14.新しい生活に向けて
「準備が出来るまで、ここに住んでもらいたい」
「これって、噂の城塞都市ですよね」
「あー、そんな呼ばれ方をしているんだ。初めて聞いたよ」
「ギルドに所属していれば、誰でも知ってますよ。貴方は、何者なのですか?」
ここは雰囲気が大事だ。
少し悪い顔をして、微笑む。
「ここのダンジョンマスターの知り合いだ。その関係で、この階層を好きにさせてもらっている」
「普通の人は、ダンジョンマスターと知り合いにはなりませんよ。僕、ここで食べられるんですか?」
明らかにビビっていた。やり過ぎたかな。
「そんなことはしないよ。ただ君に料理を作って貰いたいだけだ」
「料理される側でなく、料理する側ですか?」
誰が、お前を食べるねん。
「細かい話をすると、対岸にある安全地帯に食堂兼宿屋を作りたいのだ。そこで料理を作って貰いたいんだ」
「それ、本当ですか?」
「そんな事で、嘘は言わないよ。さっきのあの料理を食べれば、料理が上手いのは一目瞭然だ。君は一流の料理人の素質があるのだ。だから、君に手伝って貰いたいんだよ」
「それが本当なら、知り合いを呼んでも構いませんか?」
「ああ、大丈夫だよ。ただし、面接はさせてもらうよ。ここに変なやつを入れたくないからな」
何とかなりそうだ。良かった、良かった。
「僕の姉と妹です。悪い人たちでは無いです。そこは、大丈夫です。僕が保証します」
「それなら、問題ないかな。実は、後々は、湖の北回りにも一ヶ所追加で宿屋を作ろうと思うんだ。だから。今回はとりあえず南回りに宿屋を作って、繁盛させたい。この先のこともあるし、人手は多いに越したことはないよ」
「ただ、僕達は、料理しか出来なくて」
「そこは大丈夫だよ。僕の造るゴーレム達に、他のことは全部させるから。因みに、そこのメイドのパールもゴーレムだからね」
「本当ですか。人間と見分けが付かないじゃないですか」
「まあ、そこは秘密だね。企業秘密ってやつだよ」
「よく分からないのですが、兎に角秘密ってことですね」
「そゆこと」
何とか分かって貰えたみたいだから、大丈夫だろう。早めに開店出来るように、頑張るだけだね。
「準備できるまで、ここに住んでもらって、ゴーレム達の作る野菜で、美味い料理のメニューでも考えて貰おうかな。食堂の台所を使ってもらっても大丈夫だからね。ただし、言っとくけど、この塀の外に出ちゃダメだよ。外には、魔物が住んでいるからね。それだけは、絶対に気をつけてよ」
「わ、わかりました」
「パール、彼を空いてる部屋に連れて行ってあげて」
「わかりました、レイ様」
「あっ、僕、イートって言います。これからは、イートって、呼んでください、レイ様」
「わかったよ、イート。でも、僕のことは、レイでいいよ。パールは、メイドだから様を付けてるけど、イートは普通に呼んでよ」
「ど、努力します」
「それでは、イート様。お部屋までご案内いたします」
そう言うと、二人は中央階段を上がって行った。
「それなら、宿屋を作るのを急がないとね」
「何だこりゃ」
「どうしたの」
目の前の階段に、立て札がしてあった。
本日は、この階層は立ち入り禁止となります。
またのお越しをお待ちしております。
ダンジョンマスター
「誰かの悪戯だろう。行こうぜ」
ドン。
「えっ、入れないんだけど」
「どいてくれ、俺が行く」
だが、透明な壁にでも拒まれるように、前に進めなかった。
「おいおい、本当に入れないじゃないか」
魔法の炎が、燻るように消えた。
「嘘だろ」
どうやら、魔法の攻撃をしても、効果がないようだ。
「どうする?」
「引き返すしかないだろう」
「折角、ここまで来たのに」
その頃、立ち入り禁止の階層では、大掛かりな工事が行われていた。
「お前達は、広場の右側の森を伐採してくれ。手狭になるだろうから、拡張しとかないとな」
「了解しました、マスター」
ゴーレム達は、手に手に斧を持って、伐採にあたった。
まずは、石塀でこの辺りを囲うかな。みんなが安心して、暮らせるだろう。元々、魔物達にはこっちに近づかないように言っているけど、塀くらいはないと、心配だろうからな。
三メートル位の高さがあればいいかな。何なら砦化しておこう。魔物が襲って来ることが無いんだから、櫓は不要だろう。
