3. 初めての魔物は、ドラゴン
光が収まると、俺は空にいた。いや、空に放り出されて、落ちていた。
俺、パニクってる?いきなり、空。井戸に始まり、池に落ちて、今度は空と来たもんだ。下から上に、また下になんて、間違えてるよな、絶対。
ここは、深呼吸。
ゆっくりと、周りを見渡す。
はい、空から落ちていました。
間違いありません。
何で、いきなり、こんなことに。
考えている間もなく、雲に突っ込む。前が見えなくなりました。
何がどうなっているのか、さっぱりわからなかった。
綿菓子だったらよかったのに。
綿菓子の中って、こんな感じなのかな。雲がふわふわしてて、気持ちが良い。異世界の雲だからだろうか。
今は、そんなに甘い話では無いか。
わが身が、さらに加速する。
唐突に、綿菓子を、いえ、雲を抜けた。
地上からの風で、身体が回転する。
回転する中で、周囲が視界に入る。
それは、空に浮かぶ大きな島だった。何かの映画で観た、浮遊大陸に似ている。そんなわけで、とりあえず今は浮遊大陸と、呼べばいいのかな。
浮遊大陸の真ん中に大きな湖。青く澄んだ、とても綺麗な湖だ。空の雲が反射している。
それを囲むように、山々が連なっていた。深緑の山々に囲まれた碧き湖だ。
その周りには、渦巻、それとも竜巻か。周囲を囲んで、存在している。巨大な鳥かご?
山々の麓に、巨大な樹がいくつか見える。異世界物に出て来る世界樹って、ああいうのを言うのだろうか。
一際高い山の上に、神殿らしい建物が見えた。オリンポスの神殿のようにも見える。
あれは、いったい何?
俺は、湖の真ん中目指して、落ちているみたいだ。
このまま落ちて行くと、ヤバい。パラシュートみたいなものもなく、人生最大のピンチかもしれない。一度は、死んだみたいだけど。記憶が無いし、実感がないけど、人生二度目のピンチだ。俺は、二度死ぬのか?勘弁して欲しい。
ん?
何かが、視界に入る。
虫?
鳥?
羽の生えたトカゲ?
もしかして。
ドラゴン?
恐竜を思わせるような巨大なトカゲだ。背中には、コウモリのような翼がある。身体中を覆う鱗がキラキラと光っていた。想像通りのドラゴンだ。本当に居たんだ。
それが、何十体も飛んでいる。大なり、小なり、色んな姿形のものまでいる。
その中央にいるのは、三本首のドラゴンだ。特別にデカい。三つの頭から、炎を吐いている。炎のブレスは、周囲のドラゴンを追い払うかのように、次々と放たれている。
巨大なドラゴンが暴れているのだ。
三本首のドラゴンは、悪者にしか見えなかった。映画やテレビの影響かな。三つ首で、いいやつはいない。
うん、とても悪い顔をしている。テレビによく出る悪代官の顔と同じだ。
ん?待てよ。俺は、悪代官ドラゴン目指して落ちているような気がするのだが。
碧いドラゴン達が、僕の周囲を回り始めた。時折飛んでくる炎のブレスに体当たりしては、こっちに飛んで来ないようにしているように見えるのだが。炎のブレスから俺を守ってくれているようにも見える。偶然だろうか?
<ジャバから貴方を守るように、頼まれたから>
<貴方は大事な人だって、女神様が言ってた>
<みんなの未来なんだって>
ドラゴン達は、口々にしゃべっている。
でも、よく聞き取れないなあ。
ドラゴンって、喋れるの?
