50.マリア薬のもとを見つける
マリアは、レイに頼まれている肉牛を捕まえるために、幻想の森に来ていた。
幻想の森は、王都の東にある区域の一部をそう呼んでいた。
もちろん、タイガと一緒である。
「ついでに。ギルドの依頼も受注してきたけど、何処にあるのかな」
ギルドで受注したのは、【イリスの実】を持ち帰ることだった。アプルの実程度の大きさで、緑色をしている。どちらかと言えば、迷彩色に近いらしい。そのため、簡単には見つからないのだ。森と同化してしまうのである。それと、地面に落ちた実は溶けて、大地に沁み込んでしまうらしい。木になっている実でないと見つけることが出来ないそうだ。面倒くさい実である。
幻想の森にあるらしいと言う情報は手に入れていた。マリアの情報屋は、とても優秀である。エメラの情報なのだから、間違いなかった。エメラの仲間は、一度でも見たものでないと、情報として、発信しない。だから、絶対なのだ。
「とは言っても、この森は広いからねえ。何処から手を付けようかしら。エメラ達に手伝ってもらえばよかったかな」
そんなことを考えているうちに、タイガは既に巨大な牛と格闘中であった。
5メートルくらいの文字通り巨体である、あれが、レイの言う肉牛であろうか。
牛自体肉なのだが、さらに肉が付いている。どれだけ肉なのかと思っていたが、小さな家ほどの肉の塊りだった。美味そうである。
「タイガ、逃がしたら駄目だよ。絶対に捕まえてよ」
そう言い終わらないうちに、タイガは肉牛の首を爪で斬り飛ばした。
「終わりましたけど、こいつ、どうします?」
マリアは、サッサとマジックバックに仕舞った。
「次、行くわよ。まだまだ、捕まえるわよ。レイさんに、10体くらい確保知るように言われてるんだから」
タイガは、頭をドリルの様に振ると、顔についた血が飛び散った。タイガドリルだ。
マリアの後ろを用心深く付いて行く。周囲に敵がいないか、確認を忘れない。
「一度帰って、エメラに仲間を借りようかな。このままだと、【イリスの実】、見つからないよね。困ったわね」
すると、何処からか、何かが飛んできた。
ブウーンという音は、聞き覚えのある音だった。
『初めまして、僕はルダスです。エメラ様の配下であります。エメラ様より、マリア様をお助けするように言われまして、参上いたしました』
「えっ、そうなの。ルダスは、ずっと付いて来ていたのかな」
『はいです。【イリスの実】は見つけるのが難しいので、一緒に行くようにと言われました』
エメラには、いつも助けてもらってるんだよね。うん、頼りないと思われているのかな。もっと、頑張らなくちゃね。帰ったら、御礼を言っとかなくっちゃ。
「ルダスには、【イリスの実】が、何処にあるか、わかるのかな」
『当たり前であります。既に何個か見つけてあります。僕は凄いのです』
小さくてよく見えないが、胸を張っているのかな。うん、頑張ってもらおう。
「一番近い所に連れて行ってくれるかな」
くるりと旋回すると、左に飛んで行った。
丸を描いたつもりなんだろう。マリアは、後を追いかけた。
『あれです』
ルダスの指す方向に、巨木が一本生えていた。一枚一枚の葉が大きいようだ。そのせいだろう、実は見えない。
「ルダス、これで本当に合ってるのかな」
『間違いないです。それに、実がなっているでしょう』
目を凝らしてもう一度見直してみる。
「あった。本当だ、あった」
葉に隠れて、迷彩色の実が見えた。これでは、見つけられないな。
『ただし、ひとつ問題があります』
「どんな問題?」
『すぐにわかりますよ。ほら』
木から、無数の蜘蛛が降って来た。10センチ程度の蜘蛛だが、数が半端ない。
あちこちから、糸を伸ばしては降りて来た。
そして、糸を飛ばして来た。
『あれ、当たると融けますから気を付けてくださいね』
そう言うと、ルダスは後退していった。
「それ、早く言いなさいよ」
マリアとタイガも一度巨木から離れた。50メートルも離れれば、攻撃してくることはなかった。
蜘蛛は、巨木から離れるのを嫌がっているようだ。サンゴから離れないクマノミみたいなものだろうか。共生のようだ。
『さあ、どうしようか』
「それ、私の台詞だね」
『・・・』
誤魔化したようだ。
「タイガ、何か良いアイデアはない?」
「マリアが囮になっている間に、私たちが取ります」
頭なでてと言わんばかりに、胸を張るタイガだった。
「それなら、私にも良い案がるわ。タイガが囮になっている間に、私とルダスで取ります」
「却下です」
偉そうにタイガが言う。言い出しっぺではないか。
「木を燃やして、蜘蛛を遠ざけるのは、どううかな」
『それ、森が火事になるかと。実も燃えちゃう、気ッと』
腕を組んで悩む。頭に指をやって、クルクル回したい気分だ。〇休さ~ん・・・。
悩んでいると、また肉牛発見だ。
先に相手の方がこちらを見つけたようだ。何故だか、かなり怒っている。
「肉牛がこっちに来るぞ。どうする、マリア」
クルクル、クルクル。
ピカーン!
