13.再び白の城へ
「白の女王様に、会いたいのですが」
いきなり現れた若者が、とんでも無い事を言った。
「女王様に、いきなり会えるわけがなかろう」
門の前で、相棒と槍をクロスさせて、行く手を阻む。
「キチンと許可を取って、行動するが良かろう」
「そうですか。わかりました。お邪魔しました」
そう言って、俺は門から離れた。
まあ、最もな話だ。
門番から見えなくなった所で、角を曲がって、俺はティンクを呼び出した。
ティンクは俺の相棒だから、呼べば、何処からでも飛んで来る。ああ、転移して来るのだ。
「久しぶりに、呼んでもらえましたね」
「ちょいと、お願いがあってね」
「悪い顔されてますね。何でしょうか?」
「白の女王の所まで飛んで行って、面会願いを伝えて来て欲しいんだけど」
暫しの沈黙。
「わかりました。でも、私は伝書鳩の類ではないつもりなのですが」
それだけ言うと、ティンクは飛んで行った。
「女王様のお部屋は、何処でしょうか」
兵士に見つからないように、コソコソ飛んでる、訳が無い。
人に認識させない魔法を自分自身に掛けて、ティンクは堂々と飛んでいた。
「上ですよね。絶対に上。態度の大きい人は、絶対上ですよね」
ティンクは、階段を見つけては、フワフワと上って行った。
「女王様の部屋って、何処にあるのでしょうか?」
「その階段を上って行った先ですが、女王様に、何か御用ですか?」
「おまえ、誰と話してるんだ?」
「え?後ろから声を掛けられたから」
そう言って、振り返ると、そこには誰もいなかった。実際はいるのだが、二人の兵士達には、気付かれなかった。
「何で、何で誰もいないんだよ。お化けが出たのか」
「ま、まさか。そ、空耳だろ」
二人は足早に巡回に戻って行った。
「この階段を上がって行けば良いのですね。助かりました。ありがとうございました」
ティンクは、足早に過ぎ去る兵士の背中に御礼を言った。
階段を上がると言っても、飛んでるチィンクには、あまり苦労する事はないが。
時折ある、蜘蛛の巣を避ける方が大変だった。
螺旋状の階段をクルクル進んで行くと、大広間に出た。中央に、大きな扉がある。その両サイドには小さな部屋だ。
当然、大きな扉に向かって行った。
でも、どうやって開けましょうか。困りました。
とりあえず、ノックでもしてみましょう。
トントン。
反応がない。部屋が違うのでしょうか。
トントン。
「誰じゃ。入っても良いぞ」
いやー、自分では開けれないんだけど。
仕方なく、当たって砕けましょう。
物理的に砕けるわけではありません。
少し大きな声を張り上げます。
「レイ様の使いで、参りました」
反応が無いですね。
頑張って、もう一度大きな声を出します。
「レイ様のー、使いでー、参りましたー」
扉が開いて、白の女王様が顔を出した。
「お主、どうやってここまで来たのだ」
「認識阻害の魔法で、ここまで、辿り着きました。突然の訪問をお許しください」
「とりあえず、中に入れ。話はそれからだ」
「で、今日は、何の用かな」
「レイ様が面会をお望みなのですが」
「難しいのを」
ティンクは少し思案して、言葉を選ぶ。
「女王様に許可を取りに参った次第です」
「何の許可だい?」
肘置きに腕を置いて、尋ねた。
「お店を開く許可が欲しいとのことです」
フワフワ飛びながら、お辞儀をする。
「それならば、商人ギルドに行った方が、良くないかな?」
女王様は不思議そうな顔をしている。
「場所が問題なので御座います」
「いったい何処に店を構えようとしておるのか?」
「場所が、ダンジョンの中でございます。場所が場所ですので、女王様の許可を得ておきたいのです」
女王様は考え込み始めた。困った表情にも見えるが。
「ダンジョンは、国のものでは無いのだよ。あくまでも、そこにあると言うだけだから、許可は出しようが無いのじゃ」
「そうなのですか」
「許可が必要になるとすれば、この砦の中にあるダンジョンだな。実際は、ダンジョンと呼ばず、迷宮と呼んでいるがな」
私の知識もまだまだ不足しているようだ。もっと学ばなければ。
「迷宮は、国が面倒をみているのじゃ。何故かと言うと、妖精殿は、この世界の成り立ちをご存知ですか?」
「申し訳ございません。詳しくは存じ上げません」
