11.ダンジョン・マスターとの出会い
「アリス達は、何処まで行ったのかな」
なんだかんだと、三十層まで降りて来たけれど、何処にも居なかった。
各層を隈なく探したつもりなのだが、見つからなかった。
もっと下の階層だろうか。
「そんなに早く進めるかなあ」
首を傾げたくなる。
「アリスが一緒だからな、怪しいんだよな」
ここまで、散々魔物を蹴散らして来たから、少し疲れたよな。
小さな洞穴を見つけたので、少し休むことにした。
魔物の住処の形跡はないから、大丈夫ッと。
マジックバックから、キャンピング用のテーブルと椅子を取り出して、ひと息つく。
「こんな時のために、携帯でも作ろうかな。魔素を振動させてやれば、出来そうな気がするのだけれど。悩むよなあ。やっぱり工房みたいなものが欲しいな。白の国に家でも借りようかな。悩むなあ」
カップと瓶を取り出して、瓶の蓋を開ける。
瓶には、お手製のインスタントコーヒーが入れてある。長老の所に居た時に、似たような植物を見つけて、作ってみた。コーヒー豆そっくりだった。それを焙煎して、ゴチョゴチョして、インスタントコーヒーを作成した。
コーヒー豆から作る道具もあるのだけれど、今は簡単に作れる方がいい。砂糖は入れない。この世界では、砂糖は高価なのだ。ミルクなんて、以ての外だ。
ポットを取り出して、カップにお湯を注ぐ。このポットには、常に熱々のお湯が出るように作ったものだ。魔法が使えないので、錬金術で魔道具を作成した。錬金術様様である。
この世界は、魔法が使えないと本当に不便である。水はもとより、火を付けることもままならない。本当に不便だ。
とは言え、この世界の人は皆んな魔法が使えるから、不便とかは考えないのかもしれない。
「そうだ。とっておきのケーキがあったはずだ。アリス達は、帰って来そうにないから、食べちゃおうかな。ひとつやふたつ食べても大丈夫なくらい在庫もあるしね」
とっておきをひとつ取り出した。
「うん、いい香りだ」
フォークはいいか。手で持って食べるとしよう。
持ち上げて、ケーキを口に運ぶ。ん?
目の前に、子供がいた。
「え?君は、何処から来たのかな?」
子供の目は、ケーキに釘付けだ。
涎まで垂らしている。
「これ、欲しいのかな?」
ケーキを見つめたまま、子供はうなづいた。器用なことだ。
まあ、仕方ないかなあ。
「食べてみるかい?これ、あげるよ」
子供の目の前に、ケーキを差し出す。
「いいのか?」
「ああ、いいよ。そんな涎見たら、食べられないしね。それに、まだあるしね」
嬉しそうに、子供は受け取ると、すぐに口に運んだ。
ついでに、果実水とコップを出して、注いであげる。
「果実水だけど、飲み物もどうぞ」
「美味い。今まで食べた物の中で、一番美味い」
ああ、口の周りが凄いことになっていた。
「これは、何と言う食べ物なのか?」
食べながら、喋っている。やはり、器用だ。
「それはねえ、ケーキって言うんだよ。真ん中にイチゴが載っているでしょう。だから、イチゴケーキって、言うんだよ」
「イチゴ以外にも、このケーキと言うものは、あるのか?」
「あるよ」
メロンの載ったケーキを取り出した。
「これが、メロンケーキだね。今は、これだけしかないけれど、他にもいろんな種類があるよ。機会があれば、食べさせてあげるよ」
「本当か。本当にか。約束だからな。絶対だからな」
喋りながら、メロンケーキを取ると、すでに口に運んでいた。やっぱり器用だわ。
「でも、君は誰なんだい?何処から、現れたのかな?」
「・・・・・」
食べるのは、やめない。
「それだと、次の機会は無さそうだなあ」
食べる動作が止まった。余程、ショックのようだ。
「言わなきゃダメなのか」
「知らない人に、物をあげちゃあダメって、習わなかった?」
「言ったら、私のこと、嫌いになるよ、絶対」
「それでもだね」
「そうか、それでもか」
子供は、食べるのをやめて、喋らなくなった。
「仕方ないね。貴方のこと、悪人に見えないし、話すことにするよ。話すより見てもらう方が早いかな。私に着いて来てくれると、嬉しんだけど」