奥の一角にとりあえず宿屋だな。二階建てで、二十室くらい作っておくかな。一部屋四人部屋くらいにしておけば、パーティでも泊まれるだろう。一階が男、二階が女って感じかな。ダメなら、後で変更すればいいだろう。
一階には、スタッフルームに食堂が欲しいな。
お風呂も必要か。大風呂を男女別々で作ることにしよう。
おっと、トイレを忘れちゃいけない。各部屋にひとつずつ付けよう。もちろんスタッフルームにも必要だな。
初めは、こんなところかな。後は少しずつ、変えていけばいいかな。
メガミフォンを取り出して、建築アプリを開く。さっきまでの内容で、宿屋が完成するように、打ち込む。エンターを押して、後は待つだけだな。
本当は一般客用と貴族用に分けたいくらいなんだけど、そこまでしなくても大丈夫だと思いたいね。まあ、変なのが現れたら、強制退去願おう。
宿屋の他に、キャンプ場もどきを作っておくかな。宿に泊まれない者や泊まりたくない者達もいるだろうからな。トイレとお風呂だけ完備しておけば、何とかなるだろう。
建物は、こんなところかな。
後は、スタッフゴーレムだね。十体も居れば、大丈夫だろう。足りなきゃ、増やせばいいし、そんな所だろう。
「おーい、ゴーレム達、もうその辺にしとこうか」
これ以上は、森が無くなるほどの勢いだった。
「はいです、マスター」
ゴーレム達は一斉に作業をやめて、前に整列した。
「よし、一度城に帰ろう」
「これはまた、美味しそうな果物が出来たねえ。何の実だい」
「これは、ロンメの実です。とても甘くてジューシーですよ」
ゴーレムの睦月から、一切れ貰うと口に運んだ。
「美味い。甘過ぎないから、これは、幾らでも食べれそうだな。ジュースにしてもいけそうだな」
「料理に使えないか、考えてる所です」
「おー、イートも手伝ってくれてたのかい。でも、あまり無理しないようにな。ゴーレム達に任せとけば大丈夫だからな」
「そうはいきませんよ。お世話になってるのは、こっちなんですから。時間が空けば、手伝いますよ」
「イートは、真面目だなあ。でも、時間が空いてるなら、イートの知り合いを呼びに行こうか」
「お願い出来ますか。姉さん達が、心配してるかもしれないので」
「これから行こうか。何か用意がいるかい」
「大丈夫ですよ」
「おー、イート君、生きてたのかい。良かった、良かった。パーティーの連中の亡骸が見つかったから、皆んな、心配してたぞ」
イートはギルドの受付の人に、そう声を掛けられたので、事のあらましを話した。信用してもらえるだろうか。
「そうか、酷い目にあったな。ギルドで上手くフォロー出来なくて、申し訳ない。あいつら、少し危ない所があったからなあ。お前だけでも、無事で良かったよ」
受付の人も、一安心のようだ。
「ありがとうございます。ゴブリンに囲まれていた所をレイさんに助けていただきました」
「そうだったのか。レイ君と言ったか、イートを助けてくれて、ありがとうな」
「ゴブリンだけでしたから、そんなに危なくはなかったですよ。それより、薬草の買取をお願いしたいのですが、何処に持って行けば、よろしいでしょうか?」
「それなら、左端の受付に頼むよ。買い取りは、いつもその受付で行なっているよ」
「イート君、彼は、何者だ?雰囲気から、ただ者ではないような気がするのだけれど」
イートは、少し考えて。
「何者なのか、僕も詳しくは知らないんですよ。ただ、こんな弱い僕と一緒に仕事がしたいって、言ってくれたので、きっと悪い人ではないと思いますよ」
「彼と一緒に仕事?大丈夫なのかい。また同じことになったりしないかい?」
「大丈夫だと思いますよ。ひとりでも充分強い人です。それなのに、弱い僕を頼りにしてるって、言ってくれてるんで。まあ、戦闘で、役に立つわけではありませんが」
「まあ、イート君が良いのなら、何も言わないけどね。気を付けてよ」
心配そうな受付の人に笑顔で、頷いておく。
「ごめん、ごめん、待たせちゃったね。薬草が思った以上にあったものだから、時間掛かっちゃったよ。本当にごめんね」
頭を掻きながら、レイは言った。
「大丈夫ですよ、受付の人と話をしてましたから」
「そうかい、それなら、イート君のお姉さんたちの所に行こうか」
「ええ、そうしましょう。心配してなきゃ良いのですが」
