43.アリスと侯爵と俺と
「ここは最高ですな、アリス殿」
「おじさん、凄いなの。もうAランクを突破したなの。凄い速さなの」
驚きの声を上げるアリスだった。
強くなることを目的にした施設ではあるが、上位がこれ程簡単に入れ替わる事はなかったのだ。ジェームズ侯爵が、元々かなりの強者であったことの証明であろう。魔人に対抗するために強くなる必要はあるが、早過ぎるのだ。
ここには、四つのドームがある。一般、下位、中位、上位の四つだ。各ドームで10勝すれば、昇格するシステムだ。上位ドームのみ、ランク付けされている為、自分よりひとつ上とバトルして、勝てば上に、ただし負けてもそのままだ。あくまでも、勝たなければ、上がれない。
「Sランクは、5名でしたよな。早く試合いたいものですな」
流石に、ここまで無傷とは言えず、ボロボロではあったが、やる気満々であった。
「焦っても駄目なの。ランクが変わる場合は、1日空けるのがルールなの」
「わかっておりますよ。強くなる事が楽しくて、仕方ないのじゃ。そろそろ限界だと思っておりました故」
実に楽しそうだ。実際は、一人が強くなっても駄目なのであって、皆が強くなる必要があるのだ。魔人がひとりだけなら問題ないが、何人も出て来る可能性がある以上、全体レベルを上げて行かないと、太刀打ちできなくなるはずだ。
「その辺りは、レイ殿が何とかしてくれると信じておりますので、まずは自分の強化をしておきませんとな」
侯爵の言う通りだった。普通の者が、強くなる施設など、簡単に作れるはずはないのだ。
「ティンクは、どう思うなの」
アリスの頭上で、坐禅中のティンクに問いかけた。
「どうやら、レイ様は、屋敷の方には戻っていないようなのです。このダンジョンにも来ていないので、行方がわかりません」
「やっぱりティンクを一緒に行かせれば良かったなの。困ったやつなの」
「無理をしてなければ、よろしいのですが」
「侯爵は心配性なの。アタシ達の見ていない所では、無理をする奴ではないなの。カッコつけるのが好きなのー」
「案外、全部終わらせて、ゆっくりとしているかもしれませんね、何処かで」
ティンクが愚痴る。
「アタシ達の知らない秘密基地を持ってるかもなの。だから、あのヘンテコなバトルスーツを持ってたなの。あんなの作ってるの知らなかったなの」
「良いではありませんか。お陰で、ゆっくりとレベルを上げることが出来るのですから」
侯爵は自分のことしか考えていない。自分が一番弱いのだから、仕方ないのかもしれない。
「侯爵は、呑気すぎるの。それに、もう充分強くなってるなの」
「私など、まだまだでございます。ティンク殿やアリス殿にまだ勝っておりませんからな」
「お腹空いたなの。イートのお店にでも行って、美味しいもの食べるなの」
「えー、先程パンをお腹一杯になる程、食べていたではないですか」
「気のせいなのー。早くイートの所に行くなのー」
やはり、レイ様頼みかも知れません。もっと、大人になって欲しいものです。
「イート、いるなのー。いつもの部屋を頼むなのー」
ほぼ満席の間を抜けて、アリスはイートを見つけた。
「ええ、構いませんよ。すぐにお水をお持ちしますので、部屋の方に行っといてください」
フライパンを動かしながら、イートは話した。
「わかったなの、先に行くなの」
アリスは奥の階段を上がって行く。侯爵とティンクもあとに続く。
「こんな所に食堂があったとは。もしかして、ここは噂の宿屋ですかな。ダンジョンに魔物の出ない階層があって、そこにはとても美味しい料理があると評判の宿屋が、ここですかな」
「侯爵様はよくご存知でしたね。冒険者の間では、確かに有名ですが、貴族の方々は、ご存知無いと思っていたのですが」
「ティンク殿、私はこう見えて、時々ダンジョンに潜っているのですよ。仲の良い冒険者もおりますから、なんとなく聞いておりました」
「そうなのですか。でも、侯爵様がダンジョンに潜るのはいただけませんね。女王様に怒られますよ」
「大丈夫ですよ。実は、女王もダンジョンに潜っておられますから」
困ったお二人だ。女王様自らって、有り得ないでしょう。
「侯爵は知らないと思いますが、窓から見える建物が、レイ様の住んでいらっしゃいますシラサギ城でございます」
侯爵は、窓から見える景色に、驚きを隠せなかった。
「あたしも、住んでるなの」
「どうすれば、あの様な建物が造れるのでしょうか?」
