51.回復薬と悪巧み
ミノタウロスに殴られて、ソルトは弾き飛ばされた。
それでも、血を吐きながら、立ち上がる。
「もう無理だ。一度、撤退しよう」
《烈火の魂》のリーダー、ソルトが言った。
「ああ、そうしたいんだが。逃してくれそうにないのだが」
チリは、周囲の様子を伺う。4体が四方に立ち塞がる。
4体のミノタウロスに囲まれて、逃げ場がないようだ。
「魔力が尽きそうだわ。もう回復させてあげれそうに無いわ」
魔法は魔力が無いと使えない。当たり前のことだが、魔力は出来るだけ残して戦うべきである。無くなれば、魔法は使えなくなる。だが、どうしても使わなければいけない時もある。魔力を残す余力が無かったのだ。この状況では使わざるを得なかったのだ。そうしなければいけない程に、全員が傷だらけだったし、全員疲れ果てていた。
「すまないシオン。お前だけでも逃したかったのだが、どうやら無理そうだ」
折れた剣を握り締めて、ソルトが言った。
「俺の盾も、限界かもしれない」
そう言うシュガの盾には、ヒビが入っていた。
「シオンを中心に円陣を組むぞ。最後の最後まで、諦めるなよ」
ジリジリとミノタウロス達が近づいて来た。
「おい、そこの方、お願いがあるのじゃが」
外套でスッポリと姿を隠しているお年寄りが、俺に声をかけて来た。
「この先で、魔物達に囲まれているグループが居るのだが、この回復薬を届けてやってはもらえまいか」
顔も見えない様な輩に、怪しい回復薬を貰っても、信用し辛いのだが。
「いいけど、おじさんが直に渡せばいいじゃないか。上手くいけば謝礼だって貰えるだろう」
「私はそこまで強くないのだよ。ただの魔法薬師だからな」
「ふうん。まあ、いいけど。貸してくれ、渡してくるから」
「おう、ありがたい事じゃ」
俺は回復薬を数本渡されて、そのまま、助けに向かった。
「おーい、助けは必要か」
俺の声掛けに答えたのは、リーダーのようだ。
「頼む。魔力も切れて、みんな限界なんだ」
「わかった、ちょっと待ててくれ」
俺は弓矢ガン、通称レイガンを取り出すと、右と左のミノタウロスの頭を撃ち抜いた。
もう2体が、俺を敵であると認識したようで、俺の方に向かって来た。もう4人の事は眼中に無いようだ。雄叫びを上げて、近づいて来る。
予定通りである。
これで、遠慮無く、撃つことが出来る。万が一にも当たる可能性をゼロにしておきたい。
狙いを定めて、連射する。外すはずも無く、頭を撃ち抜く。実は矢尻に必中の魔法陣を描いてある。だから、本当は万に一つも無いのである。
倒れている4体にカードを投げて回収する。ダンジョンに食わせるなんて勿体無いことはしない。
「おーい、大丈夫だったかあ」
俺は4人に声を掛けて、俺の回復薬を渡して飲ませた。
流石に、さっきの怪しい回復薬は渡さない。
だいたい、ここ、24層に弱い魔法薬師など来れるはずがない。しかも、ひとりでだ。絶対強い奴に決まっている。嘘つきの回復薬ほど危ないものはないからな。
多分、何処かで見ているだろうから、貰ったやつを渡して見えるようには、小細工しておいた。あの回復薬は、後で調べてみよう。
「有難うございました」
4人は同時に頭を下げた。
「気にしなくても、大丈夫だよ」
面白いものも見れたしね。彼らには言わないけどね。
「さっきのミノタウロス、どうする?全部マジックバックに入れちゃったけど。分けるかい?」
「いえいえ、倒したのは其方ですから、所有権は其方にありますので」
「本当にいいの?大分武器と防具が傷んでるみたいだけど、物入りなんじゃないの?」
「・・・・・」
「でしょう。半分ずつにしようよ。マジックバック、持ってる?持っていれば、そこに入れるんだけど」
「持ってはいるのですが、容量が小さいもので、そんな大きなミノタウロスは入れられません。ですから、貰ってください」
リーダーは、無理している。丸わかりだ。
「それじゃあ、こうしよう。マジックバックを貸してあげるから、持って行きなさい。マジックバックは、ギルドに預けてくれたら、良いよ」
俺の言葉に驚いたのか、リーダーが無口になってしまった。そんなに変なことは言ってないはずなのだが。
「持ち逃げされたら、どうするんですか?」
女の子が、怒ったように言った。
「大丈夫だよ。それは、俺が作ったやつだから、定期的に俺の魔力を流さないと、中身が消滅するようになっているんだ」
完全に嘘である。だいたい俺には魔力はない。
「それなら、お借りしても、よろしいですか?」
「大丈夫だよ」
