19.魔人探しは、慎重に
「ああ、間違いない。魔人は、元はストロだった。ストロが突然狂い出して、巨大化して、そして身体が黒くなって、魔人になった。理由はわからない、とにかく魔人になったんだ」
パーティのリーダーのカルロスは、そう語った。皆んな、見ていたのか、頷いていた。
「魔人化した理由には、何か心当たりはないかい?」
「申し訳ないけど、わからない。本当にいきなりだったんだ。誰か、何か気づいた者はいるかい」
「私もわからないわ」
「僕も何も気付かなかったな」
「ああ、でも、喉に何か詰まったようで、水を飲んでたぞ」
「そう言えば、ひとりで何か食べてたかな」
「何を食べてたか、誰か、見てないか?」
全員、首を振っていた。誰も見ていないようだ。
「何かを食べてた事がわかっただけでも、収穫だな。俺と戦っている最中にも、何か食べてたから、原因は間違いなく、食べ物だな」
「誰よりも強くなりたいって、言ってたから、何かドーピングの元でも、見つけたのだろうか」
それ以上、誰も何も言わなかった。
「このことは、ギルドに報告してくれ。もしも、誰でも手に入るような物なら、大変な事になるから」
「わかった、それは、リーダーの僕からギルドに伝えておこう」
仲間を失った事で、悲しいのだろう。
仲間に裏切られた事で、ショックなのだろう。
誰も、次の言葉を吐かなかった。
「とりあえず、街に帰ろう。このままここに居ても、何も出来ないだろ。早く、報告しておくことが大事だ。こんなことが、二度と起きない様にするためにも」
「でも、この身体じゃあ、魔物が出たら、太刀打ち出来ないぞ」
「そうね、皆んな、何かしら怪我をしているものね」
皆んな、ボロボロだった。武器も壊れて、戦える状態では無かった。
「それなら大丈夫だ。乗り物を用意しよう」
レイは、マジックバックから、タートル君を取り出した。
それは、巨大な亀の上に載った家だった。
「さあ、乗ってくれ。中は広いから、全員乗れるはずだ」
「えー、何だ、これは」
皆んな、驚いている。マリアも一緒になって、驚いていた。そう言えば、見せたこと、なかったかな。
「だ、大丈夫、なの、これ?」
どうやら、皆んな、半信半疑のようだ。
「早く乗ってくれ。どうやら、魔物達に見つかったようだ。さっさと行くぞ」
「あ、ああ」
リーダーを先頭に、みんな乗り込んだ。
最後に、レイが乗り込む。
同時に、タートル君は浮き上がって、飛んだ。
「何で、飛んでんだー」
リーダーの雄叫びが、ダンジョンにこだまする。
「何なんだ、あの乗り物は」
リーダーは、フラフラだ。顔も真っ青だ。
この人こそ、大丈夫なのか。
「えー、乗り心地、最高じゃあないですか。フワフワなソファの上に、寝転がってるだけで、目的地に着くんですよ。また、乗りたいですー」
「魔物を恐れることもないし、本当に最高ですね。レイさん、また載せてくださいね」
「機会があったらな」
レイ達は、街の門の近くまで来た所で、タートル君から降りた。こんな乗り物見たら、パニックになりかねない。
「ここから、歩くよー」
皆んながリュックを背負い直した所で、レイたちは門に向かった。
ギルドカードを門番に見せて、門を抜ける。通り過ぎて、そのまま、ギルドに向かった。
ギルドの扉を開けて、そのまま受付に向かった。
「何の御用でしょう」
「ギルドマスターに、話があるんだが」
リーダーが、受付嬢に話し掛けた。
「アポは、取られてますか?」
「急用なんだ、アポは取ってない」
「少しお待ちください」
少し嫌な顔をしながらも、受付嬢は対応してくれた。
レイ達は、リーダーを残して、待合室の方に移動した。
「マスターは、話を聞いてくれるかしら」
