25.魔人発見
「今、帰ったよ」
返事はなかった。皆、忙しくて飛び回っているのだから、無理な話か。
レイはエメルの所に足を運んだ。
「エメル、いる?」
巣箱から、エメルが飛んで来た。
「お待たせいたしました。話に伺おうかと思っていた所です」
レイの周りを飛びながら、エメルが話し始めた。
「レイ様、魔人を見つけました」
「思ったより、早かったね。流石、エメルだね」
エメルの飛ぶ速度が上がったような気がする。どうやら、褒められて、嬉しかったようだ。
「街中の蜂を仲間にしましたので」
「凄いね。それで、何処で見つけたの?」
レイは掌を上にして、前に伸ばす。
そこに、エメルが止まった。
「貴族の屋敷の地下室です」
「そんな所、よく見つけたねえ」
「地下でじっとしとくのに飽きたのか、時折外に出て、時折気分転換をしていたようです。仲間たちが、それを偶然見つけたみたいです」
さて、どうするかな。
確認だけして、女王に知らせた方がいいよね。
「エメル、誰かにそこに案内させてもらえるかな」
「わかりました」
エメルは一度巣に戻って、何匹かの蜂を連れて来た。
「主人様を魔人の所に案内しなさい」
蜂が集まって、丸を描いていた。
了解ってことかな。
「それでは、案内してくれるかな」
貴族街の中央辺りだろうか。大きくて、派手な屋敷だった。貴族としての位も高いのではないのだろうか。
こっそりと確認したいのだが、どうするかな。
こんな時にアリスがいると助かるのだが。
無いものねだりをしても仕方ない。
それでは、潜り込みますか。
うん?エメルの部下が呼んでいるようだ。皆んなで、矢印を作って飛んでいる。
付いて来いってことかな。
蜂の矢印の跡を追うことにする。
僕より、彼らの方が詳しいだろうからね。
塀に沿って飛ぶ矢印を追いかけた。角を曲がって、さらに追う。
もう一度角を曲がると、裏には森が広がっている。
少し走ると、蜂の矢印が止まっていた。塀の方向を指している。ちょうどそこは、木の陰になっていて、壊れた部分が隠れていたのだ。
塀の中の様子を伺いつつ、侵入を試みる。
そこも、倉庫らしい建屋の脇に出るようで、死角になっていた。何処からも見えないようだ。これだと、空き巣が入り放題だ。いいのか、貴族様。
蜂の矢印は前進する。塀の中も、我が庭の如く、理解しているようだ。
倉庫の脇を抜けて、庭園に沿って走る。誰も手入れをしていないのか、雑草が伸び放題だ。人の家とは言え、手入れをして欲しいな。
庭園を抜けると、屋敷の裏手に出た。
矢印は上を向いているようだ。
シールドを出して、上っていく。
2階に一ヶ所割れたままの窓があった。彼らは、そこを指していた。
「お前達は、もう帰っていいよ。後は、こちらで探すから。ありがとうね」
蜂の矢印は、レイの言う事を無視するように、中に入って行った。
「おいおい、お前達は危ないから、帰りなさい。後は、僕に任せなさい」
そう言いながら、レイは続いて侵入した。
そこは、空き部屋なのか、何も無い部屋だった。
「もしかして、中も調べたのか」
矢印がYの文字に変わった。また、矢印に戻ると、扉ではなく、暖炉を目指した。使っている形跡はなかった。
矢印は、暖炉に入って行くと、左に曲がった。どうやら、秘密の抜け道があるようだ。
「階段かあ」
レイは、階段を下りていく矢印の後に着いて行った。
階段を抜けると、また空き部屋だった。
その部屋に、ひとつだけある扉を示す矢印。
扉の向こうの様子を伺う。
「そろそろ暴れてもいいだろう」
「今は、駄目だ。国が、お前を探している。すぐ見つかるぞ」
「大丈夫だよ。俺に勝てるやつなんか、いねえよ」
「四天王どもが出張って来たら、流石に不味いからな。負けるとは思っちゃいないが万が一がある。今はその時では無いんだよ。もう少し我慢しろ」
「わかったよ。でも、もう少しだぞ」
間違いなく、この扉の向こうにいる。
見つからないうちに撤収だな。
来た道を静かに戻る。
何匹かの蜂が、ここに残るようだ。
屋敷を出て、一息つく。
「お前達、ありがとうな。もう、戻っていいよ。僕はこのままお城に行くから」
蜂達は、整列して並んで、OKの文字を作った。
「それなら、意思疎通が出来るな。お前達は、本当に賢いな」
喜んでいるのか、踊るように飛ぶ蜂達。