<喋れるよ、人間は理解してくれないけど>
<上手く伝わらないんだよね>
<女神様の使いだから>
ドラゴン達は、俺の言葉がわかるのか、反応してくれた。
「俺は、ただの人間だぞ。それと、あのジャバってやつから、守ってくれて、ありがとうな」
<あいつは、ジャバウォック>
<いつも喧嘩を売ってる悪いやつー>
<自分が大きいからって、いつも偉そうなんだ>
話している間にも、炎のブレスから、その身を挺して、守ってくれている。
俺は何も出来ない、ただ落ちるだけの自分が煩わしい。
「おい、どうすれば、助かることが出来るんだ?」
<うん、無理だね>
<羽根がないから、無理だね>
<そろそろ限界かもー>
気づくと、悪代官ドラゴンのジャバウォックは、すぐそこまで迫っていた。
どうやら、向こうさんも気づいたようで、こっちに向かって、上昇して来る。
巨大な翼を広げて、羽撃く。
俺は速度を上げて落ちている。
絶対に、ヤバいやつだ。
左右の二本の首は周りのドラゴン達に、炎のブレスを撃ちまくっている。何頭か、そのブレスに当たって、墜ちていく。
中央の一本が、牙だらけの顎を最大に開けて、飛んでくる。
どうにかならないのか。
<あっ、【女神の傘】、持ってるじゃん>
<【女神の傘】を使いなよ>
<守ってくれるよ>
<それしかないね>
<あれなら、何とかなるかも>
「どこにあるんだ」
<【女神の鞄】の中>
<念じると出て来るはず>
<さあ、念じてみて、お願い>
「わかった」
クルクル回るドラゴン達。みんな、笑ってる。
「何とかやってみるよ。巻き込まれように、お前たちは、危ないから、離れてな」
<大丈夫かな>
<大丈夫だよね>
<もう時間ないよー>
「早く、離れてな」
回る勢いのまま、四方に散るドラゴン達。これで、あとは、俺次第だ。
どうすればいいんだろう。
女神が、何か言っていたような。
どうすれば、【女神の傘】なるものを出せるのですか?
女神よ、答えておくれ。
手を鞄の方に持っていく。願えば出て来るって、言っていたような。いでよ【女神の傘】、でいいのかな?
腰の鞄が光って、手に光が満たされていくような感覚。何かが、鞄から、飛び出して来る。えー、ただの蝙蝠傘じゃん。
「あの時の傘じゃんか」
俺はそのまま、傘を開いて隠れるようにする。
迫る悪代官ドラゴン。
巨大な口を開ける。真っ赤な下が伸びて来た。
俺は、傘に包まれたまま身体ごと、ドラゴンの口に突き刺さる。
傘に包まれた僕は、顎から首に。勢いのまま、身体の奥深くに突き刺さっていく。
当たったところから、光が溢れ、周囲が蒸発していくようだ。
俺はジャバウォックの身体を突き抜けて、飛び出した。
ドラゴンは光に包まれて、空気が揺れた。陽炎の様に、消えてしまいそうだ。死んだから、消滅するのか?
<死んでないよ>
<光に変わって、また生まれ変わるだけ>
<いつ生まれ変われるか、わからないけどねー>
なら、安心だ。この子たちの話から、ジャバウォックもそこまで悪いやつじゃなかったのかもしれない。
「そうだ、あのカードを使ってみよう」
レイは、ブランクカードを投げる。カードの吸い込まれるジャバウォックの亡骸。そして、カードは手元に戻った。
<あいつ、拾い食いしてから、おかしくなったんだ>
<あいつ、いつも腹減らしてたから、すぐ拾い食いしてた>
<でも、何でも食べるから大きくなったよー>
助かったけど、身体中が痛い。こっちまで、身体が爆発しそうだ。
ただ、ピンチはまだ終わっていない。
俺たちは、地上に向かって、落ち続けていた。
身体に力が入らない、指先一本まで動きそうにない。
ん?
俺たちって、何で隣に女の子がいるんだ?俺と同じで、身体中が粘液や消化液でぐちゃぐちゃだ。
この子は、いつ、どこから湧いてきた?
今は、そんな場合ではないか。
俺は、その子の腕を掴んで引き寄せた。
頭を覆うように抱きしめた。
このまま湖に落ちれば、何とかなるかな。
さっきの戦いで、落ちるスピードがかなり落ちている。
淡い期待だ。本当に淡い期待。
女神様、見ていたら、何とかしてくれ。
せめて、この子だけでも助けて欲しい。
それが、願いだ。
再び、ドンドン加速する。
天に祈るしか、なす術もない。
「光よ、守りたまえ」
願いが届いたのだろうか、光が集まって、目の前に壁を作った。透明な光のシールドだ。
俺たちはシールドごと、湖に突っ込んで行った。
水面とシールドが激突して、波が花の咲くように開いていく。
俺たちはそのまま、水中に沈んでいった。