表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
A.I.W-story-  作者: 香芳戯 麻弥
白の国編
1/102

1-始まりのための始まり

 「大きくなったら、香久耶ちゃんは、何になりたいのかしら」


 母に言われて、香久耶と呼ばれた女の子は、鼻に指を当てて悩んでいた。


 実は、なりたいものは一杯あるのだ。けれど、何を捨ててでもなりたいものがあった。誰にも言ってない夢。多分、言ったら、笑われる。それに、きっとお母さんが困ることも。


 それでも、香久耶は言った。

 「あたし、神様になりたいの」


 母は驚いた。


 「か、神様になって、何するのかしら?」


 その問いに、香久耶は胸を張って言った。

 「お父さんを探すの。神様なら、すぐにみつけられるでしょ。そして、みんなで一緒に暮らすの。あたし、お父さんに会いたい」


 言葉を無くす母親だった。



 

 時は流れる。

 あの子の夢は、叶ったのだろうか。



 改札を抜けると、小さな像が迎えてくれます。


 ここは、待ち合わせによく使った場所。


 いつから、ここに有ったのか、もう憶えていませんが。


 顔の皺が増えるはずですよね。



 駅裏に行くとお城があります。お城に近い駅は、あまりないそうです。


 日々の暮らしの中で、それが当たり前ですから、そうなんだ、くらいにしか思ったことはありませんが。どうやら、珍しいようです。


 表には、タクシー乗り場とバスターミナル。他には、目立ったものは、ほとんどありません。昔は、それなりに、大型店舗があったのですが、今はマンションやホテルに変わってしまいました。


 こんな寂しい街だったですかね。



 「おばあちゃん、そっちじゃないよ。左に行くんだよ」


 孫の有栖の声に、時間旅行から引き戻されます。懐かしい景色が脳裏から消えていくと、ガランとした、今の街の景色が戻って来ます。


 「わかってますよ」


 今日は、リバイバルの映画を観に来ました。


 あの人と、一度だけ、一緒に観に行った映画です。ふふ。


 付き合っていたわけではありませんでした。誘われて、何となく、行った感じ、だったと思います。2回デートをした内の1度目のデートです。その辺りの記憶は、かなり曖昧です。歳を重ね過ぎましたかな。


 もう、何十年も前に、流行った映画です。


 最後は、ふたりして、泣いてました。暗闇の中だから、向こうは気づいていないかもしれませんね。


 「全てが、懐かしいな」


 あれ、あの角に白く動くものが見えます。ウサギ?


 こんな街中にウサギ?有り得ませんよね。


 目の錯覚でしょうか。歳には勝てませんね。



 銀行のある角を曲がると、映画館が見えて来ます。


 先ほど見えたウサギは、何処にもいません。目の錯覚でしょうか。


 不思議の国に連れて行って貰えないかと、楽しみにしたのは内緒です。



 ここは、何も変わっていません。昔の記憶のまま。何ひとつ、変わっていませんね。正確には、銀行の名前が変わりました。それくらいですね。


 「観に来る人、多いんだね。私みたいな年配の人が、多いね」


 「みんなも懐かしいんだね」

 あの頃、凄く流行ってたものね。


 「はぐれるといけないから、手をつないでてね、おばあちゃん」

 「はいはい」


 はぐれるのは、あなたの方だと思うけど。言ったら、怒られそうです。


 リバイバル上映の初日のせいか、凄い人。


 「ほら、前売りチケット買っといて良かったでしょ」


 「うちの孫は、気が利くねえ」

 頭をポンポンと、撫でる。孫はこんなに大きくなりましたよ。何処かで見ていてくれるといいけど。


 大きくなったせいか、もうすぐ、手が届かなくなりそうです。

 歳を取るはずですよね。



 「ん?」

 今、知ってる人が見えたような気がします。錯覚かしら。


 見知らぬ人でなく、確かに貴方だったような気がするのですが。最近は目も悪くなってきましたからね。ウサギも見えたくらいだものね。


 人と人の間を目で探します。見間違いだったのでしょうか。もう、何十年も会ってないし、顔も変わっているかもしれませんが。でも、間違いなく、あの人、だったような気がします。歳を取って、どれくらい変わったのか。それでも、あの人を間違えるわけがありません。さっきの人は絶対に、私の先輩だったと思います。


