15.開店と問題と俺と
「日替り定食、あと三つ、お願いします」
うーん、繁盛し過ぎだろうか。
「日替り、五つ出来ました。お願いします」
ゴーレム店員が、五番テーブルに持って行く。
「おー、待ってたぜ。こりゃ、美味そうだな」
「お待たせしました。日替りです」
手早くテーブルに置く。
四人の冒険者たちは、一斉に食べ始めた。
「ダンジョンで、あったかい料理が食べれるのは、やっぱ最高だな」
「美味えな。外でもここまで美味いのは、早々出会えないぞ」
「ごゆっくり」
それだけ言うと、ゴーレム店員は、急いで帰って行った。
「今度は、八番テーブルに、日替りをお願いします」
料理メニューが、日替りしかないとは言え、客足が止まらない。
もちろん、外にも、まだかなりの人が並んでいる。こんなにお客が来るとは。甘く見過ぎていたようだ。五体のゴーレム店員でも手一杯だ。もう五体くらいは増やさないと、これから先は、無理だな。
でも、問題は、料理人の方か。イート君達三人では、負担がかかり過ぎだ。ゴーレム料理人を造るかな。単純作業なら大丈夫だろうが。悩んでいる余裕はないかな。うん、そうしよう。このままだと、イート君達の方が潰れそうだ。
今日の所は、パールに手伝ってもらおうか。
「お呼びでしょうか?」
「まだ呼んでないけど」
「呼ばれそうな気がしたものですから」
「まあいいけど。今日だけ、イート君達を手伝ってやってくれるかな。パールなら、何とか出来るでしょう」
「本来はレイ様の身の回りの世話をするのが仕事ですが、本日だけと言われるのでしたら、承りました。ただし、レイ様はひとりで勝手に出歩きませんよう、お願いいたします」
「ああ、わかってる。お城に帰って、足りない分のゴーレム造りをするよ。ひとりでは、何処にも行かないから、安心してよ」
「そうしていただけると、助かります」
「ああ、後を頼むよ」
それだけ言うと、従業員部屋にある、転移ドアを抜けていた。
「さあ、どうしたものかな」
城の錬金作業部屋まで帰って来たのはいいが、名案が浮かばない。
ゴーレムで対応するのは簡単だけど、根本的な解決にはならない。何処かで料理人を探して来るかなあ。
でも、何処で。料理人なんて、誰でもも出来るものでもない。困ったなあ。
街中でスカウトってのも、なかなか難しいだろうからな。ギルドに依頼を出してみるかな。ただ、ダンジョンの中に来てくれるだろうか?
イート君の知り合いに料理人って、いないのかな。後で、聞いてみるかな。
「あー、甘く考え過ぎてたかな」
「ただいま、帰りました」
リビングのソファーに座るイート君達。
「疲れただろう。晩御飯でも食べながら、話をしよう」
パールがワゴンに載せて、食事を運んで来た。
「本日はハンバーグでございます。まずは、サラダとコンソメスープをお召し上がりください」
「おー、今日は御馳走ですね。楽しみです」
「このコンソメスープってやつ、美味しいですね。透き通っているのに、こんな濃厚な味が出るんですね。凄いですね」
「続きまして、メインのハンバーグになります。デミグラスソースを掛けて、お食べください」
早速、アリスがフォークを刺して、口に入れた。
「ハンバークは、美味しくて、ほっぺたが落ちるような味なのー」
「今度、これを日替りに入れましょう。あー、でも、またお客さんが増えますかね。痛し痒しですね」
徐に、レイは話し始めた。
「流石に、客が多過ぎると思う。あの調子なら、まだまだ客が増えそうだしな。そこで、ゴーレム店員をもう五体増やそうと思う。それとは別で、ゴーレム料理人を二体造るよ。簡単な物ならすぐ作れるだろうけど、手間暇掛かるものは難しいかもしれない。それでも、いた方がいいと思う」
誰も何も言わない。
初日から、こんなに客が来るとは思わないよな。
「そんなわけだから、明日からも何とか頼むよ」
俺は頭を下げた。
「レイ様、頭を上げてください。まだ慣れていないこともあるので、こちらの責任です。明日からも頑張りますので、よろしくお願いします」
「まあ、頼むしか無いのだが。イート君、誰か、手伝える人を知らないか?」
「今度の休みにでも、色々と当たってみます」
よほど疲れたのか、姉妹はイート君の横で、食べながら寝ていた。寝ながら食べてると言うのが正解かもしれない。
こんな時は、ダンジョンだな。
悩み事をダンジョン攻略で、発散するどー。
「ティンク、行くよー」
「パール様には、伝えているのですか?黙って行くと、怒られますよ」
「さっき言っといたから、大丈夫だよ。今日は、イート達を手伝う様に、お願いしている」
西門の先にあるダンジョンは、高難度らしいから、とても楽しみだ。
「急ぐから、走るよ。ティンク掴まっといてよ」
