5.アリスの実力
「アリス、行くなのー」
アリスは、背負っている剣を抜くと、石像に突進していった。速い。いきなりのトップスピードだ。
石像は、三メートルくらいあるだろうか。横幅も、それなりにある。大岩の塊に、手足が生えたような見た目だ。
立ち上がると、腕を大きく広げる。巨大な身体に比べて、異常に腕が長かった。五メートルを越えるだろうか。手のひらも大きいせいか、握ったこぶしは、巨大なハンマーのようだ。
石像は、アリスを捕まえようと腕を伸ばす。
腕が届くか届かないかの距離で、アリスは飛び上がった。
剣を振りかぶって、勢いそのままに大上段から斬り付ける。
「直滑降地獄落としなのー」
何ちゅう命名だ。絶対適当だろう。
石像は、腕をクロスして、防ごうとする。
振り下ろす剣。
刹那、闇が残像を残す。
腕に闇が走る。腕が切断され、時間差でずれる。
斬り飛ばされて、真っ二つとなる石像。轟音と共に、左右に倒れる。
返す剣で、もう一閃。
あっという間に、二体とも倒れた。
相変わらずの一撃だな。
もう、俺より強いのではないだろうか。
ちなみに、アリスも勿論女神様の加護を持っている。
【女神の矛盾】
どんな防御をも打ち破る鉾の力と、どんな攻撃も防御する盾の力。ただし、一日に一度、どちらか、一方の力しか使用出来ない。
この力を使わなくても充分強いのだが。そのため、滅多に使うことはない。必殺技である。
アリスは、他にも、スリングショットを使う。Y字型の棹を持って、ゴム紐を張って弾を飛ばすあれだ。玩具で言うところのパチンコだ。色んな弾を使い分けるので、結構な脅威になる。
俺は、ブランクカードを取り出して、倒れた石像に投げ付ける。
石像だったものが、光になって、カードに取り込まれる。空白だったカードに石像の絵が浮かんで来る。同時に、カードが僕の手元に戻って来た。
これは、僕のスキルのひとつだ。
【女神のカード】
物体をカード化する能力。カード同士の合成も可能。ただし、何になるかはレベル次第。
カード化することで、腐ることはない。どんなものでもカード化可能。カード化中は、治癒力が働く。
取出し時、肉や部品に仕分けすることも可能。
こんな力だ。マジックバックがあるから、あまり役立つとは言えないけれど、カード合成は、思いのほか役に立っている。ファンタジーでは有名な霊薬ポーション同士を合成すると、ひとつ上位のハイポーションになるなど、ランクをあげることが出来るからだ。
まあ、ふたつ以上ないとあまり役に立たないけれど。
他にも色々とあるのだが、その都度説明しよう。
「あんまり、強くないのー。こう胸躍る戦いがしたいなのー」
相変わらすの戦闘狂である。
「大丈夫だよ。この先に大冒険が待ってるよ」
俺は戦わないで済むものなら、スルーしたい派なんだけどな。
「本当に、ここに、入口があるのー?」
「長老が言うには、ね」
この空間の何処かに、外の世界に行ける入口があるらしいのだ。ドラゴン達は興味ないから、行ったことはないみたい。
さっきの門番達もいるから、面倒くさいんだと。倒しても、すぐに復活するらしい。
「とりあえず、ぶらぶらと探すしかないでしょ」
洞窟の中だと言うのに、空気が澄んでいる。ここも、一種のダンジョンになるのだろうか。
不思議な空間だ。
「レイー、あっちに何かあるのー」
森の合間に、小高い丘が見える。何だろう。
周囲に気を配りながら、僕たちは前に進んだ。
「何だか、ブンブン飛んでるのー」
どうやら、大きな蜂のようだ。まるで、猫が飛んでいるようだ。大き過ぎるだろー。
あの小高い丘に見えたのは、どうやら巨大な巣だった。沢山の蜂が出たり入ったりを繰り返している。
そんな巣が、至る所にあった。見つかったら、面倒くさいやつですね。
「アリス、後退するよー」
「えー、パチンコ弾飛ばしたいのー」