 今頃、どうしているのかしら。娘には合わせることが出来ませんでしたが、孫の姿はひとめでも見せたいですね。


 生きている間に、もう一度、会いたいですね。


 「ん?」

 何だか、周りが騒がしいようです。



 「そこよ、そこにいたのよ」


 「今、脚に当たったわよ」


 皆んなが、脚元で、何かを探しているみたいです。


 狭い所で、そんなに騒ぐと、危ないのですが。


 「おばあちゃん、気をつけてよ。何かが、いるみたいだから、急に動いたりすると、危ないからね。でも、何がいるんだだろう」 


 「きゃあ」

 女性が大きい声を上げました。


 「ほら、言ってるそばから、これだもん。皆んなも、慌てなければ、いいのに」


 「壁の方に、行きましょうか」


 「そうだね、それがいいよ」


 孫が手を繋いで、引っ張ってくれます。母親は、この子を産んですぐ亡くなったというのに、良い娘に育ってくれましたよ。



 今回の映画のポスターの貼ってある壁まで、辿り着けました。一緒に観た、最初で最後の映画ですね。


 一生懸命に観る貴方の横顔は、よく覚えています。


 

 「兎だ。兎がいるよ」


 「何でこんな所に兎がいるの」


 「何処からか、逃げ出したんじゃないの」


 「あっ、また脚に当たったわよ。危ないからね、早く、誰か、捕まえてくれないかしら」



 周りが動くせいで、どんどん押し流されていきます。摑まるものもないので、どうしようもありません。


 急に、目の前が開けました。


 どうやら、兎を見つけて、皆んなが端に寄ったようです。


 モーゼの海割れみたいです。


 そこには、兎が一匹。


 兎は、こっちを向いたかと思うと、ダッシュして、向かってきます。何で、急に?


 兎が跳ねました。


 こっちに飛んで来ます。


 えっ、何で。


 孫が引っ張って、位置を変えようとしてくれるけど、間に合いそうにありません。しかも、少しずつ押されて、階段の前にいます。下りの階段の前。そうでした、この映画館は、地下にあるのです。


 すっかり、忘れてましたね。



 「あっ」

 兎が胸に飛び込んで来ました。


 何故だか、ウサギが嬉しそうです。


 押されて、階段から、落ちそうになります。


 まずいですね。このまま落ちたら、ヤバいかな。もう若くありませんからね。



 でもね、ヒーローって、いるのですよ。


 私を庇って、その人が代わりに落ちて行きました。その顔は、笑ってる?


 落ちそうになる私を支えて、その代わりにあの人が落ちていきました。


 (あの時、逃げて、ごめん)

 口元が、そう動いているように見えました。

 


 あの人は、地下一階のフロアに落ちて、一瞬跳ね上がりました。


 頭を打ったのか、すぐに目を閉じてしまった。


 同時に、フロア上に文字が浮かび上がって来ました。キラキラした文字です。文字が一段と光った時、フロア上に穴が開きました。


 漆黒の闇のような、底の無い穴です。


 あの人は、その穴に落ちると、漆黒の闇に沈んで行きました。



 一瞬の出来事でした。


 そこは、元のフロアが戻っていました。


 あっという間の出来事で、何かが起こった形跡はありません。



 「おばあちゃん、大丈夫?」

 孫が抱きついて来ました。


 「ふらっとして、階段から下に落ちそうになった時は、ビックリしたよ。よく落ちずに、踏ん張れたね。もう、ドキッとさせないでよ」


 「あの人が助けてくれたから」


 「何のこと?おばあちゃんしか、いなかったでしょ」

 階段下と、孫の顔を交互に見直します。


 さっきまで、そこに、あの人はいたよね。私を助けて身代わりに落ちていったよね。見てないの?


 「今、私、助けてもらったよね?」


 「誰に?ずっとひとりだったでしょ。誰もいなかったし、見なかったよ」


 「えっ・・・」


 どういうことかしら。


 私は、幻を見たのですか?



 私は、力なくしゃがみこんで、顔を覆っていました。


 やっと会えたのに。


 やっと、昔話が出来ると思ったのに。


 なんで・・・


 なんで・・・


 神様がいるなら、どうか、あの人を助けておくれ・・・


 お願い・・・





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
最初の語りがまるで“昔話”のようで、静かに引き込まれました。 おばあさんの視点で進む展開も温かく、後半のウサギの登場から一気に不穏な気配に変わる流れが印象的です。 現実と幻想の境目が曖昧になっていく描…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