「何だ、思ったより、近かったね」
難度が高いせいか、人も少なそうだ。
みんな、難度の低い北門の方に行くのかな。
さて、入りますか。
「すみません、荷物持ちは必要ありませんか?」
幼い女の子だった。
「私、見た目より力持ちなんです。荷物持ちとして、雇ってもらえませんか?」
マジックバックがあるから、必要ないのだが。
「このダンジョンは、強い魔物が多いから、危ないよ」
「だ、大丈夫です。足も早いので、ひとりででも逃げられます。
仁王立ちして、ポージングをとる少女だった。
「いつも、こんなことしているの?」
「・・・・・」
何も言わなくなってしまった。
「他に、何か仕事ないの?」
「私達に回って来るような仕事無くて・・・。ごめんなさい。他を当たります」
離れて行こうとする少女の肩を掴む。
「わかった、わかったよ。荷物持ちとして、雇うよ」
「本当に、良いんですか?」
「ああ、いいよ。付いておいで。でも、ひとつだけ約束してくれない。僕の前に絶対出ないこと。あと、何が起こっても、逃げ出さないこと。多分、俺達から離れる方が、危ないからね
「わかりました」
凄くいい笑顔だった。
「名前、聞いてなかったね」
「マリアです」
「俺は、レイ。こっちの肩に乗ってるのが、ティンク」
そうだ。忘れてた。
僕はマジックバックから腕輪を取り出すと、マリアの左腕に付けた。
「何かあった時、この腕輪がマリアのことを一度だけ守ってくれるはずだから、付けといて」
「良いんですか?こんな高価そうな品物」
「大丈夫、大丈夫。マリアの命の方が大事だからね」
「あ、ありがとうございます」
「さあ、一階に着いたよ。二階に進む階段を探しながら、前進するよ」
「この階層はゴブリンばかりだなあ。弱過ぎるよ」
「ごめんなさい。ゴブリンの耳、袋にもう入りません。レイさんって、無茶苦茶強くないですか?ゴブリン退治でなくて、殲滅ですよね」
「えっ、もうそんなになるの?弱過ぎなんだよね。よーし、二階層に行くよ」
「もう入れる袋が無いんですが」
「それなら、これ貸してあげるから、これを使っちゃって」
「このバック、どれくらい入るのですか?いい加減いっぱいになると思うんですが。だいたい、もう九階層ですよ。入り過ぎです。おかしいですよ」
君は何故怒るんだい。儲かるから、良いでしょう。
「それ、マジックバックだよ。気づいてないのかな」
マリアの動きが止まった。
「何で、そんな高価な物を持っているんですか?」
「おかしくないさ。だって、自作だもん」
「へっ?」
驚いてる顔が可愛いな。まだまだ子供だね。
「レイさんって、いったい何者なんですか?」
「普通の人ですが」
さて、次はボス部屋だな。何が出るかな。楽しみだ。
「今度は、ボス部屋だから、少し離れてついておいでね」
「いえいえ、まだ答えを聞いてないんですが」
「気にしない、気にしない」
扉を開けて、部屋に入る。何もない、広いだけの空間だ。真ん中に、大きな魔石があった。
さて、ボスは何処から出て来るかな。刀を構え直して、待つ。
魔石から変な音が聞こえてくる。
ミシミシミシ。
魔石が、粉々に砕け散った。もうもうと煙が立ち込める。
「マリア、壁際まで下がってて」
煙が消えて、出現したのは、巨大なライオンだった。五メートルくらいはあるかな。いや、ライオンのような魔物だ。背中に、羽根が生えている。
「あれは、ペガサス・ライオンですね。非常に珍しい個体です」
俺の肩で、ティンクが説明する。
面白くなって来やがった。
いつもなら、アリスに横取りされる所だが。
ペガサス・ライオンは駆け出した、そして消えた。速すぎて見えない。普通なら。
残念。俺は光を越える者だよ。だから、ペガサス・ライオンの姿は、はっきりと見えていた。
ならば、俺も光を越えてみようか。
魔素を瞳に集めて、視る力を強化すると、ペガサス・ライオンの姿が見えるようになった。
刀を振る。
ペガサス・ライオンは、見えてることに驚いたのか、一瞬で後ろに跳ねた。
そこだと、だめだよ。俺は追撃する。
さらに、刀を振る。
ペガサス・ライオンは右に跳んだ。俺は、ペガサス・ライオンの残像に届いた。残像を追い抜くように、一閃。立髪が切れて、散る。
「もう少し早く動かないと、追い付いちゃうよ」
ペガサス・ライオンに合わせて、同じ方向に飛ぶ。
「今度はかわせるかな」
刀先を耳の横で、ペガサス・ライオンに向ける。左手を刀に添えて、ペガサス・ライオンの眉間目掛けて、突く。
咄嗟に、しゃがむペガサス・ライオン。
追いかける切先。二度、三度と突きを繰り返す。
徐々に、スピードを上げていく。
突く、突く、突く。