「流石に、大丈夫だろう。でも、ダメなら、マスター室に殴り込もう。この案件は、放っておくわけにはいかないからな」
レイの言うことも、最もである。それほどの案件だった。
暫くすると、受付嬢がやって来た。
「マスターの執務室にお越しください。リーダーの方は、先に行って、説明しとくそうです」
「ああ、わかった。行ってみよう」
受付嬢の後をレイ達はついて行った。
コンコン。扉を叩く受付嬢。
中から、入って来いの声が聞こえた。
「失礼します」
受付嬢の後について、レイたちも入って行った。
「おお、来たか」
「お連れいたしました」
それだけ言うと、受付嬢は帰って行った。
「まあ、その辺に座ってくれ」
ふたつあるソファに全員で分かれて座った。
「話は、リーダーから聞いた。大変だったな。でも、このことは今は誰にも言わないで欲しい。訳もわからず、パニックになるのだけは阻止したいんだ。わかってくれ」
ギルドマスターが頭を下げる。厳つい顔の割に、良い人みたいだ。ムキムキの肩が、淋しそうに少し震えていた。
「わかりました」
リーダーが代表して、答える。反対する者は居なかった。
「調査は、こちらでもしてみるが、わからないことが多過ぎるから、お前達も十分注意してくれ。何かわかれば、教えて欲しい」
ギルドマスターも困っているようだ。手掛かりが無いのだから、仕方がない。
「今日は色々とあって、疲れているだろうから、とりあえず解散だ。また何かあれば、声をかけるよ」
「わかった。さあ、皆んな、帰ろうか」
リーダーの一声に、皆んな、立ち上がった。流石に疲れたから、早く帰りたいのだ。
「そうだ、レイとマリアは残ってくれ。申し訳ないが、もう少し話しが聞きたい」
マリアを見ると、頷いていた。納得しているようだ。
「今日は、世話になったな。本当にありがとう」
それだけ言って、淋しそうに出て行った。
リーダー達が出るのを待って、レイとマリアは、もう一度ソファに座り直した。
「ぶっちゃけ、魔人と言うのは強かったのか?」
ギルドマスターは、ぶっちゃけ過ぎである。肩の力が抜けたのか、ソファにもたれて、天井を見つめている。これか、大変だろうと、心の中で手を合わせておく。
「そこまで強いわけではないけれど、再生能力が凄いんだ。腕や足が、野菜のように生えて来るんだ。見てるだけで、逃げたくなる。異様なんだ。普通の冒険者だと、太刀打ち出来ないかな」
「そんなにか」
「ああ、そんなにだ。お陰で、メインの武器を壊されたよ」
トントン。
「マスターにお客様です」
扉の向こうから、声が聞こえて来た。
「今、来客中なので、後にしてもらえ」
ギルドマスターが、声を上げて、伝えた。
「お客様、ダメです。今はマスターが接客中なのです」
「構わん。大至急、話をせねば、拙いのだ」
扉が開いて、男が入って来た。
「おや、貴方もいたのですか。それなら、話が早い」
レイは振り返るように男を見た。
「貴方は、あの時の。確か、ジェームズ・フォン・ボルトン侯爵でしたか」
「あの時は助かりました。今回も手を貸して頂けると助かりますぞ」
ジェームズは、ギルドマスターの隣に腰を下ろした。
「いきなり、何用ですか、ジェームズ侯爵。まだ、お客人と話している最中なのですぞ」
流石のギルドマスターもお怒りだ。
「すまない。だが、今はそれどころではないのだ」
偉い立場の人だろうとは思ったが、ギルドマスターとも顔見知りのようだ。
「こっちは後でも大丈夫ですから。そちらの話が終わりましたら、呼んでください」
立ちあがろうとするレイの肩を押さえるジェームス侯爵。凄い力だった。とてもではないが、動けなかった。
「いや、君にも聞いてもらいたい」
仕方なく、もう一度ソファに腰を下ろした。
「本当に良いのですか」
