45.俺にも日常はある
「おお、いい天気だ」
外に出て、太陽の光を浴びる。
この世界には、燦々と降り注ぐ太陽と、紅い月が同時に現れる。
朝、太陽と月が南から現れて、北に沈んで行く。
ただし、沈むのは太陽だけだ。
そして、夜が訪れる。
月は、紅から白銀に色を変えて、南に進み沈もうとする。
すると、再び太陽が昇って、朝が訪れる。
再び、太陽と紅い月は、共に、北に向かって行く。
それが、1日のサイクルだ。
1週間は、日、月、火、水、木、金、土と7日。魔法の種類と同じだ。
これが、魔法暦である。
7日を4回繰り返すと、月が変わる。
月は、12ヶ月。元の世界と同じようだ。
自分のことは、何も憶えていないのに、当たり前の生活の事は、憶えているようだ。名前でさえ憶えていないというのに、不思議なことである。
まあ、今更であるのだが。
「ティンク、出掛けるよ」
何処かにいるであろう、ティンクに声を掛ける。
「はーい」
何処からともなく、飛んで来る。
「偶には、街の散策でもしようよ」
「いいですね」
そう言って、俺の肩に止まるティンク。
「何処から行きますか?」
肩に座って、俺の耳たぶを持つ。
地味に、痛いのだが。
「魔法街に行ってみようと思う」
魔法街は、城の城から、北東の方角にある。
魔法関係の街だと聞いた。
個人的には、魔法具を見てみたい。
適当に歩いても駄目だと思うので、ギルドに寄って、お薦めを聞いて来た。
ギルドのお薦めは、3軒。
魔法屋【翠の目覚め】は、主に装身具を売っているらしい。値段もお手頃なんだとか。
魔法装飾屋【羊のモコモコ】は、洋服がメインらしい。色々な魔法が付加されているとのこと。
魔法防具屋【シルバー・ユニコーン】は、魔法防具を扱っているようだ。その為、値段はそこそこ高額らしい。
「ティンクは、興味ある所あるかな」
「私は、魔法防具屋でしょうか。防御力を上げときませんと、レイ様の力になれなくなりそうで、とても怖いのです」
耳たぶを持つ手に、力が入る。
「でも、ティンクに合うサイズは無いんじゃないか。人形サイズだし」
「えっ、えっ、えっ。それは困ります」
「今日のを見て、何か参考にでもして、防具を作ってあげるよ。それなら、良いでしょう」
「本当に良いのですか。期待しちゃいますよ」
「楽しみにしててよ。ちょっとしたアイディアがあるから」
そう言うわけで、とりあえず、3軒とも、行ってみることにした。
「いらっしゃいませ」
元気な店員さんの声が、店内に響いた。
一軒目は、魔法屋【翠の目覚め】に来ている。装身具、アクセサリーのお店だ。
「初めて来たけど、色んなものがあるねえ。ワクワクが止まりません」
俺は、全ての商品をひとつずつ見て回った。
「店員さん、この店のお薦めは、何でしょうか?」
呆れているティンクが、店員さんを捕まえた。
「魔法の能力を付加するためのアクセサリーが、メインとなります。属性魔法の強化、自分や他人への強化魔法など、様々でございます」
「それって、高額なのではありませんか?」
フワフワと浮きながら、ティンクは質問する。
「高額な商品もございますが、お買得価格の商品もございます。このアイテムバックの代わりになります、バンクルなど、如何でしょうか。最近は、バックタイプからアクセサリータイプに変化しております。お買得商品のひとつでございます」
「バックだと邪魔になるものね。いいかも」
「金貨100枚でございます。このお値段で、馬車一台分の容量となります。かなり、お手頃だと思うのですが」
金貨1枚で、1万円相当である。100万円に値する。
「うーん、少し高いな。もうちょっと安くならないかな」
「かなりお安くなっておりますから、難しいですね」
とは言え、買う気はないのだが。
「ん?テントを収納してある指輪かあ。マジックバックがあるからなあ。いいのか、悪いのか、わかんないなあ」
その横の属性魔法の強化型指輪なんて、魔力が無いから、役に立たない。何か、役立つものは、ないかな。
「回復魔法の使える指輪だ。これがあれば、回復薬飲まなくても済むのだが。ん?魔力を流すことで、発動するって、魔力ないから、俺は使えないなあ」
ガクッとしつつ、見て回る。
魔力を流さないと、役をしないみたいだから、俺の役をしないんだよな。
