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16.招待の山

 



 渾身の歌が俺に通じなかったと思ったのか、フィルローゼはしばらく落ち込んだ様子だった。

 ただ、俺としては彼女に無駄な期待をさせないようにしているだけ。彼女のためだから、と自分に言い聞かせていた。


 それからは、夜に話すのはこれまで通りだけれど、ソファに並ばずに向かいの椅子に座るとか、気軽に髪や肩に触れないようにしたりとか。


 そういうちょっとした工夫もして、『兄』の立場を崩さないように気をつけて。





 そうして微妙な距離感を保ったままのある日。



「あのね、にいさま。またパーティーに招待して貰ったのだけれど、今回は歌ってみない?って聞かれてるの」


 いつものように俺の部屋で二人きり、なんでもない事を話していた時にそう聞かれた。


 もじもじと身体を揺らして、彼女なりに精一杯勇気を出してくれたのだろう。

 特に、俺が最近距離を置いているから。


「フィルローゼはどうしたい?」


「お友達のお家のパーティーだし、もしもにいさまが来てくれるなら歌いたいな、って」


「俺は一緒に行けるから、もし出来そうなら歌ってみたら?」


「ありがとうございます、にいさま! とっても嬉しい! じゃあ、歌います、ってお返事するから、絶対絶対一緒に行ってね?」


「もちろん一緒に行くから心配しなくても大丈夫だよ。でも、もしも嫌だと思ったら歌わなくてもいいからね。

 俺がちゃんと断ってあげるから」


 歌うと言ってしまうとフィルローゼの負担になるんじゃないかと思ってそう言うと。


「にいさまありがとう! だいすき!」


 紅い瞳をきらきらと輝かせてそう言ってもらえて、危うく勘違いしそうになった。

 この子を俺だけのものにしてしまいたいな、って。




 ☆。.:*・゜




「私の隣から離れたら嫌ですからね?