「それでは、少し説明しましよう。そもそも、この世界には、五つの大陸が存在するのじゃ。真ん中が神が住むと言われる大陸。その周りを囲うように四つの大陸が存在する。この白の大陸もそのひとつよ。大陸の間には非常に強力な魔物が住んでいるだけでなく、航海するのも困難な位の風と海流で、大陸同士の行ききが難しいようになっている」
「大陸同士の繋がりは無いわけですか?」
「いや、実は、迷宮同士で繋がっておる。だから、国が面倒見ているわけじゃ。そのような訳で、迷宮内は国が絡むのじゃが、ダンジョンは誰でも自由なのじゃ。その分得るものは大きいみたいじゃがの」
「それでは、好きにさせていただきます。レイ様にも、そう伝えておきます」
ティンクは。白の女王に深くお辞儀をした。
「レイは、何をしようとしているのだ?」
「宿屋みたいな物でしょうか」
「ダンジョンの中に、宿泊施設を作るつもりか。それは、無理であろう」
「そこは、レイ様です。すでにダンジョン内に、ご自宅をお造りになられました」
女王は驚き過ぎて、動きが止まった。
「私を騙しているのでは無いのか」
「そこまで暇ではありません。真実は、ひとつでございます」
「今度、招待してくれるように、頼んでもらえぬか?」
女王は懇願する。
「多分問題ないと考えますが、レイ様に伝えておきましょう」
ティンクは肩掛けの小さな鞄から、大きなアプルの実を取り出して、女王に手渡した。
「マジックバックか」
「はい、レイ様の手作りでございます」
渡されたアプルとティンクを見比べながら、念を押して頼み込んだ。
「よろしく頼む」
「本日は、これにて退散いたします」
そう言うと、陽炎のように霞んで、消えた。
「これが認識阻害の魔法か」
「魔物も出ず、ゆっくりと身体を癒すことが出来るから助かるけど、せめて、森の中くらい魔物が現れてくれても良いのになあ」
焚き木に小枝を加えながら、その男は言った。
「それはわがままだなあ。ゆっくりと身体を癒せる事が、どれだけ大事か、わからないお前でもなかろう」
「わかっちゃいるさ。わかっちゃいるけどってやつだ」
「まあ、明日くらいには、下層に向かうぞ。癒せるのはいいが、儲けが出ないからな」
「ああ、わかっちゃいるさ。準備は終わってるから、構わないぞ」
「先に俺が見張りをするから、お前が先に寝ろ」
「そうさせてもらおうか」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ」
「道は南回りにしかないのかい」
「そうみたいだよ。北回りは森しかないって、誰かが愚痴ってた」
「しかも、道にいる限り、魔物は出て来ないそうですよ」
「どういう事だ?」
「わかりませんわ。ダンジョンマスターの考えている事など」
「道にいる限り、魔物が襲って来ないってのは、どうやら、本当みたいだぞ。五メートルくらいの所にオークの群れがいるけど、襲って来る気がないみたいだ」
「変ですね」
「その代わり、下に続く階層は魔物だらけらしいぞ」
「この階層は、休憩階って事なのかしら」
「どうだろうな。油断はしないことだ」
「この先の広場で一泊したら、明日は下に向かうぞ。それで、いいか?」
「了解」
「だねー」
「今日の夕食の番は、誰だ?」
「私です」
「美味しいのを頼むな」
「誰かここにお店でも出してくれないかな」
「宿屋もあると便利よね」
「それは、贅沢ってものでしょう」
四人組が、宿泊の準備をしていると、その横を通る若者が呟いた。
四人の視線が突き刺さる。
「ごめなさい。耳に入ったものだから、つい呟いてしまいました。気に触ったようなら、謝ります。申し訳ありません」
若者は、頭を下げた。
「ううん、知らない人の声だったから、えって、思っただけです。気にして無いから、大丈夫ですよ」
「それでは、これをもらってください。迷惑料という事で」
バックから、アプルの実を取り出して、四人組に渡した。
「俺が作ったものだけど、味は保証するよ。毒なんて入ってないから、安心して食べてよ」
四人のうち三人は戸惑っていたが、ひとりは何も考えずに、かぶりついていた。
「美味いぞ、このアプルの実」
三人も恐る恐るかじった。
「本当だ、美味しい」
「うまうまだぞ、これ」
「凄いね、こんな美味しいアプルを作る人がいるんだ。美味し過ぎて、ビックリだわ」
