49.大好きです、秘密基地2
あれから、一週間が過ぎて、引っ越しの日が来た。
早いものです。
「レイ様、今回はありがとうございました。お陰で、子供たちの住む処が無くならずに済みました」
ミレーユが、隣でそう言った。
養護施設まで一緒に歩いて向かっている所だ。
「御礼なら、女王に言ってよ。急に、褒美に土地をくれるっていうから、こんなことになったんだからね」
「それでも、レイ様がその土地の一角に養護施設を作って戴いたからでございます。それが無ければ、今頃は子供たちの住む処が無くなってしまい、とんでもないことになっていたと思います」
「大丈夫だよ、きっと、俺が居なくても、何とかなるもんだよ」
そんなこんな話をしていると、目的地に着いたようだ。
「レイ様、この度は、助けていただきまして、ありがとうございます」
院長が、頭を下げる。
同時に、子供達もお辞儀をしている。
「ありがとうございました」
いい子供達だ。子供は宝だ。出来るだけの事はしてあげたい。
「御礼はねえ、女王様に言ってあげてください。土地をくれたのは、女王様だから」
俺がそう言うと、
「はーい」
子供達の良い返事が聞こえて来た。聞いているだけで、気持ちが良い。
俺は子供達全員の顔を見て、何度も頷くだけだった。
「引越しの荷物は何処にありますか?」
院長は困った顔をしている。
「荷物はほとんどありません。調理場に、コップやお皿が少しあるだけです」
「わかりました。それを鞄に詰めて、引越し先に行きましょう。何処ですか?」
「流石に、鞄には、入り切らないと思いますが」
院長は、そんなことを言いながら、後からついて来る。
「院長、大きい声では言えませんが、マジックバックなので大丈夫ですよ」
「へっ」
院長は、変な声を出した。
「ここです」
ミレーユが教えてくれた。何故かニヤニヤしている。
「おお、色々とありますね。鞄に詰め込みますので、少し待ってください。院長はもう忘れ物は無いか、もう一度確認してください」
院長はそそくさと調理室を出て、見回りに言った。
「ミレーユ、院長に言ってなかったのかい、マジックバックの事」
「すっかり忘れてました。最近は、それが当たり前になって来てるので。申し訳ありません」
ミレーユは小さくなっている。
「とりあえず、ここの荷物は終わったよ」
調理室から出ようとすると、院長が戻って来た。
「他にはありませんでした。調理室が終わったら、出発できます。あら、もう終わったのですか?」
「鞄に入れるだけですからね。それでは、行きましょうか」
「みなさん、良い子にして一列に並んでくださいね」
「はーい」
子供たちは手を上げて、反応している。みんな、嬉しそうだ。
俺の屋敷までそこまで遠くないので、みんなで歩くことにした。20人程度いるので、乗れる乗り物がないのだ。貴族と違って、何台も馬車を借りて来るわけにもいかない。
みんな、遠足程度にしか思っていない様だから、問題ないだろう。嬉しそうだし、頑張って歩いてもらおう。どうやら、院長の方が体力的にマズいみたいだ。回復薬でも飲んでもらおうかな。
ミレーユは先頭だ。俺が最後尾。アリさんの行列みたいだ。
前の世界みたいに、車が通ったりしないから、そこまでの注意は必要ない。もし何かあっても、魔法で何とかするから問題ない。魔法は使えないけど。
頑張れ、みんな。
そろそろ休憩が必要かなと思った頃、屋敷に辿り着いた。
「ここが、新しい養護施設になります」
ミレーユがそう言うと、子供たちは走って、真新しい門から入って、完成済の建物に向かっていった。
建物の前で、子供たちが口々に叫んでいた。
「凄い、凄ーい」
「今度のは、オンボロじゃないから、素敵」
「本当にここなのー。夢みたーい」
院長も、驚いて、腰を抜かしていた。
「大丈夫ですか、院長。ここが、これからみんなで住む処になります」
早速子供たちは、遊技場で遊び始めた。
「本当によろしいのですか?ここに住まわせていただいて」
「もちろんです。女王様に土地を戴いて、余っていますから、大丈夫ですよ」
広いだけの土地である。好きなだけ使ってもらっても構わない。
囲いだけはきちんとしてあるので、問題はないだろう。
「塀とかはありませんが。隣が俺の屋敷になります。その隣は俺のお店ですので、野菜や果物はこちらでどうぞ」
「えーと、養護施設とレイ様のお屋敷の間にある広場は、何ですか?あと、養護施設の前の家はどちら様のお宅でしょうか?」
院長、落ち着いてください。一度お茶でもしますか、かなり歩きましたので。
「中に談話室みたいな所を作っていますので、そこで落ち着いてお話しませんか。子供たちはカレンさん達に任せておけば大丈夫でしょう」
「まず、養護施設と屋敷の間の広場は、畑と果樹園です。すでに種子を植えておりますので、芽が出るのを待つだけです。その後は、子供たちに面倒を見てもらおうと思うのですが、いかがでしょうか?」
院長は、お茶を呑むと、少し落ち着いたようだ。
「そこまでしていただいては・・・」
「今後、子供たちの柵を作ってもらったり、水やりや収穫をしてもらおうと思います」
ミレーユが話をする。
「レイ様は、これから子供たちが独り立ち出来るように、いろいろと考えてくださっています」
「養護施設の運営費を稼ぐのも大変でしょうから、せめて食費が浮けばと思ったわけです」
テーブルに置いた手を組んで、俺は院長に問いかけた。
「わかりました。ここまで来たら、思う存分面倒をみてもらいましょう」
言いたいことを言って、ほっとしたのか、目元が緩んだようだ。