窓に齧り付いて、シラサギ城を見る侯爵だった。
「あの様な建築様式は、見た事がありませんぞ」
知らなくても仕方ない。違う世界の建物なのだから。
「お水をお持ちしました。今の時間は、日替わりしかお出ししてないのですが、よろしいでしょうか?」
「大盛を頼むなの」
「侯爵様は、どうされますか?」
「皆と同じ物を頼む」
「わかりました。日替りの大盛を三つお願いします」
ウエイトレスの子に、そう頼むと、ウエイトレスは部屋を出ていった。
「もしかすると、さっきのはゴーレムですか?」
「そうなのー。さっきのは、ウエイトレス・ゴーレムなの」
「そうでしたか・・・」
何か思案する侯爵だった。
それ程かからず、料理を持って来た。
「おお、美味そうですな。何と言う料理なのですか?」
「本日の日替わりは、ハンバーグになります。少し大きめにしておきました。お肉が熱いので、お気をつけください」
そう言うと、ウエイトレスは下がって行った。
侯爵はひと切れ切って、口に運んだ。
肉汁が溢れてくる。
「美味い」
侯爵は一口食べて、この料理の虜になっていた。
ナイフとフォークが止まらないようだ。
「また来たいお店ですなあ」
「言ってくれれば、いつでも連れて来るなの」
「それは、ありがたいですなあ」
大袈裟に喜んでいるようにも見えるが、余程美味しかったのだろう。本気で喜んでいるようだ。
「レイがオーナーの店だから、少しくらいの無理は聞いてくれるなの。野菜は、レイの農園で作ったものだし、なの」
アリスは食べながら、喋り続ける。
「レイの造ったゴーレムの睦月達が育ててるから、凄い美味しいなの」
「アリス様、それ以上は、喋り過ぎかと」
「大丈夫なの。このおじさんは信頼出来る人なの。ティンクは心配し過ぎなの」
「ははは、その信頼には応えなければいけませんな」
最後の一口を食べて、ナフキンで口の周りを拭く侯爵だった。
アリス達は、すでに完食していた。まだ、食べたそうだが。
それを見計らったように、ウエイトレスが上がって来た。
「デザートのプリンになります」
3人の前に、順番に置いていく。
「日替りに、こんなデザートまで付けていたら、赤字になるだろうに」
侯爵は不思議そうだ。
「材料が全部、レイの所の農園産や畜産物なの。ほとんど材料費が掛かってないから、大丈夫なのー」
「そうなのですか。それでしたら、大丈夫でしょうな。帝都の中にも、作っていただけると良いのですが」
「それは無理なの。イート君が居ないと成り立たないの。イート君あっての料理屋なの。イート君は、料理の天才なの。それに、メニューを考えるレイが居る事で、美味しさの相乗効果が生まれるなの」
何故か胸を張るアリスだった。
「このハンバーグもレイが考えたなの」
プリンの欠片が口元に付いている。
「ほお。レイ殿は、いったい何者なのですか?迷い人にしては、何でも出来過ぎのような気がするのですが」
「良く知らないなの。二人とも記憶が無いから、お互いのこと、よくわからないなの」
顎に手をやって、何かを考える侯爵。
「誰かをここに修業に来させたいですな。色んな料理を覚えてもらって、王都や我が領都にも店を出して貰いたいですな。これは、色々と相談が必要ですな」
「レイに相談するなの。人手が足りないから、喜ぶなの」
アリスは食べ終わって、果実水を飲んでいる。
「まずは、私の方の手を集めませんとな。まずは、それからですかな」
俺の知らない所で、壮大な計画が立てられていることは、今の俺は、当然知らなかった。
それを知るのは、もう少し後だ。
最近はダンジョン巡りもしてないしな。少し訓練が必要だな。
俺の訓練用の最強のゴーレムでも、造るかな。今のままだと、相手に困るんだよな。強くなり過ぎたかな、なんてな。
「それは自惚れですよ、ご主人様。まだまだ強いものはおりますので、ご注意ください」
キーボードに打ち込みながら、サリーが言った。
その通りである。
「そうだな、それは自惚れだよな。よし、工房で、最強の訓練相手を造ってくるよ」
俺はそう言うと、2階の工房に向かった。
サリーは、笑顔で手を振っていた。
「さて、どんな練習相手にしようかな」
女神フォンを取り出して、ゴーレム作成アプリを立ち上げる。
ポイントの残りは、5000万ポイントを切っているようだ。化け物級の魔物が多い天界で、かなり溜め込んだと思ってたんだが。どうやら、半分くらい、知らないうちに使ってしまっていたようだ。これから先は、少しセーブするか、ポイントを貯める事に専念するかしないと、このままワガママに使っていると、無くなってしまいそうだった。