「わかった。着いて行くよ」
すべてを片付けて、マジックバックに入れる。
「まず入口を作るね」
指パッチンすると、足元に魔法陣が広がった。
「これは転移陣。少し目眩がするかもだけど、我慢してね」
魔法陣のあった部分の地面が消えて、僕たちは闇に落ちて行った。またか。
「何処だ、ここは?」
十メートル角くらいの洞窟。
中央に、巨大な球体が浮いていた。
染みひとつない、水晶のような球体だ。
「転移は大丈夫だった?ここは、ダンジョンの一番底。百一階」
あー、子供に見えたけど、彼女はダンジョンマスターなんだろう。ダンジョンマスターなんて、もっとゴツいイメージだったから、気づかなかったよ。長老もそんなこと言ってたような気がする。ヒトの話は真面目に聞いとかないと、やっぱりダメだね。
「私はここのダンジョンマスターです」
「やっぱりそうなんだ」
「わかっていたのですか?」
「さっきね。何となくだけど。ドラゴンの長老に、何となく聞いていたからね」
「えっ、長老と知り合いなのですか?」
「成り行きで、少しね」
「長老は、お元気ですか?私、元々ドラゴンだったのですが、死んだ時に長老が女神様に頼んでもらって、こっちに越させてもらったんだ。それからずっと、ダンジョンマスターをさせてもらっています」
「そうなんだ。奇遇だね」
「そうだったのか。大変でしたね」
「まあね。長老達に出会わなきゃ、のたれ死んでいたかもね。感謝しているよ」
「本題に入りましょう。ここで、私を倒せば、凄い量の経験値と宝物が入ると思います。どうします?」
「そんなの要らないよ。それより君と仲良くした方が、メリットが大きそうだもん。俺は、君と友達になりたい」
「えっ?それで、良いんですか?経験値の量、本当に凄いですよ。出て来る宝物で、生涯暮らせますよ。それなのに、友達になるだけで良いのですか?」
「色々あって、レベルは凄いことになっているんだよ。だから、経験値なんてあまり興味無いし。ドラゴンの鱗、いっぱい持っているから、宝物って言われてもね。それなら、ダンジョンマスターと友達になる方が、絶対に得でしょう。そう思わない?
「欲の無い人間って、珍しくないですか?何か企んでます?」
「何も企んでないよ。それより、ダンジョンで、何かお得な事、教えてよ」
「お得情報と言うか、今後絶対お得となると思うので、私のオーナーになってくれませんか?」
「へっ、どういう事かな」
「一生、お仕えいたしますから」
「何か、条件があるのかな?」
「ケ、ケーキを定期的に食べさせていただければ。そ、それが条件です」
あー、食い意地張ってるだけか。余程、ひどい生活をしているのかな。
悩むなあ。今後のデメリットになりそうだしなあ。でも、メリットの方が大きいかな。
うーん、、きっとダンジョンを自由に移動出来たりするよね。さっきの魔法陣みたいにね。それならば、すごいメリットだよね。
口の周りに付いてるクリームを見ると、ほっとけないし。何とかなるよな。
「しょうがないな。で、君のこと、何て呼んだらいいのかな」
「うー、名前なんて、無いです」
「それだと、呼び辛いから、何か名前付けなよ」
「そう言われましても」
「じゃあ、君の名前は、クリムにしよう」
「クリムですか。どんな意味があるのですか?」
「えっ、口の周りにクリームをいっぱい付けてるからかな」
「でも、何故オーナーになって欲しかったの?」
モジモジするクリム。
「このダンジョンがピンチなんです」
「ピンチ?どんなピンチなの」
「もうすぐ攻略されそうなんです、このダンジョンが」
「どういう事?」
「攻略させるのが怖くて、階層だけば多くしたのです。そうすれば、途中でみんな飽きるかな、なんて、思っていた時期もありました。もうそこに、ダンジョンの攻略者がやって来ているのです」
クリムは、壁にスクリーンを出現させた。
そこには、何故か。
「アリスが、何で写ってるの?」
「へっ?」
スクリーンの中には、魔物に対して無双しているアリスと、一緒に無双しているルビーとサファイアがいた。ルビーとサファイアは一回りと言わず、大きくなってないかな?
