガは振り返っては、頭を下げている。
タイガも苦労していそうだな。マリアは、もっと落ち着けないのだろうか。
さて、この情報は、女王にも言っておくべきだろうか。悩むなあ。
俺は、メガミフォンを取り出して、女王を呼び出した。
「もしもし、レイか。何か、用か?」
「今、忙しいかな?」
「そうでもないが」
「ちょっとした話があるのだが。時間取れるかな?」
「相変わらず、レイは我を顎で使うのお。まあ、良い。これからなら、問題ないが」
「了解。直ぐ伺うよ。もしかしたら、大変なことになるかもしれないからな」
「脅かす出ない。こちらからも用事があったから、ちょうど良いわ」
俺は通話を切って、お城に向かって、走り出していた。
話しをしていたせいか、門番に声を掛けたら、すぐに通してくれた。
隣で貴族が順番待ちをしているように見えるが、すまないと、小さく呟いておく。まあ、無視でいいのだが。
お城に入ると、案内係が待っていた。その隣に騎士たちが並んでいるのは、さっきの貴族のせいだろうか。
長い廊下を通って、俺は女王の執務室に通された。
「レイ様が御到着されました」
扉が開くと、宰相のナポリオンさんが迎えてくれた。
確か、ナポリオン・デ・ギリス伯爵だったかな。
「どうぞ、こちらに」
サポリオン伯爵に指示されて、前に進む。
「急にどうしたのじゃ」
女王である。中央にデカい机に向かって、書類をチェックしているようだ。
俺は、商談用のテーブルだろうか。横のソファに座らされた。女王も、こちらに来るようだ。
その前に、隣の女性に何か言っていた。女性はすぐに部屋を出て行った。
女王は、向かいのソファに腰を下ろした。
「今日は、何用じゃ」
俺は、マジックバックから【イリスの実】を取り出した。
「これが何かわかりますか?」
「アプルの実では、ないようじゃが」
ひとしきり眺めると、視線をこちらに移した。
「これは【イリスの実】というものだ。回復薬の原料に使える、少量ならな」
「多量に使えば、どうなるのじゃ」
「一応それでも回復薬になる、が毒性のある回復薬に変化する。中毒症状が出て、この実で作った回復薬を飲まずにはいられなくなる。一種の麻薬だ」
宰相が口を挟む。
「これ以外にも回復薬を作る材料があるはずだが。しかもそっちが主流のはずだ」
「流石宰相、横御存じですね」
「で、この実が、どうかしたのか?」
「この実で作られた回復薬が、街に存在する」
「それは、本当か」
「ああ、この実の回復薬。紛らわしいな、中毒薬を配っている輩が存在する」
「何のために?」
「それがわかるようなら、ここには来ないよ」
女王も頭が痛いことだろう。まだ魔人の件も終わっていないのだから。
「後々、まずいことになりそうですなあ」
どうやら、宰相はわかっているようだ。
「中毒の連中が、中毒薬を買いあさりはじめると、止められないだけでなく、値崩れが始まるはずです」
「その通り。しかも通常のまともな回復薬は売れなくなる」
みんな、黙りこんでしまった。
「とりあえず、【イリスの実】がどれ収穫出来るのか、頼んで調べている。大量に取れれば問題だが、そこまで取れないとみている。ただし、自然のものはという限定付きだ」
「それは、養殖ですか」
宰相は頭に指をあてて、考え込んでいる。
「ええ、この世界の養殖技術力がどれくらいあるか知りませんが、数取れないとなるとそれしか手段がないと思います。しかも、何としても作りたいでしょうから」
「私どもは、どういたしましょう」
「薬師関係、魔法病院みたいな所を調べてもらえませんか」
「【イリスの実】とわかる方法はありますか?」
「簡単です。地面においてください。【イリスの実】は大地に吸収されていきます。こいつは、木でしか存在しません。大地に落ちると、吸収され、消えてしまうのです」
「わかりました。早速、調査いたします」
「よろしく願いいたします」
宰相は、頭を下げると、そのまま部屋から出て行った。
代わりに入って来たのは、ひとりの女性だった。
「お呼びにより、参上いたしました、母上」
えっ。娘かよ。ということは、王女様。
「よく来たな。こちらが、お前がお世話になるレイだ」
「えっ」
俺は、驚いて、声を上げた。
「言ってなかったか、魔人対策を一緒にやって欲しい」
「えー、聞いてないよ」
俺は、腰が抜けそうだった。座っているけれど。
「私の二番目の娘のスノウだ。よろしく頼む」
「俺、何も聞いてませんが」
「国が魔人の件に何も関与してないのは拙いであろう。そのためじゃ」
俺は椅子からずり落ちそうになった。
絶対にそれだけではないよね。俺への諜報部員みたいなものではないですか。参ったなあ。
「嫌とは言わさぬぞ。何なら、貰ってくれても良いが。そなたなら、問題なかろう」
問題大有りだし。
「本当に良いのですか?」
俺は、スノウに尋ねた。
大きく頷く。
ため息を吐くと、葡萄を取り出して、勝手に食べる。シャインマスカット風に作ったから、心が落ち着くくらいに美味いのだ。自信作である。
「そなた、ここはダメだろう」
女王が文句を言っているが、無視だ。
俺は、スノウに分けてやった。
口にするスノウ。
「美味しい・・・」
そうだろう。これの味がわかるのなら、問題ない。暫く付き合ってやろう。
「わらわにも、よこせ」
女王は、俺のマスカットを取ると口に入れた。
「美味しい。舌がとろけそうだ」
だろう。美味しいのだよ。
俺は、二房ほどテーブルに置くと、立ち上がった。
「それじゃあ、帰るわ。何かあれば、また連絡するよ」
俺は、マスカットを口に頬張っているスノウを引き連れて、屋敷に戻った。
何とか、書いております。
楽しみにしててくれると、頑張れます。
次回も、お楽しみに!