 ちゃんと近くに居てくださいね?」


 パーティー当日、馬車の中ですらそう言って念を押していたフィルローゼから、軽い圧を感じながらも一緒に挨拶回りをした。


 少し瞳の色を怖がられるような感じはあったけれど、俺がメインで話をすることで何とか乗り切れてよかったな。


 そしていよいよ歌うころ。


 あまり大きくはないパーティーのちょっとした余興だから、簡易の台の上に椅子が置かれている程度の簡単な舞台だ。


「では、にいさまの立ち位置はここです」


 なんだかとっても冷静に決められたので、言われるがままそれに従う。

 その場所はフィルローゼが座る椅子の斜め後ろで、普段の仕事で騎士として付く配置に似ているから特に違和感もなくそこへ立つ。


 俺から見えるのはフィルローゼの薄金色の髪とルシャータを弾く白い指先だけ。


 その指先がしゃらりと動き、異国の楽器を奏はじめる。



 それからは、その場の全てが彼女のものだった。


 透き通るフィルローゼの声音に、澄み切ったルシャータの音色。


 まるでルシャータという楽器がフィルローゼのためだけに生まれてきたのではないかと思うほど、ぴったりと合っていて、彼女の歌声が美しいことしか感じられない。


 フィルローゼの歌を聞き慣れていて、しかも後ろから聞いている俺ですらそう思うんだから、初めて聞いた人々の中には、感動のあまり涙を流すひとすら居た。



 彼女の歌が終わりルシャータの音色が消えきってからも、しばらくは場の全員が余韻に酔いしれていた。


 そして、我に帰った人々は。

「素晴らしいわ!」

「なんという歌声だ!」

「ぜひもう一曲!」


 口々にフィルローゼを褒めちぎってアンコールまで頼んでくるから、自分が何をした訳でもないのに俺も嬉しくなった。


 そんな観客を満足げに眺めてから、彼女は俺の方を振り向いてもうこれ以上ないくらいのドヤ顔をしてみせた。

 まだ舞台の上だというのに顔全部で『ほめて!』と言っているのがあんまりにもかわいくって。


「よしよし、フィルローゼ。本当に綺麗な歌だったよ」


 多少髪が乱れるくらいに頭を撫でて、俺が出来る全力で褒めてあげた。


「うふふ。上手だったでしょ? じゃあ、もう一曲歌いますね!」


 みんなにも褒めてもらえたし、気を良くしたようでまた歌いはじめる。


 長く歌っていなかったから腕が落ちたんじゃないかと心配していたけれど、そんなことは全く無かった。


 それどころか、前よりもきっと上手くなっている。


 多分、竪琴を一生懸命練習していたから伴奏の腕が上がったことがひとつ。

 そして何より、色々なことを経験して友達も増えて、そういう彼女の人生の厚みみたいなものが豊かな表現に繋がっているんじゃないかと思うんだ。




 ☆。.:*・゜




 歌姫再臨、女神の歌声完全復活の噂は瞬く間に社交界を駆け巡った。

 貴族社会で、噂は光よりも早く伝わるからな。


 そして当然だがフィルローゼの元には沢山の招待状がやってくる。


「うお、すごい数の手紙だな。これ全部フィルローゼ宛?」


 ユルゲン兄上もその数の多さには驚きを通り越して少し引いている。

 社交界と縁遠い我が家でこんな量の手紙を見ることはそうそうないからな。


「そうですよ。行ける日取りかどうかを探すだけでも一苦労です」


「行けるか、じゃないぞ。全部行かせればいい」


「行くだけならいいんでしょうが、歌わないと意味が無いでしょう」


「歌えばいいだろう」


 兄上は一時フィルローゼが歌えなくなっていたことを知っているし、実家との事件ももちろん知っているはずだ。

 それでも、これだけの手紙という人脈の山を見ると人は変わってしまうのか。


「俺は彼女に無理をさせるつもりはありません。俺が居ないなら歌いたくない、という意志を尊重しています」


「そうなのか? 最近は夜に家で歌っていることも多いみたいだからてっきり治ったのかと」


 フィルローゼのことを全然見ていない兄上に対して、ふぅとひとつため息をつく。


「それは俺の部屋で歌っているだけですね。大事な『妹』のことなんですから、もっときちんと理解してあげないと」


「そ、そうか……。それは悪かった。気軽にフィルローゼ本人にパーティーへ行けと言ってしまうところだったよ。

 教えてくれてありがとうな」


「いえいえ。分かったなら、要らないことを言わないでくださいね。フィルローゼは繊細なんですから」


 兄上も鬼ではなかったようで、無理をさせる気はないらしい。


「おっ、すごい量の手紙だな」


 そこへ父上もやってきた。


「今、フィルローゼに無理をさせるなとデューアに怒られていた所ですよ」


 笑う兄上よりも、父上は幾分真剣だった。


「以前のように、フィルローゼに無理をさせ過ぎないように気をつけねばな。倒れさせるような真似をしてはいかん。

 それに、一気に名を広めた我が家を良く思わない連中ももちろん居る。

 詐欺なども含めて注意していかねば」


「はい、分かりました」


 実務を担ってこの手紙を捌くユルゲン兄上はビシッと気を引き締めたようだ。


「あ、ディペラント公爵からの招待状が来てますよ。えらく身分が上なのに……」


 軽い気持ちでそう言うと、横からバッと兄上に取り上げられた。


「それはすごい! しかも、放ったらかしにするととても失礼になるやつだ。

 えーと、どれどれ……。

 デューア、この日程だ、行けるか?」


 めちゃくちゃ身分が上とあって、父上も兄上も真剣だ。


「今から申請すれば行けると思います。というか、公爵主催のパーティーですか……

 それに招待されるとあれば、大事ですね」


 あまりのことに少し気が重い俺に対して、父兄はとても喜んでいる。


「やはりフィルローゼの歌声はそれだけ素晴らしいということだ! 公爵様の目に留まる程とは!」


「これだけのパーティーに行くとなれば、ドレスも新調してやらねばな!

 いやー、アストリアも張り切るだろうな!」


 何故かあまり気が乗らないけれど、行けと言われれば行こうと思うのが俺だ。

 明日忘れずに職場への申請を出すことにして、フィルローゼの新しいドレス姿を楽しみにしていようと思った。


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