レイ達は、ギルドを出ると、北の住宅街に向かった。南の貴族街と違って、整備されていない地区らしい。白の女王よ、もっと平民のことを考えた方がいいぞ。今度、そう忠告しとこう。
歩きながら、イートは将来の夢を語り始めた。
どうやら、元々料理人になりたかったようだ。戦闘や魔法の才能があまりなかったこともあったようだが、その分料理することが大好きで、料理人になって、みんなを助けようと思ったようだ。嫌、興味を持ち、伸ばしていったと言う方が正しいか。
家で工夫しては、料理の腕を磨いていたらしい。そう言えば。
「父も母も、早くに亡くなりました。二人でパーティーを組んで、ギルドの仕事をしていたようです。偶然強い魔物に遭遇してしまって。帰って来ませんでした。そのせいでしょうか、魔物が怖くて」
「そうなのか。それは、悪い事を聞いたな。すまない」
「もう大丈夫ですから。気にすることはありませんよ」
イートは笑っているが、大分苦労したんだろうな。まあ、もう魔物と戦うこともないだろうから、安心して欲しいな。ただ、このままはなあ、いつか魔物に勝たせてやりたいなあ。
レイは、イートの肩を叩き、肩を組んだ。
「僕の家は、その角を曲がった所です」
そこには、二人組の男達と揉めている女性たちがいた。
「あれは、お姉さんと妹です。どうしたんだろう」
イートは駆け出して、間に割り込んだ。
「姉さん、何があったのですか?」
「イート、無事だったのね。良かったわ、良かった」
姉さんと呼ばれた女性が、イートに抱きついた。
「おいおい、俺たちを無視するんじゃねよ。家賃が払えねえなら、早く出て行きやがれ」
ああ、そういう事か。イートが行方不明の間に、家賃の払いが出来なかったようだ。
「もう三ヶ月分も溜まってるんだ。早く払いやがれ」
「えっ、そんなに。僕の入れてたお金では足りなかったのですか?」
「イート、ごめん。他にも借りてたから、そっちに払っちゃって。もうどうにもならなくなっちゃって」
「そ、そんな」
狼狽えるイート。このままだと流石にまずいか。
「いくら払えばいいんだい」
「ん?お前は何者だ。まあ、いいか。金貨十枚だ。こいつら、十枚の金貨さえ払えないんだぜ。笑えるだろ」
「それくらいなら、僕が払いますよ。それなら、文句ないだろ」
「ああ、いいぜ。けどよう、もう違う借り手が決まっちゃってるから、出て行って貰うぜ。こっちも商売だからよう」
イートが青い顔をしている。大丈夫かな。
「レイさん、そこまで御迷惑をお掛けするわけにはいきません。僕が、何とかしますから」
「無理しなくてもいいよ。気になるのなら、給料の前借りということにしとくから、大丈夫だよ。その代わり、頑張って働いてくれよ」
「本当にいいんですか、レイさん」
「大丈夫、大丈夫。ほら、金貨十枚、渡したよ。後腐れ無しだからね」
「ああ、金を貰えるのなら、文句はねえよ」
「あと、荷物を持ち出すくらい問題ないだろう?」
「それくらいは大丈夫だ。ただし、サッサと終わらせろよ」
「レイさん、本当に良かったのですか?」
心配そうにレイが覗き込む。
「とりあえず、お金に困ってないから、問題無いよ。でも、住むところが無くなったけど、どうする?」
「それなんですが、このまま、僕たち三人一緒に働かせて貰えませんか?」
うん、悪く無い考えだ。
「俺はいいけど、そっちは本当に大丈夫かな?」
何か言いたそうな姉妹を抑えて、イートは大きくうなづいた。
「じゃあ、このまま、家に行こうか」
これで一安心だ。
「えっ、お城ですよね」
イート君、あれは家だから。お城ではありません。
「あれは、家だから。困るなあ、間違っちゃあ」
ハハハ、と俺は笑った。
「・・・・・」
イート君は、何も言わなかった。
「後で詳しく説明するから、姉さんたちには何も言わずに、着いて来て欲しい。いいかな」
「ええ、イートを信じてるから大丈夫だよ」
「あたしも、兄さんを信じてるから」
仲の良い兄妹だ。これからも、仲良く、頑張って欲しいものだ。
「それなら、とりあえず、この国から出ようか」
姉妹は不思議そうな顔をしている。
「何処に、行くのですか?」
不安なまま、それでもイートに付いていった。
イート君も説明し難いのか、乾いた笑顔を浮かべたままだ。それは、悪い人に見えるから気を付けなよ。
さて、このまま門を出て、とりあえず、タートル君で、ゆっくりと行きますか。