「気を付けて、帰れよ」
そう言うと、レイは白の城に向かった。
今回は、すぐに女王の所に案内してくれた。
魔人の件で、情報が集まっていなければ、当たり前か。
中央の椅子に座り、その周りに4人のお偉いさんがいた。この人達が、四天王かな。
「今日は、何の用だ?」
女王も、かなり疲れているようだ。
「見つけたよ、魔人」
ガバッと立ち上がる女王。
「それは、本当か」
四天王の面々にも、緊張が走る。
「ああ、間違いない。ちょうど今、確認して来たところだよ」
「それで、場所は」
「女王様、落ち着いてください。もう暫くは動かないよ。安心してください」
「そうか、暫くは動かないか」
女王は、ホッとしたのか、椅子に腰を下ろした。
「その情報は、信用出来るのか」
四天王も、顔を見合わせている。まあ、信用し難いかな。仕方ない。とりあえず、見て来たことを伝える。俺には、それしか出来ないし。
「今は、貴族街の中央付近にある、デカい銅像のある貴族の屋敷に匿われている。何故そこに居るのかまでは、わからない。貴族との関わりも不明だが、その屋敷にいることだけは、間違いない」
「情報部に少し探らせますか?」
四天王のひとりが、一歩前に出て、女王に進言した。
「よし、明後日突入することにしよう。それまでに、情報部に探らせなさい」
「了解いたしました」
四天王は頭を下げると、部屋から出て行った。
「貴族の名前は、聞かなくていいのですか」
細かい情報は、話さなくても良いのだろうか。場所も伝えてないのだが。
「銅像のある屋敷はど、その貴族しか居らんわ。貴族の名前は、トライプ・ストレイッチ公爵だ。貴族街の中央で、最近、怪しい動きをしている。そうなると、自然とやつの名前が出るわ。別件で調査をさせておったところだ」
「バレるのは時間の問題だったわけだ。そんなに怪しいやつなのか」
「怪し過ぎて、どうしようもない奴だ。それでも、私の親戚なんだけどね」
女王は落胆している。
「まあ、立場上、内部調査は不可能だろうから、助かったわ。よく見つけることが出来たのう」
「蜂だよ。蜂を味方にしてるから、調べられない所などないさ」
ほおっと、口を開けて、うなづいていた。
「後は任せなさい。これ以上、一般人は巻き込めないわ。後はこちらで、対応する。見つけてくれて、ありがとうね。報酬は、ギルドを通して出すから、忘れずに貰っておくれ」
「わかったけど、気を付けてくださいね。かなり厄介な相手みたいだから」
「ええ、気をつけるわ」
それだけ言うと、レイはお城を後にした。
「エメル、蜂達に引き続き、あの場所を見張るように、頼んどいてくれるか?俺が手を出すのは話が違うと思うから、女王様に任せるさ。どう言う成り行きになったか、監視しといて欲しい。まさかって事も、あるかもしれないしね」
「ええ、わかりました。ご主人様の言うとおり、監視させておきます。変化があれば、その都度、ご報告させていただきます」
それだけ言うと、巣に戻って行った。みんなに伝えている事だろう。
「ああ、頼んだよ」
「売れ行きは、どうだい」
やっとひと息ついたので、休憩がてら、お店の方に行ってみた。
すると、スリラックさんが、泣きそうな顔をしている。
「何か、拙いことでもありましたか」
ヤバい。売れ行きが悪いのかな。これは、不味いなあ。
「大変です、レイ様」
「そんなに売れなかったですか?」
レイは、頭を掻きながら言った。どうしたものかな。
スリラックは大きな目を、さらに見開いて言う。
「逆です。売れ過ぎて、在庫がすでに心許なくなりました」
「嘘でしょう。あんなに在庫を用意していたんですよ。少し落ち着いて、詳しく話してください」
興奮冷めやらぬスリラックさんに、落ち着くように伝える。椅子に座って、呼吸を整えさせる。そんなに驚く程売れたのか。
「アンバーさんにも聞いてください。間違いありません」
アンバーを呼んで、確認してみよう。
「アンバー、本当のところ、どうなんだい?」
いつものように直立不動で、アンバーは口を開いた。
「スリラック様のおっしゃる通りでございます。初めは、皆さん、物珍しそうに購入されていたのですが、途中から一度購入されたお客様が戻って来られまして、大量に購入されていくものですから、在庫が無くなりそうでございます」