「いい手を思いついたよーん」
タイガの耳元で囁く。
「いい案だけど、耳元で囁く意味ある?」
「そんな小さなことは気にいてはいけないよ。さあ、戦いは始まったのです。あっ、ルダスは私のポケットにでも入っといてね」
マリアは言うが早いか、ルダスを捕まえると、ポケットに押し込んだ。
「行くよ、タイガ」
マリアとタイガは、巨木に向かって走った。
肉牛に追いつかれるか、追い付かれないかの距離で走った。
ブオー。
「五月蠅い、肉牛だ。叫ぶ暇があったら、追いかけて来なさい」
マリアは巨木に向かってまっしぐらだった。
前から蜘蛛が飛んできた。風に乗って。上手く飛んでくる。
無数の蜘蛛を避けながら、巨木にひた走る。
「タイガは左ね。私は右に行くから」
息を切らしながら、マリアは言った。
タイガが走りながら、頷く。
肉牛が付いて来てるのを確認して、
「そろそろ行くよ。3、2、1」
予定通り左右に分かれる。しかも。巨木に当たる寸前に。
すると、怒りの肉牛は、真っ直ぐに突っ走る。予定通りである。
どっかーん!
肉牛が巨木に突き刺さった。
揺れる巨木。落ちる蜘蛛、蜘蛛、【イリスの実】。
脳震盪で倒れる肉牛。ゆさゆさ、ゆさゆさ。落ちる蜘蛛、蜘蛛、【イリスの実】。
マリアは大地に落ちる前に、【イリスの実】をキャッチする。1個、2個。
これだけ大きな巨木でも、2個しか落ちて来なかった。もう無いのか、まだ実になっていないのか、どっちだろうか。判断が出来ないが、見た感じ、他に見つけられない。
蜘蛛たちは、大地に落ちて、気絶しているようだ。
「ごめんね、木の上にあげておくから、早く目を覚ましてね」
マリア達は、落ちた蜘蛛たちを全て木の上にあげておいた。
その間に、ルダスにもう実が無いか、確認してもらっている。
暫くして、ルダスは飛んできた。
『もう無いみたい』
そうか。それでは、次に行くか。
「ルダス、他の所に連れて行ってくれるかな」
『わかった』
先行するルダスを追うマリアとタイガ。実は、アリアのポケットに蜘蛛が1体入っていることには気づいていないのだ。勿論、気づくのは、また後の話である。
『今度は、ここです。池の中央に小島が見えると思うのですが、あそこにあります』
今度は水である。
「どうやって渡ろうかな」
「私が走りますから、背中に乗ってください」
「えっ、水の上を走るってこと?」
「はい、私ならば可能かと」
タイガは自信満々である。
「空は飛べませんが、水の上でしたら、1歩目が沈む前に2歩目を出せば沈まないかと」
「誰に聞いたの?」
「レイ様です」
やっぱりレイは可笑しいのだ。レイのせいで、配下が全部おかしくなっている、ようだ。
「わかったわ。タイガが出来るって言うのなら、出来るのね。怖いけど、やりましょう。他に手がないわ
マリアは、タイガに乗った。ルダスは自力で飛ぶらしい。
違うな、タイガを信用してないのだ。
着いてしまった。
タイガは、本当に水上を駆けて渡った。
やるな、タイガ。と、思うマリアだった。
体力を消耗する技なのか、すでに伏せ状態のタイガだった。
「この島のどこに【イリスの実】があるのかな」
島というか小島は、50メートルほどで何もない。
いや、中央の石像を除いては。3メートルほどの石像が中央に存在した。
「ルダス、聞いてみるのですが、石像の頭の上にある木に、【イリスの実】があるなんてこと、言いませんよね」
『いえ、正解です』
「やっぱりかあ」
膝を付くマリア。がっくりしている。
『世の中、思い通りにいかないものですよ』
お前が言うな。
「一応聞くけど、タイガはあれ、取って来れる?」
「一応言うけど、石像さえ動かなければ楽勝だな」
「動くかなあ」
タイガが立ち上がった。
「もう動いてるみたいだ」
大地が揺れた。
石像が立ち上がる。
