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5.傷つく

 


 公爵家の従僕に簡単な事情説明をして部屋を出ようとした直前、屋敷の召使が許されるギリギリの早歩きでやって来た。


「申し訳ごさいませんが、すぐにお越しいただけますでしょうか」


 その様子にただごとではなさそうだと会場へ戻ると、フィルローゼは椅子の上でぐったりと力なく項垂れており、ルシャータは床に投げ出されていた。



「フィルローゼ!!」


 思わず駆け寄り抱き上げても、綺麗な紅い瞳は閉じられたままだし返事もしてくれない。


「フィルローゼ、フィルローゼ!!」



 急いで抱き上げ、先程まで休憩していた部屋を開けてもらってフィルローゼを運ぶ。



「……ん、デューア、にいさま……?」


 その途中でフィルローゼは意識を取り戻してくれて、少しほっとした。


 ゆっくりとソファに寝かせ、自分用に備え付けのデスクの椅子を持ってきて座ると。


「にいさま。」


 手をまっすぐ伸ばして広げる、子どもがだっこをねだる姿勢を見せつけられた。


 紅色の瞳がまっすぐこちらを見つめてくれるから、フィルローゼを膝の上に乗せてソファに座る。


「ん。」


 彼女の意図はよく分からないけれど、満足してもらえたみたいで何より。


 きっと、大勢の前でひとりぼっちにさせてしまったから良くなかったんだろう。

 その前にはフランチェスカの息子との喧嘩もあったし、彼に殴られたときの記憶がフラッシュバックしてしまったのかもしれない。



 すりすりと俺の肩口に額を擦り付けて猫のように甘えるから、薄金色の髪を梳くように撫でてあげると。


「ぅん〜」


 子猫のような甘えた声で喜んでいる。

 フィルローゼは何も言わないから、俺も何も言わずにずっと髪を撫で続けてあげた。




 ✩.*˚




「失礼致します」


 さっきの従者くんが、ルシャータを持って戻って来てくれた。


 俺はフィルローゼのことで精一杯でルシャータのことまで気が回っていなかったから助かった。


「あ、ルシャータ……」


 フィルローゼは俺の膝の上に乗ったまま手を伸ばして受け取った。だいぶ失礼だとは思うけど、今回ばかりは許してもらおう。


 一礼してから立ち去る従者を見送ってから、フィルローゼが、あっ、と小さな声を上げた。


「どうしよう、傷が付いちゃった」


 彼女の小さな爪の先を見ると、胴の部分にほんの3cmほどの小さなヒビが出来ていた。


「どうしよ、どうしよう」


「小さいから、大丈夫なんじゃない?」


 正直言って素人目にはぱっと見つけられないくらいに小さいし、そんなに大層なことじゃないように思えた。


 でも。


 ぴぃん

 ビィイィン


 いつもと同じ高い音が出るのに、澄んだ共鳴ではなくひび割れた音が追いかけてきて思わず耳を塞ぎたくなった。

 たったこれだけの小さな傷でも、音は大きく変わってしまう。


「どうしよ、どうしよう……」


 外からの衝撃で小さなヒビが入り、いつもの綺麗な音を紡げなくなったのはまさにフィルローゼのよう。


「フィルローゼ、一旦帰ろうか」


 社交とか立場とか、そういうものを考えるよりも前に、彼女にそう提案していた。


「でも、えらい人が居るんでしょう? わたしは、歌わなきゃいけないよね?」


 最近はかなり貴族の令嬢らしい言葉遣いになってきていたのに、すっかり元に戻ってしまっている。

 それくらい、彼女にとって衝撃が大きかったのだろう。


「俺がどうにかするから」

「でも、うたわなきゃ」


 強迫観念に囚われたフィルローゼとの話が争いになる前に、さっきの従者くんが戻って来てくれた。


「再度の訪問を失礼致します。

 我が主より、本日はもう帰宅するように、とのことでございます。馬車の手配も致しましたので、こちらでごゆるりとお休みの後、お帰り頂ければと存じます」


「ありがとう」


 しばらくこちらからのリアクションを待ったあと、すっと下がっていく従者の鏡のような態度。


 その部外者が居なくなった途端、フィルローゼの態度も変わった。


「デューアにいさま、かえろ。かえろ。」


 さっきまでは歌わないと、と言っていたのに今度は盛んに帰りたがる。

 その不安定な様子に俺はとても不安になったが、今すぐ何かをしてあげられるわけでもない。


 出来ることは、彼女の言う通りにしてあげることくらいか。


「うん。すぐに帰ろうな」


 紅色の瞳をまっすぐに見つめてそう言うと、彼女はやっと安心したように強ばっていた頬を緩ませた。


「にいさま、帰ろう」


 ぎゅうっと俺の腕にしがみついてくる様子はまるで子どものようで、そうしたくなるほど不安にさせてしまったことを本当に後悔している。




 ☆。.:*・゜




 家に帰ってから、疲れきったフィルローゼを寝かせて、父上と母上、それに一番上のユルゲン兄上と話を始める。

 シルビオ兄上はまだ帰ってきていないけど。



「私も、見ているだけで何も出来なかったのだから、デューアが悪いわけではないよ」



 俺の話が終わってすぐに、父上はそう言った。


 父上とユルゲン兄上はパーティー会場には居たし、大まかな流れは知っている。

 知らない母上のために説明はしたが、どうも言い方的には俺が悪いと言っているようになったのだろう。


 現に、俺は自分の考えなしな行動が、フィルローゼを傷つけてしまったと思っているから。



「そうよ、デューア。今必要なのは、あなたが自分を責めることではないわ。

 ルィスオード伯爵家の人間によって、寄子であるはずの我が家が貶められたことの方が、余程大きな問題ですわよ」


 語気を荒くして怒る母上に対して、父上はしょぼくれてしまっている。


「今回のことは、私にも悪い所があった。

 私やユルゲンが、社交があまり得意でないからと言い訳しながら、彼女に頼りきりになってしまっていたからだ。

 母を亡くして家を移った女の子に、過剰な期待をしてしまっていたんだろうよ」


「フィルローゼも、皆の前で歌うのは楽しそうでしたよ」


 父上があまりに落ち込んでいるものだから、咄嗟にそうフォローしたが、母上は辛辣だった。


「初めのうちは楽しかったかもしれませんけれどね、自分の歌で家の状況が左右されるとなったら、プレッシャーを感じるに決まってるじゃないの。

 それに、前の家での扱いも酷いものだわ。

 貴族として以前に人として、誰かに手を上げるなんてどうかしてると思いませんこと!?」



「まあまあ、アストリア。少し落ち着いておくれよ」


 ヒートアップした母上を宥める父上だが、その台詞の後には深いため息が付いてきた。

 フィルローゼが倒れたのが、余程心に堪えたのだろう。


「どちらにせよ、当面の間は安静にさせてその後のことは回復してから考えようか」


「心の傷はすぐには治りませんから、ゆっくり休ませませんと。

 わたしの可愛い娘にこれ以上何かあったら許しませんからね!」


 この家の最高権力者である母上がここまで肩入れしていたら、当分無理をさせられることもないだろう。


 俺に出来ることは、ルシャータの傷を直せる職人を見つけることくらいかな。



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