「そんなにか」
「その通りでございます」
肉はともかく、野菜は育つまで時間が必要だからなあ。どうしたものかなあ。
「スリラックさん、どう思われますか」
少し落ち着いたようだ。
「このままですと、本当に売るものが無くなってしまいますので、お店を一度お休みにした方が、よろしいかと思います。何も言わずにお休みしますと問題でしょうが、理由を店頭に書いておけば、わかってくださるのではないでしょうか」
「アンバーは、どう思う?」
「私も、スリラック様の意見に賛成です」
腕を組んで、レイは考えた。
「在庫が無ければ、どうにもならないからね。俺もふたりの意見に賛成だ。とりあえず、明日はお休みにする方向で、後のことは頼むよ。俺は、この先の生産の目処が立つかどうか、一度城に帰って、睦月と収穫をあげることが出来るか、相談してみるよ」
「そうしていただけますか。こちらの事は、お任せください」
スリラックとアンバーが同時にお辞儀をする。息のあったふたりに、後は任せよう。
俺は、すぐに城に転移した。
「ただいまー」
扉を開けると、黒のワンピースにエプロンを付けた、いつもの姿のパールがいた。
「おかえりなさいませ」
「睦月を呼んでもらえるかな」
会釈をすると、パールは部屋を出て行った。
「何か御用でしょうか、御主人様」
睦月は直立不動である。角張ったゴーレムだったと思ってたけれど、レベルが上がっているせいか、かなり丸くなっている。これなら、かなりスムーズに動けそうだ。
「実は、売れ過ぎて、在庫が無くなったんだよ。お店は、明日休みにして、対策を考えようと思っているんだ。そうは言っても、果実や作物を増やすしかないけどね。畑を拡張しようと思うのだが、そこでの作物が出来るまでに、どれくらい時間がかかるだろうか」
「それでしたら、皆んな、植物魔法を覚えましたので、今でもかなり余裕が御座います。農地さえあれば、何とかなると思います」
睦月には、自信が溢れていた。仲間もいるからか、無理を言っているようには聞こえない。
「農地を今の倍にしようと思っているのだが、大丈夫だろうか?」
「それならば、問題ありません。3倍でも大丈夫かと」
君たち、働き過ぎてない?心配になるなあ。ゴーレムとは言え、無茶をして欲しくないなあ。
「それなら、早速この島を大きくしようかな。とりあえず、2倍にしようか」
レイは、タブレットを出して、湖を広げて、島を拡張する。
この辺りは、一般人は立ち入れないから、問題ないだろう。
一気にすると、気づいた冒険者達が驚くといけないから、地味に拡張しよう。とりあえずの処置だから、次の手も考えとかないと。今後のことは、検討が必要だな。
「とりあえず、農地を倍にしておこう。ゆっくりと、土地が拡張していくと思うから、注意してね。この機会にゴーレムも増やしておこうか」
「そうしていただけると、助かります」
「後で、睦月の所に行かせるよ。ちゃんと指導してやってよ」
仲間が増えるからか、睦月は嬉しそうだ」
今は、これくらいの対策で、精一杯かな。
翌日、農地の様子を見に行く。
新しく拡張した所が、すでに耕されていた。仕事が早過ぎないか。ゴーレムだから、徹夜でも問題ないだろうけど。今回だけと、割り切ろうか。
「種も植え終わりましたので、今日中には変化があろうかと思います」
睦月が、そう言いながら、現れた。いきなりはやめて、びっくりするから。
そう言えば、植物魔法を覚えたって言ってたっけ。本当にゴーレムなのか、疑いたくなるくらい、性能が良過ぎる。
「いつも、ありがとうな」
礼を言っても言い足りないくらいだ。何もしてやれていないからなあ。本当に、よく出来たゴーレムだ。何か喜ぶプレゼントでもあれば、良いのだけれど。
「いえいえ、畑仕事を全て任せて貰って、嬉しいです。やり甲斐もありますしね」
睦月は凄く嬉しそうだ。
「これで、今まで以上に作物を収穫出来そうかな」
「今までの3倍は収穫可能かと」
「それは助かるよ」
王都では、在庫が底をついて、売り物がない状態だしね。
このままだと、もっと収穫の必要がありそうだ。やはり他の階にも、農地が必要かもしれない。
クリムに相談してみるかな。
「うん、そうしよう。今後のこともあるし、クリムの所に、久々に行ってみよう」