ペガサス・ライオンのスピードが落ちて来た。嫌、俺の速度が上がっている。ペガサス・ライオンは、徐々に避け切れなくなる。立髪から、頬へ。頬から、眉間へ。ついに、刀が突き刺さる。
瞬間、ペガサス・ライオンの動きが止まった。瞳が、黒から白に変わり、横に倒れる。大音響が、部屋に響き渡る。
俺は、ブランクカードを取り出して、投げる。カードに吸い込まれる巨大ペガサス・ライオン。
「流石に強かったな」
何これ。全然見えないわよ。
ペガサス・ライオンの方はともかく、レイさんの姿も見えないわよ。
シュッ、シュッっと、音が聞こえるだけ。
戦ってるいるのだろうけど、何が起こっているのか、全然わからない。何なの、これ。
そして、音が消えた。
突然の沈黙。
ドサッ。
何かが倒れる音。
魔物の姿が一瞬現れた。
けれど、すぐに消えた。
「マリア、大丈夫だった?」
後ろにレイが立っていた。疲れた様子もない。
「私は大丈夫ですが、レイさんは怪我とかしてないのですか?」
「俺は大丈夫。運がいいらしい」
「いったい、何があったのですか?」
「ああ、見えないよね。まあ、魔物と喧嘩して、勝ったってとこかな」
「私、何も見えなくて。ただ、オロオロするばかりで」
余程心配だったのか、手を胸の前で組んでいる、まるで、祈りのポーズだ。
「荷物持ちで頼んだんだから、問題ないよ」
腰を下ろすマリア。腰が抜けたようだ。
「大丈夫かい、マリア。ここで、少し休憩しようか。俺たちがこの部屋を出ない限り、何も出てこないはずだから」
レイは、簡易のテーブルと椅子を取り出した。キャンプ用に、用意していたものだ。
「とりあえず、座って」
レイは、肩でマリアを支えると、椅子に座らせた。
「あ、ありがとうございます。もう、大丈夫です」
「ケーキとお茶を用意するから、食べてよ」
マジックバックから二人分取り出すと、テーブルに置いた。
「今日のは、アプルのケーキだよ。うちのアプルがなり過ぎちゃて、大変なんだよ」
マリアは、恐る恐る、フォークで口に運んだ。
「美味しい。酸味が効いて、爽やかな味です」
「口に合うのなら、良かった。追加もあるからね」
「こんなに美味しいケーキが作れるのなら、自分のお店を持てば良いのに。勿体無いですね」
「もうお店を持ってるんだけど、人手不足でね。大変なんだよ。今日も、本当はこんなことしてる場合では無いのだけど、気分転換にね」
「人手不足なのですか?」
「そうなんだよ。お店の場所が問題でね。働いてくれる人が少ないんだよ」
大きな音を立てて、マリアは急に立ち上がった。
「ど、どれくらい、人手が足りないのですか?」
「多いければ、多いほど良いかな」
「わ、私では、駄目ですか?他にも、たくさん、紹介出来るのですが」
肩で息をしながら、ひと息で話し終えた。
「本当に、大丈夫?後で、辞めたいとか、言わない?」
「そ、そんなに、信用出来ませんか?」
信用の問題ではないのだが。どう伝えようか。悩むなあ。後で問題になってもいけないから、全部話しちゃうかな。
「いい、落ち着いて聞いてね。・・・場所がね、ダンジョンの中なんだよね。住む所は、ちゃんと用意するし、お休みもちゃんとあるから、重労働にはならないと思うけど。それでも、来てくれる?」
「ダ、ダンジョンの中ですか?もしかして、今話題のダンジョンですか?ダンジョンの途中に宿屋があると有名な、あそこですか?」
「ああ、多分、そこだね」
はあ、はあ、と言いながらも、マリアは話した。
息をしなさい、息を。
「本当に、本当に、そこで働けるんですか?」
「君達さえ良ければ、大丈夫だよ。俺がオーナーだから」
マリアは、直角の姿勢で、お辞儀をした。
「あ、ありがとうございます」
「明日にでも、行ってみるかい?行きたい人を連れて来てもらってもいいよ。わかってると思うけど、犯罪で集めた人とか、駄目だよ」
「そこは、大丈夫です。実は、私、教会の運営する養護施設でお世話になってて、十五歳になったら養護施設を退所しなくちゃいけなくて、そんな子供達が今年は沢山いて、困っている所だったのです」
「そんな理由があったのかい。それなら問題ないよ。ちゃんと受け入れるよ。住む所も用意するから、安心していいよ」
涙を流して喜ぶマリアだった。
「明日朝八時に、北門で待っててよ。迎えに行くから」
「わかりました。みんなも喜ぶと思います」
「言っておくけど、無理やりとか、絶対に駄目だからね。ちゃんと行きたいという意思のある人達だけにしてね」
今日はお茶が美味いなあ。女神様のおかげかな。
「もちろんです」
「話は決まった。今日は、もう少し下層まで降りたら、早めに帰ろうね。君達の準備もある事だしね」
「はい、私も頑張って、戦います」
マリアは、片腕を天に向けて、突き上げた。
「いやいや、今日の君は荷物持ちだからね」