「おっ、これは凄いなあ。一度だけ、復活できるペンダント。本当なら役立ちそうだけど、どうやって確認したんだろうか。自分で実験してるみたいだから、嫌だなあ。でも、使えるから売ってるんだろうから、大丈夫っぽいけど」
良い物もあれば、怪しい物もあるのは、仕方ないかな。魔力さえあれば、役に立つんだろうな。俺も、魔法を使いたいなあ。
「おっ、これならイケる。馬車になる指輪だ。マジックバックから出さなくていいから、これ、欲しいな。少し改造すれば、結構使えると思うな」
ティンクも店員さんと話し込んでるけど、一緒に買ってあげるかな。いつも苦労かけてるからね。
「すみません、この馬車になる指輪と、今、うちの子と話をしてるその指輪をください。その指輪は10個お願いします」
俺の言葉に、固まるティンクと店員さん。どうしたのかな。
店員さんは、ソロバンみたいな物で、計算していた。
「馬車変化指輪が金貨100枚、収納型指輪はひとつ100枚になりますので、10個で1000枚。合わせて金貨1100枚になりますが、宜しいのですか?」
「問題ありません。ギルドカードで支払いできますか?」
「ええ、出来ますよ」
ティンクが寄って来て、耳元で囁く。
「よろしいのですか?」
「みんなにも持たせようかと思ってね。色々と儲けてるからね、少しは世間に還元しないとね。貯めるばかりだと、世の中が回っていかないからね」
店員さんは、慌てて、品物を包装していた。そのままでも良かったのだが。
お店を出て、次に行く。
今度は、魔法防具屋【シルバー・ユニコーン】だ。文字通り、防具屋である。
扉を開けると、薄暗い店内の奥に、店員さんらしき人がいた。
「いらっしゃい」
野太い声の男だった。座っていてもわかるくらいのマッチョだった。
「どんな防具を置いてるんですか」
「一見さんは、断っているんだが」
「ああ、ギルドの紹介で来ました」
本当のことである。嘘は言ってない。まあ、紹介までは貰っていないのだが。
「じゃあ、仕方ねえなあ。そんで、あんたら、何が欲しい」
俺は、ティンクを指差して言った。
「この子に合った防具を探しているのですが」
「サイズ的に難しいなあ。この子に合うような小さいサイズはないんだが」
片方の手で、頭を掻いて、困っていた。
「それなら、この子が普通のサイズだったらと仮定して、考えてもらえませんか。後で、サイズを調整出来るように、こっちで考えますから」
「そんな事が出来るのか」
「まあ、色々と手はあるってことですよ」
顎に手を置いて考えていた。
「これなんか、どうだ。革製だが、これで胸を守るようになっている。下は1枚1枚が短冊状になったスカートだ。魔法耐性も付いてるが、かなり軽いので、女性には人気の一品だよ」
「値段は?」
「金貨50枚ってところだな。お買得だと思うんだが」
「よし買おう」
「私はもっと安くても大丈夫ですよ」
「いやいや、ティンクに何かあったら、困るだろう。それに、ティンクが強いのはよくわかってるよ。もしもの時の付録みたいなものだよ」
俺は、少し大袈裟に説明した。それに、何かあってからでは、遅いのだよ。
「あとは、何かあるかい」
「今日はこんな所かな。気に入ったから、また来るよ」
「あいよー」
「良い買い物したなあ。この調子で、もう1件行こうか」
ここからだと、少し離れる。
石畳を歩きながら、周辺のチェックは欠かさない。
この通り沿いには、食べ物屋が多い様だ。そのせいか、パン屋が多いな。いい香りがして来た。
「ティンク、パンを買っとこうよ。マジックバックに入れとけば、いつでも食べれるから」
「そうですね。パンは、自分では作りにくいですからね。あの店なんか、どうですか?」
パン屋【可愛い妖精】という看板があった。
「これ、ティンクのことじゃないよ」
「わかってます」
少し機嫌が悪くなった。
扉を開けると、良い香りが鼻腔を刺激する。
「向こうの世界で言う、バゲットだね、これは。棒状の堅焼きパンって言うのかな」
「美味しそうですね」
ティンクがパンの前から離れない。困った妖精である。
「いらっしゃいませ。こちらのパンは、レストラン【アルバ・カール】に納品させていただいておりますので、お味の方は間違い無いかと」