後のことは、睦月達に任せて、クリムの所に行こう。うん、それがいい。
「久しぶり、クリム。ダンジョンの運営は、どんな感じだい」
扉を開けて部屋に入る。
巨大なスクリーンの前で、ニヤけているクリムを発見した。
「あっ、レイ様、お久しぶりです。お元気そうで、何よりです」
「その顔を見ると、順調そうだね」
小さな胸を張るクリム。何処か誇らし気だ。
「レイ様の宿屋のお陰で、人がウハウハ集まっています。ダンジョンポイントが溜まりまくりですよ」
いいことを聞いた。
「それは良かったね。そこで、相談なんだが、僕にもう1階層、使わせてくれないかな。売り物の作物が、足りなくなりそうなんだよね」
驚いた表情のクリムだ。
「作物が、そんなに売れるんですか。ビックリですねえ。まあ、私は食べなくても生きていけるので、よくわかりませんが」
って言うけど、ケーキ好きじゃん。よく食べてるよね。今も、口の横にクリームが付いているのは秘密だ。
今度、他にも何か食べさせてみようかな。少しくらいの味覚はあるだろうしね。
「売れ過ぎて、在庫が少なくなったから、今日はお休みにしているんだよ」
「本当に凄いんですね」
「思ってた以上に売れちゃてね」
「わかりました。それでは、51階層を作りましょう。こっちもポイントが余り始めちゃって、どうしようかと思っていた所なんですよ」
やった。それは、都合がいいなあ。
「お願いできるかな」
「任せてください。一面農地にしときましょうか。中央に池を作れば、水にも困らないでしょう」
こいつ、結構わかってるじゃないか。でも、所々に森を用意してもらおう。少しは日陰もないと、休憩も出来ないからね。
「森も頼むよ。所々でいいから、作っといてよ」
「わかりました。今日中には出来ると思うので、明日にでも見に行ってください」
「了解。そうするよ。睦月達にも、そう言っとくよ」
何もかも順調だね、怖いくらい。こんな時こそ、気を引き締めないとね。
「そう言えば、アリス達は、どうしてるの。まだレベル上げしてたりするの」
クリムの困った顔が可愛い。
「48階の自分の階層に篭りっぱなしです。3日に一度くらいは、顔を見せてくれるくらいですね」
何か、考えがあるのだろうから。今日は放置だね。
「困った事が起きたら、早めに言ってよ。こっちも、他の事でドタバタしてるから、急には対応出来ないからね」
「冒険者様達が、40階にたどり着くようなら、連絡をいれますね」
「40階からのボスは、無茶苦茶強いはずだから、そこまで心配はしてないよ」
ホッとした表情のクリムも可愛いな。
「明日はまた王都に行くけど、何かあれば、遠慮せずに連絡してね」
「わかりまちた」
ああ、噛んじゃったな。最後に油断したね。
夕方、クリムの所から帰る時に、睦月の所に寄ってみた。
「本日収穫した物は、倉庫に入れてありますので、お持ち帰りください。それと、今回は少し野菜達に無理をさせましたので、明日以降の収穫量は今日程はありませんので、ご理解ください」
ああ、なんてよく出来たゴーレムなんだろう。
俺は倉庫にある作物をマジックバックに入れた。
城に帰ると、パールの作ってくれた夕飯を食べて、そのまま王都の屋敷に帰って、作物をスリラックに渡すと、すぐに寝ることにした。疲れたよ。
明日は、在庫をよく見ながら、売らないとなあ。補充はしたけど、心配だ。
おやすみなさい。
「おはよう、スリラック。順調かな」
昨日は疲れが溜まってたのか、すぐに寝て、今朝は中々起きれなかった。
おかげで、開店に間に合わなかった。
「おはようございます、レイ様。今朝も朝早くからお客様が並んでいましたので、少し早めに開店させていただきました」
「無理だけはしないようにね」
「わかっております。在庫に余裕が出来ましたので、問題はないかと」
この調子なら、任せて大丈夫みたいだね。何せ、今日は、魔人退治の日だからな。そっちの方が、気になっちゃうよね。
そこに、エネルが文字通り飛んで来た。
「大変です、レイ様。女王様の部隊が壊滅寸前です」
「えっ、それ、ヤバいやつだね。案内して、直ぐに行くから」
急げ、レイ。女王様直属の部隊が、危ない。
魔人のさらなる能力に、女王様の部隊もタジタジだ。
レイ、女王様の部隊を守るんだ。
次回、〔敗北〕、乞うご期待!!