「気に入って貰えたなら、良かった。この先も、気をつけて行くんだよ」
そう言うと、若者は去って行った。
「何者だ、あいつ」
「悪い人ではないみたいだけど、何でひとりなんだろう。この階層までひとりで来れるレベルってこと?」
「仲間を待っているとか?」
「とりあえず、次に行くぞ。考えてても、わからないだろ。そのうち、何処かで会うことがあるかもしれないだろう。その時にでも、聞いてみるさ」
「美味しそうな香りがしますね」
「パールも、そう思うかい。こんなダンジョンの中で、こんな香りを嗅ぐことが出来るとは思わなかったね。でも、香りが広がり過ぎだねえ。魔物はどう感じるかわからないけど、やっぱりまずいよねえ」
俺は香りの出所を探した。
「南、百メートル。あの岩陰から、香りが漂って来るようです」
「すごいな、パール。よくわかるなあ」
「レイ様に造って頂きましたから、当然かと」
後ろを着いて来ながら、そう答えた。
「ああ、魔物達も集まって来たな。ゴブリンの群れが、輪を縮めてるようだな。ハイゴブリンも混じっているな。料理に一生懸命で、気が付いてないのか?」
「美味そうな匂いさせ過ぎ。早く作ってくれよ。お腹、ペコペコだよ」
料理を覗き込みながら、リーダーが言った。
「もう少しで出来上がるので、周囲を警戒しといてください」
「大丈夫だよ、さっき、その辺のゴブリンどもを蹴散らして来たから。もう来ねえよ」
「それなら、良いのですが」
「携帯食に飽き飽きだからな。美味いものを食うために、お前を仲間にしたんだから、期待に応えてくれよ」
「わかりました。もうすぐ料理が出来ますので、皆さんを呼んでください」
スープをコップに注ぎながら、言った。焼いた肉はフライパンごとテーブル代わりの岩の上に置いた。
スープの傍には、サラダを小分けして、置いてあった。
「でも、こんなに匂いを撒き散らして、本当に大丈夫かなあ。心配だなあ」
「おーい、料理が出来たらしいぞ」
「しっ。静かにしな。どうやらゴブリンどもに囲まれたらしい」
「ヤバいのか」
「ああ、逃げ道がないくらいに、ゴブリンどもがいやがった」
「確認済みのようだな」
リーダーは、顎を摩りながら、思案した。
「この四人で、あの料理人を連れて逃げるのは、無理だな。ゴブリンどもの数が多過ぎる」
「そうか、置いて逃げるか」
「いや、囮になってもらおう。このままだと、俺たち四人で逃げるのも難しいからな」
「大丈夫か。ギルドにバレたら、大変なことのなるぞ」
「逃げ遅れたとでも言えば、大丈夫だろう」
「そうだな。下手すると、死体も残らねえかもな」
その男は、ニヤリと笑った。
「そう決まれば、木の上に隠れて、ゴブリンどもが通り過ぎるのを待つぞ。通り過ぎたら、一気に逃げるぞ」
ゴブリン達は、匂いに釣られて、岩場に向かっていた。匂いが気になって、上を見ることはなかった。
その一団が通り過ぎると、彼らは音も立てずに木から降りると、ゴブリン達が来た方向に走り去った。
「ここまで来れば、大丈夫だろう」
四人は、土の上に座り込んだ。体力はまだ余裕があるが、精神的に追い詰められていたので、汗びっしょりだった。
「あいつのおかげで、助かったようだな」
「でも、また携帯食に逆戻りね」
「仕方ないだろう」
ガサガサ。
「ん、何か居るのか」
草むらから、突如飛び出して来たのは、ハイゴブリン達だった。
手に手に、錆びてはいるが、剣を持っていた。しかも、五匹だ。
「このままだとやばい、散れ。それぞれで何とかしろ。戦うなよ。逃げる事を優先しろ」
「わかった」
「おう」
「無事に逃げられたら、この層の階段で会おう」
「どうされますか、レイ様」
「さっきの奴らは、放っておくさ。それより、ひとり残された者が心配だ。先に行くよ」
1メートル位の位置に、シールドを交互に出して行く。その上を駈ける。
悪い足元の影響がないため、早く走れるのだ。
パールは、後を追いかける。一歩一歩跳ねるように、跳びながら、走って着いてくる。遅れるのはわかっていても、出来る限り、レイから離れないようにすることが、大事であった。
ゴーレムの身体だからか、疲れる事を知らなかった。
ゴブリンに囲まれて、若者は震えていた。フライパンを構えて、攻撃から身を守ろうとしていた。
「誰も助けに来てくれそうにないな。見捨てられたかな」