「もうひとつは、養護施設の前の小屋ですが、あそこで何かを売ってみたらどうでしょうか?そう思い作らせてもらいました。売るものも、こちらで勝手に考えております。これも、子供たち主体で出来ればと考えています。とは言え、幼い子には無理がありますから、少し大きい子たちにお願いしようかと思っています。どうでしょうか」
俺は少し無理を言っているかもしれないが、俺達が居なくなって大丈夫なようにしておく必要があると思う。あとはよろしく、ってわけにはいかないだろう。
「そこまで考えて戴いているのでしたら、全面的に協力させていただきます」
院長は、立ち上がって、礼を言った。
「詳しい話は、またにしましょう。引っ越しで疲れもあると思いますので、暫くはゆっくりとここの暮らしに慣らしてください。何かあれば、ミレーユに言ってもらうか、屋敷にアンバーという執事がおりますので、そちらに言ってください。俺は、あちこちに行くので、摑まらないかもしれないので」
「わかりました」
これで一安心だ。子供たちもここに慣れて、落ち着いてくれるといいんだが。
「あっ、そうだ。今度から、ここは、【子供ハウス】って名前にしませんか」
「養護施設【子供ハウス】ですか?」
「どうでしょうか」
「良いと思います」
ミレーユが横から賛成の声を上げてくれた。
「そうですね。そうしましょう」
「看板も用意しときますね」
さて、一度秘密基地に戻って、モールと話をしよう。ここの所、放置状態だったからな。
「何だ、ここは」
1階の大広間が変化していた。壁と天井は全て、石造りになっていた。オリンポスの神殿のようだ。中心のエレベーター周りには石柱が立ち並んでいた。
床には芝生が所狭しと繁殖し、壁沿いには花壇まである。すでに、彩り豊かな花々が咲き乱れていた。
「モールは、居るかい」
目の前の空間がブレた。大気が歪んでいた。
歪みが静まる頃、そこには人が立っていた。
薄い外套に長ズボン。ブーツを履いている。
左手を胸に当てて、
「我をお呼びでしょうか」
「誰、あなたは?」
頭に手を当てて、考える。ここに入れるのは、モールとエメラしか居ないはずなのだが。誰だ、誰だ、誰だ。
「我をお忘れですかな、マスター」
「モールで、間違いない?」
モールと名乗る者が、ニヤリと笑う。
「進化いたしました」
俺は、ハテと首を傾ける。
「そんなに簡単に、進化なんて出来るの?」
「暇を持て余して、色々と改造した事で、経験値が溜まったようで御座います」
あまりの急激な変化に言葉も無い。
「ま、まあ、いいよ。仕方ないことだからね。それより、色々したことを説明してくれるかな」
モールはとても嬉しそうだ。
「まずは地下から見てもらいましょう」
俺達は、エレベーターに乗った。
ゆっくりと、下降を始める。
「1階から3階までは、ダンジョンになりました。強い個体はまだおりませんが、初心者の練習相手にはなると思います」
各階が、草原やジャングルに変化していた。何てこった。
「4階から6階には、かなり強い個体が育っています。各階に一体ずつですが、ボスが育っているようです。これから先、何処まで育つか、とても楽しみですぞ」
「あれ?以前は5階までしか無かったよね」
「そんな時代もありましたな。ハハハ」
「今は、何階まであるのかな」
モールはとても答えにくそうだ。
「我、とても暇だったものですから・・・申し訳ございません」
「まあ、良いんだけどね」
俺はこめかみを押さえずにはいられなかった。王都内に巨大ダンジョンが出来たなんて、女王にバレたら大変だ。気を付けなくちゃ。
「ええと、地下10階までございます。マスターの階層は、あくまでも最下層ですので、地下10階になります。その上の階が、我の階です」
9階だよね。それだと、7階8階はどうなっているのかな。
「7階8階は、未だ混沌としておりまして、生まれる前の段階です。立入禁止でございます」
何だか、とても危険な階にならないよね。変なダンジョン、生まれて来ないよね。とても心配であります。
「必ずやマスターの満足頂けるダンジョンにしてみせます」
いやいや、そんなに拘ってないから。
「モール、頑張ってくれてるのはわかるけど、限度があるからね。これ以上、階数を増やすの禁止ね」
「わ、わかりました」
今度は敬礼してる。何処で習ったんだか。
「とりあえず、俺の階に行ってみようかね」
「お供いたします」
エレベーターはそのまま地下10階に着いた。
そんなに変わっていなさそうだ。良かった。お花畑にでもなっていたら、どうしようかと思ったよ。
でも、高級感溢れるピアノに、スロットマシン、ジュークボックスまであるよ。何処から持って来たんだい。この世界に、こんなもの無いだろう。
「この機械は、何処から持って来たの?」
モールは顔を横に向けたまま、
「企業秘密でございます」
あっ、そう。進化して、酷く人間臭くなってないかい。
ああ、考えるのやめよう。
「今度は、上を見ようか」
「お任せください」
エレベーターは、凄い勢いで上昇した。
辿り着いたコテージは、ほぼ変わっていなかった。壁のポスターを除けば、である。これって、回転したりしないよね。そのまま滑り台になって、乗り物まで行ったりしないよね。
「ハアハア」
考えただけで、息が乱れてしまった。
子供達が、早速農作業をしている風景が見えた。
院長やカレンさん達も手伝っているみたいだ。
ミレーユさんは、お店に行ったのか、姿が見えない。
そうなんだよね。こんな風景が見たかったんだよね。女王には御礼を言っとかなくちゃ。土地を貰って、とても助かったよねって。
毎回が発車寸前の電車に乗るような感覚です。
本日もギリギリでした。
次回、ジリジリジリ、また発車寸前だ、お楽しみに。