凄い勢いで、魔物を倒していた。
小型のゴブリンから大型のオーク。さらに大型のリザードマンに、巨大なカマキリに似たジャイアント・マンティス。
相手に隙を与える間も無く、サクサクと倒していた。
「こいつら、もう九十階まで来ているんです。もうすぐ、ここまで来るかと思うと、ヤバいんです。百階もあれば、誰も来れないだろうと思ってましたから。絶対、ヤバいんです」
クリムはブルブルと震えていた。あの無双の仕方を見たら、誰でもビビるかな。
「あいつら、ここに転送させることは、可能だろうか?」
「もちろん出来ますが、あんな化け物がここに来たら、私、倒されてしまいますよ。それとも、オーナーが守ってくれるのでしょうか?」
「そんなにビビらなくて、大丈夫だよ。あいつら、と言うか、アリス達は、俺の知り合いだから」
「そうなんですか?本当に、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だから、早くこっちに呼んでよ」
「レイは、こんな所で、何をしているなのー」
「まあ、色々とあって、ダンジョンマスターのオーナーになってるとこかな」
「うー、よくわかんないなのー」
俺にもよくわからないんだよ。
クリムは、隠れるように、俺の後ろに立っていた。
「ぶっちゃけると、ダンジョンマスターが、俺に助けを求めてきたんだよ。凄い奴らが、凄い勢いでこのダンジョンを攻略してるってね。このままだと、殺されそうなんだと」
「そんな凄い奴らから、あたしが守ってやるなのー」
剣を構えようとする所を手で制して、ぼやく。
「うん、その凄い奴らって、君たちだよね」
ルビーとサファイアが、俺の周りを回っている。
うん、褒めてないからね。
「えー、でも、このダンジョンの魔物は、弱過ぎなのー」
「違うね。君たちが強すぎるの。もっと、自覚を持ちなさい。まあ、ルビーとサファイアは、よく頑張ってたからいいけど、アリスはダメー。だいたい、どうやれば、こんなに早く、こんな階層まで下りて来れるんだよ」
「目の前の魔物を倒していただけなのー」
「クリムのダンジョンは、弱い魔物が多い癖に、階数あり過ぎだよね。五十階くらいで、良いのではないかい」
慌てるクリム。
「すぐ攻め込まれるじゃないですか」
「それは、魔物が弱すぎるからだよ。魔物を強くすれば、百階も要らないよ。階層が少ない方が、ダンジョンのエネルギーも溜まりやすくなるんじゃないのかな」
影に隠れるように、どんどん端に寄っていくクリムを中央に引っ張り出す。
「とりあえず、四十階までは、今までと同じように、クリムの思うようにダンジョンを創ってくれて大丈夫だよ。残り十階を地獄のようなダンジョンにしよう。二度とそれ以上下に降りようとしないのが理想だな。下には降りたくないけれど、途中までなら、何度も訪れたくなるダンジョンにしようよ」
「おー、レイが本気を出してるなのー」
「面白そうだろ。大人の秘密基地って感じにしない?どんなのにするかなあ」
「でも、それまでに、強い奴らが来たら、どうするんですか?」
「四十一階以降には、滅茶苦茶強いゴーレムを設置しようと思う」
「そんなゴーレムを何処から連れて来るのか?宛でもあるのか?」
「これから造るんだよ」
「造る?」
「俺は、こう見えても、すごいのだよ。任せなさい」
左手からメガミフォンを取り出す。
「何ですか、それ」
「これは、メガミフォンと言って、ある人から貰った通信機だよ。ちなみに、アリスも持っているよ」
右手で取ると、サイドスイッチを押す。
ピロロロローン
メガミフォンが立ち上がる。画面の中から、アプリを探す。
「これ、これ。ゴーレム作成アプリを起動させてっと」
アプリが画面上に、立ち上がる。
「身体はドラゴンの鱗を使おう。攻撃を加えられても、ビクともしないはずだ。魔石はミノタウロスのものを使おうか。色違いで何体か、作成しようかな。得物は、何が良いかな。巨大亀の甲羅で造った剣かな。切れ味を付加させとけば、滅多なことはないだろうな」
カードを選んで、QRコードを作成してっと、それをスキャンしてアプリに読み取らせてっと。
「魔法も使えるようにしたいな。レッドドラゴンやブルードラゴンの魔石のコードも加えてっと」
<合成しますか?>
「ああ、やっちゃって」
<合成を開始します。十分ほどかかります。暫くお待ちください>
「その間に、四十六階以降をまとめようか。ルビーとサファイアに四十六階を半分任せたいんだけど、どうかな」
二匹は、踊りながら、僕の周りを飛び始めた。これで、ハチミツが手に入るね。
「残りの半分は、俺の基地を作成予定っと。それでは、四十一階から四十五階までは一面岩だらけにしてくれる?四十六階には、森と花畑を頼むよ。これなら、二匹も暮らし易くなるだろう」
「いいよ。これから、すぐにしちゃうね」
「頼むよ」
さあて、暫くの間、忙しくてなりそうだな。