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9.竪琴との出会い

 


 普通の貴族令嬢であれば職人が候補の商品を持ってくるまでソファで大人しく待っているが、フィルローゼは職人について歩いて一緒に触り始めた。


「こちらの楽器はもっと軽い音が特徴で、木の材質が……」


「これは?」


「それは糸の材質と糸を張る軸に特徴があって……」


 ひとつひとつ手作りの楽器はそれぞれに個性があるようで、フィルローゼは大喜びで触って解説を聞いていた。


 俺はそれをただ眺めていたのだが、横からすっとお茶が差し出された。


「お時間の方はよろしいのでしょうか」


 見ると職人の妻と思しき年齢の女性だ。


「時間はたっぷりあるので大丈夫ですよ。それよりも、最近塞ぎ込んでいた彼女があんなに元気にしているだけで嬉しいです」


「そう言って頂けて安心しましたわ。夫は楽器一筋ですから、世の中の事情なんて考えておりませんの」


 だから、こうして暇を持て余す俺のような人にはこの女性が出てきて話し相手をするのだろう。

 この店が殊更に綺麗でもないのに貴族向けの商店街に軒を連ねられるのは、確かな腕と暖かな接客にあるのかもしれない。


「このルシャータは彼女の亡くなった母君からの贈り物なので、どうしても直してやってほしいんですよ」


「そうでしたの。手前味噌ですけれども、夫の楽器にかける情熱は並大抵のことではございませんから、きっときちんと治りますわよ」


 穏やかで安心出来る声でそう言って貰えて、心の底からリラックスすることができた。




 一通り店中の竪琴を触り、いくつか気に入ったものを見つけたらしい。


 その中から選ぶのかと思ったが、即席音楽教室が始まった。


「一度弾いてみますから、しっかりと聞いて貰えますかな」


 曲はさっきと同じ『暁の囀り』で、途中までを職人が弾く。

 それをフィルローゼが真似するのだが、彼女はさすがの能力を発揮した。


「ん、上手くいかないな。もう一回」


 音楽を完璧に覚えてそれを見事に再現してしまったのだ。たった二回聞いただけで。

 もちろん指は上手く回らないしつっかえた所もあるけれど、それは当たり前だ。


 2、3回繰り返しただけで前半をほとんど弾けるようになった。


「ううむ、素晴らしい耳とセンスですな。では続きを」


 教える職人が思わず唸るほどの出来栄え。

 指が慣れてきたのか、後半はほとんどつかえることも無く一回で弾ききった。


「にいさま、これ、とっても楽しい!」


 満面の笑みでそう言われてこちらも嬉しくなるけれど、竪琴という母上も弾ける身近な楽器でここまでの才能を見せつけられたことに驚く方が先だった。


「楽しくてよかった。にしても凄いな。一回で弾けるようになるなんて。

 俺はどんな曲だったか覚えることも出来ないのに」


「本当にそうですな。お嬢様には、楽譜すらも要らないようで。

 では次の曲いきましょうか、『雨があがれば』」


 職人が一度だけ弾き、それを聞いただけでフィルローゼが一人で弾く。

 たった一度で完璧に聞き取りそれを間違わずに演奏することがどれだけ難しいか、俺には想像することも出来ないほどだ。


「それだけ弾ければ充分でしょう。次はどの楽器が良いか決めますか」


「はい!」


 さっき目星をつけたものをまた端から触る。今度はじっくり音色を聞いて確かめるように。


 特に彼女は『暁の囀り』の夜明けに向けて駆け上がる部分のメロディが気に入ったようで、それぞれの楽器でその部分だけを繰り返し弾いている。


「にいさま、これがいい。この子が欲しいです!」


 時間をかけて選んだのは、フィルローゼの髪のような白木の竪琴。


「そちらは竪琴としては明るめの澄んだ音の出るものです。彼女の明るい雰囲気やルシャータに慣れた耳にも似合っていると思いますな」


 値段を聞いても妥当なものなのでそれを買うことにした。


 付属のケースに入れてもらって肩から下げて歩く様子は玩具を買ってもらった子どものよう。

 店側は屋敷まで届けると言ってくれたのだが、フィルローゼが自分の楽器は自分で持ちたいと言い張ったのだ。


「にいさま、本当に本当にありがとうございます! 頑張って練習して上手になるから、いつか聞いてね?」


「さっきのでも充分上手だと思ったけど、また聞かせてくれる気になったらいつでも聞かせて」


 行きと同じように手を繋いで帰る道のりは夏の日差しも相まってとても清々しい感じがした。



 ☆。.:*・゜



「お母様、聞いて! デューアにいさまがルシャータを治しに連れて行ってくれて、新しい竪琴を買ってくれたの!」


 帰ってすぐに母上を見つけるやいなや、子どもがするようにそう報告する。


「あら、良かったわね。竪琴なら私も弾けますから、あとで一緒に練習しましょうか」


「やった!」


「フィルローゼ、もう少しお淑やかに話をしなさいと言っているでしょう。

 もう貴女は妾の子ではないのですから、我が家にふさわしい振る舞いを覚えなさいね」


「……わかりました」


 あんなに喜んでいたのに見る間にしゅんと萎んでしまったフィルローゼがあんまりにも可哀想で、母上に言い返す。


「そんな言い方はあんまりじゃあないですか」


「ではデューア、貴方はフィルローゼが恥をかいてもいいと思っているということですか。

 我が家のためだけに言っているのではありませんよ。

 かわいい娘のためだからこそ、こうしてわざわざ言っているのです」


「はい、すみませんでした。

 最近、パーティーにもあんまり行かないから忘れていました」


 母上の言うことは正しいし、フィルローゼもそれを受け入れているようだから、これは俺が口を挟むことではないか。


 それに、フィルローゼにとって礼儀作法を身につけるのは必要なことだ。いつか彼女は誰か良い相手を見つけて結婚するのだから。


 そう思っただけなのに、胸の奥がぐぅっと苦しくなった。…………当たり前の、ことなのに。



「まあ、家の中では緩やかに居たいと思う気持ちも分かりますが、日頃の所作が外で出ますからね。

 充分気をつけなさい。

 ではこのお話はお終いね。あとで呼びに行かせるから、一緒に練習しましょ」


「はい! 待ってますね」


 母上が笑顔で練習に誘うとフィルローゼの元気も戻ってきてキラキラした笑顔を見せてくれた。


 だから、さっき考えたこととか、さっき感じた苦しさとか、そういうものは一旦見なかったことにしようと思った。



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