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37.血塗れフェアリー

 2階層のティンクは思った。

 太ってるなーと。

 「おじさん、そんな体型で戦えるのですか?」

 素朴な疑問を問いかけてみる。

 「大丈夫ぷー。動けるデブだからぷー」

 獲物はジャグラーがよく使っているクラブだ。5本のクラブを上手く回している。クラブを操ることをトスジャグリングと言っているようだが。

 「おじさん、遊んでる?」

 首を傾げるティンク。やる気があるようには、とても見えない。

 「そんなに言うのなら、そろそろやっちゃおうかなぷー」

 そう言うが早いか、クラブが飛んで来る。

 避けるティンク。あれに当たったら、即敗退になりかねない。

 連続で飛んでくるクラブ。1本が、2本、3本へと増加していく。すでに、数え切れない本数に達していた。

 「今なら見逃してあげるから、お子様は退散したらどうかなぷー」

 喋っている合間も、高速で動く手からクラブが飛んで来る。

 軽やかに避けるティンク。

 「どうした、どうしたぷー。逃げてばかりじゃ、勝てないぷー」

 思うほど、魔人の強さが感じられない。様子見は、もう良いかな。

 ティンクは、腰に付けている小さなバックから、トンガリ帽子を取り出した。頭に被ると、呼吸を整える。

 「今度は、こちらのターンで、よろしいですよね」

 魔人は、クラブを手元に寄せると、輪になるくらい速く、クラブが回転している、

 あちらも、様子を見ているようだ。

 「ティンク、行きます」

 瞬間、空気が揺らいで、ティンクは消えた。


 「グフ」

 血を吐く魔人ピエロ。

 よく見ると、腹に穴が開いていた。

 「何が起こったぷー」

 考える間もなく、身体中に穴が増えていく。

 訳がわからず、クラブを振り回す。

 その間も、穴は増えていく。

 そして、ぶっ倒れる魔人ピエロ。

 「お、れ、強く、なった、はずじゃあ、ぷー」

 穴という穴から、血が流れ出す。

 空気が揺らぎ、ティンクが現れた。全身、血塗れだ。血塗れのティンクがそこに居た。

 「相手になりませんでしたね。負けを認めなさい」

 呼吸の乱れさえなく、宙に浮いていた。

 「まだだぷー。まだ負けてないぷー」

 スローモーションの逆再生の如く、立ち上がった。血はすでに止まっていた。

 ポケットから何かを取り出すと、口に入れた。涎を垂らしながら、噛んでは飲み込んだ。

 「これで手元に、あれが無くなったぷー。また探しとかないとまずいぷー」

 あっという間に傷が塞がって、何事もなかったのように、元に戻った。さらに、身体が大きくなっていた。先ほどまでに2倍はあるだろうか。

 「もう俺は無敵だぷー」

 そういうと、飛び跳ねた。10メートルくらい跳ぶと、そこは、ティンクの真上だった。

 魔人ピエロは、ティンク目掛けて、落ちて来た。

 対するティンクは、魔人ピエロの股間目掛けて、跳んだ。

 「風の精霊達よ、力を貸して」

 ティンクの周りを風が巻いて、ロケットのように、弾ける。

 股間から、肩口に、軌跡が残る。そのまま、四方八方から、突き刺さり、開通する。

 魔人の身体に穴が増えていく。魔人には、この現象が理解できない。

 「おで、強く、なった、はず、ぷー」

 急速に縮んで行く。


 パチン。


 魔人は弾けて、人になった。

 穴だらけの人間だったものが、転がっていた。

 「どういうことでしょうか。魔人は元々人だったのでしょうか。これは、調査が必要ですね。レイ様は、この事をご存知なのでしょうか」

 魔人だったものの腰に付いているバックを取り外して、自分のマジックバックに入れておく。何かの手掛かりになるかもしれないからだ。

 死体はダンジョンが処理してくれる。魔物だろうと人だろうと、関係なく、飲み込まれる。

 「上の様子を見に行きますか。レイ様に頼まれていますし、仕方ないですね。レイ様の方が気になるのですが、あの方が負けるとは思えませんからね」