「構わんよ。場合によっては、彼の力を借りねばならない」
ギルドマスターとレイの顔をもう一度見て、侯爵は静かに話し始めた。
「魔人が現れたのだ」
侯爵が、そう呟いた。
「またですか」
ああ、つい反応してしまった。
「またとは、どう言うことか」
「こっちでも、と言うか、ダンジョンの中で出たんですよ、魔人が」
「何だって、それは本当なのか」
侯爵は、左手でこめかみを押さえた。
「まずは、そちらの話を聞きたい」
侯爵は、膝に手を置いて、話を聞く体勢に入った。
「ダンジョンで、魔人が出たんですよ。それをそこのレイが倒したんです。まあ、そこまではよくある話です。問題は、倒された魔人が、人間に変わったと言う事です」
マスターは、一度に言い切った。流石に、ギルドマスターである。
「魔人が人間だったと言うのか」
「まだ一例ですので、はっきりとは言えませんが、そう言う事です」
腕を組んで、何かを考え込む侯爵。
「私の方は、街中で、急に魔人が現れて、暴れたと言う内容だ。一頻り暴れると、何処かに行ってしまったらしい。何十人も怪我人が出たが、死人は出なかったようだ。不幸中の幸いだ」
膝に手に力が入るのが、わかった。
「それで、どうしろと言われるのですか」
マスターが、口を曲げて、言った。
「逃げた魔人を探し出して欲しい。勿論、報酬は弾むぞ」
どうやら、レイに向かって、言っているようだ。
「魔人に興味はあるんですがね、さっきの戦いで武器の刀を折られちゃったものですから、少し時間が欲しいですね」
「構わんよ。強敵を相手に武器無しは、流石に無理だろうからな。こちらでも、行方を追ってみるが、期待はせんようにな。こっちは、その手の専門ではないからな」
そうは言っても、余りゆっくりは出来ない。今度こそ、犠牲者が出るだろうからな。
話がまとまったせいか、侯爵はソファにもたれ掛かった。
一度、城に帰って、武器製作にかかるとするかな。レイは、その後のことを思案していた。
「魔人って、昔からいたのですか?」
レイは、気になっていたことを聞いてみた。
一度、目を閉じて、侯爵は何かを考えているようだ。
「いや、魔人が現れ始めたのは、最近のことだ。しかも、いくら探しても見つからないと来た。こちらも、対処に困っているのだよ」
「誰か、魔人に勝てる人はいらっしゃるのですか?」
「残念ながら、今の所、ほとんどいない。我らが四天王か、女王様くらいのものだ。だから、余計に拙いのだ」
レイはマスターに尋ねた。
「ギルドの方には、勝てそうな方、いらっしゃらないのですか?」
「何人か、いるにはいるのだが、運悪く、皆他のクエストで、出かけている」
「ギルドの方でも、探すだけ探してみてください。もし魔人を見つけたら、すぐに逃げるように言うのを忘れないでください。戦ったら駄目ですよって、念を押すのを忘れずに」
「了解した」
レイは頭を下げて、立ち上がり、マリアを伴って、扉を開けて、部屋を出た。
「何か、良い方法ないかな。今までと同じやり方だと、駄目だろうな。虫や鳥にでも、探してもらえれば、早そうなんだが。ルビー達に相談してみるかな」
ギルドを出て、人気のない所を探した。
「やっぱり、家が欲しいかな。いちいち、転移出来る場所探すの、面倒なんだよね」
そして、転移した。
レイは、46階層を訪れた。
「一面、花畑だな。巣は森の方かな」
歩きながら、ここの階層の様子を見る。
花を痛めないようにするためか、花畑を区切るように道があった。
花畑の区画を過ぎると、草原だ。草原にも、白詰草やタンポポ、名も知らないような花が咲いていた。草原の合間に色が散っている感じか。兎に角、花が多い。
「レイ様ー」
知らない女性が、飛びながら、近付いて来る。背中に翅が見える。ティンクが大きくなったのかな。人間ではないようだが。