地中にも身体が隠れていたのか、立ち上がると5メートルの高さがあった。
「どうやって、あの上に登るのよ」
「倒して低くすれば、登れるのではありませんか?」
『僕は後ろに下がっておきます』
そう言うと、ルダスは逃げて行った。やる気のない蜂だ。エメラにチクってやろうと誓うマリアだった。
「何も出来ない奴はおいといて、どうしようかな。足元をぶち壊せば、倒れてくれないかしら」
「それしかないだろう。それも難しそうですが」
作戦など無かった。当たって砕けろだ。
「タイガは左足、私は右足。よろしくね」
マリアは魔力を圧縮。手のひらに具現化する。まるでボールである。
ソフトボールくらいの魔力をさらに圧縮して、ピンポン玉くらいにした。額に汗が流れる。
「ファイア・ボール!」
魔力の塊りに息を吹きかけて、撃つ。光る尾を残像で残しながら、飛ぶ。
ファイア・ボールは、石像の右膝に当たる。刹那、爆発。
砕け散るのは、石像の右足だった。
合わせて、タイガも左膝を攻撃する。右足の爪で引っ搔くと、そのままの勢いで噛みつく。牙がささり、砕ける。
両足が無くなり、倒れる石像だった。
しかし、石像は倒れながら、腕を振り上げて攻撃してくる。
タイガは躱して避ける。
マリアはファイア・ボールを放ってすぐ、魔力を貯めて、風の刃を作っていた。
「ウインド・カッター!」
石像の腕は、ふたつになって離れる。
落ちて来る腕を転がって躱すマリア。
すぐさま立ち上がって、石像の頭に走る。【イリスの実】が大地に触れないうちに回収しなくてはと、マリアはひた走る。
ドゴーン!
石像が倒れるのと、マリアが【イリスの実】に辿り着くのが、ほぼ同時だった。【イリスの実】が石像の倒れる速度に負けて、木から離れて宙に舞ったために間に合って、うまく回収出来たのだった。
3個の実を取ってはマジックバックに仕舞ったのが良かったのだろう。3個も一度に掴み取れなかったのだから。
お陰で。マリアは顔から大地にぶつかった。ファーストキスは、大地だった。後で気づいて大騒ぎしたのは、内緒だ。
『凄いですね、マリア様。僕は感動したです』
終わったと同時にルダスは戻って来た。絶対にエメラにチクる。
「おお、凄い顔になりましたね」
テクテクと歩いて来たタイガが言った。
口に石像の魔石を咥えている。それでよく喋れたものだ。
「ルダス、他にも【イリスの実】のある所、わかるのかな」
マジックバックに【イリスの実】が入っていることを確認しながら、聞いてみた。
『知ってるところは、あれで全部です。他にもあると思うけど、まだ見つけられずにいます』
「そうか、それなら、肉牛をもう少し狩りながら、帰ろうか」
おそらく、この島にはまた来ることになりそうだ。その頃には、また実がなっているといいな。石像の上でなく、地面に生えてもらいたいな。
「タイガ、また水の上、走ってくれる?」
「任せろ」
マリアはタイガの背に乗って、振り返った。島の中央に、1本の木の芽が生えているような気がした。さっきまで石像が倒れていた場所だ。
もしかすると、この島では、石像が【イリスの実】の苗床なのかもしれないなと思うマリアだった。
森では巨木が苗床であったのではないか。そんな気がしていた。
「まあ、それはレイさんが考えてくれるでしょう。私には難し過ぎる」
今日は天気が良い。
青い空に、白くて大きな雲。雲は王都の上空かな。
池の水面は、空に青さが映えて、深みが増していた。
「さあ、帰ろうか。タイガ、もう少し、頑張ってね」
ルダスの事忘れてたけど、ちゃんと飛んで付いて来ているようだった。
「この子、貰えないか、エメラに聞いてみよう。私には必要な子だと思うから」
「しっかり摑まっとけよ、少し速度を上げるぞ」
風が気持ちいい。
ギリギリ間に合いました。
次回も、お楽しみにです。