 そう言うと、ティンクは翅を広げて、羽ばたいた。

 遠目には、赤いものが動いてるようにしか見えないのだが。相手の血で染まっていることに、ティンクは気付いていない。

 来た道を戻って行くのだった。



 圧倒的な強さだった。

 ハンサムで精悍な顔立ち。彼が敵であるとは思えないほどの美形であった。

 長い髪がスローモーションの様に揺れる。雫が髪先から跳ねている様な錯覚。その瞳を見ると、闘気が萎えるようなジレンマ。

 魔人を助けるように、襲いかかって来る巨大なコウモリ達。数が多いだけでなく、連携さえ取れているようで、戦い難い魔物だった。

 騎士団もすでに半数は立ち上がれない程の状況だった。

 魔人と戦う3人。騎士団長にジェームズ侯爵、そして女王。一人が欠けても、魔人を抑える事だ出来なくなる。コウモリの魔物達は騎士団に任せるしかなかったのだ。

「ギガント・ファイヤー」

 団長が必殺の一撃を決める。

 ただし、魔力を大幅に減らすことになるため、威力のある攻撃魔法は使えない。

 それでも、魔人の腕が一本焼き尽くすだけだった。

 そして、腕が生えて来る。

 まるで、終わりの来ない始まり。

 「申し訳ありません。魔力切れです」

 団長は膝を付いて、息を乱していた。

 「シャイニングウオーターアロー」

 女王の十八番の攻撃魔法だ。

 魔人の腹に突き刺さり、穴が開いた。

 しかし、肉が盛り上がり、穴が塞がった。

 「再生が早過ぎる。このままだと、こちらの魔力切れだ」

 「女王様、あいつのにウオーターシャワーを浴びせることは可能でしょうか」

 「侯爵よ、何をする気だ」

 「威力を上げるためです。ことらの準備は出来ております。やってください」

 侯爵は、魔力を練り上げている。

 「行くぞ。ウオーターシャワー」

 魔人の身体に水を撒くだけの攻撃だった。

 魔力を最大にして、侯爵は放った。 

 「カタストロフサンダー」

 辺り一面に雷が落ちた。

 濡れた魔人に集中して落ちた。

 「これで、どうだ」

 プスプスと焦げ臭い臭いと、血の鉄分の臭いと混ざった、腐ったような臭いだった。

 しかし、魔人は真っ黒に成りながらも、指先から再生していった。

 威力より、再生速度の方が早い。早過ぎる。

 このままでは、敗色が濃厚だった。

 「魔人は、妾が押さえ込む。お主ら二人で、まずは、魔物の殲滅を頼む。それから、また手伝ってくれ」

 女王は、どうやら腹を括ったようだ。

 「女王よ、流石に無理が過ぎますぞ。今、何とか均衡を保っているのですぞ。ひとりでは、無理ではないですか」

 額の汗を拭いながら、ジェームズ侯爵は訴えた。

 「しかし、このままでは全滅だぞ。どうすると言うのじゃ」

 「困りましたな。これ程、魔人が強いとは。あれから、かなり訓練をして、レベルを上げたつもりなのですがね」


 「二人で一体の魔物の相手をしろ。一対一では無理だ。それでも駄目なら、三人でかかれ。雑魚くらい、こっちで何とかしないと、団長達が保たないぞ」

 騎士が口々に喋る。


 「せめて、魔人だけなら」


 「コウモリくらい、何とかしないと、騎士団の名折れだぞ」


 「仕方ありませんな。ここは、なんとか死守しますので、女王は撤退してください」

 そう言いながら、ジョーンズ侯爵は前進して行った。

 「侯爵、それは無茶だ」

 「女王が居なくなるより、良いでしょう。団長、女王を連れて、撤退だ。急げよ、私も長くは保たんぞ」

 「わかりました、侯爵様。女王様はお任せください」

 団長は、女王を無理やり引っ張って行く。

 その背後を守るように、騎士団が立ちはだかる。魔人に対峙しつつ、後退していく。

 「お前ら、逃げれると思っているのか。甘い甘い、ハチミツくらい甘いわー」

 襲いかかる魔人。

 ひとり、またひとりと、騎士団が倒されて行く。

 「ワハハー、逃げれると思うなよー」