俺は、マジックバックに2体のミノタウロスと回復薬を少し入れておいた。
「何から何まで、申し訳ありません」
「気を付けて、帰るんだよ。それと」
俺はリーダーの耳元で伝えといた。
外套で顔のわからない人とあっても、あまり関わらない方が良いよと、告げ口だけしておく。
「出会いがあれば、また会おうね」
そう言って、俺は下の階に向かった。
下の階に降りると、指輪に話しかけた。
「サリー、お願いがあるんだけど」
「何でしょうか、御主人様」
「俺が今手に持っている回復薬をそっちに転送して、調べて欲しいんだ」
「わかりました」
その言葉と同時に、俺の手にあったものは消えた。
後は、サリーが調べてくれる筈だ。
「おっと、追い付いて来たみたいだから、気付かれないうちに、逃げよっと」
俺は、もうダッシュである。
これで追いつけるとなると、余程の強者であるが、流石に諦めたようで、姿を見せなかった。俺は念の為、も1階層下に降りた。
「この階は、何が出て来るのかな」
胸ポケットの中でずっと寝ているティンクを起こす。
実は、ポケットの中には、音が入らない様な魔法陣を描いているので、よく眠れるらしい。
「おはようございます、御主人様」
「うん、よく寝てたね。この辺りから、魔物が強くなるみたいだから、起きてよね」
大きく欠伸するティンク。
「そろそろ、お客さんが来たみたいだよ」
それは、2メートル位ある甲虫擬きだった。
「こんな魔物がいたんだね。でも、かっこいいね」
カブトムシは、男のロマンである。
でもね、魔物に容赦はしない。
レイガンを取り出して、撃つ。
が、矢弾は、甲虫擬きを貫通するが、何らダメージ与える事ができなかった。
「ダメージが無い?何で?貫通したよね」
俺は、刀に変えて、すれ違いざまに、斬った。
斬った所からふたつに分かれた。刀なら効くのか。
いや、甲虫擬きは元の形に戻っていた。
「御主人様、あれはリトルビートルの軍団ですね。小さな魔物の塊ですから、今の攻撃ではダメージを与えられません。そのうち、身体中にリトルビートルが取り憑いて、卵を産みつけるようです」
「それだと、ティンクは一番に狙われそうだな。気をつけなよ」
「それは、困りますので、御主人様に盾になっていただきましょう」
そう言うと、俺の陰に隠れるティンク。
御主人様を助ける気は、毛頭ないようだ、酷い妖精である。もしかして、邪妖精なのか。
「違います。正義の妖精です」
何故だ、俺の心の声が聞こえたのか。謎である。
「圧縮したファイアボールを魔物に撃ち出してくれ。魔物の中心辺りで爆発するように、調整してくれ。どちらかと言えば、ファイアボムだな」
俺の言葉が終わらぬうちから、魔力を、ティンクは練っていた。
「撃ちますよ」
ティンクの手の上のファイアボムが、撃ち出された。
リトルビートルの真ん中に、ティンクに撃ち出されたファイアボムが到達して、爆発する。
「シールド!」
俺は、魔物をシールドで囲う。それぞれ、5重にする。
爆発とその熱波により、逃げ場のないリトルビートルの群れは燃え尽きた。
そして、シールドが堪え切れずに弾けた。
「やりましたね」
俺の背後で、ティンクが歓声をあげている。
「まだだ」
俺の光波レーダーに2体の魔物が確認された。かなり大きい個体だ。
そこにいるのはわかっても、何がいるかまではわからない。それが欠点ではある。
ティンクが少し高い位置まで飛んで、眺める。
「あれは、ギガビートルとメガビートルですね。もしかすると、夫婦かもしれません」
リトルビーストの敵討ちと言うわけか。
ティンクは降りて来ると、俺の肩に止まった。いつもの位置だ。
「どうします。逃げますか」
「今更出しな。討伐します」
そろそろ近くまで来ている頃だろう。
「ティンクはメガビートルを頼む。俺はギガビートルの相手をする」
「わかりました。甲殻がとても頑丈ですから、気を付けてください」
ティンクは飛びあがると、メガビートル目指して、風となって、飛んだ。
あっちは、ティンクに任せておけば良いだろう。俺はレイガンを出して、狙いを定める。
額付近に狙いを定めると、連射した。
ガンガンガン。
矢弾は甲殻に負けて、跳ね返る。
「おいおい、どれだけ硬いんだよ」
レイガンが効かなかったことで少し同様していたのか、角で跳ね上げられてしまった。落ちてくるところを狙っているのか、角を構えて待っている。
2発目食らうのは流石にマズいので、シールド出して走って向きを変えて、離れた所までさらに走った。