「1対1ならともかく、あれは多過ぎるよ。無理とは言わないけれど、面倒くさいから、パスしたい」
「仕方ないのー」
僕たちはゆっくりと後退した。音をたてないように、ゆっくりと。
ボキッ。
アリスが枝を踏んでしまった。テレビや映画でよくあるやつだ。そして、当たり前のように見つかるのだ。
結構離れたから、大丈夫のような気もするが。
「無理だよなー」
僕たちは、巨大な蜂に追いかけられることとなった。
「翼竜ゴーレム、出すのー。あたしは、隠れとくのー」
「それ、ずるい奴だ」
「気にしたら、負けなのー。レイも気を付けてなのー」
それだけ言うと、アリスは、僕の影に沈んでいった。
文句を言ってても、どうにもならなので、アイテムボックスから翼竜ゴーレムを出そうとして思い出した。壊れているんだ。
いきなりの大ピンチだ。
木々の間を抜けるように、走る。
蜂達は、群れになって、追いかけて来る。群れが、巨大な矢のようだ。群れになることで、速度が上がったりするのだろうか、少しずつ詰められているような気がする。追いつかれるのは、時間の問題か。
「不味いかも」
何処かに、逃げ込む所はないかな。逃げながら、周りを見る。
同じような所ばかりだ。隠れる所も無さそうだけど。困った。
すぐ後ろまで来ている。本当に、ヤバい。
ん?何かが目に入ったような。
大きくUターンする。
見つけた。
小さいけど、洞窟だ。何処まで行けるかわからない。賭けだな。
意を決して、洞窟に飛び込む。
ん?着いてこない。何でだ。
とっ、足下の床が抜けた。グニャリと床が柔らかくなって、身体が床に沈んで、飲み込まれる。
そして、筒状の中を滑り落ちて行く。辺り一面ツルツルして、掴まるところがない。
どんどん落ちて行く。ウオータースライダーみたいだ。
何処まで行くんだ。
何処に辿り着くんだ。
グルグル、スクリューのように、滑って行く。
「でも、これ、甘いな。まさか、蜂の巣かな」
滑っていく先に壁が現れた。正六角形の壁だ。あー、やはり、蜂の巣なんだ。
壁に突っ込む。ねとねとのゼリーだ。呼吸出来なくなりそうなので、回りの部分を少しだけアイテムボックスに収納した。同時に、穴を抜けた。
そこは、広い空洞だった。中央に、空洞の半分を占めるくらいの蜂の巣があった。巣の割に、蜂達は小さめだ。それでも、小指くらいのサイズだ。壁にいくつもある穴を出たり入ったりしている。あそこを通って、花の蜜を取りに行くのだろうか。それとも、何らかのエサだろうか。
ただ、俺たちを見ても、全くの無視だ。敵と思われていないのかな。
巣の下は、池だ。もしかして、蜜かもと思ったけれど、水でした。これで、ネトネトの蜜を洗い落とせる。
大きい音を出して、水中に突っ込み、浮かび上がる。
蜂達は寄って来なかった。
仕事に熱心だこと。
酷い目にあったなあ。
「ここから、どうやって出るかなあ」
見渡しても、出口らしい所は無かった。
壁にある無数の穴だけだ。蜂の巣だからな。まるで、駄菓子屋にある穴を開けて、おもちゃが出て来るあれに似ている。
何処かに、当たりがあると良いんだけれど。
「レイは、自分だけ、ズルいのー」
いつの間にか、影から出て来たアリスが、蜂の巣を舐めている。
アリスの周りを飛ぶ蜂達。攻撃する気はないようだ。自分たちの巣を食べられそうなので、威嚇しているように見える。
早く、どこかに行けと、言っているようだ。
言葉がわかるわけではないが、そんなことを言っているように見える。
「出口知ってたら、教えてくれないかな」
何となく、蜂達に聞いてみる。
蜂達は、言葉を発せられないからか、何匹かで、矢印の形を示す。
「おー、あっちに行けってことか?」
どうせ当てもないのだからと、その方向に進んでみる。
あー、また、穴があった。出口に繋がっているのかな。
「行ってみるのー」
アリスが飛び込んで行った。
おいおい、躊躇しろよ。
蜂達に、礼を言って、俺も穴に飛び込んだ。