使用するのは、長老の鱗と、グレート・タイラント・アシュラベアの骨と皮をベースにして、エンペラー・オーガの角を足してみようか。ポイントは、1000万。作成上限までポイントを使ってみようかな。ここは、セーブする所ではないな。思いっきり、いってみよう。
『合成しますか? はい/いいえ』
もちろん、はい、だ。
『合成まで、しばらくお待ちください』
俺は、椅子に腰掛けて、待つことにした。
カーテンを開けると、外の景色がよく見えた。
緑に溢れた天空島の自然と、空の青さがとても良くマッチしている。
塔の回りには花を植えているのか、色とりどりの花が咲いていた。いつの間に、植えたんだろうか。心が和むよ。ここまで色々あったからなあ、知らないうちに心が荒んでいたのかもしれないなあ。
サリーの仕事がいいんだろうな。
御礼を何か考えとくかな。
『合成が完了しました』
床に、魔法陣が現れて、何かが浮かび上がって来る。
これは、何処かで見たことがあるぞ。
確か、阿修羅、だ。仏教の守護神だ。基本的には三面六臂だったと思うけど、こいつは、顔はひとつだ。腕は、六本あった。
「凄いのが出て来たな。強過ぎないか。俺の訓練の相手にならないんじゃないの。強過ぎて」
「御呼びにより、参上いたしました。レイ様が更に強くなります様、御指導するために参りました」
片膝をついて、お辞儀をする。
「お前は、今日から、アシュラだ。期待しているぞ」
「お任せください、御主人様。厳しくご指導させていただきます」
そう言って、軽く会釈する。
「もう言葉が話せるの、まだレベル上がってないでしょう」
ポイント使い過ぎたかな。ヤバいやつを造ってしまったかも。汗が首筋を流れるのがわかった。
どれくらいのレベルか、一度御指南戴こう。
「地下の訓練場で、今のレベルを確認したいのだが」
俺の問いかけに、答えるアシュラ。
「構いませんよ。御主人様のレベルの確認も必要でしょうからな」
それなら、訓練場に行ってみようか。
結果、強過ぎた。
正面から立ち会えば、今のレベルの俺では、太刀打ちできない。
小細工をすれば、何とか五分五分位にはなりそうだが。それだと、訓練にはならないしな。
「まずは、体力不足ですな。塔の周りを100周することをお勧めしますぞ。それと、防具に頼り過ぎですぞ。受けるのではなく、躱す必要がありますな」
ダメ出しが酷過ぎる。
絶対に、ヤベー奴を造ってしまったかも。いや、間違いない。
「今までの相手が弱過ぎましたな。強い者と戦ってこそ、レベルが上がるのですぞ。それをお忘れなく。御精進くだされ」
俺は座り込んだままだ。身体中が痛くて、まだ立てれそうにないのだが。
「さあ、もう一勝負いきますかな」
「待て待て、身体中が痛くて、もう無理だ」
首を傾げるアシュラ。
「そうでありましたか。失礼いたしました。それでは、回復魔法のヒールをお掛けしましょう」
アシュラの指から、キラキラしたものが出て来るような錯覚。
そのキラキラしたものに包まれる。
身体の痛みが取れてしまった。
なんでこんな時に回復魔法を使うかなあ。って、魔法使えたんだ。
「お任せください。全魔法を使えますので、御安心ください」
えー、安心なんて出来ないし。このままでは、訓練の終わりが見えません。勘弁してくれよ。
ヤバいやつ、造ってしまった。
「大丈夫でございますか、御主人様」
3階のソファに座っていると、サリーがタオルを持って来てくれた。
汗だくだから、助かる。
「アシュラは、どうした?」
タオルで拭きながら、尋ねる。
「訓練不足だそうで、地下のダンジョンに行かれました。ダンジョンはまだ育ち切っていないから、やり過ぎは駄目ですと、お伝えはしたのですが」
「それなら、大丈夫だろう。根は、真面目そうだから」
「去り際に、地下深くに、強いものがいると、呟いておいででしたから、もしかすると玄武様の存在に、気が付かれたかも知れません」
俺は、頭を抱えた。
「ただの教え魔であって、そこまで戦闘狂ではないと、信じたいが・・・不安だ。ああ、玄武に、変なヤツが行くかもと、連絡しといてくれるか」
ふふふ、書き溜めたヤツの余裕が無くなって来たー。
どうしよー。
次回、〔タイトル未だ決まらず〕、お楽しみに!