俺は、甲殻のつなぎ目を狙って、レイガンを撃つ。撃ちながら、ギガビートルの周りを回る。
が、どこにもレイガンは効かなかった。
「流石に昆虫の王者だ。どうするかなあ。そうだ、ドラゴンの鱗で作った矢尻があったなあ。調子に乗って作って、ティンクの怒られたやつだ」
俺はマガジンを入れ替える。
「これで駄目なら・・」
迫りくるビートルの角を横っ飛びに躱して、狙いを定める。
頭と身体の境目に向かって、引き金を引いた。
矢弾がギガビートルにめり込んだ。貫通まではしないが、めりこむだけでも十分である。
苦しそうに暴れるギガビートルだった。
「効果があるのなら、少し危険を冒してでもやることがある」
俺は、ギガモービルの周囲を走り回る。
ギガモービルも、この速さには付いていけなかった。始めは追うように回転していたが、追い付けなくなると、威嚇するように立ち上がった。
「待ってましたよ」
俺は、滑りこむように、身体の下に潜ると、マガジンが空になるまで撃ち続けた。
やはりお腹の方が、弱いようだ。何発も矢弾がめり込んだ。
ポトポト落ちていた血が、流れるように血が吹き出した。まるで滝である。
我慢できず、腹から倒れるギガモービル。凄い地響きだった。
「やったか?」
動かなくなったギガモービルを見つめて、確信して、カードを投げて、回収する。
「さて、ティンクは、どうなったかな」
斬っても、斬っても、メガビートルの甲殻には傷が付かなかった。
凄い強度だ。
「とんがり帽子を使って攻撃したいけど、あれは一種の自爆技だからなあ」
自分より強いやつに攻撃すると、自分自身に跳ね返ってくるのだ。あれは、そういう技だから。
「今の自分の攻撃が効かないとなると、厄介ですね」
ティンクは、腕に付いているバングルを見つめた。
御主人さまに戴いてから、まだ使ったことがなかった。それだけ強い敵に会わなかったという事ではあるのですが。今日は、お披露目である。
「妖精武装!」
ティンクは光に包まれた。光の繭である。繭から、光が漏れ始めて、最後には光が、繭の殻が弾けた。
中から現れたのは、全身に武装されたティンクだった。
深紅のドレスに、身長サイズの槍とティアラのような兜だ。始めに戴いた際に、少し私の意見を入れて直してもらいました。
少しくらいの攻撃や魔法は平気なようです。
さあ、どれくらいの品物なのでしょうか。
行ってみましょう。
ティンクは、槍を中心に飛んでいく。
カキン!
弾かれる前提でしたが、どうやら効いているようです。当たった箇所に傷が付いています。これなら、いけそうです。
メガビークルの周りを飛びながら、何度も刺していきます。相手は嫌がっているようですが、ティンクは小さ過ぎて、メガビーグルの攻撃は届かなかった。
致命傷にはなりませんが、目に見えて傷口が増えていきます。このままいけると良いのですが、そんな簡単ではありません。
メガビークルの口から、ウオーターカッターが飛んで来ました。一度目は避けれましたが、何度も繰り返しウオーターカッターが飛んできて、逃げ道がなくなりました。
妖精武装のお陰で、ケガをすることはないようです。
私は、右足を軸にして回転します。
ドレスのスカート部分は刃となって、回転を始めます。このまま角に向かって、スカートで斬りかかります。
キーン!
回転ノコギリのように、角を根元から斬り飛ばします。
斬られた角を見て、メガビートルが吠えました。
「槍変化!」
槍が広がって、ティンクを包む。まるで、その姿はドリルミサイルであった。
ロケットの様に上昇して、Uターン。そのまま、メガビーグルに突っ込んでいきます。
メガビーグルの背中から腹を貫通する。大地に潜り、再び大地から出現する。
槍変化を解除すると、倒れ伏したメガビーグルの上に飛びあがった。
天に槍を突き上げて、吠える。
勝鬨を上げて。喜びを表すティンクだった。
近づくレイは、ティンクの頭を撫でていた。
「よく倒したね。凄いね、ティンクは」
武装を解除して、肩に乗るティンクはニヤニヤしていた。レイに褒められて、嬉しいのだ。
カードを投げて回収するのを忘れない。
それと、リトルビーグルを何体か、回収しておいた。
「今日は、帰ろうか、ティンク。ちょっと調べたいこともあるしね」
「はい、私も疲れました。今日は退散ですね。
「でも、帰り着くまでが遠足だからね」
俺は、ティンクを肩に載せて、上に向かって、走るのだった。
毎日、ギリギリです。
次回、どうするか。
それでも、お楽しみにしてもらえると嬉しいです。