ギーギーと、叫ぶ声がどんどん近くなる。
岩肌に見つけた小さな穴に無理矢理入り込む。音を立てないように、呼吸さえ、小さくなった。
後は、見つからな事を神に祈るだけだった。
どれくらいの時間が過ぎただろうか。一分かもしれないし、一時間かもしれないくらいの時が過ぎていた。
少し前まで聞こえていた、変な叫び声も、今は聞こえない。
恐ろしくて、外に出る勇気がなかった。
「誰か、助けに来てくれないかなあ」
願うしかない。そう、思っていた。
突然、目の前に、人の顔が現れた。知らない人間の顔だった。
「こんな所ににいたのかい。もう大丈夫だから、出ておいで」
「ゴブリン達はー」
「あー、全部倒したよ。安心しな」
助かったのか。ほっとして、外に出た。
見回すと、ゴブリンの死骸だらけだった。
「貴方方が倒したのですか?」
「ああ、俺とパール。今片付けをしてる彼女ね。二人で、倒したけど、ダメだったかな?」
「いえ、僕にはそんな力が無いので、とても有難いです。本当に、ありがとうございました」
深々とお辞儀をする。
「お礼なんかいいよ。君も酷い目にあったね。メンバーになるなら相手の人となりを調べてからにした方がいいよ」
「そこまで、ご存じでしたか」
「安心して、いいよ。あいつら、ハイゴブリンに囲まれて、ボコボコにされてたから、ダメだと思うよ」
「えっ、そうなんですか?」
「ギルドに、そう伝えといた方がいいよ」
「わかりました」
「でも、君、どうやって帰るつもり?ひとりで帰る自信ないでしょう」
拳を握り締めて、唇を噛んでいる。図星のようだ。
「相談がてら、君の料理を食べさせてよ」
「もう食べる人もいないので、構いませんよ」
よそってくれたスープを飲んでみる。
香りが抜群だ。鼻口に入っただけで、涎が出そうだ。
一口が二口。あっという間の飲み干してしまった。
今度は、サラダにメインの肉料理だ。・・・美味すぎる。さぞ高名な料理家だろうか。
この人材を手離す手はないな。
「ちょっとした相談なんだけど、君、俺達の仲間にならない?」
少し時間を遡る。
「パールは左側のゴブリン達を頼めるかい」
「了解いたしました、レイ様」
「何か武器がいるかい」
「それには及びません。自前がありますので」
腰に付けた自前のマジックバックから取り出したのは、鞭だった。
当然、レイの造ったゴーレム達は、全員がレイ手作りのマジックバックを持っていた。容量は、もちろん途轍もなかった。
「じゃあ、また後でね。怪我しないようにね」
「はい、レイ様」
パールは走り出していた。
「俺も行くかな」
レイは、マジックバックから刀を取り出して、腰に差した。
「まずひとつ」
襲いくるゴブリンを斬った。
右に左に、斬りつけた。
刀を振るう毎に、ゴブリンが倒れて行く。
ゴブリンは、いい匂いを探していたことさえ忘れて、後ろから来る脅威に向かった来た。棍棒や古びた剣を次々に掲げながら、襲い掛かって来る。
横に一閃するだけで、軽く五匹は首が飛んでいた。
それを見ても、恐れる事なく、襲いかかって来た。
右に左に、刀を一閃させる。
あっという間に、周囲のゴブリンどもは、居なくなっていた。
遠くで、パールが鞭を縦横無尽に振り回しているところが見えた。
「あっちは、大丈夫そうだな。今度は、背後の奴らだな」
背後の草むらが揺れて、ゴブリンの二倍はあろうかと思うほど巨大なハイゴブリンが現れた。
ギーギー、と叫んでいた。
「五月蝿い」
縦一閃。ハイゴブリンの身体が、左右に分かれた。
パールも鞭を縦横無尽に動かして、ゴブリンを倒していた。
鞭が、まるで蛇の如く、撓っては弾け飛ぶ。パールが踊っている様に見えた。今後、彼女には逆らわないようにしよう。
左側のゴブリンどもを倒し尽くしたようで、こちらに向かって来た。
こっちもほぼ終わりだ。
あとは、そこの岩陰に隠れている者に声を掛けて、助け出すだけだ。
「本当にありがとうございました」
「君も酷い目にあったね」
「魔物と戦うことが出来なくて、料理するしか能がないから、仕方ありません。助かっただけでも、儲けものです。僕、魔物が怖くて、戦えないんです。それに、大した魔法も使えないし」
若者はそう言って、ガックリと肩を落とした。
「人には向き不向きがあるからね。だからこそ、君の力を借りたいんだよ」