よく見れば、綺麗な女性だった。花冠を頭に載せている。
「レイ様、私です。ルビーです」
「えー、いつから人間になったの?」
目の前に、舞い降りる。
「アリス様に鍛えていただいた、賜物です」
黄色いドレスに、花冠。翅は、地上に降りると、小さく畳まれていた。
進化でもしたのだろうか。蜂の魔物が進化すると、妖精になるのかな。
「今日は、何用でお越しになられたのですか?」
ルビーは小首を傾げる。可愛い過ぎだろう。
「ルビー達が、どうしてるかと思ってね。様子を見に来たんだ」
「嬉しい」
ルビーは顔を赤らめる。
「実は、折言って相談があるんだが、兵隊蜂達で、街を監視したり出来ないだろうか」
「それなら、ちょうどいい子がいます」
微かに翅を振るわせるルビーの元に、一匹の小さな蜂が飛んで来た。5センチくらいの大きさだ。
「お呼びになられましたか、ルビー様」
ああ、蜂が喋ってる。もう驚かないけどね。
「この子、喋れるのかい。早過ぎないか」
驚愕である。それ程レベルが上がっているとも言えないのに、すでに言葉がわかるなんて。
「レイ様、この子は生まれてすぐに、言葉を喋っておりました。ご存知の通り、かなり珍しい事です。レイ様の役に立つために生まれて来たのではと、思っております」
「わかった。この子を連れて行こう。でも、本当に、良いのかい」
「勿論です。その代わり、名前を付けてやってもらえませんか?」
その蜂は、嬉しそうにルビーの周りを回っている。
「お前たちには宝石の名を付けたから、同じように宝石の名から付けようかな。そうだな、エメラルドはどうかな。でも長いから、エメラってのは、どうかな?」
「いい名前ですー」
エメラは、喜んでいる。名前が気に入ったのか、名前が付いたことが嬉しいのか、どっちなんだろう。
「ルビーと暫く会えなくなるけど、エメラは大丈夫なのかな」
「大丈夫です。レイ様のお役に立てるのですから、問題ありません」
可愛いやつだ。
「ついでに、これをお持ち帰りください」
それは、大きな壺だった。
「中身は、蜂蜜でございます」
レイは嬉しそうに、すぐにマジックバックにしまった。
「ありがとう。また来るよ」
レイは、エメラを連れて、シラサギ城に転移した。
「アンバーは、いるかい」
シラサギ城に到着すると、レイはすぐにアンバーを呼び出した。
「レイ様、何か御用でしょうか?」
影のように、アンバーは現れた。
「白の国の王都に店を出したいんだ。しかも家付でね」
「王都で、何かありましたか」
「アンバーは、魔人の噂を聞いていないかい?」
ソファに腰掛けながら、レイは尋ねる。
「はい、噂程度なら聞いております。何処からか現れて、暴れ回るとか。どんな攻撃も効かないとか。その程度でしょうか」
「よく知ってるね。今は、皆んな、その程度だと思うよ。その魔人を探してくれないかと偉い人に頼まれたんだよ」
「何か当てはあるのでしょうか?」
「無い。だから、この子に探して貰おうと思って。そのために、アジトが欲しいんだよね」
レイは、懐からエメラを出した。
エメラは嬉しそうに、レイの周りを舞った。
「なるほど、蜂ならば、何処にいても不思議はないですから」
「そう言う事」
レイはアンバーに、オッケイサインを指で出した。
「実は、野菜を売るための場所は、すでに見つけております。一度観ていただいて、問題なければ、そちらを使ってみては、いかがでしょうか」
お辞儀をするアンバー。
「流石アンバー、話が早いねえ」
「後は、レイ様が契約するだけとなっております。こればかりは、ゴーレムの私では出来ませんので」
深く頭を下げるアンバー。
「問題ないよ。それじゃあ、明日にでも、行ってみるかい」
「それがよろしいかと」