うん、その店は知らないから、その情報はいらないかな。
「このバゲット10本貰えるかな」
「銀貨5枚になります」
店員さんに銀貨を渡して、バゲットを抱えるようにして店を出た。もちろん、速攻でマジックバックに入れるのを忘れない。
寄り道してしまったが、暫く歩いた所に、魔法装飾屋【羊のモコモコ】はあった。
「ここで、何を買われるのですか、レイ様」
「ティンクの普段着だけど。いつも妖精の格好じゃあ、面白く無いだろう。偶には、お洒落な格好しなよ」
「妖精が妖精の格好をして、何か問題でも」
「いや、ないけど。ティンクには、お洒落をして欲しいだけだよ。元が良いんだから、映えるよ」
ティンクは固まっていた。
「まあ、見るだけでも見てみようよ」
俺は嫌がるティンクを捕まえて、扉を押した。
「いらっしゃいませ」
筋肉ムキムキの店員さんだった。タンクトップに、短パン。否、ショート・パンツって言うのかな。所謂、凄い格好である。ただし、女性。
「あらー、可愛いお兄さんに、可愛い妖精さんなんて、最高のコンビね。ほらほら、そのソファに座っといて。貴方達に似合う服を選ぶから」
「店員さん、服が必要なのは、この妖精だけですが」
「大丈夫よ、私に任せておけば、素敵な貴公子にしてあげるわ」
「いえいえ、頼んでませんから」
ムキムキ店員さんは、鼻歌を歌いながら、奥の部屋に入っていった。
俺たちを放置かよ。
今のうちに帰ろうかな
ゆっくりと、後退りしていると、奥の部屋からムキムキ店員さんが現れた。手には抱えるほど、服を持っている。そんなに必要無いけど。
「どれがいいかしら。私はこの黒のスーツに白いシャツ、白のベストに蝶ネクタイが似合うと思うのよね。どう、着てみてくれる?」
嫌です。っと、言いたいが。この人、怖いです。
「そこに更衣室があるから、中で着替えてみて。終わったら呼んでね。私、見に行っちゃうから。イヤン」
あー、変態の域に入ってる。絶対にヤバい人だ。
「それとも、私が着替えさせた方がいいのかしらん。うふ」
「け、結構です。自分で着替えれますから」
俺は服を持って、更衣室に飛び込んだ。
「妖精ちゃんは、これが良いわね。そこにある、リリーちゃん人形のドールハウスで着替えて貰えるかしら。その中央のドアを開けて、入ってね。そうよ、リリーちゃんの服なら着れるかしら。そのドールハウスの中に、タンスがあるから、そこにいいのが無いか、探してみてくれるかしら」
言われるまま、ティンクはドールハウスに入って行った。
タンスを開けて、1着服を選んで、試着してみた。
それは、深紅のチャイナドレスだった。スマートで、ボンキュッパのティンクにはよく似合っていた。
「わあ、これ素敵。動き易いし、レイ様も好きそうだ。これにしよう」
ドアを開けて、ドールハウスの外に出ると、店員さんが飛びついて来た。
「凄い、凄く似合ってるわよ、お嬢ちゃん」
ティンクは潰れそうである。
「わ、私、これにします」
「それがいいわ。私が選んだ甲斐があったわ。何て素敵なの」
選んでないし。あそこにあっただけだし。
店員さんは私を握りしめて、扉を開けた。
グエ。早く離して欲しい。
扉の外のソファには、グッタリしている人がいた。
俺である。
あれは、バンパイアの服だ。着て、姿見で自分を写すと、牙が似合いそうな自分がいた。バンパイアなら、写らないと思うが。
選ぶ直すのも面倒だし、あれでいいかな。
店員さんに握られて出て来たティンクも死んだような表情だ。早く店を出たい。
「他には、どうする?」
「いえ、これで満足です。おいくらですか?」
「併せて、金貨10枚だけど。お気に入り価格でまけちゃうわ。金貨5枚でいいわ」
えっ、まけ過ぎだろう。
とっとと払って出ることにした。ムキムキは、もう無理だ。
「また来てねー」
扉から身体を半分出して、愛想してくれるが、もう来ない。良い人なんだろうが、ムキムキに酔いそうだった。もう無理です。
「ティンク、疲れたから、屋敷に帰ろうか」
「ええ、そうしましょう、レイ様」
ティンクも、ムキムキに満腹のようだ。
俺達は、足早に屋敷に帰って行った。
書き溜めたものが、無くなってしまいました。
少しずつ遅れるようになるかもしれませんが、忘れられないように努めます。
次回をお楽しみに。