 その言葉と同時に、魔人の喉に穴が開いた。そのせいで、声が出ないのか、喉を押さえている。押さえている手の隙間から、体液が溢れて行く。

 「ガガガー」

 言葉になっていない。


 「間に合いましたか」

 それは、真っ赤に染まった妖精だった。

 「おおー、ティンク殿か。2階層の魔人は、どうなりましたか?」

 巨大コウモリを倒しながら、ジェームズ侯爵が尋ねて来た。

 「もちろん、倒しましたよ。レイ様に様子を伺うように言われておりましたので、自分の相手を討伐しましたので、こちらに参りました。お手伝いが必要ですか」

 「ああ、助かったよ。巨大コウモリが多くて、かなり押されていた所だよ」

 ジェームズ侯爵は、3体程巨大コウモリを倒しながら、ティンクに助けを求めた。

 「わかりました、魔人の方はお任せください。巨大コウモリの方をお願いします」

 それだけ言うが早いか、魔人に向かって行った。

 魔人に逃げる暇などなく、ティンクの攻撃で、身体中に穴が開いていく。

 何十回目かの攻撃を終えると、魔人は残り少ない肉のまま、倒れ伏した。

 先ほどの魔人と比べても、かなり弱いのか、もう復活することもなかった。

 それから後は早かった。

 巨大コウモリを殲滅していく。

 「ファイヤーアロー」

 「ウオーターアロー」

 「ウインドカッター」

 全員で一度に攻撃する。

 あっという間に全滅だ。


 「魔人は思った以上に手強いようじゃの。今後、対策を考えんとまずいのお」

 ティンクの周りは、女王達、3人だけだっと。

 残りは、倒れた者の救護に回っている。回復魔法を掛けるもの、回復薬を使う者と、色々だった。もう問題はないようだ。

 「一度レイ様に相談することをお薦めします。現状、魔人の事に一番詳しいと思われますので」

 「ああ、そうしよう。時間が出来たら、城まで来て貰うと助かるのじゃ」

 「承りました」

 ティンクは空中に浮いたままの姿勢で、一礼した。

 「下は、大丈夫だろうか。レイ達が無事に勝ってくれると良いが」

 「レイ様に限って、大丈夫だと思われますが、これから様子を見て来ようと思います」

 「妾も付いて行きたいが、足手纏いになるやもしれんから、一度引き上げようと思う。後は任せるぞ」

 「わかっております。でも、皆さんのレベルを上げないと、今後は厳しいかと思われます」

 「そうであろうのう。その辺りは、この件が片付いたら、レイと相談したいものじゃのう」

 「レイ様に、そう伝えておきます。それでは、わたしは皆の応援に参ります。女王様も、お気をつけてお帰りください」

 ティンクは、下層に向かって、全速力で飛んで行った。

 

 「後は、レイに任せておけば、良さそうじゃのう。ジェームズ侯爵よ、気になるのなら、観て来ても良いぞ。ひとりくらい、成り行きを見る者も必要じゃろう」

 「その大役、お任せください」

 「コソッと行こうとしていた癖によく言うわ」

 「バレてましたか」

 ジェームズは、豪快に笑っていた。

 「団長、無事に女王様を城に連れて帰って来れよ。やはり観に行くとか言っても、無理矢理連れ帰るのだぞ。この女王なら、言い出しかねんからな」

 「お任せください、首に縄を付けてでも、連れ帰ります」

 「お前ら、何気に酷い事を言ってないか」

 「気のせいでしょう。それでは、私は血塗れ妖精を追うことにいたしましょう。後はお任せします」

 それだけ言うと、ジェームズ侯爵は走り出していた。

 微かに見える赤い点を目印にしていた。


 「早いなあ、血塗れ妖精は。私も歳をとったものだ。今後は、もっと鍛える必要があるなあ。まだまだ負けられんぞ」

 ティンクは洞穴に入ったようだ。2階層に向かう階段だろう。

 ジェームズも、勢いそのままに、洞穴に飛び込んでいく。

 君は、アリスの本気を見たことがあるか。

 ついに、アリスの本気が見れるぞ。 

 次回、〔アリスの本気〕に、乞うご期待!!

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