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7.眠る前に

 


 その日の夜。

 シャワーの後のストレッチも終わり、そろそろ寝ようかと思っていた頃。


 コンコン


 こんな時間にノックとは珍しいな、と思いつつ扉を開けるとそこには所在なさげなフィルローゼが立っていた。


 彼女ももう寝ようとしていたんだろう、シンプルな寝間着のワンピース姿で、昼間よりも少し暗い表情に見えた。


「あの、にいさま、もう寝る?」


「今すぐ寝るところではないけど、どうしたんだ?」


 何の用事か分からないけど急にどうしたんだろう、と思っていた俺は馬鹿だったのかもしれない。


「お母さんのことを思い出したら呼んで、って言ってたから来たの。

 でも、時間がないなら帰るよ?」


 自分で言っておいて忘れかけていた俺を殴りたい。

 キョトンとした顔をしてしまったから、フィルローゼは邪魔をしたと思ってしまったんだろう。


「いいや、まだ寝ないから話を聞かせてほしいな」


 忘れそうになっていたのをせめて挽回したいから、自分の部屋へ帰ろうと一歩引いたフィルローゼの手を取って中へと連れて行く。


 俺の私室は貴族の三男坊としては至って普通のつくりで、ベッドとデスク、ちょっとしたソファセットがあるだけだ。


 彼女をソファに座らせて自分もその隣に座ると、フィルローゼは張り詰めていた気持ちがふっと緩んだかのように、俺に体重を預けてきた。


「あのね、夜はいつもお母さんと一緒だったから、一人になるとちょっと変な気持ちなの。

 わたしの部屋からはお空がよく見えるから、そこにお母さんが居てくれてる、って思うんだけど、そう思ったらどんどん会いたくなっちゃうの」


 ぽつりぽつりと涙を流して、母への思いを零すように話すフィルローゼが心底可哀想だと思うけれど、残念ながら生き返らせてあげることは出来ないし。

 せめて出来ることと言えば、ただこうして横に座って話を聞いてあげることだけ。


「うん、そうだね」


「なんかね、お母さんが居なくなってから色々ありすぎて、わたし多分よく分かんなくなっちゃってるんだと思うの。

 だって、お母さんと居たころは、10年くらい、ずーっと変わらないままだったんだよ?

 家も家族も毎日することもずーっと同じ」


 俺は妾の子の暮らしというものを知らないけれど、生きるお金に困っていない上にあまり堂々と世間に出られない立場だと、自然と家に籠りきりになるものだろうか。


「お母さんは外国の人だったし、わたしはこんな見た目でしょう?

 だから、お父さんの家族はわたし達が外に出るのを嫌がったんだろうな、と思うのよ。

 それなのに、今はこんなに違うことをしているから、ちょっと困っちゃうときもあるの」


「どんなことが困ったんだい?」


「んー、急にみんなの前で歌って、って言われてびっくりしちゃった時もあったね。でも、歌うのは楽しいし、みんなに凄いって言って貰えるのも楽しかったのよ」


 ふふ、と笑うフィルローゼは自慢げで、彼女が自分に自信を持てているのはいい事だと思う。


 それから少しずつ言葉を零すフィルローゼの話を聞いているうちに、彼女の心は落ち着いてきたらしい。


 涙の跡は残っているし目尻は瞳と同じくらいに紅いけれど、少しは笑えるようになったようだ。


「にいさま、こんな遅い時間に邪魔しちゃって本当にごめんなさい

 でも、本当に嬉しかったの。ひとりぼっちじゃないし、お母さんのことを思い出しても辛くなくなりそう」


「俺は体力だけはあるからな。一晩中起きていたって平気なんだから、どんどん話をしに来て欲しい。

 俺よりずっと弱いフィルローゼが苦しい思いをしていることの方が俺にとって何倍も辛いんだから」


「本当にありがとう。また来てもいい?」


「もちろん。こうやって話をしたら心が軽くなるだろう?

 涙を一粒流したら、心が一粒軽くなる、って言う言葉があるくらいだ。

 辛い時にはしっかり泣いて、そうしたらまた明日頑張れる気持ちになるだろう?」


「うん、明日頑張る気持ちになれた!

 にいさま、ありがとう。また明日ね!」


 俺の部屋の扉を叩いた時のフィルローゼは沈みきった表情で今にも消えて無くなりそうな雰囲気だったけれど、ひとしきり泣いて話して気持ちが落ち着いた彼女はもう普通の女の子に戻っていた。


「じゃあ、また明日」



 振り返って手を振る彼女を見送ってから、ベッドへ入る。


 10年以上変わらない暮らしはどんなものか、とか。

 近くに住んでいる父親とその家族に疎まれているのはどういう気持ちか、とか。

 色々考えてみたけれどよく分からない。


 良いか悪いかで言えば今の方が良いように俺は思うけれど、彼女は俺とは違う所で生きて来たのだから、違う価値観を持っていて当たり前だ。


 俺が良いと思うことも彼女の負担になっているかもしれない。

 でも、こうしてフィルローゼが部屋に来てくれて、好きなだけ話をするのは彼女にとっても良いことなのだろう。


 涙を流すよりは笑顔の方が良い、というのは、俺と彼女との間で変わらない感覚のようだから。



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